MARUNIの社長ブログ

2012年10月のバックナンバー

建築と音楽

2012年10月15日

建築と音楽はよく似ていると思います。構造設計と意匠設計は、言わばハーモニーとメロディーでしょうか。「法則」と「自由」の2つの要素が互いに溶け込み合って、建築も音楽も構築されます。そこには「学び」と「想像力」が必要です。基本を学ぶことと、その応用ですね。さらに加えて、最後の閃き。これが全体を整えます。丸二の建築は、1つ1つがオーダーメイドのオリジナルですので、まさに一人のお客様のために1つの曲を作曲するに等しい作業を、日々繰り返している事に成ります。そして、お客様のことを考えて考えて考え抜くことで、最後の閃きに辿りつきます。それが「良き建築」と成ります。

そう考えると、まさに住宅は室内楽で、賃貸マンションは交響曲。賃貸併用住宅は協奏曲で、コーポラティブハウスはオペラ。そしてリフォームは、ピアノソナタから管弦楽曲まで・・・。自分の頭の中では、建築も音楽も一緒なのです。ピアノ曲も好きですし、オペラも好きです。小さなピアノの一音でも、壮大なオペラの大音響でも、そこには等しく美しい感動的な世界が拡がっています。そういうものを建築という媒体で奏でたいと思うのです。それが私の(丸二の)「良き建築」の底流にあるように感じます。小さなリフォーム工事から大きなビルやマンション工事まで、同様の思いと感謝の心を持って、誠実でオリジナルな対応をする。そのように努力をする。それが丸二の「両輪経営」の基礎的な意識構造に成っています。

さて、久しぶりにクラシック音楽の話になりましたので、音楽話を続けますが、多くのクラシック音楽ファンは、その演奏の違いに関心を寄せます。当然、譜面は決まっているわけですので、自ずとその違いは微細な差異でしかありません。でもその微細な差異の積み重ねが、巨大な力と成って、音楽を根底から変えてしまうのです。その摩訶不思議な体験は、一度知るとやめられません。つまり、その差異が微細であればあるほど、音楽は全く違う生き物に成るのです。

小さなこと、微細なものに意識を向けること。大切にすること。それが、実は巨大な変化を生み出すのではないかと、私たちは考えています。今、丸二ではリフォーム工事の件数が増加しています。リフォームは新築工事よりも小さな存在です。でもその増加曲線には、何かしらある種の法則性、波、リズムがあるようです。その流れとリズムに乗りながら、私たちはお客様からのご期待に応える努力を続けています。さらにその上、小さな波の合間には新築工事という大きな波も必ずやって来ます。これも何かしらの法則が働いているような気がします。つまりここで私が言いたいのは、音楽も事業も、「小さなこと」「微細なこと」に意識を向けることが大事ではないかという1つの仮説です。

建設会社は、基本的にはどこでも同じような仕事をしているように見えます。もちろん、他社にはないものを提供している会社もあります(丸二もそうです)。でも真の違いは、実は、小さなものを大切にしているかどうか。ここではないでしょうか。それはなかなか外からは分からないものです。音楽CDのジャケットを見ても、同じブラームスの交響曲第2番であれば、その差はよく判りません。もしかしたら一度や二度聞いただけでも判らないかもしれません。それくらい微細な差なのですが、でも5回、6回、そして10回となると、その差が明らかに大きくなって見えて来るものです。

私たちは、先ずは小さな工事から、お客様とのご縁をいただいております。そして、2回、3回とリピートしていただけるよう懸命に努力をしながら、その中で丸二の良さを判っていただきたいと考えています。それはとてもとても時間が掛かることです。それでも必ず、壮大な大音響へと発展します。ピアノの小さな一音が、いずれはオーケストラの大合奏へクレッシェンドして行くことを、私たちは体験的に理解しているからです。建築と音楽を一緒に考えると、なぜかそのような答えが出て来ました。丸二はこれからも、もっともっと「良き建築」を、みんなと一緒に奏でて行きたいと思います。

感謝、そして未来へ

2012年10月14日

世の中には、たくさんの凄い人(能力のある人)がいます。でも、その全ての人が(それ故に)尊敬されているとは限りません。否むしろ、尊敬されている人の方が少ないような気がします。でも、今年のノーベル医学生理学賞に選ばれた京都大学の山中伸弥教授は、その数少ない「尊敬されている凄い人」の一人ではないかと感じます。山中教授は今回の受賞に対して、国の支援への感謝を述べ、「個人でなく日本全体で受賞した賞」と話しました。あるいは、仲間の研究者への感謝、家族への感謝についても、繰り返し述べました。この「感謝」こそが、何か・・・「尊敬」に通じる鍵のような気がしました。

今年の本ブログの中で、何度も取り上げさせていただいた映画「この空の花 長岡花火物語」が、第4回TAMA映画賞の「最優秀作品賞」に選ばれました。アカデミー賞等に比べれば小さな賞かもしれません。でも、それ故に、純粋で正当な評価を得られたと思い、とても嬉しいです。なぜ私が、この映画を何度も紹介するのかと言うと、この映画は、かつての戦争や今回の3.11を乗り越えて行く(であろう)日本人の「勇気」を、圧倒的な上昇思考をもって表現(デザイン)しているからです。「長岡の歴史(過去)」という1つの「粒子」にとことん一点突破していながら、実は「世界の未来」に向かって(凄まじいほどの力強いテンポで)全面展開しているからです。そしてその最後のメッセージこそが、「仲良くしなさい」・・・つまり、「共認社会の実現」へと結実します。作者の持つある種の研ぎ澄まされた感性が、これからの「共認の時代」を予見したのでしょうか。これは大資本による商業映画では無いので、どこでも上映している訳ではありませんが、もし近くで見るチャンスがあったら、ぜひ一人でも多くの日本人(特に若い人)に足を運んで欲しいと思います。

実は、この作品の監督である大林宣彦氏が、ラジオでこのように語っていました。「この作品は人間の知性などで出来上がったものではなく、大自然の(何か、よく分からないが・・・)そういう力によって出来たものだと思う」「自然界の力こそが全てであり、人間の考えることなど・・・」。言葉自体は多少違うと思いますが、要は「事を成すことが出来たのは、私(=人間)の力では無く、自然界の力だ。そこへの感謝しかない」という意味のことを話されていました。大林監督は、この作品の製作に入る前、大きな病気をされて、生死を彷徨ったそうです。その時、きっと何かが、訪れたのだろうと思います。そうでなければあの様なモノ(見ていない人には判らないですが・・・)は、生まれなかったでしょう。あれはきっと、映画ではないのかもしれません。大林監督をはじめ、(この映画にも出て来る)山下清も、ピカソも、岡本太郎も、芸術(アート)の力で未来への警告を鳴らしています。だってアート作品にしなければ、いつまでも残らないから。だからこそ、今、私たちは過去と現在の芸術から何かを学び、そして未来の子ども達に向けて希望を残さなければいけません。

山中教授も大林監督も、きっと「尊敬されている凄い人」です。もう、お顔を見れば分かります。その原点は、やはり「感謝の心」だと思います。自分の功績や作品を「オレが作った」「オレが考えた」と捉える人に「感謝の心」は在りません。でも、「私ではない、何か別の力によって出来た」「造らされた」「造らせていただいた」と、心の底から思える人からは、自然に感謝の言葉が出て来ます。未来の子ども達や未来の世界のために、何かを残してあげたい。そういう志や思いやりのある人に、自然界は何かを授けたのではないでしょうか。決して自分の力だと勘違いしないような人にだけ、そっとヒントやアイデア、閃きを与えたのではないでしょうか。私には、そうとしか考えられないのです。

さて今日、WOWOWで録画しておいたビーチボーイズの来日ライブを見ました。このライブは今年の夏に行われて、本当は行きたかったのですが、都合がつかず、残念でした。私の好きなブライアン・ウィルソンも参加していて、映像だけでも、とても楽しかった。この人が残してきた音楽も、表面は明るく軽快なサウンドですが、その裏側は、暗く、重く、孤独の声に満ちたものです。アメリカを象徴するバンドでしたので、その作品にアメリカの未来が転写されたのでしょう。ビーチボーイズの音楽は、アメリカの歴史そのもの。陽気さの陰に、深い闇が隠れています。そして彼は、ステージの一番端にいて、メンバーがノリノリの音楽が演奏している間も、キーボードの前に静かに座っていました。きっとこの人は、その佇まいで、何かを表現しているのだろうと感じました。

芸術や科学も未来へのメッセージです。私たちの生き方も未来へのメッセージです。そのメッセージを(今を生きる)私たちは発信し続けなければ成りません。であるならば、そのメッセージを発信できる自分自身に成らなければなりません。つまり、大自然への感謝の心を持つことです。自然とは、山や川という風景だけでなく、人間業を超えた「叡智の海」ようなものです。そこへ向けての感謝の心があって初めて、私たちは未来を生きる人たちへの貢献ができると思います。「共認の時代」とは、「期待に応える」ことが人生最大のテーマと成る時代。私たちは、未来の子どもたちの期待に応えられているでしょうか。鍵は、「感謝」です。感謝の心で、前へ進むことだと思います。それが唯一の道だと思います。私たちも、建設業という道で、そのような探求をしていこうと思います。

昨日10月8日、おかげさまで丸二は創立59周年を迎えることができました。これもひとえに全てのお客様、地域の皆様、協力会社様のおかげと、心より感謝申し上げます。来年は創立60周年で、人間で言えば還暦です。還暦とは、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。つまり「生まれ変わり」「新たなスタート」の時ですね。60年前と今とでは、全く時代が変わりました。私たちは、次の60年を始めるにあたり、新築工事とリフォーム工事の「両輪経営」という新たな「型」を造り、さらにお客様とのご縁を大切にして、地域社会に貢献してまいります。今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

さて、今年は2012年。いろいろな意味で転換ポイントです。今年中に来年以降への明るい展望を持って年を越すこと出来るかどうかが、私たちにとって(否、人類にとって)最も重要なことだと感じています。それは、決して大げさなことではなく、これからの個人の人生、会社の業績、国の方向性、地球環境の行く末を大きく左右すると思うからです。その一番の焦点ポイントは、一人ひとりの「心の持ち様」ではないでしょうか。今私たちが本当に必要としているのは、意識の力だと思います。前向きで、ワクワクしながら、何事にも感謝して生きる。物事のマイナス面ばかりに目を向けず、プラス面にフォーカスする。お互いが認め合う。協力し合う。応援し合う。たったそれだけのことですが、そこには無限の力が宿ると思います。

もう技術論では無くなったのではないでしょうか。テクニックで改善しても、また元に戻る。他者に依存しても、また元に戻る。この堂々巡り。今私たちが気づくべきは、一番頼りになる存在は(実は)自分自身の中に在るということです。誰よりも自分自身を知っていて、愛していて、応援してくれている存在。24時間決して忘れずに、常に助け続けてくれている存在。それが「良心」です。自分自身の胸に中に「良心さん」が居てくれる。こんなにありがたいことはありません。だから、何があっても、「私は一人」では無く、「私は二人」です。

世界中の人たちが、孤独を克服し、お互いを認め合い、助け合う社会。その方向へ一気に流れ込むのが、これからの時代の潮流だと思います。そういう時代の流れに乗るには、自分自身の良心と仲良く成ることだと思います。そのようにして毎日を生きている限り、人生も、仕事も、社会も、きっと良い方向へ行くでしょう。政治も、その流れを汲むことによって、きっと変化していくと思います。政治は、私たち一人ひとりの心の鏡。政治を変えるには、私たちの心の総和を変えなければ無理です。だから、時代を変えるには、心を変えること。それはとっても時間が掛かることです。でも、この2012年で気づくことができれば、来年には明るい兆しが出て来るかもしれません。そういう楽しみが、これからは一杯あります。

それに、今年のノーベル生理学・医学賞を、日本人の山中伸弥教授が受賞いたしました(おめでとうございます)。iPS細胞を初めて作製した功績が認められたとのことです。これは失われた身体機能を回復できる技術なので、今後医療に応用できれば、多くの人々が苦しみから救われるのでしょう。このようにして、人々の幸福のために全人生を捧げる人がいて、それを素直に認める人々がいる。素晴らしい本物の技術とは、このような「良心の交流」によって初めて、成し遂げられるのでしょう。だから・・・日本の時代が来ると思います。


来年は伊勢神宮の御遷宮の年であり、丸二の60周年の年です。良き2013年と成る予感が日に日に増している今日この頃です。

共認の時代へ

2012年10月 5日

10月に入り、少しずつ秋の気配を感じられるように成りました。それでも日中の日射しはまだ強く、残暑の厳しさが残ります。中国の暴動やオスプレイの配備や原発建設の再開など、様々な恐怖心を抱いた今年の夏でしたが、あらためて振り返って思い浮かんだのは、意外や「大丈夫」という言葉でした。

消費税をどんどん上げなければならない程、国の財政状態は悪化しているはずなのに、TVでは毎日呑気なお笑い番組を流し続け、都会の街は多くの人で賑わっています。何か景気浮揚策へ舵を切れば、国内にあるお金がどんどん出て来そうな気すらします。また、中国であのような暴動騒ぎが起きても、日本国内で中国人のお店を襲う日本人は一人もいません。そしてコンビニでは、あいかわらず毎日大量のお弁当が廃棄されていて、国家破綻を目の前にした国とは思えない落ち着き様です。このような情景は、食糧そのものが無い国にとっては、まさに楽園ではないでしょうか。そもそも日本の財政破綻論は本当なのだろうか・・・。消費増税は必要なのだろうか・・・。

新しいスマホに飛び付き、ダイエットをしなければならないほど栄養を摂っている。その上こんなに円高なので、輸入コストが大幅に削減できて、海外の資源を物凄く安く買えている。円高で輸出産業が厳しいという固定観念がありますが、実際日本の輸出産業はGDPの10%程度しかないようで、すでに日本は内需国に成っています。であれば円高は日本にとって神風ですね。さらに加えて、この夏を終えてハッキリ分かったのは、「原発は無くても大丈夫」という事実です。この現実と官邸前デモのような市民の声が、いよいよ本当の事を明らかにさせる原動力になっていきそうです。

このように見てみると、どう考えても、破綻寸前の国家には見えません。日本が破綻する時は、全世界は既に終わっているではないでしょうか。なので、私たち日本人は、強い心で、真実を見極めて、もっと明るくやって行かなければなりません。それは今まで通りで良いと言う意味では決して無く、昨年の東日本大震災によって、私たち日本人が気づいた(思い出した)新しい「共認の時代」への移行が前提です。

ある本に「もし(何か事を成すにあたって)大きな困難や苦労が生じなければ、あなたは天から見放されたと思いなさい」とありました。普通、困難や苦労が無い方が、天に守られていると感じるのですが、実はその反対で、困難や苦労が起きないと物事は成就(完成)しない。つまり、困難や苦労が起きない時は、それは間違っている証拠だから止めなさいと。変な話のようですが、確かにそうだと思います。

日本は今、大きな困難と苦労の中にいます。でも、それを決して暗く考えることは無いと思います。この困難と苦労が生じていることは、事が成就する証拠でもあるので、それに感謝して、信じて、あきらめずに打開していけば良い。今、国内でも毎日様々な事件や自殺が起きています。でももし、困難と苦労が天から愛されている証拠と認識できれば、自ずと心の状態は変わり、きっと必ず、時間と共に事態は変化して行くはずです。明日を信じて生きて行けるはずです。

今こそ、私たちは、世界中で最も安心で安全で豊かな日本に生きていることに感謝して、「共認の時代」へ動き始める時です。それは、誰かに支配される社会ではなく、自分自身と仲間で創造していく豊かな社会です。お互いがお互いを認め合い、助け合い、期待に応え合う社会。本当(真実)のことを探求し、それに則った最善の人生を歩み始める社会。それが最高の充足感と成る時代。

3.11で私たち日本人は大切なことを学びました。その傷跡は大きいですが、犠牲と成った多くの方々と今でも苦労されている方々と一緒に、「共に生きる」意識で、時代を変えて行きたいと思います。その間、一時的な混乱が起こると思いますが、「それが故に」、日本は大丈夫と分かります。いよいよこの難局を、みんなと力を合わせて、楽々と乗り切って行く日本の姿が見えて来るでしょう。そういう予感がしませんか。私たちこそが主人公。その実感が味わえるまで、一人ひとりが自分自身を信じて、大切にしていくことだと思います。

最良の建築をプロデュースします。

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