MARUNIの社長ブログ

澄み渡らせる道

2019年10月 4日

10月に入ってもまだまだ暑い日々が続いています。日本だけでなく世界の気象の変化はますます加速中で、私たち人間はこれから大きな意識転換を要されることに成ると思います。今回の大型台風による千葉県の被害も、もう本当に大変なことで、被災された地域の方々には心よりお見舞申し上げます。今後は(いつでもどこでも)この様な自然災害が発生することを想定して行かなければ成りません。それは決して大げさなことではなく、地球全体が既に「被災の時代」に入っていることを意味します。今まで当たり前に在ると思っていた水、空気、電気、食べ物、着る物、住む場所が如何にありがたいものであったのか・・・そこに皆が気づくまで、自然災害は加速して行くと思います。

この自然界が汚染されている原因には、人類が物理的(かつ必要以上)に自然そのものを破壊してきたことに在りますが、それと同時に、私たち人間一人ひとりの心の汚染の総和もあると思います。世界では未だに紛争が絶えず、ある種の戦争状態が継続しています。日々のニュースでは、様々な事件、事故、汚職、不正、トラブルが報道されています。そして「私は何も悪いことをしていない」と思う(私も含めて)大多数の人々の心中でも、常に何かに対する攻撃心やエゴの意識、ネガティブな心が存在しています。もしこのような多数の人間の心の状態と自然界の動きとが同調(共鳴)しているとするならば、私たちの心を澄み渡らせることで、自然界も澄み渡り、穏やかな気象が享受されるとの計算が成り立ちます。

私たちの心とは、要するに一人ひとりの「私の心」の総和です。つまり私たち一人ひとりにできることは、(他人ではなく)私(=自分自身)の心の状態を澄み渡らせることしかありません。此処に日本人固有の精神性(情緒)が鍵になって来ると思います。私は、日本人一人ひとりの心の総和こそが、これからの世界(地球)を変えて行けるものと信じています。日本は、20世紀においては「技術」で世界をリードしましたが、21世紀においては「良心(情緒)」で世界をリードして行くと思います。けれども実際には、日本人の心も汚染が進んでおり、日本人として恥ずかしい出来事も(日々)多々起きています。けれども今!こうして!何か大きな時代の変化を感ずる中で、日本人本来の心の発動(振動)が成され始める予感もします。

ラグビーワールドカップで、日本がアイルランドに勝ちました。本当に素晴らしい試合でした。日本チームには多くの外国出身の選手もいますが、私には、純粋かつ完璧な日本人チームに映りました。チーム全員が日本人の精神を宿していると感じました。肉体的、フィジカル面で日本人は決して優位ではないはずですが、精神の力で前進できることを教えられました。これから日本人も外国人も一緒になって、お互いの強みを生かしながら、世界を澄み渡らせる道を行けるものと思います。その先導役として、日本人の心、情緒、和の文化が鍵になるでしょう。そして私たち丸二も、この被災の時代の中で、地域の安全基地への道をひたすら歩んで行きたいと思います。地域の方々、お客様を、良き建築で守って参ります。ありがとうございます。


遠い空から

2019年7月 9日

今の世の中の流れは、非常に複雑怪奇で、正しい読み取りが難しく成って来たように感じます。インターネットやSNS等の普及で、昔よりも大量の情報を取得できるように成ったのに、結局中身がよく分からない。枝葉末節ばかりで、根っ子(本当のこと)が分からない。国会やTV番組でも、枝葉末節のみが取り沙汰されるだけで、一向に根本的な真因に行き着かない。情報過多によって、(逆に)日替わりの新しい枝(事件・事故)へと飛び回るばかりで、深く地下(真実)へと深耕する力が分散しているのかも知れません。木を見て森を見ずの状態に陥っていると感じます。

令和の日本にとって、最優先は(あらゆる意味で)国民の生命(安全)を守ることであり、その基盤の上での「財政再建」や「社会保障」だと思います。日本の政府や官僚は、基本的には(確かに色々な不祥事やミスもありますが・・・他国に比べれば)真面目に国民の生命を思い、諸外国との厳しい駆け引きを継続していると思います。私たち一般の国民には、本当に起きている事実(根本)は分かりませんし、当然明かせないことも多いはずです。それらを含めての全体性、あらゆる森羅万象(マクロ)の視点から、(世間の風潮のみを対象とせず)正しい判断を下して行って欲しいと思います。

また、今、人の命も自分の命も粗末にする事件が多いです。自分自身が造ったものでない生命(=預かりもの)を、自分勝手に傷つけるのは、最大の罪と思います。天からいただいた生命、天からいただいた肉体を(自ら)大事に(思いやりをもって)育てて行くことが、自分のことも、人のことも、共に大事にして行く道ではないかと思います。今の自分の目の前の世界だけ(ミクロ)の視点から離れ、「生きているのではなく、生かされている」という遠い空から(マクロ)の視点へと切り替えることが出来れば、不思議と状況は変わって行くと思います。

遠くから俯瞰する視点で物事を捉えることが出来れば、行くべき正しい道が見えて来ます。そしてその道を日々1mmの前進で、只々、懸命に歩むのみ。時間も掛かるし、遠回りかも知れない。けれども黙ってその道を行く経験こそが、人生最大の収穫と成ると信じます。それにしても・・・自分の人生なのに「自分の未来は分からない」とは不思議なものです。だから面白いし、楽しい。夢もある。まるで映画の様ですね。私たちも、常に大きな視点で物事を見て、素晴らしい未来へ向かって、今日も1mmの前進を続けて行きたいと思います。


※エルネスト・ブロッホ「祈り」/ソル・ガベッタ(チェロ)

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アルゼンチン生まれの女流チェリスト、ソル・ガベッタのCDを聞き、初めて、エルネスト・ブロッホという作曲家を知りました。ブロッホは1880年にスイスで生まれたユダヤ人で、ユダヤ教の典礼音楽や、ユダヤ人の民俗音楽を取り入れた音楽を多く作曲しています。このCDでは「ユダヤ人の生活から」の第1曲「祈り」、第2曲「哀願」、第3曲「ユダヤの歌」他が演奏されていましたが、とても素晴らしく、深く感動しました。ユダヤと日本は古来より不思議な縁で結ばれているとよく聞きますが、この曲を聴くと、確かに時空を超えた懐かしさ、遥か遠い古代の風を感じます。これからブロッホの他の曲も聴いてみようと思います。

明るく観る力

2019年4月23日

あと少しで平成の世が終わります。昭和64年1月7日、昭和天皇が崩御された時、私は前職の(兜町の)証券会社で入社3年目の新米営業社員でした。昭和という巨大な時代から平成という未知の時代が始まる改元の瞬間を、株式市場のど真ん中で体感できたことは貴重な経験だったと思います。その瞬間全てが静(鎮)まり返り、無限に続く程の長い静粛な時を刻みつつも事態は粛々と動き、時代は完璧に(当たり前のように)移行しました。その改元の運行は、正に天の意思の如く全くもって自然体でした。

このようにして、私にとっての平成は、日々の株式市場の喧騒が一時停止した後、僅かな静寂の時を経て、再び何事も無かったかの様に始まったのです。けれども今思うと、その僅かな静寂の時の背後では、昭和天皇から平成天皇へ、強烈なる「平和への覚悟」が引き継がれたのではないかと想像できます。私たちはそのおかげをもって、戦争の無い平和な30年間を享受できたのではないだろうか・・・と。只々、感謝の30年でした。

平成時代では、阪神淡路大震災や東日本大震災等をはじめとする大規模な自然災害が日本各地に発生しましたが、私たち日本人一人ひとりに出来ることは、自然の恩恵に感謝する意識を強く持ち、日々の経済活動や生活習慣を変えていくことしか無いと思います。これこそが令和の道と思います。令和という言葉からは、「天(自然界)の秩序(道理)との調和」を感じます。典拠が万葉集とのこともあり、日本古来の精神文化への回帰も予感されます。西洋文明に感化された時代から、再びの大和の良心を復興させることで、天地は鎮まり、大きな和の時代に成ると信じて・・・。

そして今、世界各国の情勢は(経済面でも治安面でも)悪化しています。けれども日本だけは(確かに同じく厳しい状況下ではありますが)、本年の改元(令和元年)、来年の東京オリンピック開催、2024年の紙幣デザイン刷新等、なぜか大きな祝典事が重なり、明るい気持ちが(梅の花のように)膨らみつつあるのも事実です。此処に何か特別な意味が在ると感じます。要するに、目に映る風景を明るく観る力が大切な世の中になって来たのではないだろうか・・・。

仮に、時代が西洋的な物質文明から東洋的(日本的)な精神文明へ移行(あるいは回帰)するのであれば、令和の世とは、心の力が全てを凌駕する時代に成ると想像できます。自身の五感で感じられる全てのものを、明るく観ることのできる人に成れれば、全てが変わるのではないか。目を覚(冷)まし、頭を冷やし、天(自然界)に生かされている自分自身に気づき(思い出し)感謝すること。明るく観る力の総和で、国も社会も会社も家族も、きっとみんなが良く成るはずです。あと少しで令和の世が始まります。きっと素晴らしい時代に成ると思います。


※バッハ:管弦楽組曲全曲(サヴァール指揮/ル・コンセール・デ・ナシオン)

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クラシック音楽の中で、私がお気に入りの作曲家は、ヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ワーグナー、ブルックナー、マーラーですが、特にバッハの音楽には畏敬の念(神聖な感覚)を強く感じます。つまり生身の人間が(努力して)造った音楽という気がしないからです。まるで、元々自然界に存在している微細な音の粒子たちが(ある一定の秩序の元で)自発的に様々な配列で並び替えをしている様子を描いた絵画の様なのです。音の一粒一粒が妖精のように(楽しく自由に)宙を舞う姿を、バッハは心の目で観て、只音符として書き留めただけなのかも知れません。バッハの音楽は全て素晴らしいのですが、最近聞いたCDでは、スペインのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者であるサヴァールの指揮する「管弦楽組曲」にとても感銘を受けました。もうバッハの時代に迷い込んでしまい、ワクワクしながら最新曲を聞いている様な感覚なのです。今年のゴールデンウィークは、たくさんバッハを聞いて、令和時代の幕開けとしたいと思っています。

星を継ぐもの

2019年2月28日

テレビ東京の朝のビジネス番組「モーニングサテライト」の中に、経営者の愛読書を紹介する「リーダーの栞」というコーナーがあります。先日は、世界で最も先進的なプラネタリウム投影装置を開発している大平技研という会社の社長さんでした。私自身、プラネタリウムには久しく行ってないので、なかなかイメージが湧かないのですが、とにかく本物の夜空が出現する程の最高の技術とのことで、ギネスにも登録されているそうです。その技術開発者でもある社長の愛読書が、英国の作家ジェイムズ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」でした。

SF小説の金字塔と言われている「星を継ぐもの」は、私自身、昨年読んだばかりだったので、とても印象に残っています。所謂冒険活劇的なSF小説ではなく、星や人類のルーツを探求する知的好奇心を刺激するものでした。夜、月や星を見ると、宇宙創成へのロマンと人類や自らの生命のルーツに思いを馳せますが、プラネタリウムの開発も(きっと)星や宇宙への強烈な憧れや探求心が為せる業なのでしょう。科学技術の日進月歩の発達は、人々の日々の生活を便利にしたり、人の心を癒したり、新たな経済を生み出したりと、人類の進化向上に大いに寄与しています。

けれども一方、科学技術は時に(意図せず)人の生命や自然界を傷つけてしまうこともあります。原子力発電や地球環境の汚染(温暖化等)もその中の一部でしょう。それまで(自らも)恩恵に預かりながら、事が起きれば、突如非難に転ずる理不尽さに、科学技術者たちは悩みを深めていると推察します。けれども時は進み、地球規模で様々な障害が発生しつつある今、科学の進歩(あるいは経済の発展)と自然界の正常化との折り合いを付けて行くべき時代に入って来たのは事実だと思います。

美しい夜空、たなびく雲、眩しい朝日、輝く夕陽、気持ちの良い風・・・普通の日々の中で感じられる素晴らしい自然の恩恵のひとつひとつを、私たち人間は決して忘れてはいけない。全ては宇宙創成からの創造物であり、人間が造ったものは何ひとつ無いのだから・・・。夜空の星を見ても、「星を継ぐもの」を読んでも、只そこに在るのは、宇宙や自然界への畏敬の念のみです。その「畏敬の念」こそが、これからの科学技術をより素晴らしい道へと案内してくれると信じています。


※ジェイムズ・P・ホーガン著 「星を継ぐもの」

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新時代への前奏曲

2019年1月23日

さあ、平成31年が始まりました。世間では昨年後半以降、「平成最後の」という枕詞が駆け巡り、ある種の寂しさと郷愁感が演出されていますが、同時に「新元号元年」へ向けての前奏曲も静かに始まり、遠くからは小鳥のさえずりが聞こえ始め、あと少しで新しい時代の夜明けが告げられようとする時間帯でもあります。確かに今の日本を取り巻く様々な状況は、決して楽観視はできませんが、時代の大きな流れは本質化、露呈化へと加速しているのは確かであり、(相対的に)真っ当な道を行く太陽の国、日本の時代へ向かう予感がします。

今後は、米中貿易戦争や近隣国との重大案件が、日本の経済面と国防面に厳しい影響を与え始めると思いますが、この機会を得て、あらためて国の繁栄と国(国民)を守ることを現実的に考える時期が来たと思います。日本経済を世界的にリードして来た我が国の自動車産業が、「電気自動車・自動運転・若者の車離れ」という、かつて経験したことのない超大な逆風に直面している様に、全ての産業が重大な岐路に立たされると思います。

それと同様に、私たち一人ひとりも、今までの生き方や人生観の岐路に立たされているとも感じます。簡単に「モノからココロへ」と言いますが、これが単なるキャッチコピーではなく、本当に国や人や企業の生き死にに関わるほどの真の現実問題として立ちはだかるものに成ると思います。それが新元号の時代の主題であり、そこを真っ先に乗り越えられるのが日本ではないでしょうか。

さて、昨年の大晦日は、恒例の紅白歌合戦を観ながら、家族と共にゆっくりと年越しをしました。紅白歌合戦で個人的に注目していたのが、椎名林檎と宮本浩次(エレファントカシマシ)の「獣ゆく細道」で、思っていた通り、宮本氏の「狂演(!)」には度肝を抜かれました。衣装も全員が「和(着物)」の装いで、富士山や太陽(日の丸)という日本をイメージしたステージデザインの中、二人が静と動を演じ分けていましたが、そこには日本の美と幽玄の世界観があり、静かな感動を覚えたのです。

これからは日本人が日本のことをもう一度良く知り、あらためて日本の素晴らしい本質(DNA)を見出して行くことが大切だと思います。それは同時に、日本的な本質と相反する異物が露呈されて行く事にも通じます。日産自動車のゴーン氏の件は、法的な問題とは別の次元において、日本の経営者の基本的精神とは大きくかけ離れているような気がします。この違和感、この異物こそが次々と表面化して行く時代になると思います。

日本の古い文学や絵画や映画は、やはり素晴らしいと感じます。海外の様々な芸術の中にも、(浮世絵をはじめ)日本からの影響を受けているものが多くあります。世界の端っこにある、こんな小さな国なのに、なぜ関心を持たれるのだろう。なぜ小津安二郎監督の「東京物語」が世界一位の映画として評価されたのだろう。なぜ今、多くの外国人観光客が日本に来るのだろうか。

日本人である私たちが、本当の日本の良さを探求することで、新元号の時代も「佳き世」に成るのではないかと思います。「平成時代」は戦争の無かった時代として後世に語り継がれるでしょう。新元号の時代は、世界が日本を尊敬する時代にして行きたいと思います。その為にも、私たち一人ひとりが、日本人として恥ずかしくない道を歩んで行かねばなりません。そのような気持ちを胸に、平成31年と新元号元年を楽しく歩いて行きたいと思います。

※最近読んだ本

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泉鏡花「高野聖(こうやひじり)」

泉鏡花の作品を初めて読みました。「高野聖」は泉鏡花の短編小説ですが、所謂「幻想小説」です。夏目漱石とほぼ同時代の日本の小説の中で、「幻想小説」があるとは思ってなかったので、少々驚きながら読み終えました。物語は高野山の旅僧が体験した怪奇譚です。文体が古く難しいので、なかなか読むのが大変でしたが、日本語古来の美しさと独特な幽玄世界を味わうことができました。同時期には、「五重塔」で有名な幸田露伴が書いた幻想小説もあるとのことで、次に挑戦してみたいと思います。

平成最後の年の瀬が近づき、静粛な日々が流れゆく中、12月23日の天皇誕生日にて、TVで天皇陛下の会見を拝聴し、心の震える思いをいたしました。平成天皇の生涯の祈りとは、「国民の幸せ」と「戦争の無い時代」だったと思います。その願いの通り、平成は戦争の無かった平和な時代として、幕を閉じようとしています。この平成時代を共に生き抜くことのできた日本人の一人として、まさに感無量であり、心から感謝の思いでいっぱいです。

平成は自然災害の時代でもありましたが、日本人の和の精神が復興し、今後の地球規模の災害時代に向けて「腹が座った」という面もあると思います。常に最悪を想定し、準備しておくことの重要性も共認できました。新元号元年と成る2019年以降は、世界は更に大きな変化を起こし、災害も増加すると思われます。新元号の時代は一体どのような時代に成るのでしょうか。新たな元号名と共に、固唾を飲んで見守る日々が、あとしばらく続くのでしょう。

もちろん日本は、新天皇の時代に入っても、平成天皇の思いを受け継ぎ、更なる平和と繁栄を祈る道を行くことに成ると思います。そして私たち国民も、同じ思いで歩んで行きたいと思います。TVで会見されていた今上陛下は、時より涙を堪えながらお言葉を述べられていましたが、国家の象徴的存在から、「国民に衷心より感謝する」というお言葉を戴ける(世界で稀なる)国に生まれたことに、繰り返し、感謝の念を持ちます。この日本の国魂が、世界を明るく照らす時代に成ることを心から祈ります。

さて私たち丸二ですが、おかげさまで今年も良い年越しを迎えられました。これも全て、お客様、関係者の皆様、地域の方々のおかげと、心から感謝いたします。来年からは「御用達」の精神を更に強化し、社会に無くてはならない存在に向上進化して行きたいと思います。お客様に喜ばれる提案力、技術力、現場力を磨き、社員一人ひとりの人間性を向上させ、お客様と共にニコニコ笑顔の花火を打ち上げて参ります。

建設業とはまさに思いの産業だと思います。目に見えない思いを、物理的な形にするリアリティーのある仕事です。人間の手が無ければ何ひとつ創造できない芸術作品でもあります。人々が生きるリアリティーを失いつつある現代社会において、いずれこの道を選択する若者がきっと増えてくると思います。新元号の時代へ向けて、建設業への大いなる夢と志を持ち、丸二は来年もひた走って参りますので、何卒よろしくお願いいたします。

そして私個人も、最近から(超初級レベルの)筋トレを始め、心と体の両面を鍛え始めています。来年には五十の半ばを迎えますので、新元号時代に備え、心身共に整備中です。また昨年来から始めた山城歩きも続けて行こうと思います(山城歩きは、頭を使い、体を使い、想像力を働かせる知的運動です)。けれども私の個人的楽しみの中心は、常にインドアで、映画・音楽・読書が最大の喜びです。振り返れば、今年もいくつかの私的感動がありました。

例えば・・・。
①エレファントカシマシの30周年記念コンサート「30th ANNIVERSARY TOUR "THE FIGHTING MAN" FINAL@さいたまスーパーアリーナ」へ妻と行ったこと=いつもながら素晴らしいコンサートでしたが、桜吹雪の舞う中で歌う「桜の花舞い上がる道を」を初めて観て、鳥肌が立ちました。挫折と苦労を乗り越え、胸を張って生きて行こう。彼らの音楽には不思議な力があるのです。

②はじめて宇多田ヒカルの音楽を(ちゃんと)聞いたこと=最近の2枚のCDを聞いて、その深遠なる音楽性に驚き、感動しました。母親の藤圭子が亡くなって以降、彼女の音楽には変化があったそうです。NHKの特集番組でのインタヴューでは、「真実が何かを知りたい」と繰り返していましたが、その一念が、音楽を別の次元に昇華させているのかも知れません。現代の求道者と感じました。

③友人の誘いで、東京アカデミックカペレの演奏会へ妻と行き、近代フランスの作曲家アルテュール・オネゲルの「クリスマス・カンタータ」を初めて聞いたこと=まるでお経のような合唱で始まり、途中で美しい児童合唱が加わり、最後は「きよしこの夜」が歌われるという、摩訶不思議なカンタータに魅了され、早速CDも買ってしまいました。クラシック音楽にはまだまだ素晴らしい曲があるのですね。

④今年も映画のDVDを数多く観ましたが、特にフランスの映画監督ロベール・ブレッソンの作品に興味を覚えました=「少女ムシェット」「バルタザールどこへ行く」「ラルジャン」等を観ましたが、基本的には全て悲劇、悲しい話ばかりです。けれどもモノクロ画面の美しい映像の中で、静かに動く(基本的に全て素人の)役者たちの姿に、自らの人生が投影されて行きます。そして悲しい結末を迎えながらも、人の幸せと自分の幸せを祈る思いが生まれます。とても不思議な感覚でした。

⑤小津安二郎監督のDVDもよく観ました=有名な「晩春」「麦秋」「東京物語」は以前から好きでしたが、今年は「お茶漬の味」「早春」「東京暮色」「彼岸花」「お早よう」「浮草」「秋日和」「秋刀魚の味」等を観て、あらためて小津映画の美しさ、芸術性を感じることが出来ました。物語はよくあるホームドラマなのに、小津作品の全てのカットの中には、普遍的な人間の美意識が宿っていると感じます。世界の映画評論家が「東京物語」を世界映画のベスト1に評価する意味もよく分かります。日本人の美意識が「この目で」観られるからです。溝口健二の映画も同様だと思います。私は日本人の映画監督では、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男の三人が好きです(黒澤映画はちょっと苦手です・・・)。

⑥今年から海外文学を読み始め、「ラテンアメリカ文学」の存在を知ったこと=コロンビアの作家ガルシア・マルケスの「予告された殺人の記録」、アルゼンチンの作家フリオ・コルタサルの「悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集」を読み、久しぶりに本を読む喜びが湧き上がってきました。二人ともラテンアメリカ文学の代表的な作家で、特にガルシア・マルケスの「百年の孤独」は最高傑作とのことです(来年、挑戦してみたいと思います)。ラテンアメリカ文学の特徴は「魔術的リアリズム」にあると言われています。確かに幻想的な物語なのですが、それが決してファンタジーではなく、現実的なリアリティーの中に存在しています。夢の中で起きていることは、夢を見ている自分にとって、まさに現実であるのと同じように。人間の潜在意識と共鳴する新しい芸術文学です。


⑦横山大観の美術展へ行き、「朦朧体」を知ったこと=横山大観の富士山の絵が大好きで、妻と美術展に行ったのですが、実物はやはり素晴らしかったです。横山大観の絵は朦朧体と呼ばれるのですが、これは横山大観や菱田春草等によって試みられた没線描法とのことで、輪郭を持たない新しい表現であった為、悪意をもって「朦朧体」と呼ばれたそうです。けれども私は好きです。菱田春草という絵師の作品も(インターネットで見ただけですが)とても素晴らしいです。周囲から何を言われても、本物はいずれ必ず評価されるのです。

⑨いわさきちひろが宮沢賢治をリスペクトしていたことを知ったこと=前進座の「いわさきちひろ」の公演を妻と観に行き、ちひろが宮沢賢治のファンだったことを知りました。私も宮沢賢治が大好きで、その作品や生き方に共鳴しています。確か宇多田ヒカルも宮沢賢治のファンだったと思います。賢治の言葉は、易しく捉えられたり、誤解されたりもしますが、実際は極めて厳しい内容です。厳しく苦しい道を歩みながら「ほんとうのさいわい」とは何かを(オロオロしながら、涙を流しながら)探し行く行為の中に(既に)「さいわい」は在るのだ・・・。ちひろも、そのような道を歩んだのでしょう。前進座の舞台、とても素晴らしかったです。

この様ないくつかの私的感動のあった2018年に心から感謝し、そして来年もまた、自らと世の中の「さいわい」を探す道を歩んで行きたいと思います。今年も一年、本当にありがとうございました。来年も何卒よろしくお願い申し上げます。

密度の時代

2018年10月31日

夏の猛暑を超え、やっと過ごしやすい秋の風が吹くと、もうすぐ冬がやって来ます。本当に一年が経つのは早いものです。今年の秋の始まりは北海道の大地震や大型台風等、自然災害と共にやって来ました。最近のニュースでは、様々な災害が発生すると「頑丈な建物の中に避難してください」というアナウンスがよく聞かれます。台風、強風、竜巻、水害、地震等のあらゆる災害から身を守るためには、安心安全な建物が絶対条件に成って来たのです。

今後もし、地球規模で様々な種類の自然災害が多発するとしたら、人々の生命を守る「頑丈な建物」の存在の有無が、国家の命運をも左右する時代に入ったと(決して大げさではなく)言えます。地震の少ない国で震度6や7の地震が発生した場合、その国は一瞬にして全機能が停止してしまう可能性もあるからです。日本のみならず、世界の建築技術の役割と責任が、益々重く成って来たと感じます。

その一方、建築業を目指す若者が減少しているという現状もあります。かつて3Kと言われた厳しい業界よりも、新しい成長ビジネスの方が、確かに魅力的に映ります。けれどもその流れと同時並行し、最近になってやっとモノづくりや職人技能への回帰の潮流も(極めて静かにですが)動き始めた感があります。若者たちが「リアリティ」を失いつつある(虚ろな)時代の中で、個々の魂が「生きている(確かな)手応え、実感」を欲し始めたのではないかと。人間の生活の根源的エネルギーの渦が、新しい時代への扉を開こうと、悪戦苦闘しているのが「今」ではないかと感じます。

2020年の東京オリンピック以後の日本の景気については様々な観測が出ていますが、このままインバウンド(訪日外国人旅行者数)の拡大が継続できれば、観光立国としての新たな国家ビジョンが成立して行くのではないかと大いに期待しているところです。この恩恵は首都東京だけでなく、日本全国の隅々までが観光資源として付加価値化する可能性が大いにあると思います。巨額な投資をせず、ありのままの自然の姿とおもてなしを外国人の方々にご提供することで、日本経済の安定が得られると思います。

けれども日本人の人口が減少傾向にあるのは事実で、既存の経済全体の収縮は避けられないと思います。拡大から収縮の時代においては、「密度」を上げて行く道を行くべきです。今の技術を磨く、サービスを磨く。もっともっと研磨して、研ぎ澄まして行く。小さいが故の透明感、輝きをさらに増して行く。此処への一点集中です。建設業は当面は人手不足の時代が続きますが、もう数年後には「密度の高い企業」「透明度の高い企業」のみが残り、そこで自らの技術を磨きたい、人間性を磨きたい、生きる歓びを感じたい・・・という若者が続々と集まって来る時代に成っているでしょう。否、そうしなければならないと思います。社会と共にリアリティのある感動を求めて、丸二も日々1mmの前進を続けて行きます。


※最近読んだ本

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<フランツ・カフカ>

学生時代、本が嫌いだった反動からか・・・最近は(合間の時間を使って)外国小説を手に取る機会が増えました。この数か月(まだ途中のものもありますが)読んだ本は。。。

「変身」フランツ・カフカ(チェコ)
「異邦人」アルベール・カミュ(フランス)
「みずうみ」テオドール・シュトルム(ドイツ)
「ソラリス」スタニスワフ・レム(ポーランド)
「太陽の黄金の林檎」レイ・ブラッドベリ(アメリカ)
「予告された殺人の記録」ガルシア・マルケス(コロンビア)
「悪魔の涎・追い求める男」フリオ・コルタサル(アルゼンチン)
「幽霊たち」「ムーン・パレス」ポール・オースター(アメリカ)
「夏への扉」ロバート・A・ハインライン(アメリカ)
「星を継ぐもの」ジェイムズ・P・ホーガン(イギリス)
「停電の夜に」ジュンパ・ラヒリ(インド)

いろいろな書評等を参考にして(なんとなく)選んだ本ですが、それぞれ個性的な作品ばかりで、大いに知的満足を味わうことが出来ました。カフカの「変身」などは、多分学生の頃、課題図書の一冊として流し読みをした程度だったと思いますが、今の歳に成って、カフカという誠実で生真面目で内省的な一人の小説家が書いた独白として知ると、心の震えを感じるのです。全く知らなかったドイツの作家シュトルムの「みずうみ」という短編は、美しくも幻想的なドイツの森の風景、遠い過去を想うノスタルジアに溢れ、とても大切な一冊となりました。ブラッドベリやオースターのようなアメリカ文学、マルケスやコルタサルのような南米文学には、こんな小説世界があったことに、実に驚きました。レムやハインライン、ホーガンのSF系は、まだ完全な興味の対象には成っていませんが、また別の作品を読んでみたいと思います。外国小説を読み始めると、やはり日本の小説にも心が動きます。森鴎外、夏目漱石、永井荷風は好きですが、今後は、泉鏡花、志賀直哉、室生犀星あたりに挑戦してみようと思います。長く後世の人に愛され続けている作品には、やはり何かが在ります。小説も音楽も絵画も映画も。その何かとは、やはり強烈な密度だと感じます。

今年も日本の8月が終わろうとしています。日本の8月とは、原爆、終戦、御巣鷹、お盆であり、まさしく慰霊の月です。秋田の金足農業高校の大躍進で盛り上がった高校野球大会でも、8月15日の終戦記念日の正午には、サイレンの音と共に黙祷を捧げました。あのサイレンの音は怖いです。空襲警報のように感じます。長岡花火大会でも、長岡空襲戦没者への慰霊の花火「正三尺玉」が打ち上げる際には、サイレンの音が鳴り響きます。それは多分、きっと、「忘れないで」「思い出して」という彼方からのメッセージではないかと思います。

8月15日の正午、日本武道館では全国戦没者追悼式が行われ、天皇陛下から(平成天皇にとって最後の)お言葉が語られました。その神々しいお姿には、「私たちの国は、世界で唯一原爆投下された被爆国である。そのことを決して忘れては行けない」という強い思いを感じました。あの戦争が終わった直後、昭和天皇の存在が(不思議なことに)米軍マッカーサー元帥の魂を大きく揺さぶりました。その結果、奇跡的に日本の国体は守られ、戦後の復興と発展が始まりました。その後の平成時代も戦争は無く、平成天皇による戦没者への慰霊の旅が続きました。

来年から新元号が始まり、新たな日本の歴史が始まります。新天皇は私たちと同世代です。戦後生まれの世代が21世紀の平和で幸福な日本を担って行かなければならない。同時に巨大カオス化している世界を相手に、国を守って行かなければならない。大自然の怒りの猛威によって、地球規模の天災地変が多発する恐れもあります。そのような意味で、世界や地球の行く末には大いなる不安の雲が横たわっているのも事実です。けれども私は、新しい日本の存在が此処に美しい晴れ間を出現させて行くと確信しています。その為には忘れないこと。絶対に忘れないことだと思います。

さて今年の夏休みは、家族旅行で長野の車山高原に行って来ました。ビーナスラインからの夕暮れの風景も美しく、とても素敵な2日間でした。けれども、こうして家族みんなで旅行ができる喜びを感じつつも、それがいつまでも続くとは限らないと気づいた時、「今、此処に在る幸福」への深い感謝と郷愁の念が生まれて来ました。今、自分が生きている(生かされている)ことが奇跡であり、それだけで既に最高の幸福であると・・・。この人生で、こんなに素晴らしい家族、両親、ご先祖様、縁ある人々と出会えたことに、一人静かに、心震えた夏でした。

一方、最近の日々のニュースでは、親子間や夫婦間等の嫌な事件報道が多く、今の時代の精神的不安定感を認めざるを得ないのも事実です。またもう一方では、小さな子どもが行方不明となり、必死に成って探す母親、家族、地域の方々、ボランティアの方々の姿に、人間の心の美しさを見出すことも出来ました。あの幼い2歳の男の子が無事に発見されたことも、そのひとつの奇跡ではないだろうか。私たちの目には見えない場所で、私たちには分からない何か特別な事が起きていたのか。あの男の子を守ろうとする目には見えない特別な力が働いていたのか。そんな不思議なことの起きた平成最後の日本の夏が今、終わろうとしています。

結局のところ、エレファントカシマシや宇多田ヒカルが歌っている様に、「メシ食って出かけるぜ!」「飯食って笑って寝よう!」で良いのだと思います。人間生きていれば、日々いろいろなことがあるけれど、今の自分自身に出来ることを懸命にやって、今日はご飯を食べて寝ればイイ。明日もご飯を食べて出かければイイ。そんな前向きな日々を重ねて行けば、きっと全ての問題は解決して行くに違いない。答えはお天道様が出してくれるから。そんな大きな気持ちで、この毎日を(デクノボーのように)オロオロと、不器用に、素朴に、でも一生懸命歩んで行きたいと思います。感謝と思いやりの心さえ忘れなければ、お天道様はいつでも頭上に照っている。いつでも不思議なことが起きる。


※最近、読んだ本

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外国文学は今まであまり関心が無かったのですが、有名な本を数冊買って気楽に読んでみたら、意外にも面白かった。「車輪の下」で有名なヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」は、インドの物語で、主人公シッダールタの悟りへの道を描いています。釈尊(仏陀)からインスパイアされたものと思われますが、西洋人が仏教を描いていることも興味深かったです。

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「星の王子様」で有名なサン=テグジュペリの「夜間飛行」は、作者自身の経験をベースにした物語ですが、「星の王子様」の作者がまさか戦時中の郵便飛行業のパイロットだったことを知り驚きました。そして実際にサン=テグジュペリはナチス戦闘機に撃墜され、一生を終えたのです。その人が描く生命を懸けての飛行体験の物語には不思議な美を感じさせます。

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もう一冊は、トーマス・マンの「トニオ・クレエゲル」という本です。トーマス・マンは「ベニスに死す」が有名で、これは大好きなルキノ・ヴィスコンティ監督の映画が最高に素晴らしかったもの。「トニオ・クレエゲル」も地味ながら、人間の孤独、美への憧憬が描かれており、私が好きなワーグナーやマーラーという音楽家がいた時代の中で、西洋文化の翳りゆく匂いを感じました。

読書は好きです。映画や音楽も好きです。人間の良い思いが芸術や文学の形で遺り続けることで、未来の人間はもっともっと賢くなって行くでしょう。そして私たちは良い建築、良い会社、良い生き方を遺し続けて行くのみです。丸二は地域の安全基地、拠り所に成って行きたいと思います。

賢治とヒカル

2018年7月28日

異常に暑かった今年の7月が終わろうとしていますが、本日は不思議な進路を行く大型の台風が近づいています。西日本豪雨の被災地に更なる被害が及ばぬ様、心から祈りたいと思います。このような異常気象は世界的にも多発中で、米国カリフォルニア州やスウェーデンでは大規模な山火事が発生しています。ギリシャの山火事の方は、放火が原因とのことですが、いずれにしても一度燃え始めたら止めるのが容易ではありません。自然界の猛威に人間は手も足も出ない状況です。

一昨日は、東京多摩市の大きな工事現場で火災事故が発生しました。バーナーの火花が断熱材(ウレタン)に引火して有毒ガスが大量発生したと思われます。ウレタンに火気厳禁は基本的な事ですが、暑さや現場環境の様々な要因があって、普通では起こりえない事が起きたとしか言い様がありません。あの恐ろしい黒煙の中で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

自然界も社会情勢も、日々様々な出来事が発生しています。同様に、一人ひとりの個人の生活の中においても、毎日いろいろな事象が起きています。それも決して良い事ばかりでは無いでしょう。それでも人間は生きて行かねばならない。否むしろ、それが故に、人間は生きる価値があるのかも知れません。

私が最も好きな作家(詩人)の一人に宮沢賢治がいます。デクノボーと呼ばれ、日照りの時は涙を流し. 寒さの夏はオロオロ歩く・・・そのような(決して格好良いとは言えない)一人の男の姿に、何か、手を合わせたくなるような特別な感情を抱くのです。先日、NHKの宇多田ヒカルの特集番組を見ていたら、突然、宮沢賢治の話が出てきました。実は宇多田ヒカルも宮沢賢治が好きで、下記の「銀河鉄道の夜」からの一節を紹介していたのです。

何がしあわせかわからないです。
本当にどんなに辛いことでも、
それが正しい道を進む中の出来事なら、
峠の上りも下りもみんな、
本当の幸せに近づく一足ずつですから。

長い人生、苦しいこともたくさんあるが、それが必ずしも不幸とは限らない。むしろ、その出来事があったおかげで、素晴らしい今がある。明るい未来がある。その時は確かに苦しかったろうが、振り返って見れば、感謝すべき経験だったと気づき、素晴らしい思い出と成る。あの出来事のおかげで自分は成長した。気づいた。目が覚めた。本当の幸福を知った。だから何が幸せなんて(その時は)分からない。けれども、正しい道を懸命に歩んでさえ行けば、いつか、必ずほんとうの幸いへ近づく・・・。


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長い休養を経て、母親(歌手の藤圭子さん)の自死も越えて、宇多田ヒカルが復帰後発表した最近のCD2枚を買って聴いてみると、驚くほど素晴らしかった。自然界の木霊を感じ、正しい道を探し彷徨う人の魂を感じました。決して明るい音楽ではありませんが、だからと言って暗い訳でも無い。只々、深遠であり深淵だった。宮沢賢治を通じ、素晴らしい音楽を知ることが出来たと思います。

私は、宮沢賢治の詩集「春と修羅」の「序」が好きです。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

という不思議な文章で、「春と修羅」は始まります。「因果交流電燈の青い照明」とは一体何なのでしょうか。そこに込められた本当の意味は分かりませんが、人間の魂の永遠の燈火のように感じられます。どんな時も、どんな場所でも、その自らの発光(明滅)を保ち続けて行くこと。それだけで素晴らしいことなんだ。宇多田ヒカルの音や詩には、この光の明滅(リズム)と永遠性を感じます。

これからの時代は、今までの時代と比べ、何か根本的な部分が変わって行くと思います。今までよりも、もっと自らの心(魂)と共に歩く時代へと変わって行くように思います。自らの中に在る良心のリズムを感じ、それを(自分自身と良心の二人一緒に)歌いながら歩く道。その先には、きっと明るい光がある。きっと本当の幸いがある。そう信じて行けば、この峠の上り道も下り道も、「本当の幸せに近づく一足ずつ」に成る。だから、この道を行くんだ。無様でも、転んでも、デクノボーでもいい。私は今を、明日を、歩んで行く。

お互い様

2018年6月28日

ワールドカップで日本代表が活躍中です。大会直前にいろいろな事があったので、期待値は低かった様ですが、今までよりも選手たちが生き生きとしている様に感じられます。日本がワールドカップに初出場してから20年、主力選手たちが(当たり前のように)海外で活躍する時代と成り、あえて国際試合の実績豊富な外国人監督を招聘する必要性が薄くなって来たのかも知れません。多くの選手たちがトップクラスの外国人選手と戦う経験を蓄積する中、それを日本代表チームとしての総和(チームワーク)まで昇華させることが、これからの代表監督の役割とするならば、今回の監督の起用は正解だったのでしょう。でもその過程(過渡期)の中、厳しい予選を突破した前監督の力あっての結果ということも忘れては行けないと思います。

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さて6月の初旬、三度目の山城歩きに行って来ました。今回は三島の山中城と小田原の石垣山城(一夜城)です。北条氏の山中城は、有名な「障子堀」が非常に見事で美しかったです。でも秀吉軍の小田原攻めの際、わずか半日で落城したことを聞くと、防衛施設である城の設計とは難しいものと感じました。現在の城跡は公園のように整備されており、山城初心者としては歩きやすかったです。もうひとつの石垣山城は、通称「一夜城」と言われ、小田原城を見下ろす山頂に秀吉が築いたものです。築城中は樹木等で覆われており、完成と同時に(一夜にして)周囲の樹木を伐採し、この城を出現させたという逸話は有名です。名前の如く荒々しい石垣が凄く、当時の秀吉の勢いを感じました。一夜城は有名な為か、多くの人が来ていました。山城ファンが増えている様です。

最近、WOWOWで映画「関ケ原」を観ましたが、戦国時代とは本当に生きるに厳しい時代だったと思います。同じ日本人同士が戦い合って、多くの命を落としました。山城も防衛施設であり、優雅な暮らしの為ではありません。そういう意味では、戦後の日本は(いろいろな不安材料はありながらも)古の時代に比べれば幸福です。それでも私たちは日々の生活に文句を言います。ワールドカップで日本選手が点を取れば称賛し、ミスでもしたら(一夜にして)罵倒に転じます。みんなそれぞれの人生を只々懸命に生きているだけで素晴らしいのに・・・。みんなみんな(人の事は言えない)お互い様なのに・・・。

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私は、「エレファントカシマシ」という日本のロックバンドが好きです。彼らの音楽(歌)の根底には、「懸命に生きる人」に対する最大限のリスペクト(尊敬心)を感じます。最新アルバムの曲の中にも「転んだらそのままで胸を張れ」「俺は何度でも立ち上がるぜ」「神様、俺をどうか見捨てないで。祈りを捧げるから。明日を歩むから」という歌詞がありますが、私には「無様でもいい。懸命に生きて行く姿が最高に美しい」と聴こえます。「お互い様」という言葉もよく出て来ますが、日本人の和の精神文化とは、まさに「お互い様」のことだろうと感じます。

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そう言えば、我らがヒーロー(!)の「男はつらいよ」の寅さんも、たまに何か親切なことをしてあげて、相手から「ありがとう」なんて言われると、「な~に!困った時はお互いよ~!」と照れ笑いを浮かべています。こういうの、とても好きです。5月の末、地元の商工会議所の一泊視察旅行で島根県に行った際、「温泉津温泉(ゆのつおんせん)」に立ち寄りましたが、そこは寅さんのロケが行われた場所で、それだけで嬉しかったです。とても古くて趣のある温泉町でした。映画の中の寅さんは、その町の旅館で番頭さんをしながら、御主人が失踪してしまった女性の町人にとても親切にしてあげていたのです。でも結局、御主人が戻って来て、寅さんも(泣く泣く)喜んであげていました。

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さて、その視察旅行ですが、初日は「出雲大社」の参拝と「荒神谷遺跡」の見学。翌日に「松江城」を見学してから温泉津へ。その後「石見銀山遺跡」へと行きました。島根は高校時代の修学旅行以来なので、ほぼ初めてでしたが、日本全国には見るべき歴史ロマンが山ほどあることに気づきました。そしてどの町も山も里も、古より信仰と経済と戦(いくさ)の歴史の数々です。それでも(他国に比べて)必要以上に人を殺めなかった日本の歴史文化には、「お互い様」の和の心が土着しているように感じました。日本の地方には、今と昔が混然混然一体となって存在している様に感じます。この国土を大切に守って行きたいと思います。

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