MARUNIの社長ブログ

2012年6月のバックナンバー

揺さぶり

2012年6月28日

増税法案が衆議院を通過しました。国家財政が<極めて厳しい>という大義名分の<力>によって、国民の心の中に「それなら仕方が無い・・・」という消極的な同意が生まれたからでしょう。「増税する前に、支出を見直す努力をします」という言葉を信じて、国民は民主党に政権を委ねたと思うのですが、遂にそれは果たされませんでした。国は、国民との約束に「造反」したのです。

ならば、自民党政権のままで良かったのか。震災への対応も、もっと素早く的確だったのかもしれません。でも、国民との約束を反故しなくてはならないほど、国家財政が悪化していたのであれば、その根本的な原因は自民党時代にあったとも言えます。

あるいは、国民が知る由もない、何か強烈な圧力(のようなもの)が存在していて、仮に誰がリーダーに成ろうとも、その圧力から逃れられない「何か」が存在しているのかもしれません。それは、自分の身を守るためであり、国民の身を守るためであり。結局のところ、本当のことは良く分からないのです。だから、結果や、報道や、目に見える部分だけを見て、その是非を判断することは非常に難しい。ただ、そのようなトテツモナイ圧力によって、正しい考え方や本物の技術が、叩かれたり、無視されたり、葬り去られているのは確かなようです。

きっと多分、皆それぞれの立場の中で、懸命なのだと思います。<良心の呵責>に悩まされながら、今を生きて行くことに必死な人、組織も多いと思います。そう言う意味で、世の中全体の総和のバランスは(不思議と)保たれているように感じます。つまり、今が苦しい人は「さいわい」に成るということです。良心に応援されて、いずれ必ずバランスが取れて、「さいわい」な方向へ向かって行くはずです。

逆に<良心の呵責>に追いかけられながら、「我れ良し」で上手くやっている人や組織は、いずれバランスを崩して行くでしょう。そのような、世の中全体のバランスを調整する時が来たのではないでしょうか。そのために、世の中が大きく揺れ始めると思います。揺れて、振動して、一旦ガタガタに成って、不調和(デコボコ)が調和(平ら)へと成ります。そのような大きな振動が、すでに至る所で起きています。

地震もそうかもしれません。政治も経済も全てがもっと大きく振動していくと思います。でも最大の振動は、実は自分自身の心の中で、起き始めると思います。その揺れの大きさに、慌てたり、動揺したりするかもしれません。急にどこかへ逃げたくなるかも知れません。でも、大切なのは「いま」「ここ」です。

どこへ行っても同じことです。今、この場所で、調和が取れない限り、永久に何も変わりません。よって、これからの混迷(大振動)の時代に最も必要な事は、自分自身を信じて、いま、ここで、そのままで、強く成ることだと思います。そう成れば、増税も悩みも、関係無く成ります。世の中の事象を超えた自分自身に成れれば、外側で何が起きても大丈夫だからです。これから起きる最大の振動エネルギーは、私たち一人ひとりの心の中で起きて来ると思います。

だから、とても貴重な時代を生きていると思います。自分自身の中身が変わり、強く成ると、まわりの事象もガラっと変わって来ます。今、同じ場所にいながら「さいわい」に成れるのです。こんなウルトラCが出来る面白い時代が、<今>だと思います。何があっても慌てず、騒がず、落ち着いて、自分を信じて、「いま」「ここで」最善を尽くすことに集中です。

今までは、環境を変えれば、気持ちや運気が変わると、信じていました。でも、時代は変わってきたようです。どこへ行っても、自身の内面を変えない限り、何も変わらない。また同じ悩みが(むしろ)加速度を増して追いかけて来るだけです。そのような根本的な<意識改革>を、自然界が私たちに迫ってきたのではないでしょうか。

最近、子どもの頃に見て<心を揺さぶられた>いくつかの映画を、DVDで鑑賞し始めました。当時、何回も映画館に通って見た作品は、やはり今でも感動します。必ずしも名作で無いものもありますが、自分自身を揺さぶってくれるものであれば、私にとって、それは素晴らしい映画です。その感動の原点は、(不思議と)今の仕事や人生のどこかにつながっているような気がします。さらには、仕事や人生に対する新たなヒントも(たくさん)生まれて来そうです。自分自身の心を振動させることで、自らのアイデンティティを再発見し、感動的な仕事と人生を創造する。揺さぶりは「さいわい」です。

子どもたちの未来

2012年6月 8日

消費税問題、原発再稼働、円高、株安、復興、防衛、防災、環境、教育、福祉、生活保護問題・・・。複合的に絡み合った糸を解いて辿っていくと、一体どこに行き着くのだろう・・・。1つ1つへの対処療法も大事ですが、同時に、全ての根本原因を探り当て、その根っ子を正すことが本線だと思います。その根っ子を見つけるための1つのキーワードとして、「子どもたちの未来」があると思います。未来の子どもたちが、安心して生活できる社会システム。無税国家。みんなが心豊かに付加価値を創造し、シェアし合える経済の仕組み。地球や自然に感謝して、大切にする意識。お互いに助け合う心。戦争の無い社会。安全でクリーンなエネルギー開発。病気の無い人生。精神や認識力を高める教育・・・。

全部、現在の社会システムの「反対側」に有るものです。同時に、「3.11」で気づかされた(突き付けられた)課題でもあります。大人たちは、現在のシステムを変えることに抵抗します。でも、変えなければ、未来の子どもたちが苦しみます。そのジレンマに悩み、もがき苦しむことが(ある意味)最も正しい生き方のような気もします。未来の子どもたちについて、悩み苦しんでいる人こそが本物ではないでしょうか。もし、そのような「真の」悩み苦しみを抱えている人がリーダーであるならば、それは幸福なことだと思います。

さて、先日ブログで紹介した映画「この空の花 長岡花火物語」を日曜日の夜に、今度は妻と二人で(有楽町スバル座へ)観に行きました(本当は子ども達にも見せたかったのですが、みんないろいろと予定があって・・・)。妻も感動してくれたようで、とても良かったです。最近、(公開中に)2回以上見に行った映画はあまり無く、久しぶりですね(昔は何度も見に行きました)。映画の内容については前回書いた通りですが、2回目はさらに深く、深く、震えるような感動を味わいました。監督自身も「8回見て解った」とのことで、今後の映画史の中でも、きっと稀有な存在として語り継がれていく作品に成ると感じます。

戦争や災害の悲惨さを深刻に表現した映画(芸術)は数多くあると思いますが、爽やかな風のような肌触りで、感謝と追悼の祈りを追体験できた作品はあまり無いと思います。そこには、戦争や震災で亡くなった方々からの(むしろ)明るい「声」が聞こえて来ます。モーツァルトの音楽を「悲しみは疾走する。涙は追いつかない」とよく表現しますが、この物語は「涙は疾走する。悲しみは追いつかない」と成りそうです。理屈では無く、涙しかない。でもその涙は、悲しみを超えて「祈り」へと昇華されている。このような映画を世界中の人が見たら、きっと多分、戦争は終わるかもしれないと、ほんの僅かな希望の光を感じます。

さて映画の中で、「平和は子どもたち自身がつくるもの」と有りましたが、本当にそうだと思います。戦争の無い平和な社会をつくるために、今の子どもたちは、過去から学び、新しい未来を創造しなければなりません。そこには、きっと大きな決断を伴うでしょう。でも、今の若者たちは、「仲間」「友人」「チーム」「和」を最も大切にしていると聞きます。もし本当にそうであるならば、大丈夫です。大人たちの中にも、子どもたちの未来を優先する人々が、きっと出て来るはずです。大人も子どもも、何かを超える力を与えられて、「今」を生きています。だから、期待できます。希望が持てます。日本も世界も大丈夫。みんな(過去を生きた)先人達のおかげです。深く、深く、感謝です。

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