MARUNIの社長ブログ WATATOMO WAVE

2011年4月のバックナンバー

美しい魂

2011年4月29日

元キャンディーズの田中好子さんが亡くなられたニュースを見ながら、心に強く感じるものがありました。それは、葬儀の際に流れた本人の肉声テープの中で、「私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でも、そのときは必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います」という言葉を聞いたからです。自らが死と直面している状況にも関わらず、この震災で亡くなられた多くの人々のことを、深く心配されていたのだと思い、何とも言えない気持ちになりました。

後日、雑誌の記事等で、田中好子さんは、(決して目立たなかったですが)ご主人と共に様々な社会貢献活動をされていたことを知りました。キャンディーズを解散して、2年程で芸能界に復帰したのは、弟さんの病気が大きな理由だったそうです(結局、弟さんは亡くなってしまいました)。その後、女優の夏目雅子さんと親友になりましたが、彼女も白血病で亡くなり・・・。本当にいろいろなことがあったのだと思います。結局、夏目雅子さんのお兄さんと結婚し、今度は自分自身の(この世での)命が消えていきました。

随分、長い闘病生活だったようです。でも、そのことはあまり知られていなかったようです。そのような病状にありながら、多くのボランティア活動、社会貢献運動を行い、世のため、人のために尽くしてきた人。その人が最後に残した言葉が、「天国で被災者のお役に立ちたい・・・」。天国を信じ、天国にいる多くの被災者の方々のお手伝いをするために、自ら旅立たれたのです。

今、被災地は復興に向けて、(少しずつですが)前に向かって動き始めていると思います。そこは目に見える世界ですので、多くの人たちが力を合わせて、具体的な活動を行うことができる場所です。でも、(残念ながら)亡くなってしまった方々が行かれた場所は、私たちの目には見えません・・・。だからこそ、田中好子さんのような美しい魂の方々が、そこへ向かっているのかもしれません。それが自分自身の使命、人生の目的であるかのように。本当に心の優しい方というのは、あまり目立たない存在のような気がします。いつも、見えなくなってから気づくものです。

魂を振るわせて

2011年4月26日

バッハ ( Johann Sebastian Bach )
ゴルトベルク変奏曲 ペライア

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最近聞いたCDで、良かった3枚です。一枚目はバッハのゴルトベルク変奏曲(ピアノ:ぺライア)。鍵盤楽器系の曲はあまり聴かないのですが、バッハのゴルトベルク変奏曲は有名なグールド盤を新旧2枚持っていて、曲自体がとても好きです。ぺライアのCDは、ある評論家が推奨していたので、試しに買って聴いてみました。今までグールド(ピアノ)とヴァルヒャ(チェンバロ)の演奏しか耳にしていなかったので、とてもクリアーで新鮮な感じがしました。ピアノ曲で70分以上という大作ですが、バッハの音楽の深さ、楽しさ、幾何学性が心地よく感じられ、最後は厳かな感動に包まれました。バッハの音楽は、やはり人間業とは思えない、天上から降って来たような印象があります。このCDでは、まさにそのような神聖さ、魂の力を感じました。

ベルリオーズ ( Hector Berlioz )
ベルリオーズ:『幻想交響曲』、ドビュッシー:『海』 ミュンシュ&パリ管弦楽団(1967 ステレオ)

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二枚目は、(以前買ったまま、あまり聴いてなかった)ミュンシュ指揮/パリ管弦楽団のベルリオーズ「幻想交響曲」(ライブ)です。ミュンシュ&パリ管弦楽団の「幻想交響曲」は、随分古くからスタジオ録音盤が有名で、私も好きで良く聴いていましたが、この盤はパリ管弦楽団の設立演奏会のライブ録音で、スタジオ録音とはまったく違う、凄まじい迫力&スピード感になっています。多分はじめて聴いた人でも、その異常なほどの違いが分かるのではないでしょうか。指揮者の叫び声(?)も入っていて、一回きりの設立演奏会の持つ特殊性がよく出ています。聴いている方も、ドキドキします。世の中自粛ムードで、なかなか元気が出ない日々が続いていますから、こういう演奏を聴いて、魂に「気合い」を入れるのも良いと思いました。

ベートーヴェン ( Ludwig van Beethoven )
交響曲第9番『合唱』 アーベントロート&ベルリン放送交響楽団(1950)

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三枚目は、ベートーヴェンの第9ですが、今回はドイツのアーベントロートという指揮者の1950年のライブ演奏を聴いてみました。60年前の録音ですから、もちろんモノラル録音ですし、決してきれいな音ではありません。でも、やはりこの頃の本場ドイツの演奏のクオリティと言うか、徹底した音楽に対する命懸けの姿勢というものが伝わって来ます。ベートーヴェンの第9は、もう聴き飽きるくらい聴いていますので、新たな感動も希薄になっていましたが、このアーベントロートの指揮で聴くと、他の演奏とは違うベートーヴェンの魂(のようなもの)を感じます。今の時代もいろいろと大変ですが、ベートーヴェンの時代も、アーベントロートの時代は、もっともっと大変だったと思います。

魂と言えば、先日古くなったBSアンテナを交換する際、確認のために画面に映っていたメジャーリーグの試合を目にしたら、そこに松井秀喜選手の姿を見つけました。ヤンキーズの時とは違う色のユニフォームを来ていて、今までとは違うイメージを感じましたが、いろいろなことがありながらも淡々と、自然体で野球に取り組んでいる姿勢に、とても共感を持ちました。数字だけをみると、必ずしもベストな状態ではないと思いますし、イチローの実績に比べると評価は低いのかも知れません。でも、そこにはやはり特別な存在感があります。前のブログに書いた三浦カズ選手にも感じた、何か温かいもの、おおらかさ、(人間としての)器の大きさが有るように思います。技術とか手法よりも大切な、大きな魂のようなもの・・・。あまり多くを語らない中に秘めたもの・・・。松井選手のような人は、野球を終えた後も、きっと何かやってくれると思います。

今、人それぞれの魂が振るえ始めていると思います。その振動エネルギーを束にして、何とか良い方向へ向けて行きたいものです。大きな変革や難局は、見方を180度変えると、「超ウルトラ大チャンス」でもありますので、この動き出した魂の力をさらに拡大していくことだと思います。確かに世間は自粛ムードで、なかなか新しい動きを出しにくい状況にあるとは思いますが、でもそのような時だからこそ、自らの魂を揺さぶり、その振動力を持って、(今まで不可能だと思っていた)大きな障害を超えて行くことができると思います。そう思えば思うほど、「超ウルトラ大チャンス」の到来だと思います。

温かい志

2011年4月24日

日経新聞のスポーツ欄に三浦知良選手のコラムがあって、たまに目を通すと、必ずいつも何か心地よい気持ちになります。先日の記事では、岩手の被災地を回って、子どもたちと一緒に遊び、「うれしい」「楽しい」時間を共有したことが綴られていました。その中で、「こちら側でできることをしよう」「こちら側の僕たち自身も変わっていかなければ」という印象的な言葉がありました。

「こちら側の僕たち」は、「(向こうの被災地に)何かをしてあげたい」と考えます。でも、それ以上に「こちら側の僕たち」自身が変わることの方が大事・・・。それはきっと巡り巡って、東北を救い、日本を救うことになる・・・私もそう思い、そして共感しました。確か以前も、この三浦知良選手のコラムに感銘を受けたことがありました(特別、サッカーファンではないのに・・・)。

多分、何か温かいものを感じたからだと思います。温かくて優しい目を。スポーツも人生も、結局勝ち負けや成績だけでなく、そこには(もうひとつ)心の世界が同時に流れていると感じます。そして最後は、心の世界の方に比重が移って行くと思います。今回の震災では、何かその比重の移動が一気に進んだような感覚があります。震災まで光り輝いていた人が震災後からフェードアウトしていくこともあるでしょうし、その逆もあるでしょう。すべての転機がやって来たと思います。

また今日の新聞に、ソニーの元社長の大賀典雄氏が81歳で亡くなったとありました。大賀氏と言えば、「バリトン歌手」「指揮者」で「ソニーの経営者」という異質の経歴の持ち主で、特に指揮者カラヤンとの親交が深く、CD(コンパクトディスク)の開発の成功も大賀氏とカラヤンの2人の力が大きかったと聞いています。

例えば、CDの記録時間の長さは「ベートーヴェンの第9が一枚に収まるようにしよう」という理由で、約70分になったという話は有名ですが、これもこの2人が相談して決めたことです。カラヤンの指揮者(音楽性)としての評価は、必ずしも高いものではありません(と、私は思ってます)が、やはりCDの開発、そしてクラシック音楽の世界的普及には大いに貢献しましたし、その技術的なパートナーとしての大賀氏(ソニー)の存在も大きかったと思います。

このように日本の技術や日本人の人間性は、本当に素晴らしいものがあります。その根底には必ず何か「温かいもの」が流れているようにも感じます。それは(仕事を通じて)世のため人のために貢献したい気持ちがどこかにあるからではないでしょうか。そのような「志」が、一人ひとりの人生の動機になっているからこそ、どのような大きな困難が来ても、必ず日本は再生し、復興し、今まで以上の成長を遂げていける思います。私たちも、大いなる「志」を持って、建築業を通じ、もっともっと世の中に貢献しようと思います。

命綱としての建築2

2011年4月21日

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昨日は、丸二恒例の「風水生活セミナー」を開催させていただき、いつものようにアットホームな雰囲気で、お客様と共に楽しい時間を過すことが出来ました(ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました!)。このセミナーは、毎回10名~15名の方々が参加され、「国際風水科学協会(ISF)」認定講師の種市先生のとてもワクワクするお話を聞きながら、(吉祥寺の)美味しいケーキと紅茶を楽しむと云う、ちょっとした茶話会のような趣向になっています。

風水と言うと、どうしても占い的(方位学的)なイメージが強いのですが、ここでは暮らしという「場」の中に、積極的に喜びや楽しさを取り入れて行くことで、住んでいる人の「脳」と「心」を明るく元気に快適な方向へ動かしていくことを目的としています。当然、人の心は、自らの意志で変えて行く以外無いのですが、場の環境が(無意識に・・・)関与していることも事実です。

つまり・・・温かくて、落ち着く環境(部屋)に居ると、前向きで積極的な気持ちになりやすいですが、暗くて、散らかっている環境(部屋)にいると、どうしても思考がマイナスになってしまいます。これは、本人が自覚している、いないに関わらず、無意識で感じる世界ですので、意外と大きな影響を受けているといえます。

よって、自分自身の身の回りの環境(=外面)を整えていくことで、自分自身の心の状態(=内面)の(良い)変化を応援していくことが、「風水生活」の目的ということになります。昨日のテーマは、「片付け」「寝室の風水」でしたが、日々の生活の場の整理整頓や、最も無防備(無意識)な状態で長時間を過す寝室の改善によって、健康と精神の安心感を得ることが可能となります。

建築という分野は、まさに生活環境を造ることが仕事ですので、この「風水生活」を学ぶことによって、本当の「最良の建築」とは何かという答えが見えて来ます。つまり、建築には住む人の人生を大きく左右する力があるということです。住む人が、前向きで、元気で、明るい思考になりやすい住宅というものを(計画的に)造ることができるとすれば、これは知っておいた方が良いという当たり前のことなのです。

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今回の震災の映像で、巨大な津波によって全てが失われた町の中に、いくつかの建物が残っていました。それを見て、建築は住む人の命綱なのだと理解しました。「日々の生活」「住む人の心と体の状態」「家族の生命」を護る、最優先であるべきものです。ところが、現在の建築のあり様は、「早くて、安くて、不健康で、すぐ壊れるもの」が、巨大なCM(広告)によって普及してしまい、住宅に対する「真の価値観」を壊してしまったように感じています。住宅や建築は単なる生活用具(あるいは金融商品)の一つではありません。人々の命綱なのです。そのような正しい価値感を早く取り戻すことが、これから自然災害や健康被害が増えて来る時代において、重要な国家戦略にもなると思います。

よって、海抜が低い海沿い(川沿い)の地域等は、早急に住宅の防災対策が必要ですし、築年数の長い木造住宅、2×4住宅、鉄骨系住宅等の補強(耐震・突風対策)、あるいは鉄筋コンクリート造や国産無垢材(加子母材)による強固な木造住宅への建て替えも重要です。国や自治体は、国民や市民の生命を守る責任があるのですから、そのようなものにどんどん助成をして、積極的に支援していくべきと思います。

ですから、増税ではなく財政出動です。建築によって、日本の人々の命綱を太くしていくことが、(今は)国の財政再建よりも優先すると思います。だって、国とは、国民(と国土)の集合体なのだから・・・。しかも結果的に、それは好況を創造し、時間差で国の財政に(数倍になって)戻って来るはずです。なお且つ、日本中に、安全な建物という資産価値も増えて行くのです。

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原発については、(当然)別の自然エネルギーに変えて行かなければならないと思います。今朝の新聞に、ソフトバンクの孫さんが個人の資金で「自然エネルギー財団」を設立し、「脱原発」の推進を始めるとありました。本当にとても素晴らしいことと思います。日本の電力事情については、いろいろな利権が絡んでいて、(もちろん現実的な問題もあり)政府も明確な方針を出せないようですが、これからの大きな方向性として、原発に代わる安全なクリーンエネルギーを開発していきたいものです。

ただそれまでの間、日本各地の原発を縮小しながらも、安全な状態にすることも必要で、例えば原発のもうひとまわり外側にコンクリート建屋を建築する、あるいは海側に(20m以上の)高い堤防を建築する等、当面運転しなければならない原発への安全対策も行うべきと思います。また福島原発も、早くコンクリートで固めてしまいたいところです。

日本の建築技術の水準は高く、今回も地震そのものによる被害は小さかったと思います。しかし、これからは地震以外の災害にも備えなければなりません。日本全体の住宅・建築がさらに強固になれば、仮に大きな災害があっても、多くの人命は守られ、かつライフラインへのダメージも小さくなると思います。だから今こそ、日本の建築に任せて欲しいのです。建築は、住む人の心、体、生命を守るためにあります。その本来の力を発揮すべき時が、今だと思います。

命綱としての建築

2011年4月14日

太陽活動(太陽黒点)の活発化が進行していることを知ってから、最近の日差しの鋭さのようなものを感じています。今は花粉症と放射線対策があるので、マスクをしていますが、いずれサングラスをして歩くのが普通になるのかもしれません。地球も(当然)宇宙空間に浮かんでいるわけですので、宇宙からの様々な影響を受けているようです。結局、地球温暖化の原因も二酸化炭素ではなく、太陽黒点によるものが本当のようですし、逆に今後は寒冷化の予測も出ています。

このようにして、私たち人間はいろいろな情報に踊らされながら毎日を生きています。何が本当で何が嘘なのか、それを測るモノサシは自らの感性を高めて行くしかないようです。福島原発の事故の実体も、本当のところは誰にも分かりません。でも、日々できることに最善を尽くしながら、起きたことを(淡々と)受け入れて行くことで、道はきっと開けると思います。東北の被災された方々の姿を見ていると、そのような本物の生き方を学ぶことが出来ます。

この時代に日本で生まれ、この大きな震災と遭遇したことも「縁」だとすると、丸二が(時に取り憑かれたかのように)取り組んできた一切の物事の意味も、次第に判明して来るのではないかと感じます。鉄筋コンクリート造建築(住宅・集合住宅)、ルネス(逆梁)工法、外断熱工法、パワー・コンクリート工法、建築医学、コーポラティブハウス、耐震補強、国産材(加子母の神宮ヒノキ)。これらは震災以後の建築、都市計画、まちづくりにおいて、きっと欠かすことのできないエレメントとして拡がっていくと思います。

つまり「エコタウン」とか「環境共生」とか言う耳触りの良いイメージ優先ではなく、本当に(いかなる災害や健康被害からも)人の生命を護る「命綱」としての建築を造ることです。まさに私たちの使命はここにあるように感じます。今後も太陽活動の動きが活発になれば、様々な災害が起きるでしょう。原発以外の放射線もありますし、考えられないような強風が吹くかもしれません。それでも安心して日々の生活を送ることが大切です。防護としての建築は、安心安全な生活基盤に不可欠です。

もう自然との共生などという甘い話は終わり、これからは大自然の怒りに耐える段階に入ったと思います。生活面でも、建築面でも、できる限り可能な対策を行い、防災・防衛・防護意識を持って生きて行くことだと思います。そうしながらも、あらゆることに感謝をして、心を洗い、人間性を磨き、自然界から許される新しい人間社会を創造すること。本当に強い建築と強い人間、その両方を造る時代になったと思います。

立て直そう

2011年4月 6日

4月に入り、今年も桜の季節になりましたが、お花見気分になれないというのが正直な心境です。近くの井の頭公園も、自粛を要請する看板が立ち、例年のような賑わいはありません。経済的に悪影響を及ぼすということで、自粛ムードに反対する意見も出始めています。確かに自粛とは、あくまで自らの意志によるもので、強制されるべきものではありません。でも、仮にそのような看板が無かったとしても、いつものように大騒ぎをするような人は出ないと思います。それが日本人です。

かと言って、暗くなるとか、悲観するとかということでは無く、やはり多くの亡くなった方々に対する哀悼の気持ちの、せめてもの表現なのではと思います。確かにこのような自粛ムードが続くと、経済的には大きな打撃になるでしょう。でも、今までどおりのやり方が壊れた訳ですから、今までどおりの経済活動で当面を繕っても、結局またやり直しが来るだけです。

国民全員の心がひとつになっている今こそ、勇気を持って、全ての物事を見直しに入るべきです。そして一日も早く、新しい価値観の世の中、新しい経済の仕組みに移行すること。「とりあえず」の時間稼ぎではなく、みんなで一気に建設作業です。それはそれで、とてもビッグなプロジェクトではないでしょうか。

今だったら、みんなで乗り越えられると思います。この天の時を大切にして、これから数カ月あるいは数年間を、あらゆることの立て直しに力を注ぎたいものです。大量消費(無駄遣い)や金融商品(虚業)で富を生み出す時代はもう完全に終わったのです。これからは自然と共生しながら、モノと心を大切にして、長く使う時代。より良いモノ造りをしている人たちが、最も富むような経済の仕組みを創造していきたいものです。

今回の東北地方の被災地には、本当に優秀な中小企業や工場が多数あり、震災の影響によって部品や材料が止まり、大変多くの大企業(世界)が困っているようです。つまり一番大事なモノづくりの部分を、自社でやってなかったという訳です。日本の素晴らしい技術は、実は中小企業のものです。日本の中小企業が損なわれると、世界が潰れるということです。

重要な部品を下請けに作らせ、ブランド料で稼ぐ。カンバン方式で、納入時間を厳しく管理し、在庫を持たずにリスクを減らす。企業経営としては効率的なやり方ですし、利益も上がります。でも何かあったら在庫が全くないというのも、本当に顧客志向なのかどうか・・・疑問に感じます。東京電力という会社も、何層にも及ぶ下請け構造になっていることが分かりました。それでは現場で生命を掛けて原発と戦っているのは、一体誰なのでしょう・・・。このような様々な疑問が浮かんでは消えます。

でも、それは決して怒りではなく、クレームでもありません。そういう時代だったということです。人間の力では変えられないほどの、大きな流れだったと思いますし、私たちもそのような時代のおかげで今があります。でも「このままではいけない」と、大自然の力が発動された訳ですから、その意思に素直に従い、前向きに、立て直しを始めていけば良いと思います。責め合うのはやめて、力を合わせ、この3.11を経験した全ての人たちと共に。

日本の人気

2011年4月 5日

竹田恒泰さんという方が書いた『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(PHP新書)という本が目に入り、つい買って読んでみました。日本が一番人気があるなんて、きっと何かの間違いだろうと思いつつも、今回の震災に対する各国からの大変な支援や応援の数々を見ると、実は本当にそうなのかもしれないという気持ちもあったからです。

本の内容は、とても素晴らしいもので(ぜひ、読んでください)、様々な調査の結果から、いかに日本(=日本人)が好かれているかがよく分かり、正直、驚きました。好かれているというよりも、尊敬され、信頼されていると言った方が近いかもしれません。今回、台湾の人々から多額の寄付をいただきましたが、そこには尊敬する日本への最大級の感謝の思いを感じます。

また伊勢神宮の式年遷宮のこと、その御用材のこと、山の木を伐ることで森を守る伝統があること等にも触れられていて、私たちの取り組み(加子母プロジェクト)が日本国の歴史的な根幹・文化と深く結びついていることも分かりました。日本のように二千年以上、国家が継続している国はないそうです。それに、二百年以上戦争が無かったのは、人類史上、日本の平安時代と江戸時代の二例のみとのことです。このような国は、世界中どこを探しても、日本しかない・・・。

この日本という国がどんなに厳しい危機や国難に直面しても、ギリギリのところで救われ、むしろその復興を通じて大発展を遂げる。それは、二千年以上続いている天皇の存在と決して無関係ではないと思います。今回の震災に際しても、皇居では自主節電をされていて、那須の御用邸も被災された方々に開放されています。決して目立たなくとも、国民の幸せを常に祈っている方が確かにいらっしゃる。そういう心の拠り所というものが、実際にあるように思います。

著者の竹田さんは、明治天皇の玄孫(孫の孫)とのことで、皇室の存在の大きさが良く分かる内容になっていました。先の戦争で負けた時、もし昭和天皇が自らの生命に代えて国民を守ろうとしなかったら、間違いなく今の日本は無かったことでしょう。ひとつひとつが奇跡のつながりです。

今回の震災と原発事故も、きっと乗り越えられると確信します。でもそのためには、私たちが新しい価値観と生活スタイルを確立しなければなりません。その転換のエネルギーは相当なものになるはずですが、そこには、今まで想像もしなかったような大きな夢、希望、感動が見えてくると思います。

ある週刊誌の対談の中で、堺屋太一氏が、宮澤賢治の小説『グスコーブドリの伝記』の話をしていました。その物語では、理想郷イーハトーブの海岸に潮汐発電所を二百、設置しています。世界初の潮汐発電所は、1967年にフランス北西部・ブルターニュ地方のランス川河口で完成されましたが、この小説はそれよりもずっと前に書かれています。

潮汐発電には、平均潮位差5m以上が必要なので、実際に日本ではまだ実現できていないそうです(潮汐発電とは、干潮時と満潮時の時に、海面と河口との水位の差を利用して、海水の流れをつくり、その水流によって水車を駆動し発電するものです)。

宮澤賢治の故郷であり、理想郷イーハトーブのモデルとなった岩手(東海岸)が、今回の震災で被災しました。そして原子力発電所の事故によって、美しい東北が被害を受けています。ここには何か意味があるように思います。だからこそ・・・今からでも、理想郷イーハトーブの実現を目指して、動き出す時ではないでしょうか。

宮澤賢治の理想は、当時の人々には夢物語(非現実)だったのかもしれません。でも、今まさに時空を超えて、重要な啓示となって降りてきました。仮に潮汐発電でなくても、現代の技術で可能な自然エネルギー発電を進めていくべきだと思います。

同様に、死の直前に書いた「雨ニモマケズ」からも、今回の震災に対する心構えを読み取ることができます。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ」は、今の私たちの現状そのものです。放射線を防ぐため、雨と風に注意しています。被災地では雪が降り、寒さと戦っています。また電力不足の影響で、夏の猛暑も覚悟です。いずれにしても自分自身が強い体(精神)を持つことしかありません。

「慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラッテヰル」は、これで資本主義的な競争、欲望、エゴから早く卒業し、みんながニコニコと、おだやかで、あたたかい生活をしなさいというメッセージのようです。「一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲタベ」は、放射線対策のためのレシピかもしれませんし、これから始まる食糧難の時代に向けての心構えのようです。

「アラユルコトヲ、ジブンヲカンジョウニ入レズニ、ヨクミキキシワカリ、ソシテワスレズ」は、今回被災された東北の方々の姿を見れば、もう説明は入りません。世界が驚愕と共に賛辞したその美しい人間性、助け合いの精神は、きっとこれから始まる世界的な大変革の中で、大いなる規範・目標となり、結果的に世界を救うことになると思います。「自分のことを勘定に入れない人たち」を、人類は初めて現実に目にしたのだと思います。

「野原ノ松ノ林ノ 陰ノ、小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ」は、質素、節約の大切さで、住む場所(衣食住)があること(日常)のありがたさです。あたりまえのことに感謝できる心を、私たちは思い出さなくてはなりません。

「東ニ病気ノコドモアレバ、行ッテ看病シテヤリ、西ニツカレタ母アレバ、行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ、南ニ死ニサウナ人アレバ、行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ、北ニケンクヮヤソショウガアレバ、ツマラナイカラヤメロトイヒ」は、大和の国、和の精神の日本人が持つ本質的な優しさ、共生の心、ボランティア精神を表していると思います。現代の若い世代においても、このDNAは強く流れていると確信します。

「ヒドリノトキハナミダヲナガシ、サムサノナツハオロオロアルキ」は、もう自然と戦うのではなく、自然と共に生きること、自然の驚異と素直に向き合うことで、すべてに対し正直に生きていくこと。そういう姿を恥ずかしながら出してしまう強さ、受け入れる強さです。

「ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」・・・デクノボーとは「木偶の坊」であり、一般的には「役に立たない者、気の利かない人」の意味ですが、ここではむしろ「愚直さ」ではないかと思います。人からどのように思われても、褒められなくても、自分の存在すら忘れられても、正しいと思うことを愚直に、素直に、感謝の心で続けて行くこと。それが、最終的に生きる意味であり、真の幸福なのだと。

岩手は、私の祖父が製材所を建てた場所です。また山形は、曽祖父の故郷です。祖父は山形から北海道の滝川へ行き、そこで農業を始め、その後岩手の松尾村で製材所を建て、同時に父が東京・吉祥寺にて建設業を興しました。そして私が生まれました。丸二には、東北~北海道の血が流れていると感じます。これからも、愚直に、前向きに、元気に、感謝の心で生きて行いこうと思います。

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