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明日への記憶

石原慎太郎氏の最新刊「天才」を読みました。昭和の大政治家、田中角栄氏の人生を一人称(「俺」)で語るという異色の作品でした。田中角栄氏が首相に成った頃と云えば、私自身はまだ小学生でしたが、おぼろげながらも記憶は残っています。とにかく「凄い総理大臣だなぁ」と云う印象を持っていたと思います。その後、ロッキード事件で政界から姿を消して行った事も覚えていますが、決して悪人の様には思えませんでした。世の中には、私腹を肥やす為のお金と、志(大欲)を実現させるためのお金とがありますが、田中角栄氏にとってのお金は、(今になって思うと)後者だったように感じます。田中角栄氏は、中国との国交を回復させましたが、米国との関係にヒビを入れてしまいました。そこに(ある種の)大いなる意志が関与したのでしょう。
田中角栄氏は、自らが地方の土建屋として、汗水流して働きました。まさに此処が氏の人生観の原点であると思います。国家とは、現場で汗水流して働いている人々のおかげで成り立っている。華やかな物事の裏側には、泥にまみれて働く人々がいる。此処に真実の労働(仕事)がある。田中角栄氏が唱えた「日本列島改造論」は、脈々と長い年月を経て、確かに新しい日本の建設へ導いたと思います。そこにはきっと大いなる志(大欲)があったのではないでしょうか。けれども同時に、志が高ければ高い程、敵が増えるのも世の常です。そのようにして、本物の政治家はだんだんと少なくなって来ました。今もし、田中角栄氏の様な人物がいたとしたら、東日本大震災の時、そして熊本大地震の時、一体何をしたのだろうと、ふと想像します。熊本のその後は、まだ厳しい状況の様です。心から早期の復旧と復興を祈ります。
ところで、この小説「天才」ですが、田中角栄氏の人生を簡潔に知る上では非常に為に成りました。特に田中角栄氏が愛した二本の映画のことが記述されていたので、とても興味を覚え、その内の一本をDVDで鑑賞しました。「心の旅路」という古い米国映画でした。現代の多くの小説や映画、TVドラマ等で多用されている物語設定として、「記憶の喪失」がありますが、もしかしたらこの映画はその元祖なのかも知れません。戦争で記憶を失った男性と、その彼を救った女性との物語で、最後はハッピーエンドの素晴らしい感動作でした。けれどもなぜ、人間同士の愛情や感動の描く為に、主人公が記憶を失う必要があるのだろうか。ふと、そんな風に思いました。
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多くの映画やドラマの中で描かれる記憶を失った人間は、(大体)物語の最後で記憶が蘇るのですが、そこで衝撃(カタルシス)がやって来ます。自らが記憶を失っている間の全てを思い出し、真実を知ります。そこには只々、あふれる涙と共に、大いなる感謝の念(あるいは大いなる後悔の念)が現れます。何か・・・ここに私たちの人生(生き死に)の根源的かつ普遍的なテーマが隠されている様に感じます。私たちは「大いなる真実」の記憶を忘れて、この日々を生きているのかも知れません。その「大いなる真実」を思い出すこと自体が、我が人生の目的のような気がするのです。同時に、まるで映画の観客が如く、我が姿を(全てを知っている誰かに)観られている様な気もします。このようにして、記憶を失う物語は、人間の潜在意識を震わせるのでしょう。私たちは、その映画やドラマの主人公に自らを投影し、本当は私自身の「大いなる真実(=記憶)」を探しているのではないでしょうか。
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さて最近、大林宣彦監督の映画「野のなななのか」のDVDが発売され、映画館で数回の鑑賞を経て、この度あらためてTVで観ました。この映画は北海道の芦別を舞台とした、過去の戦争の記憶と、人の「生き死に」(輪廻)を描いた独特かつ奇妙な作品です。「なななのか」とは四十九日のこと。人間と死者とが並行世界の中で同時に「生き死に」を繰り返しながら、この世の無常観を現したものです。そしてそこには、決して忘れては成らない戦争の記憶と、決して思い出したくはない心の傷が共存しています。けれども私たち人間は、過去の人生があって「今の人生」を生きているのです。だからこそ、過去の記憶を忘れずに、そこからの教訓を胸にして、今を立派に生きることが大事なのでしょう。その先にきっと素晴らしい日々が待っていると思うからです。
今こそ日本の歴史(過去の記憶)をもう一度振り返り、そこから重大な何かを感じるべき時なのかも知れません。それほど、今と云う時代は歴史的な大転換点に在ると思います。同時に、自分自身の過去の生き様をも振り返り、自らの人生の意味を探りながら、「今を懸命に生きること」に全エネルギーを使って行きたいと思います。そのような日々の歩みの中で、何かきっと大切な記憶(大いなる真実)が蘇って来るかも知れないから・・・。