MARUNIの社長ブログ

WOWOWで放映していた連続ドラマ「宮沢賢治の食卓」(全5話)を観ましたが、実際の宮澤賢治の実像に比べると、随分明るく軽やかなホームドラマに仕立てていた為か、妹トシとの深い絆の真意(理由)があまり描かれていないような気がしました。なぜ賢治はあれほどまでに妹トシを思い、慕い、彼女の死に接しては、自己の死までを覚悟したのか・・・。その背景を知らずに、宮澤賢治の思考と行動の表層だけ見ても、常人では理解し得ない奇怪なものにしか映らないと感じました。

宮澤賢治は(実は)とても裕福な家で育ちました。けれども父親の商売を嫌悪し、父や家族と対立し、家を出て、あえて家族とは別の宗派に入信し、自ら貧乏な暮らしに身を置きながら、夢や理想ばかりを追い求め、誰からも肯定されない苦しい人生を歩んでいました。けれどもその中で只一人、賢治を信頼し、尊敬し続けたのが、妹トシでした。トシだけは、賢治が入信した宗派に一緒に入り、賢治の書いた童話や詩を褒め、どんな時も賢治の心の支えで在り続けました。そのトシが結核に倒れ、24歳の若さで生涯を終えた時、賢治は真の意味で天涯孤独(宇宙でただ一人)を感じたのだと思います。

妹トシが亡くなった日の朝を描いた「永訣の朝」という賢治の有名な詩があります。この詩を読むともう涙が出て仕方ありません。窓の外は降りしきる雪。今にも息を引き取ろうとする妹トシが、息も絶え絶えに繰り返す「あめゆじゅとてちてけんじゃ」とは、「雨雪(みぞれ)を取ってきてください、賢治兄さん」という意味だそうです。自らの死を目前にして、人生最後のお願いとして、最も信頼する人(兄、賢治)に、自分の最後の食べ物(お椀一杯の雨雪)を頼んだのです。妹トシは、父親でもなく、母親でもなく、「わたくし(賢治)にたのんだのだ」。トシの死を自らの死と捉えていた賢治に対し、トシは「Ora Ora de shitori egumo」と言います。それは、「わたしはわたしで(先に)ひとりいきます」「兄さんは(死なないで)世の為、人の為に、まっすぐ生きてください」というメッセージだったそうです。お椀一杯の雨雪(天上のアイスクリーム)と、この言葉によって、宮澤賢治は(死よりも)生きる希望を見出しました。

「宮澤賢治『永訣の朝』の授業~トシへの約束」(石黒秀昭著)という本を読み、この様な「永訣の朝」の真の意味を理解することが出来ましたが、賢治は、妹トシの死によって、自らの信じる(正しい)道を明るく強く歩み始めたのだと思います。その後、賢治自身が病に倒れ、死を迎えようとした時、最後まで激しく対立していた父親から(初めて)「お前は立派だ」と言われます。賢治は「お父さんにとうとう褒められた」と大変喜び、そのまま息を引き取りました。賢治の人生が最も明るく光り輝いた瞬間だったと思います。宮澤賢治のほとんどの作品は死後になって発表され、有名な「雨ニモマケズ」は、賢治の手帳に書かれたメモの中から発見されました。

私が宮澤賢治に惹かれる理由は、この様な無様で不器用な生き方の一つひとつに在ります。誰にも評価されなくても、デクノボー(木偶の坊)と呼ばれても、自らの信じる道(世の為、人の為)をまっすぐに歩み続ける。涙を流しながらオロオロ歩き、恥ずかしい姿を晒しても構わない。それでも懸命に生きて行く。それこそが本当に美しい生き方なのだろうと思います。これからの時代は、国家や企業や個人のメッキが剝がれて行く時代に成ると思います。いくらカッコ良く繕っていても、必ず正体のバレる時代。人も会社も、カッコ悪くても構わないから、正しい道を歩んで行くことが大事に成ると思います。そのような大きな理想を胸に抱き、今日も一歩一歩、1mmの前進をして行きたいと思います。


※映画「わが心の銀河鉄道」

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宮澤賢治を描いた作品は数多くあると思いますが、今までで一番良かったのは、緒方直人主演の映画「わが心の銀河鉄道」です。賢治の人生を走馬燈のように観ることができます。ほんとうに苦しい人生だったのだなあと感じると同時に、誰よりも真の幸福に近づいた一生だったのではないかと深く感じ入ることが出来ました。それにしても「雨ニモマケズ」は凄い詩です。賢治は「雨ニモマケズ」を作品としてではなく、自らの信条(戒め)として手帳に書き留めました。その詩の最後には、彼の信仰のお題目が記されています。ほんとうのさいわいを求めて生きた一人の人間の凄まじい生き様に、ただ心が震えるのみです。

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