MARUNIの社長ブログ WATATOMO WAVE

野望の建築

2008年3月10日

戦国武将の織田信長は、仏教や儒教を包含した神殿「安土城」を建立し、神になろうとした。一方、ドイツの作曲家ワーグナーは、自作のオペラだけを上演するための「バイロイト祝祭劇場」を建築し、王になろうとした。

天才の「夢」と「野望」は、最終的には「建築」によって成就するのでしょうか。確かに、地球上で人間が造ることができる最も巨大な創造物は「建築」です。男のロマンがここに向かうのは、当然であり、必然なのでしょう。過去の偉人たちの中には、建築に対する造詣の深い人が多くいます。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「ウィトルウィウス的人体図」は、当時発見された古代ローマの建築家のウィトルウィウスの「建築論」にある「人体は円と正方形に内接する」という記述を表現したものですし、約130年前に、二宮尊徳は、日光神領89ヶ村の農村復興に伴い、農家住宅「報徳仕法農家」を建築しました。

様々な目的(敵から身を守る、農村復興、最高の音響・・・)のために、時代を動かしてきた人物は、「建築」を重要視しました。それは、何よりも崇高な存在であり、深い思い入れと共に、重要な役割を果たしてくれる証だったからです。

その割に、現在の建築は、見た目も中身も、妙に「軽く」なってきた感があります。気楽にパッと建てる事が出来る。それが「売り」だから仕方ありませんが・・・。でも、そこに住む人や建てる人の「思い」はあるのでしょうか。「夢」や「野望」はあるのでしょうか。人生最大の買い物に、思いや哲学、思想を取り込むことによって、もっともっと素晴らしい「建築」が数多く生まれるのではないかと思います。

ダ・ヴィンチが描いたように、人体と建築には強い関係性があると思います。よって建築とは、「人体」を造ることと等しいわけです。ささっと簡単に造るべきものではありません。「建築」に対して、もっと「野望」を持ちましょう。建築は文化として残ります。つまり、一人ひとりの建主様が、文化遺産を残すことができるのです。「よい野望」は持ってもいいと、私は思います。


※ワーグナーの野望

karayan.bmp

ワーグナー:舞台神聖祭典劇『パルジファル』全曲

ペーター・ホフマン
クルト・モル
ジョゼ・ヴァン・ダム
ドゥニャ・ヴェイソヴィチ
ジークムント・ニムスゲルン、他

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)

録音:1979&80年[デジタル]

「ワグネリアン」という言葉があります。「ワーグナー気狂い」という意味です。実は、私がそうでした。一度、ワーグナーの毒に魅せられてしまうと、もう逃れられない。永遠に終わらない「無限旋律」や「半音階和法」等、他の作曲家には全く無い、独自の世界があります。

そのワーグナーに初めて魅せられたのが、最後の作品「パルジファル」。これは正式には、「オペラ」とは呼ばず、「舞台神聖祝典劇」と言い、約4時間くらいの間、お経のような音楽が永遠と続くものです(西洋音楽なのにお経と言うのも変ですが・・・)。拍手も禁止。内容は、キリスト教の救済思想をモチーフにした荘厳なもので、自らが建築した「バイロイト祝祭劇場」でしか上演を許さなかったという変わった作品(現在では、どこでも上演可能です)。

この曲を初めて聴いたのが、このカラヤン盤。他にもクナッパーツブッシュ盤も持っていますが、どちらも素晴らしい。カラヤンは、基本的にあまり好きな指揮者ではありませんが、この「パルジファル」の美音の響き、絹のような肌触り、宇宙音のような空間性には、参りました。カラヤンも「帝王」と呼ばれるほどの「野望」いっぱいの人だったので、ワーグナーと肌が合ったのかもしれませんね。なにしろ、自分の作品を最高に響かせるために、自ら劇場を建ててしまうなんて、「野望」爆発型人間です。当然そこでは、他の作曲家の音楽は一切演奏できません。ベートーヴェンの第9以外は。すごいですね・・・。

最良の建築をプロデュースします。

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