MARUNIの社長ブログ WATATOMO WAVE

自然な情報

2011年2月16日

最近、情報の質や中身について考えさせられます。エジプトの独裁政権が崩壊したのも、これはインターネット上の真実を伝える情報に拠るところが大きかったようです。また「フェイスブック」というインターネット上で急成長しているコミュニティサイトは、すべて実名公開とのことで、今までの「2ちゃんねる」や「ミクシィ」等の匿名の世界とは明らかに異なる次元のものです。

一方、テレビを見ていると、どこの局の情報番組も同様の内容ばかりで、真実性が希薄になって来たように感じます。娯楽番組も、同じタレントさんや芸人さん同士が役回りを変えているだけで、国民に何か有益な情報なり時間なり希望なりを提供しようとする使命感、志を感じさせるものが少なくなりました。

ドラマの方も、殺人や事件やイジメのオンパレードのようで、お茶の間(=日常生活)の中に普通に「血」「戦い」「悲しみ」の想念を広げています。これは多分、恐いことだと思います。

大相撲の八百長問題にしても、ある政治家にしても、ある芸能人にしても、確かに「悪は悪だ」という見方はあるのですが、一方自分自身を振り返ってみると、「それではお前は、全て善で生きているのか」と問われれば、誰もが「(自信を持って)はい」とは言えないことも事実です。

そもそも、報道されていること自体が「本当にそうなのか」と思うこともあります。テレビや新聞の情報は、どうしても信じてしまいがちですが、何かとても情緒的過ぎ、感情的過ぎで、本当の真実を伝えていないケースも多いように感じます。

いずれにしても、他人を平気で裁く風潮と言いますか、そのような「謙虚さ」を失っていくような状況は、日本が古来から持っている「和」の精神から言うと、ちょっと残念な気持ちがします。

エジプトのようなことは、国民一人ひとりが確かに影響を受けていて、それに対する抗議や反応は当然のことと思います。でも、仮にある有名人が、何か個人的に不味いことをしたからと言って、それはその人の周りの特定少数の中だけの問題で、私たちには直接関係の無いことです。それにも関わらず、国民全体が裁判官になってしまう。

自分自身が直接的に被害や迷惑を被ったのなら、それは良いのですが、自分は何も具体的な影響を受けていないのに、必要以上に批判したり、裁く。こういう風潮は、ちょっと怖いなと云う気がします。むしろ、自分の中にも同じような種類の問題・課題があるかもしれないと、反省したり、気付く事の方が大切のような気がします。

つまり、全く関係のない(無意味な)情報だけが世の中を駆け巡っていて、その関係の無い情報で一喜一憂し(感情を動かされ)、結果的に何も得ていない。なお且つ、自分自身で考えるという機能も低下する。これが「今」の社会全体の問題のように感じます。

今後は、出来るだけフィルターを通さずに、物事を自然に近い状態で(あるいは自然そのものから)見たり聞いたりして、自分の物差しで捉えることが大切なのでしょう。そういう意味で、自分の目が一番、あるいはインターネット等の、できるだけ自然の状態に近い情報が良いのかもしれません。時代が大きく動いている時ですので、本当の真実を見極める感性を持って、人生や経営に取り組んで行きたいと思います。

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