MARUNIの社長ブログ WATATOMO WAVE

2011年5月のバックナンバー

三羽の鳩さん

2011年5月24日

数日前の新聞で、ベトナムの国会議員選挙に、経済界から過去最多の約100人が立候補したとありました。結果はまだ分かりませんが、国政とビジネス界が一体となって、これから国家的プロジェクトを推進して行くようです。何か元気と活気があって、素晴らしいなあと感じました。

政治とはまさに国家経営ですので、このように事業家、経営者、ビジネスマンが、どんどん議員になっていくのは、とても良いことだと思います。逆に日本の場合は、経済界から政治家へ入る例が少なく、先の東京都知事選挙ではワタミの会長が立候補をしましたが、大差で落選をしています。どうしてもTVで人気のあるタレント、評論家、作家たちの方が強いのでしょう。力のある優秀な経営者がいても、一般に馴染みがなければ、なかなか当選できないですし、仮に議員になっても、トップには行けないのでしょう。そういう土壌では、日本の政治はなかなか変われないような気がします。

東日本大震災のような巨大な危機が発生した時、もし経営感覚に優れた人物が政権内にいたら、もっとスピーディーかつ最適な対応を行い、国民と全世界に対して、魂のメッセージを(日々)発信し続けたと思います。結果的に被害も最小となり、東北の方々に向けられた賛辞と同様の評価を、日本政府も得ることができたと思います。大難を小難に、あるいは好機にまで転換することができたかもしれません。

これで3回目の核による被害を受けた日本が、まさに世界の先頭に立って、脱原発と共生の社会を目指し、新たな経済の仕組みを構築し、さらにV字回復を達成する。そういう好機にできたかもしれません。しかしながら現実は、緊急に止めた浜岡原発もいずれは再開するらしいですし、結局、脱原発ではなく原発維持ということで、これは本当に不思議な気がします。安全なら「絶対に安全」と示して欲しいですし、そうでなければ誰もが原発の無い社会を望むのは自然だと思います。仮に10年、あるいは20年掛かっても良いから、明るいビジョンを示すことが必要ではないでしょうか。

今、震災の影響もあり、政府のみならず、企業も個人も、明るいビジョンを示すことが難しくなってきています。先行き不透明で、先々のことが心配で、どのような方向へ行くべきか・・・多くの企業や個人は迷っています。迷う以前に、やる気を失っているような感じです。ベトナムのような元気や活気があれば、何とかなるのでしょうが、節電と自粛ムードの中では、心もうつむき加減です。

でも、このような混沌とした、先が見えない時こそ、本当にたくさんのチャンスが眠っていると思います。戦後はもっと厳しくて苦しくて大変だったと思います。それでも日本は大復興を遂げました。チャンスをものにしたからです。だから今回も(確かに次元の違う危機ではありますが)千年に一度の大きなチャンスの中にいることは確実です。

私たちも、東日本大震災の発生から2ヵ月後の5月の連休明けに、<ゴールド・プラン>と名付けた(約15頁にわたる)経営ビジョンを(社内で)発表し、「丸二は、建築業を通じて、人々の生命を護ることをミッションとする」という経営使命を掲げ、これからの全く新しい時代の夜明けの前に、元気に歩き始めました。まだ暗いから良いのです。でも、間違いなく太陽が昇る方向へ向かって歩いています。あと少しで、鳥のさえずりが聞こえ、空が徐々に明るくなり、黄金の太陽が昇って来るでしょう。これからは建築が人々を護る時代です。私たちが20余年かけて磨いてきた技術と経験が実る時です。もう丸二は、どんどん歩き始めています。

そして個人的にも、(震災直後は、あのような大変な状況の映像を繰り返し見ることで、随分ナイーブになってしまいましたが・・・)徐々にとてもクリアーな意識となり、一気に<ゴールド・プラン>をつくり上げることができました。つい先日も、朝、会社に行くために家の門から出た時、目の前の道路に、三羽の鳩が正三角形に並んでいました。それがあまりにも綺麗な配置(並び方)で、きちっと整列して待っていてくれたかのようでした(勝手にそう思っただけかもしれませんが・・・)。そして三羽の鳩さんは、一斉に飛び立って行きました。何かとても縁起が良いなと、嬉しくなりました。

でもそれだけでなく、その7~8分後、コンビニでペットボトルの水を買って、会社のそばの道まで来た時、また!(もちろん違う鳩さんだと思いますが・・・)三羽の鳩さんが、今度は正三角形の編隊を組んで、私の頭上を(正面から後ろに向かって)、航空ショーのように上昇して行ったのです。まさかさっきの鳩さんではないだろう!とは思いましたが、家の前と会社の前で、二度も「いい気分」にさせていただいた鳩さんに、心から感謝をいたしました。

ただそれだけのことですが、でもすべての事象は、何かを暗示していると思いますので、私なりに良き出来事として、自分の心の中に刻みました。それが元気の源にもなります。現象は、時間差で起きて来るもので、先に感謝をしておけば、後で出来事(良い事)が起きます。だから、先に「いい気分」になっておこうと思いました。そうすると、きっと後から良き事が起きてくると思います。だから、今からワクワクです。今は、一人ひとりが精神的に元気になることが大事。まわりからの評価ではなく、自分自身を信じることだと思います。

住環境を安全にする

2011年5月18日

本日は、第6回「風水生活セミナー」を開催させていただき、(おかげさまで)今までで最も多くのお客様にご来場いただきました(ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました!)。このようなセミナー企画を行っても、なかなか人が集まらないことの方が多いのですが、本セミナーは、回を重ねるごとに(少しずつですが)良い気が集まって来ているようです。

本日のセミナーの中でも触れられたのですが、人が集まるところが「人気」と成り、「財気」と成ります。しかも、このような大震災の後にも関わらずです。時代の流れが3.11以降、確かに変わったような気がします。私たちは、そのような新しい時代を先回りして、今まで様々な準備をしてきましたが、ここでやっと「世のため、人のため」にお役立ちできる環境が整ってきたようです。今後も本セミナーを軸に、「加子母森林ツアー」や現場見学会等のイベントを開催していきますので、ぜひご参加ください。

さて、今のような現状に対して、一体どのような心構えや意識が大切なのか、いろいろと考えます。最近は本屋さんを歩くと、ブッダ(釈迦)に関する本がたくさん並んでいます。しかも宗教・精神世界のコーナーだけでなく、一般の新刊書の目立つ所にも、平積みで置いてあります。このような状況は、ちょっと前では考えられませんでした。もうすぐ手塚治虫の映画「ブッダ」も公開されるようです。

何もブッダだけではなく、伊勢神宮に関する本の出版も増え、実際の参拝客も増えているそうです。いろいろな宗教関係やスピリチュアル系の本もたくさんありますが、ごく普通の人々が、ごく普通に「ブッダ」の本を買って読む時代になったという意味では、大きな心の変革が(静かに)進行していると感じます。

もちろん、実際の本の中身が真実なのかどうかの判断は出来ません。でも、人々が何か目に見えない心の拠り所を求めていることは確かですし、それはとても素晴らしいことだと思います。今、目に見える世界がどんどん悪くなっているせいもあり、人々の意識は内面(無意識の世界)へ向かい始めているのではないでしょうか。

これからも大きな地震やその他の災害が増えると思われます。それに備えて、私たちは出来る限りのことを懸命にやっていく以外ありません。それでも日々の生活のことや先々のことに対する不安・恐れは消えないでしょう。精神的な面で、いかに自分自身の心をコントロールするかが、生きる上でとても重大なテーマになって来たのです。それに立ち向かうには、まず自身の住環境を安全にすることです。自分が住んでいる家、住宅を物理的、身体的、精神(脳科学)的に安全にすることです。

まず物理的には、耐震対策(工法、補強)、鉄筋コンクリート建築(ルネス工法、パワー・コンクリート工法)、強度の高い「加子母ヒノキ」等の活用で、可能と成ります。身体的には、外断熱工法(結露、ダニ、カビの防止)、建築医学(天然素材)等の活用で、精神(脳科学)的には、風水環境科学(立地、間取り、色、レイアウト、デザイン等)の活用で、かなりの対応が出来ます。

このように、出来る限りの対策をしておけば、自分の外側の世界は万全です。後は、内側(心)です。そこは、まさに人それぞれですので、「これだ」と決めつけることは難しいものですが、少なくとも「感謝」の心が大事であると云うことは分かります。今のような状況に感謝できるかどうか・・・ここを問われているように感じます。

今は「人心改革」の時代。人々が自らの意識を見つめ、入れ替え、感謝の心を取り戻す時。同時に、まわりの環境(特に住環境)も見直す時。この両面が重なり合って、安全・安心な日々を送ることが可能になると思います。私たちは、その住環境の部分に対して、一生懸命お客様のお役に立って行きたいと思います。


命綱の建築3

2011年5月 8日

今回の震災による大津波の被害を受けた地区の中で、 「此処(ここ)より下に家を建てるな」という石碑の教訓を守った集落があり、実際に津波の被害を受けなかったことが伝えられています。明治、昭和の三陸大津波によって2度の壊滅的な被害を受けた宮古市重茂の姉吉地区にその石碑はあり、結果的に11世帯約30人の集落を守ることになりました。津波は先人の教え通り、石碑より海側で止まったとのことです。

古き先人からの教えが、こうして今、人々の生命を救うことになるとは、まさに時空を超えた(目には見えない)救出劇だったと思います。本当に正しいことや、大切なことは、なかなか「その時」は分からないものです。今こうして事が起こり、はじめてその意味を理解します。おそらく、このような石碑は別の場所にもあったのかもしれません。先人(御先祖)たちの(子孫やこの地への)深い愛情を、感謝の心で、受け止めた・・・。そのような素直な心が、未来の自分自身や子孫を救うのかもしれません。

ところで、今の私たちは、子孫たちへ何か「石碑」を残しているでしょうか。自分たちの子どもや孫の世代、そしてもっと先の子孫たちへ、大切な石碑、メッセージ、贈り物を用意できているのでしょうか。先日、首相が浜岡原発の停止を(中部電力へ)要請しましたが、その他の日本全国の原発はそのまま維持のようです。原発の危険性については、様々な意見があり、実際のところは一般人ではよく分かりません。でも、福島の状況を目にした以上、原発の全廃への流れが国民の(本当の)総意ではないかと思います。

未来の人々を救う「石碑」を建てることが、いまを生きる私たちの世代の役割だと思います(原発は、その中で特に重要な問題だと思います)。日本の森が荒れ始めていること、今後も多くの災害が起こる可能性が高いこと、まったく新しい世の中の仕組みをつくる必要があること・・・他にもたくさんの課題が残っています。困ったことは、それらの全てに対する方向性(柱)が、未だ立っていないことです。ひとつひとつの課題をクリアーするには、本当に長い年月が必要です。よって、全てを解決することはできないでしょう。でも、せめて「このような世の中にしていくべき」という正しい方向性だけでも立ちあげておけば、次代への立派な「石碑」になると思います。

私たち(丸二)は、「いつまでも家族、子孫の生命を護り続けられる建築」を、謂わば「石碑」の代わりとして、地域に建てていこうと思います。これからも、自然災害は(全国的、地球規模的に)増えるようです。そのような厳しい自然環境の中で、住む人の安全、安心を第一に、その上に快適さ、豊かさを求めて、いまできることを懸命に進めて行きます。そのような「命綱の建築」は、これからの時代に向けての大きな方向性となり、多くの人々にとっての拠り所にもなると思います。建築とは、その土地の「柱」であり、住む人の心の「柱」であり、人々の精神とリンクします。だから私たちは、建築で良き社会を築いて行くことができると、信じています。

前夜祭にて

2011年5月 6日

先日、(私と娘たちが卒園した)地元の幼稚園の園長先生が亡くなられ、昨日(教会式の)「前夜祭」に参列させていただきました。神父様がお話されていましたが、八十八歳という御歳で亡くなられた方の前夜祭としては、とても多くの方々がお集まりになったとのことで、教会は満席状態でした。祭式は教会式でしたので、オルガンの演奏、讃美歌、神父様のお話や祈りの言葉があり、最後には献花をいたしました。とても温かく、穏やかで、厳かな会でした。

園長先生には、私(姉たちも)もお世話になり、そして娘たちもお世話になりましたので、もう四十年来のお付き合いになります。本当に長い間、ありがとうございました。人間の成長にとって、幼少の頃の教育、経験、思い出はとても大切なものだと思います。私はとても弱くて、幼稚園ではよく泣いていました。それでも、幼稚園の日々の記憶は、今でも色鮮やかに、温かい温度で、体中に蘇って来ます。それもきっと、園長先生の持つ優しさのおかげだったのだと、今、感じます。

昨日の神父様のお話の中で、「幼稚園での教育は、記憶に残らないから良いのだ」という主旨の言葉がありました。なるほど、と思いました。大人になってからの教育や経験は、それなりに記憶に残り、誰から何を教わったのかも覚えています。それ故に、恩師に対する感謝の気持ちも持ち得ます。ところが、まだ幼少の頃のことは、本人自体がほとんど覚えていないのが普通です。誰から何を教わったのかも記憶には残ってないでしょう。だから、その恩を感じることも無いのかもしれません。

けれども、その人の心(潜在意識)は、すべてを覚えているはずです。小さな時、親から離れ、友達と触れ合う初めての共同生活で、本当にその後の人生を左右するほどの「何か」を身に付けたはずです。そしてそれは、大人になってからも確かに存在している。ただ、本人はその源泉を覚えていないだけのことです。そこには、目には見えない、存在を感じさせない、ある種の力を感じます。それは、目に見える、存在を感じさせるものよりも強いものです。

私たちは、きっと園長先生や幼稚園から「何か」を得たのだと思います。それは、今の自分自身を構成している心や体のどこかで「作動」しているはずです。感謝されることを期待しない「ただ与えるだけの愛」に生命をかける方々のおかげで、人間は一人ひとり、大人になって行く。四十年という長い歳月を経て、その御恩への感謝を献花に託すことができました。両親、恩師、そして御先祖の皆々様方。私たちは、その方々からの無償の愛のおかげで、生かしていただいている・・・。

さて世の中の方は、東電社長のお詫び、焼肉店社長のお詫び等、人間の生命に関わる重大事故を通じて、様々な人間模様が浮き彫りにされています。被災者の方々、被害者の方々、そして被害を出した側の責任者。お互いが地獄の苦しみの中にいるのではないかと思います。もう二度とこのようなことが起きない社会にしたいと、心から思います。多分きっと、世の中の仕組みがどこかで間違ってしまい、その仕組みの中で多くの人々が迷い、苦しんでいるように感じます。

2011年は、これから全く新しい社会を築き上げることを、皆が決心する年になると思います。それは「見返りを求めない精神」が基軸になると思います。名も残らないし、記憶や記録にも残らないけど、(何かできることを)やってみる・・・。園長先生の前夜祭は、小さくとも、大きな出来事でした。必ず良き時代への「前夜祭」にしてみせます。

最良の建築をプロデュースします。

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