MARUNIの社長ブログ

ノスタルジアと未来

2013年5月20日

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タルコフスキー映画の最高傑作と言えば、「ノスタルジア」ではないでしょうか。1983年のカンヌ国際映画祭にて創造大賞他、いくつかの賞を受賞いたしましたが、そのような世間的評価とは一線を画した芸術作品の中で、きっと未来永劫生き続ける映画的宇宙のひとつだと思います。けれども、やはりタルコフスキー作品だけあって、一般的な映画を観るような訳には行きません。そこには(観る側にも)ある種の瞑想的な心構えが必要です。現代の時間の流れとは逆行するほどの「静止した動き」に身を任せることを求められるからです。

つまり、(例えば)植物の芽が出て、茎が育ち、葉が生まれて、花が咲くまでをじっと見届ける(定点観測する)様な視座のことです。それはあたかも(一見)静止しているかのように見えますが、(真実は)1秒ごとに驚異的な変化を継続しているものです。その動きは明らかに遅く、時代のスピードからの視点から見ると、単なる過去の郷愁にしか見えません。けれども、その長大な奇跡のミクロ的時間軸の積み重ねは、決して止まることなく、1mmずつ未来へ進み続けています。

一方、私たちの日常は物凄いスピード(時速100キロくらい)で、「今」という地点まで一気にやって来ました。しかしながら、ここに来て、遂に巨大な壁にぶつかり、思考も行動も一時停止してしまい、向かうべき道を見失っています。人類の歴史上、初めてと言えるほどの、八方塞がりに入ってしまったようです。そして私たちは、過去(来た道)を振り返り、遠い風景に中から(確かに)ゆっくりと近づいてくる存在を目にするのです。それはかつて、私たちが「止まっている」「取るに足らない」と思っていた微細な運動体です。私たちが、「郷愁(ノスタルジア)」と称して、過去の産物として葬ったはずのものでした。

無価値であったはずの「静」が、前へ進めなくなった「動」に追い付き、今や追い越そうとしているのです。「静」は「生」ですので、(一見)静止しているように見えて、実は物凄い生命力を内在しています。生き(続け)ているのです。私たちはきっと、目の前をゆっくりと通り過ぎて行くノスタルジアを見送り、彼らの後を付いて行くことになるのでしょう。まるで、ウサギとカメの物語のようです。

映画「ノスタルジア」から感じられるメッセージには、もっと深いものがあると思います。人類を救うことと、故郷に帰ることが交差する中で、「幸福」と言う優しい言葉では表現し切れない、真の「歓喜」を追求しているのかもしれません。映画自体は極めて難解です。多分きっと、人類は偽りの成長の終わりを迎えているのかもしれません。人類は楽をしてきたのです。ただ「楽に成りたい」だけを追い求め続けてきたからです。そして今、そのツケの請求が来たのでしょう。非常に厳しい現実です。要は、資本主義や民主主義では、全体幸福は実現出来なかった。私たちはそこを正直に認めて、今私たちを追い抜こうとしている「自然の摂理」をもう一度観察し直して、その驚異的な生命力に対する畏敬の念を持って、素直に後に付いて行く道を選択することです。

日本や世界の現状は厳しい。教育の建て直しをしても、あと30年は掛かるでしょう。人口が減り続ける以上、右肩上がりの成長も望めません。幸い「アベノミクス」によって、僅かな期待が生まれ始めていますが、これも永続的に捉えるのでは無く、私たちが静かに方向転換を行うに必要な時間軸(猶予期間)をいただいたものと感謝して、この一瞬の景気浮揚の中において、過去から未来へと(一糸乱れぬ)行進を続けている列に合流することだと思います。

このようにして、古き良きものからの「インスピレーション」を得ることは大切だと思います。過去からの長大な時間を生き続けている古い映画やクラシックや古典に触れることで、そこから何かを感じ取ることが出来ると思います。それは確かに過去への単なる「郷愁(ノスタルジア)」かもしれませんが、もしかしたら過去からの足音を聴く行為なのかもしれません。

映画「ノスタルジア」全編を貫く静寂、静止、静音は、一向に前へ進みません。音楽もほとんど流れず、静かな水の音が聞こえるだけです。普通の感覚では、ただの退屈な時間です。けれどもそれは、私たち人間の側の視座が低いからではないでしょうか。自らの意識の視座(高度)を上げ、俯瞰する地点に達し、全体を見下ろすことによって、今まで見えなかったものが見えて来る。静止していたものが動いて見える。生命の躍動感を感じられる。そのような位置に立って、映画「ノスタルジア」を見た時、主人公が故国の家族や家を思う「郷愁」には、むしろ未来(希望)を感じます。

特にタルコフスキー映画に出現する「家」は、特別な存在です。私たちがノスタルジアを感じるのは、多くの場合、「場」です。風景や街並みや家です。つまり、私たちの建築には、大きな使命が内在されている訳です。その家にノスタルジアはあるのか。その家は、未来へ向かって歩いているのか。未来の人の心に宿り続けているのか。その人の未来を救えるのか・・・。ノスタルジアが、過去への郷愁から未来への期待に変わる瞬間が起きそうな気がします。それは、自然の恩恵に感謝できる意識の開花だと思います。

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