MARUNIの社長ブログ WATATOMO WAVE

2011年8月のバックナンバー

激震

2011年8月24日

民主党代表選挙が近く行われそうです。事実上、新首相の選出選挙ですので、国民にとっても非常に重要な事柄のはずですが、もう多くの人々の関心の外にあるように感じます。先の(党の)代表選挙において、小沢さん排除の論理で、菅さんを推した方々が、菅首相の人気が急落するや否や、今度は菅おろしを始め、いよいよ自分にも首相になれるチャンスが来たと見るや、排除した小沢さんを頼りにする。このように、あまり教育上宜しくない姿を見せている以上、日本の政界はさらなる激震に見舞われると思います(それはきっと良いことですが)。

今の日本の政治(システム)にとって、「日本」とは、<国会議員・官僚・大企業・マスコミ>だけを言うのでしょうか。本来主役であるはずの国民は、その勘定から外れているのでしょうか。そう理解すると、様々な物事は辻褄が合います。結局、国の財政を改善するには、国民からの貢物(税金)を増やせば簡単ですし、原発問題にしても復興需要にしても、大企業のご機嫌を損なわないようにするのが先ず第一。国民の健康や生活が危険にさらされても、本体の「日本」が困らなければ、とりあえずは良い。つまり私たち国民は、悲しいかな、「二の次」の存在なのかもしれません。

それでも、世界各国の多くの人々は、「日本」を心から尊敬し、応援し、讃えています。確かに、日本ほど世界から尊敬され、信頼されている国はありません。ここで言う「日本」とは、当然、一般の「国民」一人ひとりのことであると思います。このように歪んだシステムの中に居るにも関わらず、日本と言う国は、なぜ素晴らしい国民性を有しているのでしょうか。

私たち日本人は、自分たちの心の中に在る「良心」を真のリーダー(ビジョン)として、日々の生活に臨んでいるのかもしれません。八百万の神がいると言われる日本ですが、私たちの心の中にも「良心」という存在が在ります。この良心を、自らの生きる指針に置き換えているのが日本人ではないでしょうか。だから、仮に、誰かから置き去りにされたとしても、まったく揺るがない。むしろ、(良心に従って)正しい判断や生き方ができる。その結果が、今回の東日本大震災における東北の方々の姿ではないかと感じます。

津波で流された多額の現金の、その多くが持ち主に戻って来ているそうです。外国では考えられないことです。大地震が起きて、飲食店から飛び出して行った人々が、後になってきちんとお店に戻って来て、お支払いを済ます。これは法律とかルールとかではなく、「良心」の世界だと思います。本当は、政治の世界も国民と一体となって、このような素晴らしい「日本人らしさ」を世界に発信していけば、もっともっと世の中は良い方向へ変わると思います。ただ、今はもう少しの辛抱ですね。それでも、様々な分野で(良い意味での)激震が走ることで、全てが良い方向へ動き出すのではないでしょうか。

昨日、島田紳助さんが芸能界からの引退を表明しましたが、このような激震も、今後あらゆる分野・世界で、(もっと身近なところで)起きて来ると思います。現在の超円高もそうですし、昨日の米国首都で発生した大きな地震もそうです。大切なことは、その激震の意味を正しく捉えて、それを機に、すべてを見直すチャンスに変換することです。

激震が無ければ、物事は変わりません。だから、(厳しいことですが)激震に感謝し、粛々と反応して行くことだと思います。政治の世界も、本当に国民のことを思う方向へ変わって行く絶好のチャンスだと思います。だからここは皆で関心を持って、国の行く末に対する良い意識(イメージ)を持って行きたいものです。そうなれば、日本は大丈夫。もっともっと世界からの尊敬を集めていくはずです。これから数年は、試される時代。自らの良心に聞いて、変革を起こし、チャンスを勝ち取って行きましょう。

山越え

2011年8月17日

毎月発行している「ニコニコ通信(旧ありがとう通信)」9月号のための挨拶文を、今朝書きました(下記参照)。いつも、その時思い浮かぶことを、素直に書いているつもりですが、何となく毎回同じような内容になってしまいます。それでも結局のところ、常に自分自身の意識の下で繰り広げられている「自然の恩恵への感謝」「私たちは、生かされている」「(次の)新しい時代のための建築を世に出す」「建築業は無くならない永遠性の仕事。尊い仕事」「今を最善で生きる」という考えが、いろいろな形で文字になっているだけです。相変わらずのワンパターンです。

人間一人ひとりの意識は、なかなか変えられるものではないでしょう。ただ、今の時代に生きている(生かされている)ということは、意識の大変化を望んでいるのかもしれません。自分自身をさらに高めたい。もっと気づきたい。このような欲望を持つ生き方にとって、今の日本に「在る」ということは相当な優位性ではないかと思います。これほどの「山」は無いでしょうし、しかも必ず良い結果が出る山です。

私は今47歳です。この山を超えるにはちょうど良い年齢のような気がします。ある程度の過去(歴史)が有り、先々への大いなる未来(夢)もある。変化の意味合いもよく理解できるし、変化を受け入れられる柔軟性もある。過去も現在も未来も肯定できる不思議な位置に居るような気がします。団塊の世代よりも若く、新人類よりも古い。何となく地味で中途半端で自己主張の無い世代。でも、内なる「熱」のようなものを秘めている。

お盆休み中に、NHKのBS番組でエベレスト登頂のドキュメンタリー(3時間)を見ました。これは通常の登山家が登るのではなく、取材陣(カメラマン)が登り、その世界最高峰の山頂からハイビジョンの360度パノラマ映像を撮るためのものです。そこには大変な労力、手順、時間、多くの人々の協力がありましたが、無事に見事、目的を達成しました。生命を賭けた挑戦が、必ずしも全て報われるとは限りません。それでも、結果を恐れずに、今という瞬間(の連続)に感謝し、喜ぶことができたら、それは最終的な(真の)成功へと繋がると思います。そのような心の状態を作るための大舞台(大仕掛)が、今の世界だと思います。


「ニコニコ通信9月号」(挨拶文)

太陽の光が燦々と降り注ぐ暑い夏が終わろうとしています。今年の夏は節電対策の影響もあり、いつもより特別暑かったように感じます。それでもこうして毎日、太陽の光が数秒の狂いも無く、私たちの街を照らしてくれていると思うと、自然界の仕組みの偉大さにただ驚くばかりです。太陽活動が活発になってきたことで、紫外線の強さ、あるいは地震の発生等、私たちの生活にとっては非常に困る事態も起きています。しかしながら、そもそもそういう自然の摂理の中で、私たちは生活をしよう(住もう)と決めたわけですので、そのルールに従っていく以外ありません。毎日、朝が来て、夜が来る。このリズムが四季によって変化する。日本の風土は、交響曲(シンフォニー)の四楽章制に似ています。最近はこの交響曲の演奏が、だんだん強烈になってきたようです。強弱のコントラストも鮮やかに、テンポも早く、ついていけない人も多くなりました。それでも、最後のフィナーレは、感動の大団円を迎えます。そのようにして、また次の時代へ移って行く。このような繰り返しの中で、私たちは自然界の中で生かされている存在なのでしょう。今回の震災から原発事故を通じて、私たちは大きな山を超えようとしています。きっと乗り越えられると思いますし、乗り越えた先の世界は、とても穏やかで、明るい場所のような気がします。人々の生活様式も変わり、意識も変わり、社会も変わって行くのでしょう。建築はどうでしょうか・・・。いかなる時代になっても、「住む」という概念は有り続けます。最後まで有り続けます。とても息の長い、永遠性の仕事です。だから私たちは、遠い未来に向けての建築の有り様を常に考えています。「今だけ」のものではなく「いつまでも」のものだからです。この山を超えた先の世界に、どのような建築が生まれて行くのか、今からとても楽しみです。ありがとうございます。

心で改革

2011年8月16日

今年の8月は、米国債のデフォルトは回避されたものの、(史上初)米国債の格下げが発表され、世界的にドル売りと株式相場の下落が始まり、そのまま日本はお盆に入りました。お盆休みの間は、比較的静かでしたがが、お盆明け以降どのような動きが出て来るのか、とても興味があります。このまま円高が進むと、日本経済はまた大きな局面を迎えるのでしょう。

それにしても「円高」とは・・・こんなに財政が苦しい日本でも、ドルに比べれば安心ということなのでしょうか。日本の国債は、ほとんどが国内で消化されているので、実質、外国から借りているのではないから、大丈夫と言う見方があります。そうならそれで良いので、増税や消費税アップではなく、大規模な景気対策、復興対策へ全国民のエネルギーを向けて欲しいものです。ただし、今までとは違ったやり方、つまり、人の心や環境が破壊されない、新しい経済の有り方への挑戦として・・・。

もう少し分かりやすく言うと、失業率と自殺が減少することと、今まで世に出なかった技術と農林業に光が当たる道です。そのような芽が、今まさに生まれようとしています。多くの人々が、このままではいけないという問題意識を持ち始めています。イギリスの暴動を見て、若者の気持ちを大切にしていかないといけない、そのためにも失業を無くして行かなければならないと。

また、先進国でありながら、これほどの多くの人々が自ら命を絶つ社会は、どこかおかしい。原発からの脱却も何とか始めなくてはいけない。国内の農業、林業を活性化し、環境を再生し、食糧自給率を高め、山を護り、地方に職を増やす。そのような過程の中で、生きることの素晴らしさ、喜び、感動、感謝を自らの魂に刻むこと。

世界第1位の日本の技術力(ハイテク、バイオ、エネルギー等)はさらに磨き、断トツのトップとなり、その超技術力でイニシアティブを発揮して、世界を平和に、豊かに、幸福にしていく(日本だけが、新技術を平和利用に生かせると思うから。あるいは、平和利用のためにしか売らないという強い信念を持つ)。特に、今まで世に出なかった多くの技術を認め、公開していくこと。そのためには、今現在の「システム」が一度壊れなくてはならない。それが今、起きている現象の数々だと思います。

世の中を平和で幸福にするために、日本は何かを成し遂げなければなりません。それは政治の力では無く、一人ひとりの力の集合のような気がします。ロンドンの暴動の映像を見て、その凄まじさに驚きましたが、どのような状況になろうとも、日本ではあのようなことは起きないと思います。それは、行動力が無いとか、問題意識が少ないとかいう理由では無く、暴力で物事が解決することはあり得ないと、魂レベルで知っているからです。だから、私たちは一人ひとりが心の中で、(日常の中で)何かを成し遂げようとしていると思います。そういう新しい「改革」が始まったのではないでしょうか。

暴動とか、クーデターとか、テロとか、戦争とか、政変とかで、世の中を変えて行く「改革」はもう終わり、日本人は、「人心改革」で世の中を変えようとしているのだと思います。原発反対のデモ行進では無く、風力発電や地熱発電をしている人を見つけて、評価し、応援する。あるいは、被災地のために、自分が出来ること(小さなこと)を見つけて、やってみる。個人個人が、正しい生き方を探求し、実践していく。このようなことの連鎖で、社会を大きく変えられることを証明していきたいと思います。

仕事でもそうです。どのような商売にせよ、お客様の立場に立って、長く信用をいただける仕事をし続けることしかありません。特に建設業は「そこ」です。いつまでもお客様や建物のことを大切にして、誠心誠意の感謝のサービスを継続していく以外に、生き残る道は無いのです。10年後、20年後、30年後、そしてもっと先まで、ずっと建物をお守りしていく。そういう決意を持つこと。これはとても地味な仕事で、なかなか評価を得られにくいことです。それでも、そこが大事と、歯を食いしばってやっていくのが建設業の「心」です。

私たちは、このような心のあり様が、何かを変えると信じています。そして、今の日本にこそ、この「心」が大切だと思います。10年後、20年後、30年後先まで、子どもたち、孫の世代を守っていくという信念です。もっと言えば、世界を守っていくという信念です。日本の力は、まだまだこんなものではありません。もっと可能性を信じて、伸ばして行きたいと思います。あと少しです。

小さな雛型造り

2011年8月 8日

8月に入り、また厳しい暑さが戻って来ました。この刺すような日差しは、(間違いなく)年々強くなってきていると感じます。また、今年の夏は蝉(セミ)少ないらしく、いよいよ地球的規模の環境破壊の波が、私たちの日常にまで入り込んできたようです。福島の原発事故以前から、このような環境破壊は始まっていた訳ですから、何もかもを放射線だけの責任にするのは違うのでしょう。私たちは環境や生命を犠牲にしながら、経済性と利便性を優先させて、今の社会・世の中を成り立たせていたのですから。今の事態は、私たち人類全体が、共に考えて、解決に向けて行動する大きな機会であると思います。

大切なことは、そのことを後ろ向きに捉えるのではなく、前向きに、明るく、ワクワクすることと捉え、皆が一致団結して、協力していくことではないでしょうか。今回の東日本大震災は、そのことを教えてくれたと思います。だから、いつか世界中の人々は、日本と東北の人々への感謝と尊敬の念を表明すると思います。その時を信じて、私たち日本人は、一人ひとりが、新しい社会造りに向けて貢献して行くべきなのでしょう。この時代に、日本人として生まれたことに、心から感謝して。

一般的に大災害の後は、「復興景気」というものが付いてくるのが通常ですが、果たして今回どうなるのか・・・わかりません。今までと同じような発想で、経済復興を行おうとしても、また同じような結果が起きるように思います(もっと大きな被害となって)。そんなに甘いものでは無いように感じるのです。だから、もう「復興景気」は無いと思い、それぞれの業界や会社、個人は、今までとは全く違う、新しい仕事の仕方や生き方を始めていくべきなのでしょう。

現在、日本の政治が大混迷の最中にありますが、これも何かの働きで、また同じようなやり方で乗り切ろうとする力を抑えているのかもしれないとさえ感じます。もっと別のやり方で、もっと新しいやり方で、もっと人間も動植物も自然界も同時に幸福になれる方法を探して、それが見つかるまで、私たちは「待った」を掛けられているのかもしれません。

そうなると、今出来ることはただひとつ。自分たち(個人)ができること(小さなこと)を試し、その新しい道への「雛型」を(日常の中に)見つけることです。新しい社会の仕組みをつくるのには相当な時間が掛かりますが、自分の生活や日常を変えるのは、本日只今すぐにできます。一人ひとりが新しい社会や世の中に相応しい生き方、考え方、仕事の仕方に挑戦していくことだと思います。しかもワクワクしながら。仮に、そのことが多少の軋轢や問題を生じたとしても、次の世の中に必要と成る取り組みを止めてはいけません。必ずある時点で、物事はひっくり返り、良い結果が出て来ると信じます。その方がずっと楽しいことです。今のやり方は、いずれにせよ早晩終わるのですから。

このような一人ひとりの小さな取り組み(雛型)が、少しずつ重なり合って、だんだんと家族や街、そして地域や国家、地球へと拡大していくと思います。最近の選挙の投票率を見ても、もう国民の心は政治から離れているのが歴然と分かります。親離れならぬ、「国(政治)離れ」でしょうか。もう国民は大人になりました。あとは、責任ある個人一人ひとりの小さな雛型造りです。例えば、「道にゴミを捨てない」「人の悪口を言わない」「朝早く起きる」「鳥の声を聞く」「雲を見る」「ありがとうと言う(思う)」「けんかはしない」「テレビを見るのは必要最小限度にする」「よいことは無料で教える」・・・何でも良いと思います。そのようなことを出来るのが、日本人だと思います。

建築・住宅の分野においては、「生命を守る」という面と「ホッとする」という面が大切だと考えています。これから大自然界の調律は、まだまだ続いて行くと考えられますので、地震、火災、液状化、津波、放射線、土砂崩れ、台風、豪雨、豪雪の外側からの災害エネルギーに耐えうる強い住環境が必要です。また、住まいの中での健康性も重要です。自然素材、結露対策、あるいは鬼門の扱い等、様々な視点で、住む人の心と体を守ることです。同時に、このような時代の中で、人々の意識は「絆」「愛」「温かみ」へと向かいます。それはとても自然な事です。外の世界が厳しいが故に、住まいの中が「ホッとする」空間である必要があります。家族が集まるリビング、趣味の部屋、快適な空気環境や色彩環境。このような柔らかさも大切です。

人々の生命を守ること。人々の心を守ること。日本の森を守ること。全て、建築業でできることです。私たちは、次の時代が待望する「新しい建築」の雛型造りに全力をあげています。まだまだ小さな力ですが、この時代に生かされている建設会社として、ワクワクして取り組んでいます。

最良の建築をプロデュースします。

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