MARUNIの社長ブログ

2014年3月のバックナンバー

春と生命産業

2014年3月31日

今年も4月と成り、桜の花が舞い上がる季節がやって来ました。最近の世の中の変化はとても激しく、かつ(マレーシア航空機事件のように)複雑怪奇な面が多く、正しい時代の流れを捉えにくい状態ではないかと感じます。そのような時は、春に成れば桜の花が咲くが如く、素直に「自然の摂理」に従った思考や生き方をして行けば良いのでしょう。そういう意味で、「四季」のある日本は恵まれています。何となく塞ぎ込んでいる日々を送っていたとしても、だんだんと気候が暖かく成って、美しい桜の花を目にすれば、気分は不思議と変わって行くものです。時間の流れとは本当に凄い。時の流れに身をゆだねる、水に流す・・・そのような自然界に在る「流れ」への意識さえ忘れなければ、自分自身の心を整え直すことは充分可能なのでしょう。そして今年も素晴らしい春がやって来ました。

現在の社会情勢や国際情勢、あるいは目の前の経済情勢や景気動向等、まさに先行き不透明な場所に立ち尽くしている私たちは、そのような厳しい外部環境と格闘しながらも、(その前に先ず)「自分自身」を生きて行くことに焦点を合わせるべきなのでしょう。私はいったい何のために生まれて、何のための生きているのか。少なくとも世の中と格闘する為では無いと思います。自分自身の成長の為、あるいは自分自身の幸せや生きる喜びを体感する為ではないでしょうか。外部環境とは、一人ひとりの「生きる喜び」を実現する為の時代設定(=背景)であり、舞台装置であり、物語設定だと思います。その物語が佳境(クライマックス)に入れば、自ずと「カタルシス」が起こり、自分自身の内側に感動や歓喜、生きる喜びが爆発するでしょう。この時代を生きている私たちは、相当ビッグなドラマを期待して生まれ出でたのではないでしょうか。時代が大きく進化進展する超激変期の中で、自分自身を生かしてみたい。まさに勇者の集まりです。

そのような激変期の中で、建設業の役割はますます重要に成るはずです。新しい時代造り、新しい国造り、新しい都市造り、新しい街造り、新しい住環境造り、新しい自分造り。それら全てを包み込む「生命場」を造ることこそが、建設業の使命です。建設業は、常に華やかな新ビジネスや花形産業の陰に隠れてしまいがちですが、人類が存在する限り永遠に存在し続ける「生命産業」の1つです。その建設業に今、人手不足の波が来ています。これは世の中の構造バランスを整える為の「平衡機能」の作動ではないでしょうか。世の中を陰で支えている「基礎」としての建設産業が手薄と成れば、社会全体の安定が維持できない。この不均衡の象徴として人手不足が現れたとすれば、この不均衡は必ず(早急に)是正されます。それは社会全体の根幹を揺るがす国家(人類)的な問題だからです。人間の生命に関わる職業、「生命産業」へのシフトが始まったシグナルです。

モノ造りの技術には、大きいも小さいも関係ありません。これからの「生命産業」としての建設業を支えるのは、お客様(住む人々)とより近い存在である「中小の建設会社」による「身近で親切なモノ造り」ではないかと感じます。激しい時代の変化に機敏に順応しながら、住む人の生命を(身近な存在として)守って行くことの出来る存在。そのような思いの強さこそが、この「生命産業」の核に成ると思います。

時代を超えて生き続けて行くものには、本質的な価値が在ると思います。短期的な(浮き沈みの)波ではなく、長期的な波に身をゆだねて、時間と共に生きて行くこと。昇る時は昇り、下がる時は下がる。けれども長期の波の方向はゆるやかに昇っている。自分自身をそのような「長期で昇って行く波」に置くこと。それが出来れば、短期の波に一喜一憂はしなくて済みます。世の中の動きに惑わされず、自分自身の長期の波に乗って行くこと。丸二の場合は建設業という悠久に続く波に乗りながら、お客様への思いやりを大事にして、自己の自立と成長を確立していく道を歩んで行きます。


※最近の写真

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中野区大和町にて地鎮祭を行い、(その後)中野サンプラザにてお客様との昼食会を行いました。写真は(その時の)窓からの街並みです。

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地元、武蔵野市吉祥寺本町で地鎮祭です。とても暖かい日でした。お客様のために、一生懸命に「良き建築」を造らせていただきます。

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渋谷区神宮前にて地鎮祭です。素晴らしい青空の日でした。日頃から「良きご縁」をいただいている設計事務所様からのご紹介です。

3.11と追求心

2014年3月14日

今日の夜中(AM2時頃)、愛媛で震度5強という地震がありました。大きな被害にならないよう心から祈ります。東日本大震災から3年が過ぎ、この一週間は「3.11への追悼」あるいは今後の地震予知(予測)等に関する番組が多く放映されていました。その中で、特に気に成っていたのが、東大の名誉教授の先生が、「この3月中に四国で大きな地震が起こるかもしれない」と話していたことです。全国に設置されている「電子基準点(地盤の上下動を測るもの)」の動きに大きな変動が起きているからとのことでした。もしこの予測方法と今回の地震との関連性を見出すことが出来れば、今後の地震予測への大きな一歩に成るのかもしれません。けれども地震そのものを(人間が)止めることは出来ないので、予測方法の追求と同時に日頃の防災意識が大切なのでしょう。さらには、地球(大地)への感謝の念を(一人ひとりが)持つこと。本当の根っ子はここに在ると思います。

前回のブログではロシアに関する話題を書きましたが、その後ウクライナ問題が表面化し、プーチン大統領の会見も報道され、現在はクリミア半島をロシアが制圧中とのことです。東欧の1つの国(地域)が、かつての冷戦構造を思わせるような緊迫した情勢と成り、私たちには解り得ない次元で、様々な戦いが始まったようです。このような戦いが起きると、必ずメディアは「こちらが善で、こちらが悪」という構図を設定します。その(作られた)設定(=シナリオ)に乗せられて、私たち一般人は短絡的な物の見方で世論を構成してしまいます。その繰り返しの中で、時代が築かれて行く。けれどもその結果として、世の中が良く成って来たかと言うと、良くなった面と、そうではない面の両方が混在していると思います。

実は「良くなったかどうか」という評価自体も曖昧で、それはそれぞれの国、勢力、地域、個人によって捉え方は違います。これだけ凄まじい技術の進歩があっても、未だに世界では貧富の差が大きく、根本的な問題が解決されたとは言えません。けれどもそのような中でも、日本はあの戦争以降、(おそらくある種の奇跡的偶然も重なって)比較的に幸福な道のりを歩んでいるように思います。地球レベルでの環境問題や人心荒廃の影響はありますが、それでも生きる意欲さえ在れば、生きる道が在ります。

今私たちにとって大切なことは、根本(本当のこと)への「追求心」だと思います。あの3.11で東北の大地と私たち日本人の魂は大きく振動しました。その後は、復興、再生が始まりました。けれどもそれは、形あるものを復元するという物理的な問題だけでは無く、もっと大きくて深い、真の「気づき」を見つける為だったのではないかと、最近感じる様になりました。このような時にこそ、私たちは物事の本質、あるいは本当の原因(真因)を追求し、発見し、そこを是正していかなければなりません。けれども、なかなか復興は進みません。福島の現状も厳しいままです。

3月8日にNHKで放映された「未来への手紙2014~あれから3年たちました~」を見ました。映画監督の是枝裕和氏をはじめ、複数のディレクターたちが被災地の子どもたちの3年を描いたドキュメンタリーです。震災から半年後に子ども達自身が撮ったビデオレターを振り返りながら、3年後の「今」の思いを本人たちが語ります。そこには大きな試練を乗り越えた(人間としての)精神的成長がありました。それにしても、子ども達にとっての「3年」とは、非常に長い時間軸ではなかったかと感じます。3年前の顔と今の顔とが全く違うからです。震災後の日々の日常(現実)を素直に受け止めながら、これからの自身の人生に向けて何か特別な意味を含めた熱い希望や期待を胸に秘めているかのように見えました。私はこの番組を見た時、未来の日本を造り上げて行くのは、きっと3.11を経験した子ども達ではないかと感じました。それくらい強く、頼もしく思えたのです。

他にも「東日本大震災から3年」をテーマにした様々な特集番組がありました。あの日、南三陸町の防災対策庁舎から(最後の最後まで)避難を呼びかけていた女性の死には、とても辛く悲しい思いが残りましたが、日曜日のNHKの番組の中では、その娘の死を乗り越えて懸命に生きようとする母親の姿が紹介されていました。涙なくして見られませんでした。そして今、ご両親は民宿を始めることにしたそうです。民宿の名前は「未希の家」。亡くなった娘さんのお名前です。防災意識と命の大切さを語り伝えて行くために・・・。震災から半年後、私が南三陸町に行った時、目にした防災対策庁舎の姿は、今でも心に焼き付いています。その記憶は決して忘れません。

話は変わって、先日謝罪会見を行った佐村河内守氏の事の顛末に付いてですが、一般論的な意味においては、やはり本当に愚かで、恥ずかしく、考えられない出来事だったと思います。ただ、一人のクラシック音楽ファンの気持ちとしては、一つの長大な交響曲がこの日本において誕生したことに、(確かにほんの一瞬の事ではありましたが・・・)心が躍ったのも事実です。佐村河内氏のプロデュース(構想プラン)、新垣氏の作曲という「ユニット」で発表して行けば、何も問題は無かった・・・。きっと2人は日本で誕生した新スタイルの「交響曲作家」として名を残したに違いありません。本当に残念なことです。

今の時代にクラシック音楽、とりわけ長大な交響曲などを作っても、「売れる」はずありません。それでも尚、生み出したい、売りたいという極度の欲求が「狂気」と化し、18年間に及ぶ「心の闇」を生み出したのでは無いでしょうか。幻となった「交響曲第一番」ですが、作者の名義を正しく修正することで、今後の演奏会の再開は出来ないものでしょうか。音楽そのものに罪はありません。この問題の真の論点は、この楽曲自体の評価に在ると思います。作者が誰であれ、どのような経過であれ、「良き音楽」には人は集まります。「音楽」が生んだ事件であれば、「音楽」の力で解決する。コンサートとCDが再開されれば、(逆に)相当な人気に成る状況です。そして多くの関係者が受けた心の傷や多大な損害も、もしかしたら(多少なりとも)解決できるかもしれません。そういう方向へ向かってもらいたいものです。

また、最近は「STAP細胞」の論文についても、いろいろな疑惑が出ている様です。上記の(佐村河内氏の)問題は、音楽の製作プロセスや製作者自身の人間性に「巨大な(故意の)嘘・偽り」が在ったのは確かですが、完成された「音楽(=作品)」そのものに嘘・偽りは無く、新垣氏作曲による立派な楽曲として世に生まれたのは事実です。STAP細胞についても同様にして、研究発表用データや資料の不備だけの問題なのか、あるいは「発見(=作品)」そのもの自体の誤りなのか、そこが大きなポイントだと思います。マスコミや報道は、こういう問題が起こると一斉に非難や誹謗中傷を始めますが、世のため人のために(善意の意識の上で)何かを生み出そうとする「志」への最大限の「敬意」と「感謝」を払った上で、事実を淡々と公開していただきたいと感じます。

マレーシア航空機の消滅、Jリーグの浦和レッズ戦における差別的な横断幕事件、大手電機メーカーの技術漏洩事件、そして昨日のような強風や愛媛の大きな地震。最近起きている様々な事件や出来事を見ていると、何かが堰を切って崩れ始めたかのような印象を受けます。今まで隠れて見えなかったものが出てくる時代。良きものも、そうでないものも一緒に・・・。全ては「3.11」から始まったのではないでしょうか。

3月11日の午後2時46分、心の中で黙祷を捧げました。日本だけでなく、世界においても、もう二度と大きな災害が起きませんように。世界中が平和で幸福でありますように。犠牲になられた方々の願いと祈りに応えられる自分たちに成れますように。その為にも、私たちはもっともっと時代の本質を追求して、物事の根本を理解して、そして認識し、さらには共認し、大本の部分から正していかなければなりません。東北の子ども達は、きっとその伝道者に成って行くと思います。「本当の生き方」や「本当の国造り」を追求する新しい日本の始まりです。


※最近の写真

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恵比寿で地鎮祭です。お客様、誠にありがとうございます。これから誠心誠意の心で、「良き建築」を造り上げて参ります。


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加子母森林組合(岐阜県)で、ヒノキの乾燥実験の報告会です。遂に、木材の芯まで含水率20%以下を達成しました。


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加子母の隣町、下呂温泉(岐阜県)の早朝の空です。静かで、穏やかで、澄んだ空気がとても気持ち良かった。


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三鷹の現場です。とても場内が整理整頓されていて嬉しかった。もうすぐ上棟です。「良き建築」の完成まで、がんばろう!


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愛犬「じんべえ」君、井の頭公園で夕日を眺めています。何を考えているのかな。家に帰ってからのゴハンに決まってます。


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井の頭公園の夕暮れです。モノクロで撮ってみました。なかなか良い雰囲気です。レトロ等もあったので、今度試してみよう。

最良の建築をプロデュースします。

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