MARUNIの社長ブログ WATATOMO WAVE

2008年9月のバックナンバー

貫くこと

2008年9月29日

リーマン・ショックと共に、米国から大手投資銀行が事実上消滅したそうです。この9月は何か大きな雪崩が起きた感があります。日本では、王監督の勇退と小泉元首相の引退。日々刻々と時代が移り変わっています。いろいろな人がいろいろな事をして、たくさんの評価や賞賛を浴びる中で、本当に後世まで宝物を残せるとしたら、スゴイことだと思います。王監督は、そのスゴイ人「NO1」ではないでしょうか。

選手時代にあれだけの実績を残した人が、伝統の巨人軍のユニフォームを捨て、福岡へ渡り、弱いチームを日本一に導き、全日本を世界一に導いた。その野球に対する真摯な姿勢と勇気は、世界中の野球人の見本になっていたと思います。ONの時代、その頃小学生だった私は、明らかに「王」の方が好きでした。長嶋さんは、いろいろなものを持っていた。人気と名誉と田園調布の豪邸と豊富なエピソード。ところが王監督と言えば、そんなものを逆にドンドン削ぎ落としていく。そこが違ったのでしょうか・・・。勇気を持って、ブランドを捨てた王監督の方が、後世「記憶に残る男」になると思います。

また昨日、米国の俳優ポール・ニューマンが亡くなったことを知りました。ポール・ニューマンと言えば、「明日に向かって撃て」と「スティング」で、ファンになりました。あのスター性と存在感は、他の俳優には無いものです。また俳優業のかたわら、食品会社の経営で成功し、多額の寄付もしていたそうです。人間的にも非常に大きかったのですね。俳優としては、アカデミー賞とか評論家からの評価は厳しかったようです。でも、何か「貫くもの」を持っていた。私はスティーブ・マックイーンの大ファンですが、マックイーンもそのような俳優でした。だからいつまでも・・・永遠に・・・記憶に残っていくでしょう。

さて、小泉元首相の引退は、いろいろな見方ができると思います。最近、小泉政治の功罪がよく取り上げられていて、その「罪」の部分に対する責任追及論が強くなってきたからでしょうか。あるいは、世襲への批判が高まる前に、次男さんへのバトンタッチを済ませておこうという勘の良さからでしょうか。あるいは、別の立場に立って新しい小泉劇場を生み出そうとしているからでしょうか。それとも、ただ本当に疲れただけなのか。一体、どのように後世に残っていくのでしょう。

でも結局のところ、人のことは分からないものです。だから大切なことは、自分自身を鍛えることしかありません。認識力を高めて、依存体質から脱却し、こころを鍛える。私たちは、いま現実に起きていることをキチンと知っているように見えますが、実際には、誰かの話や意見、一部の映像や音楽だけで、それらを頭の中でバーチャルで再構築し、意味づけしているだけで、本当に真実を知っているわけではないと思います。だから、そのような浮ついた情報に依存しないで、「自分自身」という、理解可能なリアルな現実に重きを置くことが大切ではないでしょうか。誰が何をしようと、今日何が起きようと、自分自身をしっかり持つこと。そういう捉え方で、時代を見て、モノを判断していけるようになりたいと思います。


※モーツァルトが好き

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モーツァルト交響曲全集(50曲) 
テイト指揮/イギリス室内管弦楽団

クラシック音楽の評論家の誰もが、モーツァルトのことを「別格、神の子、天才」と褒め称えます。ところが私は、「本当にそうなのかな・・・」という思いでいっぱいでした。どうしても、感動しないし、飽きてしまう。みんな同じような曲みたいだし。ああ、自分はクラシック音楽は分からないんだなと。ところが最近、内田光子(ピアニスト)のモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いていたら、なんと美しい曲だろうと思い、伴奏が、「テイト指揮/イギリス室内管弦楽団」と分かり、そういう流れで上記のCDを買ってしまったわけです。そして、聴いてみたら・・・。本当に、モーツァルトって「別格、神の子、天才」って、素直に感じました。単純なことですが、本当のことです。テイトという指揮者は、本当に地味なんですが、何かに迎合しようとせず、自らの芸術的信念だけを追い求めているような人のようです。やっぱり、周りに惑わされず貫くことか・・・。これでやっと、「モーツァルトが好き」と言えそうです。

経験を積む

2008年9月25日

麻生内閣が誕生しました。とにかく、今の日本の課題を一言で言うと、「救国」ですから、捨て身の覚悟で国を救う人たちの顔ぶれになっているはずです。そういう視点で中身をよく見てみると、二つの特徴が見えて来ます。①世襲議員が18人中11人。②民間出身閣僚ゼロ。・・・これで、大丈夫かなと。政治は事業ではないので、家業として継承していくのは馴染まないと思いますし、今こそ民間パワーを取り入れる時ではないかとも思います。何であれ、誰が首相になろうとも、明るく元気な暖かい社会が生まれるように、私たち国民一人ひとりは真剣に取り組んで行きますので、政治家の皆様にも「本気の国家運営」をよろしくお願いいたします。

ところで、映画(漫画)「20世紀少年」が流行っていますが、1970年頃の(漫画の中の)子どもたちが予言した未来と、実際の現在を比べてみると、(現象の大きさ・表現はまったく違いますが)案外当たっているような気がします。宗教、いじめ、細菌兵器、テロ、洗脳、権力・・・。現代人が直面している問題の根本として、かなり共通していると。結局、そういう状況を打開していくのは、大きな力では無く、小さな力(漫画では、小学校の同級生たち)なんですね。だから、私たち一人ひとりが意識や考え方をしっかりと整え、大きな力にあまり依存しないで、一日一日を感謝の心で過ごしていくこと。そして、自分自身が成長して強くなっていくこと。これが、本当の解決になってくるのではと思います。時間は掛かるけれども・・・。

変化はチャンス。まわりの現象に左右されず、自分自身の貴重な経験を積むには、またとないチャンス。ここで様々な状況を見聞きし、また自らも体験し、その中で意識や心のあり方を調整することができれば、来るべき新しい時代に対応できる力を身につけられるのではないかと思います。今までは「お金の獲得競争」でしたが、これからは「心のあり方競争」。リーマン・ショックをはじめとした金融問題も、そういう流れの中で起きていると思います。大いなる緊張感を持ちながらも、それだけに惑わされず、あらゆるもの(当然、建築も)の本道を歩いて行きたいと思います。日々、1mmでいいから・・・。

リーマン・ショック

2008年9月17日

前回のブログで、「TVを見ないようにしよう」という話をしましたが、その後本当に見なくなりました(もちろん、朝と晩の短いニュースや面白そうな特集くらいは見ますが・・・)。TVを見なくなると、新聞等でよくやっているアンケートや世論調査の結果に驚くようになります。どうして、この人が人気あるの!?とか、調査対象者が偏っているんじゃないの!?とか。今まで自分自身も無意識に、TVに映る断片・部分・表面に、随分誘導されていたんだということが、良く分かります。結局、TVはCMのみならず、番組自体が「宣伝活動」になっているので、これは仕方のないことですね。TV局の経営を考えれば、自ずと分かることです。それを理解した上で客観的に見ていければ、逆にいくらTVを見たって平気なのかもしれません。

さて、リーマン・ショックが世界経済に大きな影響を与えています。ところで、そもそもリーマンとはいったい何を生み出してきた会社なのでしょうか・・・。今は、人間が生きていく上で絶対的に必要な「衣」「食」「住」を実際に生産する地道な仕事よりも、モノやお金を動かしてサヤを稼ぐビジネスの方に富が集中しています。これは資本主義のシステムからいって、当然の結果だと思いますし、それによって私たちの生活も非常に進歩発展してきました。ただ、これが余りに行き過ぎると、最終的に人々の「日常生活」を犠牲にする恐れが出てくるということが、今起きている状況の意味だと思います。

今の若い人たちが、コツコツ生産する仕事よりも手早く稼げる仕事の方がカッコイイと思い、そのような分野ばかりに目が行ってしまうと、日常生活に不可欠な「衣」「食」「住」を生産できる優秀な人材が枯渇していく。それはとてもマズイことのような気がします。「実」を扱う人と「虚」を扱う人のバランスが大事ですね(当然、両方必要です)。今回のリーマン・ショックが方向転換のきっかけになるのかもしれません。

ただ一方で、農村で暮らす人々も増加しているそうです。多分(無意識かもしれないけど)、このような時代のアンバランスさを察知して、全体のバランス調整のために、自ら動き始めたのではないでしょうか。いつの時代でも、先駆者はいるものです。「建築」という、地球上で極めて長い歴史を持つ文化を伝承していくことは、ひとつの建設会社の役割というよりも、地域や国を超えて、文明として大事なことであろうと思います。今一度、社会の基礎である「実」に目を向けた風潮に立ち還れるように、私たちも建物の「生産」を続けながら、真剣に取り組んで行きたいと思います。

今週の月曜は、「また・・・」とため息が出た福田総理の辞任がありました。総理大臣と言えば、国家における家長のようなもの。誰よりも力を持っていて、責任を持っていて、頼りにされる存在です。でも、今や「家長」という言葉は死語となり、多くの一般家庭でも父親の威厳が失われているように、国のリーダーの存在もいよいよ軽くなって来ました。「羞恥心」というグループが受ける時代ですから、これは国民全体の意識の投影であり、(良いか悪いかは別にして)今の日本という国の真実の姿なのでしょう。でも、家長がコロコロ変わっても、日々の日常生活は淡々と進んでいるわけですから、日本(=国民一人ひとり)の努力と底力とは、本当に大したものだと驚嘆します。だから、日本は(逆説的に)進歩発展していると言わざるを得ません。強く立派なリーダーが居なくても、国民一人ひとりが真剣に生きている。これからの共生の社会づくりへ向けての、意味のあるプロセスが始まったのかもしれません。

とは言うものの、私たちの中には、まだまだ政治やマスコミに「力」があるという幻想(錯覚)が残っているので、どうしても大勢に流されやすい。TVにたくさん露出している人は「偉い人」と刷り込まれ、その人の発言になびいてしまったりする。その「偉い人たち」に気に入られようと、芸能人やニュースキャスターも必死に摺り寄り、媚を売り、自らの立場を守ろうとする。本当は、視聴者の方を向いた番組を作らなければいけないのに、その「偉い人たち」に喜ばれることが第一になってしまった。もう本当は・・・偉くもないし、強くもないし、力もないし、軽い存在でしかないのに・・・。メディアの洗脳効果は、本当に怖いと思います。

そこには、視聴者(=国民、お客様)よりも、自分と自分の組織(自社、業界)を守ることを優先させてしまう視野の狭さがあります。そういえば前首相の辞任会見の時、驚くべきことに、「我が党へご迷惑を掛けた」とは言ったけど、「国民の皆様に大変ご迷惑をお掛けした」とは言わなかった。また今回の辞任劇においても、その目的は「我が党を守るため」であり、「国民を守るため」ではないことも明白。次の総選挙は、私たちの国民一人ひとりの見識が試される最初で最後の選挙だと思います。その結果は国民が全責任を負うことになる・・・。

だから、TVを見て判断しないようにしようと。もう今の時代、主なニュースはインターネットや情報誌等で充分把握できますし、CMスポンサーである大企業(=体制)を守るためのテレビ局の意図的な報道は、国民の判断力を誤らせます。当然、各局の同じようなバラエティー番組の数々は、国民の認識力を低下させるために一役買っています。だから、TVを見ないで、よ~く考えてみよう。それだけで、日本人のレベルはさらに飛躍的に上昇するかもしれません。これから世の中で何が起きようとも、すべては良い方向へ流れていくと思います。外側の情報に左右されずに、自分自身の認識力を高めさえすれば・・・。面白い時代です。


※ゆったりと流れて・・・

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ブルックナー/交響曲第8番 
ハイティンク指揮/ウィーン・フィル

最近買ったCDで、最高に良かったもの。ハイティンクのブルックナー8番です。ブルックナーの交響曲第8番は、この作曲家の最高傑作と言われていて、非常に長大かつ巨大。なかなか最後まで聞き通すことが難しい作品です。私も実は、全曲じっくり聴けたことがありませんでした。いわゆる名盤と言われるヴァント盤、チェリビダッケ盤、アーノンクール盤、テンシュテット盤等、数枚を持っていて、何度か挑戦したのですが、全然ダメ。ハッキリ言って、そんなにいい曲なの!と逆ギレ状態だったのです。ところが最近読んだ本でこのCDを推奨していたので、ダメモトで買って聴いてみたら、最後まで面白くてしかたない。背筋がゾクゾクしたり、鳥肌が立ったりする瞬間もあって、「ヤッター!」という感じになりました。でも、演奏自体は特別な特徴や強烈な個性があるわけでもなく、チェリビダッケやアーノンクールのような独特な雰囲気も無い。未だに論理的な説明は不可能です。音楽とは不思議なものですね。多分、「枝葉末節」にこだわる表面的な個性は、長きに渡って人の心を打ち続けること出来ず、常に最後に残るのは、「本質・根本」が真っ当な、目立たなくて、穏やかなものなのでしょう。この演奏も、静かで、ゆったりと流れていて、穏やかなものでした。こういう雰囲気の人が、政治の世界でも出てくるといいなあ。

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