MARUNIの社長ブログ

優しいほほ笑み

2016年7月26日

半月前の参議院選挙は、大方の予想通り、与党が票を伸ばす結果と成りました。先の英国の(EU離脱を問う)国民投票のような番狂わせも無く、とても静かな選挙でした。また今回から18歳以上に投票権が与えられたことで、どのような変化が起こるかが興味津々でしたが、蓋を開けてみれば、18歳、19歳の投票先も他の年代とさほど変らなかった様です。一方、英国の若者たちの多くはEU離脱に反対でしたが、上の世代が賛成票を投じた為、離脱が決定してしまいました。このような世代間の主張の違いには、非常に辛い面が残ると感じます。また米国では差別を起因とする暴動が拡大化しています。

純粋な考え方の違いのみであれば、お互いに歩み寄ることが可能ですが、違う世代同士、違う人種同士、違う宗教同士の対立は、そうは行かない面があるのかも知れません。日本と云う国は、仮に考え方の違いはあっても、多くの若者は高齢者を敬い、人種問題も無く、宗教は何でも認めるというおおらかさがあります。選挙が静かということは、(逆説的には)成熟した社会の証なのかも知れません(投票率の低下は問題だと思いますが・・・・)。

けれども実際の世界情勢は、全く反対の方向へ動いています。先のバングラディッシュのテロ事件のように、日本人だからと言って安心安全な場所は無くなって来ました。動揺と緊迫の日常が世界中を覆っています。もちろん日本もその覆いの中に在る訳ですが、他国とは少し雰囲気が違うような感覚を持ちます。悪く言えば「大人しい」のですが、良く言えば(全てでは無いですが・・・)「大人」なのかも知れません。現在、東京都知事選の真っ最中ですが、おそらくこのまま大きな盛り上がりも無く、淡々と誰かに決まり、淡々とその結果を受け入れて行く都民がいることでしょう。「和」の心とは、きっとそういうものなのだろうと思います。

参議院選挙の結果を受けて、憲法改正論議が徐々に高まって来ていますが、日本の憲法と言うと、聖徳太子が作った「十七条憲法」を思い起こします。その第一条の「和を以て貴しと為す」には、日本人の心、精神、文化の全てが表現されていると思います。これは他国には無い概念なのでしょう。そのような面から日本の憲法を再構築していく道はあり得ると感じます。つまり、日本と云う国の成り立ち、日本人の特性、21世紀の日本国の役割を再認識しつつ、目の前の厳しい現実を直視する機会に成ればと思います。

その厳しい現実とは、(例えば)EU内の難民問題であり、世界中で発生中の組織的テロであり、東アジア周辺の緊迫した領土問題であり、地球環境の汚染や資源の枯渇問題も依然として在ります。最近では、まるで突然何かに憑かれたかのようにして、一人の普通の人間が(信じられないような)大事件を起こすことも増えています。今朝の相模原の障害者施設の事件もまた(まだ詳細は不明ですが)一人の若者による凶行のようです。

大地が揺らぎ、火山が揺らぎ、そして人々の精神が揺らぎ始めている時代においては、国家も、個人も、企業も、常に最悪を想定した危機管理に徹することで、平和で安心・安全な日々の生活が守られていくと思います。日本も確かに様々な重要問題が山積中ですが、他国に比べれば、(まだまだ)ありがたい暮らしが在ります。2600年以上(全く途切れず)継続している皇室の存在も実は非常に大きいと感じます。これからどんどん世界の人々が(相対的に)日本を羨ましく思うように成るのではないでしょうか(今の日本人は無自覚ですが)。その羨ましさが「尊敬」へ向かう人(国家)もあれば、妬みへ向かう人(国家)もあるはずです。この「妬み」に対する危機管理は、忘れては行けないと思います。

米国の新しい大統領がどちらに成るかは分かりませんが、今後の日米関係がより良い方向へ向かうことを祈ります。日本人としては、お日さまへの感謝の心を忘れずに、日々の仕事や生活に(笑顔で)努力して行きたいと思います。2020(ニコニコ)年の東京オリンピックへ向けて、ニコニコの日本、ニコニコの東京をイメージして行きたいと思います。


※喜劇役者

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ニコニコと言えば喜劇ですね。私が好きな喜劇役者さんは、渥美清とバスター・キートンです。渥美清さんは今年が没後20年ということで、これからBSプレミアム等で関連番組が放映されますが、今からとても楽しみです。バスター・キートンさんは、偉大な喜劇王チャップリンの陰に隠れてはいますが、何があっても無表情で、それがとてもおかしいのです。代表作は「大列車追跡」と「セブン・チャンス」で、あの体を張った演技は、今の役者さんには到底真似できないでしょう。渥美清さん(松竹映画「男はつらいよ」)と藤山寛美さん(松竹新喜劇)は、お互いに尊敬し合いながら、共に映画と演劇の分野で、当時の「松竹」の屋台骨を支えていました。その重圧は大変なものだったらしく、(文字通り)2人は命を縮めて、役者人生を全うしました。バスター・キートンさんも、危険なシーンの撮影中に、首の骨を折ってしまったにも関わらず、そのまま撮影を続行し、後に骨折の痕が見つかったとのことです。一歩間違えれば、命を落としていたのに・・・。やはり後世まで残る人物とは、その瞬間、瞬間を、他の誰よりも懸命に(=命を懸けて)生きていたのだと思います。だからこそ、自らの命を削った「笑い」の中に、深い無常観と優しいほほ笑みが宿ったのではないでしょうか・・・。

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