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オリンピアンの星

「東京2020オリンピック・パラリンピック」の全プログラムが終了いたしました。開催に対しての賛否はありましたが、先ずは無事に開催できたことは良かったと思います。オリンピックの開会式と閉会式、並びにパラリンピックの開会式と閉会式の生放送を(ほぼ)見た感想としては、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドルー・パーソンズ会長のスピーチに強く感動しました。

兎にも角にも、東京(日本)への感謝の思いに溢れ、強烈な日本愛を感じました。特に日本のボランティアの方々への賛辞に対しては、外国人アスリート達からの万雷の拍手も重なり、日本人として感無量でした。日本が当初掲げた、通常の意味合いとしての「おもてなし」はなかなか出来なかったと思いますが、それ以上の、別の次元の「おもてなし」を、日本のボランティアの方々は悪戦苦闘の末に、遂に実現したのだと思います。そして、その思いを誰よりも理解してくれたのは、パラリンピックの選手たちだったのかも知れません。

今、世界は分断の方向にあります。様々な差別も現実としてあります。けれども、それとは違う別の次元では、融和と共生の社会も並行して生まれようとしています。今回の「東京2020オリンピック・パラリンピック」は、常識的には中止が適切な判断だったと思いますが、日本ならではの不思議な「情緒」を残した大会として、歴史に刻まれるのではないかと思います。

ところで、オリンピックの閉会式で、(ちょうど、そこだけ見逃してしまったのですが・・・)宮沢賢治の「星めぐりの歌」を、大竹しのぶさんと子どもたちが歌うシーンがありました。全体的な演出面に対する批判や、「なぜ宮沢賢治?」との声も多かった様ですが、私には、とてもよく分かりました。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

宮沢賢治のこの言葉には、壮大な理想があります。その理想と現実の狭間で、賢治は若くして命を落としましたが、彼の願う壮大な理想は、今でも、日本の(夜空に浮かぶ)星々に転送され、更に輝きを増している様に感じます。オリンピックもパラリンピックも、「世界のぜんたい幸福」を理想としているのであれば、宮沢賢治の理念と完全に合致するはずです。実際のシーンを生で見られなかったのは残念でしたが、地球全体がパンデミックの最中、世界中に宮沢賢治の歌が流れたのかと思うと、それも1つの別次元への旅のはじまりを思いました。

このようにして、「東京2020オリンピック・パラリンピック」は終わりましたが、人類と、新型コロナウイルスや世界的な自然災害との対峙は、未だに続いていくと思います。その中で一番大切なことは、自らの心を磨いていくことしか無いと思います。自らの心を磨き、目を覚まし、現実を直視しながら、日々(自分にできる)最善を尽くして行くこと。実はその行為の中にこそ、賢治の言う「理想の世界」が(既に)含まれているような気がするのです。だからこそ、明るい気持ちで、この毎日を行く。この日々を生きる。そして懸命に努力する。これがまさにオリンピアンの精神と通ずることに気がつきました。

 

別の視座

緊急事態宣言が再延長され、東京オリンピック・パラリンピックも開催の方向へ動いています。新型コロナウイルス自体は、初期のタイプは(ほぼ)収束して来ましたので、今後は感染力が強い変異型ウイルス次第に成ると思います。やはり大切なことは(あらためて)初心に帰って、私たち一人ひとりによる、日々の(小さな)コロナ対策の積み重ねと、可能な限り「三密(密閉・密集・密接)」を避けることが基本ではないでしょうか。あとは淡々と、気持ちを楽にしながら、ウイルスの霧散を待ちたいと思います。

厚生労働省は、先月26日に開いた専門家部会で、今月21日までにファイザーのワクチンの接種を受けた601万6200人余りのうち25歳から102歳の男女85人の死亡を確認したことを報告しました。その内、78%が65歳以上の高齢者で、ニュース番組の詳細報道によると、女性の方が多い様です。

今後は、様々な「正しい情報(=本当のこと)」を知る努力をして、自分自身の意思と行動を自己責任で決定して行く時代に成るのでしょう。「正しい情報」とは、この大いなる自然界の中にヒントがあると思います。私たち人間はもう一度、自然界の中に生かされている存在であることを思い出し、この自然との総和の中で、自らが自立していかなければ成りません。あともう少しの間、コロナ禍は続きそうですが、自然との触れ合いの時間も更に大切にしていきたいと思います。

ところで、長引くコロナ禍で、気分が優れない人が増えています。元気に、明るく、前向きになるために、「日本食」「タンパク質」「鉄分」等を摂り、適度な運動(筋トレ、ウォーキング、ストレッチ等)が良いとのことです。私も休日には、妻や愛犬(トイプードル)と一緒に井の頭公園をウォーキングしています。天気が良いと、木漏れ日の光がとても美しく、心身ともにリフレッシュします。

 

自宅時間の中では、昔の映画DVDが大活躍です。最近は、「十戒(1956年)」と「ベン・ハー(1959年)」という長編2作品を鑑賞しました。「十戒」はモーゼの物語、「ベン・ハー」はキリストの物語です。また共に、疫病の物語でもあります。現代のコロナ禍を生きる私たちにとって、(過去の大難を生き抜いた)祖先たちによる数々の奇跡は、大いなる雛形と成り、私たちの魂を震わせ、同時に勇気も与えてくれます。現在のコロナ禍を、別の(遥か彼方の)視座から見つめることで、これからの人類や地球を「思う」ことができました。

私がこの2作品を長く愛する理由は、もう1つあります。それは音楽(オリジナル・サウンド・トラック)が素晴らしいからです。「十戒」の作曲はエルマー・バーンスタイン。「ベン・ハー」の作曲はミクロス・ローザ。LP時代からサントラ盤を持って、長く、愛聴してきました。昔の映画音楽のスコアは、もう既にクラシック音楽ですね。まだまだ好きな映画や音楽がたくさんありますので、引き続き、自宅時間を楽しんで行きたいと思います。

明るい未来

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、東京都では「まん延防止等重点措置」を、23区と、八王子市、町田市、府中市、調布市、立川市、武蔵野市を対象に発令しましたが、その後の状況に依っては、緊急事態宣言の要請も視野に検討を進めているとのことです。大阪や東京で変異株による感染者数が増加していますので、都や政府に焦りが見えますが、先ずは私たち一人ひとりが、「原点」に戻って、3密への細心の注意を払いながら、日々の防衛習慣を徹底することが最優先と思います。
①マスク(毎日交換・できたら一日2枚)
②手洗い(手首、手の甲、指の一本一本、指の間、爪の間まで丁寧に)
③ウガイ(水道水で喉の奥までを意識して、何回も)
④歯磨き(寝る前は必ず)
⑤消毒(消毒スプレーの携帯)
⑥洗顔(家に帰ったらすぐに)
⑦入浴(毎日熱めのお湯に)
⑧洗髪(毎日シャンプー)
⑨目薬(花粉症対策も含め)
⑩洗濯(お湯で洗う)
⑪日本食(米、納豆、豆腐、大豆、海藻、味噌、醤油)
⑫漢方薬(葛根湯、麻黄湯)
4月17日現在の数字で、日本の感染者数と死者数の割合(致死率)は「1.8%」で、人口と死者数の割合は「0.0076%」です。世界各国の状況を見てみると、「人口100万人あたりの死者数」は。。。
①イタリア   1929人
②イギリス   1878人
③ブラジル   1748人
④アメリカ   1712人
⑤メキシコ   1646人
⑥フランス   1543人
⑦アルゼンチン 1309人
⑧ドイツ     954人
⑨南アフリカ   905人
⑩ロシア     708人
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 日本       75人
と成っています。これらの数値を確認することで、私たち日本人は、むしろ「感謝の心」を持ちながら、「今を懸命に生きなければ」と感じます。この貴重な時間帯を活かし、コロナ後の世界へと向かって行かねばと。
また、最近発表されている各種不動産情報によると。。。
①不動産販売価格の大きな落ち込みは無い(コロナ前と変わらない)。
②海外の投資家からの買いが旺盛(世界でコロナ被害の小さい「日本買い」)。
③都内の「空室」は一段落(回復傾向へ)。
とのことでした。②については、日本国内にいると感じないのですが、海外の投資家の目には「日本はコロナ被害を最小限に抑えた唯一の先進国」と映っている様です。コロナ後「日本への観光(インバウンドの再開)、移住、ビジネス拠点の移転、不動産投資」は、さらに旺盛に成る可能性もあると思います。また、東京オリンピックが開催されても、中止になっても、既にオフィス市況への影響は小さいとの見通しでした。
これらの底堅い基調の1つの要因としては、アベノミクスによる「金融緩和」の効果があるそうです。現在、世界中が新たな投資先を探していて、世界の先進国の中では日本が最もコロナ被害が小さく、実際に、海外の投資資金が日本市場にやって来ています。今後の懸念材料は金利上昇ですが、相対的に「日本の安心安全」が買われていく可能性はあると思います。その時のためにも、私たち日本人は、今を明るく大切に生き、名実ともに「安心安全」な国造りをして行くことが大事だと感じました。
尚、防災面においても、日本は世界有数の地震国ですが、それが故に、他国よりも、建築基準法が厳しく成り、施工レベルも磨かれました。最近、鹿児島県のトカラ列島で地震が相次いでいます。また、インドネシア、ジャワ島南部の沖合では、マグニチュード6.0を観測する地震が発生し、300棟以上の建物が損壊したとのことです。日本の近海で地震が増えていますが、逆に、小出しに発生することで、近い将来の大地震を回避する可能性もあるかも知れません。
先日、松山英樹選手がマスターズで優勝しました。日本人としても、アジア人としても初。大変な大快挙です。苦労に苦労を重ねて10回目の挑戦で遂に夢を実現しました。本当におめでとうございます。また、難病を克服して、オリンピック出場を決めた池江璃花子選手も本当に素晴らしいです。このような日本男児、大和撫子の大活躍は、むしろ、これから始まると思います。「苦労」と「努力」が正しく実を結ぶ時代。日本人の美徳に花が咲く時代。1つ1つの苦労をバネにして、前へ前へと奮闘努力して行く先には、必ず明るい「日本の未来」があると思います。そのことに、心から感謝する毎日です。

ワイオミングへの夢

今年から、丸二の社内で「オンラインカレッジ」という新しい取り組みが始まりました。これは社員一人ひとりが(順番に)講師と成って、動画で、自分の仕事の解説を行うものです。要するに、「社内YouTuber(ユーチューバー)」の養成ですね。社員みんなが持っている(仕事上の)知識、技術、経験、智慧、成功談、失敗談、アドバイス等を惜しみなく出し合う場として開設しました。みんなの情報をみんなで共有し、お互いがお互いの得意の分野で、役に立ち合う。要するに、互助の精神の具現化です。例えて言うと、みんなが持っている美味しい食材を、目の前にある大きな一つの鍋に入れて、みんなで最高の鍋料理を作るのです。これによって、誰もが美味しく、同じ味の料理を食べられることに成ります。
与えることで、与えられる。みんなが共に成長し合う。その結果、お客様へのベストな(最高の)提案が出来、会社全体も良く成る。このような社員みんなの「脳内サーバー(共有財産)」を造り上げることが出来れば、「みんなで育て合う企業風土」が醸造され、「してもらったことを、してあげる」という善循環の流れが自然発生し、結局は自分自身に良い事が巡って来るでしょう。まさに道理の世界です。
逆に言うと、「オンラインカレッジ」によって、自分は一体何(食材)を持っているのだろうか。何で貢献できるだろう。何が自分の得意技なのだろう。この様な自分自身に対する根元的な「問い」も生まれて来るはずです。つまり、無意識に、自分自身の長所や個性に向かって、フォーカスされて行く訳です。実は、此処がポイントで、「オンラインカレッジ」とは、確かに仲間に対するメッセージなのですが、本当(裏側の真実)は、自分自身の内面に対するメッセージでもあるのです。みんなの役に立てる自分とは。お客様の役に立てる自分とは。自らを知り、自らを認めてあげること。この様な、ある種の自分自身への応援歌と言えるでしょう。
とは言え、実際にカメラに向かって、自分の考えを言うことは、なかなか大変なことで、難しいです。何となく恥ずかしい面もあります。けれども徐々に慣れてくれば、けっこう楽しく成って行きそうな気配がします。コロナ禍のおかげで、このような新しい取り組みを始められて、とても良かったと思います。
ところで、この「オンラインカレッジ」の中身ですが、もちろん業務上の情報共有が主たる目的なので、仕事の話がメインに成るのですが、それだけでは味付けが弱いと思い、各自の趣味や道楽の話題も積極的に盛り込むことにしました。実は、丸二には「道楽倶楽部」という変な名前の制度があります。社員一人ひとりの趣味や道楽に対して、会社が(ほんの気持ちばかりの)応援するものです。社員としては、自分の趣味についての話題を、社内の掲示板(NET)に時々投稿などしていますが、今後は、「オンラインカレッジ」の動画も利用して、自分の趣味の世界をさらに広げていくことに成ります。
社員の趣味や道楽と言っても、結構いろいろです。読書や映画鑑賞、音楽鑑賞はもちろん・・・ラジコン、バイク、自動車、グルメ、旅行、登山、山城、和太鼓、ダイビング、家庭菜園、キャンプ、盆栽、ウォーキング、ゲーム、自転車、ゴルフ、カメラ、ドローン、ペット等と、バラエティーに富んでいます。私の趣味は、映画と音楽に集中していますが、これを機に何か新しい趣味を持ってみようと思いました。社員一人ひとりが持っている世界観を共有し合い、尊重し合えたら、もっともっと素晴らしい会社に成ると思います。更には、お客様や地域の方々とも共有できたら・・・と夢は膨らみます。コロナ禍という貴重な時間の合間にて、丸二の微々たる前進の一例をご紹介させていただきました。
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※映画「シェーン」(アメリカ/1953年)
私の第1回目の「オンラインカレッジ」で、好きな映画を紹介しました。私が子どもの頃、地元の吉祥寺には多くの映画館(古い名画座)があり、都内でロードショーを終えた作品が(少し遅れて)2本立でやって来たり、昔の洋画を上映していました。その中で、私はよく「武蔵野映画劇場」に行って、数々の名画を観て育ちました。その最初の記憶は、「シェーン」です。その時点でも古い作品で、よくTVでも放映していたと思います。最近、「シェーン」のBlu-rayが発売され、改めて見たところ、やはり素晴らしい映画でした。
映画「シェーン」は、南北戦争後のアメリカ(ワイオミング州)の西部が舞台で、流れ者のシェーン(アラン・ラッド)が、悪徳牧畜業者から、ある農民の家族を守ってあげるという物語です。最後には悪党どもを酒場でやっつけ、シェーンは馬に跨り、ワイオミングの山へと去って行きます。その後を(農民家族の)息子のジョーイが追いかけます。ジョーイはシェーンが大好きでした。そこであの有名な「シェーン!!カムバック!!」です。その美しいラストシーンとジョーイの叫び声に(昔も今も)心から感動しました。
そして今回、改めてBlu-ray を観て気づいたのは、この有名なラストシーンの後に、実はあともう2カット程の短いシーンが存在したことです。映画評論家の方々の中では有名なことの様ですが、シェーンは(悪党を片付けて)また別の町へ去って行ったのではなく、実は相手の弾に当たっていて、そのまま自ら墓場へ向かったというのです(決してジョーイには悟られないようにして・・・)。確かに「シェーン!!カムバック!!」のシーンの後、エンドマークと重なるようにして、腕をだらんと下げながら、うなだれた姿勢で、墓場らしき場所を(馬に跨り)行くシェーンの姿が(ほんの短いの2カットほど)映り、そのまま画面は暗く成りました。
このカットの存在の認識により、よりシェーンの生き様とジョーイとの別れの意味を実感することができました。自らの生命と引き換えに、人々の生活を守った男。それは単なる別れではなく、永遠の別れだった・・・。この映画のワイオミングの風景はとても美しく、私にとって、いつか行ってみたい場所と成りました。私の吉祥寺の思い出は、武蔵野映画劇場から遠いワイオミングまでつながったのです。

スヌーピーのカード

2021年が開け、一カ月が経ちました。未だ新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、日本も緊急事態宣言が発令されています。一方、アメリカでは(年明けから)ワシントンD.C.にて、大きな出来事が発生していますが、その影響が徐々に諸外国の政治情勢にも波及している模様です。今年は世界の未来と日本の未来を決める重要な一年に成るのかも知れません。大切なことは(日々の報道の中から)本当に正しい情報を見極め、客観的にその動きを(静かに)見つめ続けることだと思います。その結果、今起きていることの本質が見出せるはずです。想像するに・・その動きとは、「世界維新」であり、「人心改革」ではないかと感じます。
要するに、見た目の厳しさとは「真逆」の世界が既に始まっていて、世の中は(実は)「良い方向へ向かっている」のではないだろうか。そのような明るい「問い」が、日々、頭に中に思い浮かぶのです。悪く成っていると見せかけて、実は良く成っている。ある種の「塞翁が馬」の時代です。新型コロナウイルスも(いつかは)必ず終わることを、多くの人は忘れている様に感じます。むしろ、コロナウイルスが霧散した後の為の「計画と準備」の時間が、刻一刻と過ぎ去っているとさえ言えます。仮にあと半年で終息するとしたら、「あと半年しかない」のです。そう考えてみると、「今(=コロナ禍)」という有限の時間は、人類の明るい未来(今後のビジネス、生き方、生活習慣、意識改革)の為の千載一遇のチャンスではないだろうか。なぜなら、コロナ禍は必ず(いつかは)終わるからです。
話はガラッと変わりますが・・・子どもの頃、スヌーピーが好きでした。スヌーピーはとても生意気なビーグル犬なのですが、時々哲学的なことを言います。それらは「スヌーピーの名言」としてよく知られていますが、特に私が好きな名言は・・・≪配られたカードで勝負するのさ。それがどういう意味であれ≫というものです。これは、「今、ここで、与えられた環境(配られたカード)で勝負するしかないんだよ。あれが無いからとか、これが無いからとか言ったって、結局何も始まらないじゃないか」という意味だと思います。
今私たちは、確かに地球規模の危機的状況の真っ只中に在ります。けれども私たち丸二は(だからこそ)みんなで思考をフル回転させて、様々な新しいチャレンジを開始しています。コロナ後の世界は、更に自然災害は増加するでしょう。頑丈な建物でなければ、ありとあらゆる種類の自然災害から、生命と財産を守ることが出来なく成る時代です。だから私たち丸二は、より多くの人々が「安全な建物」に住むことのできる地域社会を一刻も早く造りたい。そのような建物を建てたいが(直したいが)コスト的に断念する人を一人でも減らしたい。この社会的使命を前にして、今、私たちは一歩一歩、前進を始めています。確かに「配られたカード」しか手元には無いけれど・・・でも、だからこそ楽しく、面白いのです。
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※映画「スヌーピーの大冒険」(1972年)
小さい子どもの頃、吉祥寺の小さな映画館で見て(感動して)泣いてしまった記憶があります。アメリカの漫画家、チャールズ・M・シュルツ氏の生んだ「スヌーピー」は、もちろん普通の子ども向けの漫画(アニメ)でしたが、内容的には結構辛辣で、風刺も効いており、子どもには少し難しかったように思います。スヌーピーも、ただ可愛らしいワンちゃんというよりも、けっこう生意気な性格で、先に紹介したような名言を(偉そうに)言います。でも大人に成ってからは、その名言の方に深く興味を感じています。映画自体は、最近のアニメーション映画の完成度には到底太刀打ちできないものですが、古き良き時代のアメリカを感じられて、今でも大好きな映画です。

安心の時代

2020年もあと数日です。今年は、新型コロナウイルス一色の一年でしたが、おかげさまで社員と共に明るく前進することが出来ました。来年もコロナ禍はまだ続きそうですが、6月末頃には終息の可能性も有ると言われておりますので、もう少しの辛抱と共に、明るい気持ちでコロナ明け(アフターコロナ)に向けての計画と準備を進めて行きたいと思います。
地球環境の著しい変化が(日本のみならず世界各地で)重大な気候変動を引き起こしている昨今、コロナ禍が去ったとしても、自然災害の脅威は増す一方にあると思われます。私たち建設会社としては、人々の生命と生活を守ることのできる強固で安全な建物を造り続け、社会に対する大きな使命(役割)を果たして参りたいと思います。
ところで来年(2021年)は一体どのような年に成るのでしょうか。個人的に気になっているのは。。。
①新型コロナウイルスは6月末頃に終息するのか?
②東京オリンピックは予定通り開催されるのか?
③次期アメリカ大統領は誰に成るのか?
の3点です。
2021年は日本にとっても、世界にとっても、大きな転換期に成るような気がします。けれども、上記の3点が実際にどう成ろうとも、日本にとっては全てが「塞翁が馬」と成り、「結果的に良かった」と成るような気もします。要するに(ここまで来たら)あとは「良心」と「正義」だけが残るのであり、今既に「良心」と「正義」の人や会社や国にとっては、むしろ「安心の時代」に入って行くのではないかと期待するのです。もちろん、「良心」や「正義」には物差しも無く、上限も無いので、唯ひたすら、一人黙って、自らが信じる「良心」と「正義」の道を突き進むしかありません(お天道様は見ていると信じて・・・)。
来るべき「安心の時代」を生きられる様、私たち丸二も、更に一歩一歩、成長して行きたいと思います。そして、より多くのお客様に「安心感」をお届けできる存在と成り、建物造りを通じて、今後も人々の生命と生活を守って参りたいと思います。2021年も何卒よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

日本の光

2020年(令和2年)も残すところ、あと一か月と成りました。今年は、新型コロナウイルス一色の一年と成りましたが、今を生きる全ての人々が、これほどまでに不安と恐怖に身を震わせた事は無かったと思います。それでも尚、世界各国の厳しい窮状に比べれば、日本はまだまだ護られている状況に在ると感じます。その感謝の思いを決して忘れずに、年末年始を過ごして行きたいと思います。
さて、アメリカ大統領選挙が終わり、バイデン氏の勝利が既成事実化していますが、実はまだ正式決定ではなく、今後の世界の政治情勢の見極めが非常に難しく成って来たと感じます。もしトランプ大統領の主張が正しければ、これから世界中で、様々な隠し事が露呈する事態に発展して行くのではないか・・・。日本も決して道を誤らずに、正義と良心のグループとの連携を大事にして、コロナ後の世界の平和と繁栄に貢献して行って欲しいと思います。
また、来年に延期された「東京オリンピック・パラリンピック2020」の開催も、未だ危ぶまれる状況とは思いますが、もし(運良く)無事に開催することが出来たならば、これは全世界にとっての極めて大きな「希望の光」に成るのではないかと夢想します。きっと世界中から、「TOKYO(JAPAN)以外では不可能だった!」と、称賛の声が巻き起こるはずです。どのような結果に成るにしても、「日本の光」が(来年以降の)世界をあまねく照らし始めることに大いに期待しています。
結局のところ、新型コロナウイルスの発生は、自然界の不調和が真因であり、人類が地球環境を粗末に扱ってきた報いと捉えるべきでしょう。今を生きる私たちが、自然界への畏敬の念を持って、個々の生き方(意識)を変えて行かない限り、ウイルスも、自然災害も、ますます拡大して行くと思います。今回のコロナ禍は、いろいろなことを考え直す機会と成りました。この地球上で、人類が生きて行くために真に必要なものが見えてきたように感じます。
そして私たち建設産業は、人々の生命と生活を守る(人類創成期からの)根元的産業として、今後も拡大して行く自然災害から人々を守る為にも、都市の強靭化に全力投球しなければ成りません。そのような意味において、(不思議な巡り合わせで)コロナ禍でのオリンピック・パラリンピック開催地と成った東京の建設産業の役割は大きいものと感じます。
本年、私たち丸二は、コロナ禍にも関わらず、お客様並びに関係各位の皆様のおかげで、無事な一年を進行させていただいております。今回のコロナ禍は(少なくとも)来年の前半までは続くと思いますが、今後も東京の建設産業の一員として、懸命に「日本の光」を発しながら、愚直に一歩一歩、前へ進んで参りたいと思います。
※素晴らしい音楽との出会い
今年はコロナ禍ということで、今まであまり聴いて来なかった音楽に触れる時間が増えました。その中から昔の素晴らしいアーティストを発見できたので、ご紹介します(それぞれの音楽の解説は、もう少し聴きこんでから、いずれ投稿したいと思います)。
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①「バート・バカラックの世界」
映画「明日に向かって撃て」の主題歌「雨にぬれても」と全サウンドトラックを手掛けたバート・バカラックは、元々好きでしたが、その他の曲をよく知らなかったので、今回いくつかのベスト盤CDを聞いたところ、とても感銘を受けました。女性歌手の「ディオンヌ・ワーウィク」に提供した曲も全て素晴らしかったです。その流れで、バカラック作曲の「カーペンターズ」の曲も聴き、カーペンターズの緻密なサウンド設計の凄さも初めて知りました。
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②「ソフトロックの世界」
ソフトロックとは、「1960年代半ばから1970年代前半にかけて製作された、バロック・ポップ的なサウンドや、美しいメロディやコーラスを持つ曲に代表されたポピュラー音楽」とのことで、その中で有名なCDをいくつか聴いたところ、「ロジャー・ニコルス」「カート・ベッチャー」「フリー・デザイン」の音楽が非常に素晴らしかったです。その流れで、日本の「大滝詠一」のCDも初めて聴きましたが、「何で今まで聴かなかったのだろう~」と、ちょっと後悔しました。ソフトロックの世界は、とてもマイナーですが、非常に品格の高い音楽で、クラシック音楽の歌曲や室内楽、賛美歌のDNAが辿り着いた「最後の楽園」の様な世界でした。
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③「プログレの世界」
元々、ブリティッシュロックは好きで、学生時代は「ポリス(スティング)」や「エコー&ザ・バニーメン」が好きでしたが、今年に成って急に「ロキシー・ミュージック(ブライアン・フェリー)」が聴きたくなり、CDを買ってみたり、「ピーター・ガブリエル時代のジェネシス」も聴いてみたりして、これらについても「あの頃、もっと聴いておけば良かったなぁ~」と思いました。またちょうどその頃、あるTV番組で、ロック音楽のレコーディング技術に関するドキュメンタリーをやっていて、そこで「ピンク・フロイド」が出ていました。私にとって「ピンク・フロイド」とは、「プログレ=ハードロック?ヘビーメタル?」というイメージで、全く興味の無い(苦手な)分野でしたが、何となく気になって、恐る恐るジャケットが有名なアルバム「The Dark Side of the Moon(狂気)」を聴いてみたところ、全くイメージとは別物の、美しくも抒情的な絵画の様な音響芸術でした。こちらの方は、クラシック音楽の交響曲やオペラのDNAが辿り着いた「最後の宇宙」の様な世界です。やはり何でも触ってみないと分からないものですね・・・。
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さて、このような(個人的な意味での)新しい音楽との出会いと共に、やはり、大好きなクラシック音楽もじっくりと聴きました。特に、クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団による「マーラー交響曲全集」(1967年~1971年)は素晴らしかったです。古い録音ですが、BDオーディオで音も良くなりました。
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そして、こちらも大好きな、エレファントカシマシの宮本浩次によるカバーアルバム「ロマンス」もまた素晴らしい。昭和の女性歌手が歌った有名な歌謡曲を、ロック歌手宮本が歌う。「あなた」「異邦人」「二人でお酒を」「化粧」「ロマンス」「赤いスイートピー」「木綿のハンカチーフ」「喝采」「ジョニィへの伝言」「白いパラソル」「恋人がサンタクロース」「First Love」・・・素晴らしい選曲、まさに日本の光です。
今年は、音楽以外では映画の世界も広がったので、それはまた今度、投稿いたします。

平和への祈り

世の中コロナ一色ですが、実際には、コロナ以外の大きな現実世界の方も日々動いています。レバノンの爆発事故で発生したキノコ雲は、(広島・長崎の)原爆を想起させ、何か不穏な空気を感じさせます。現在、各国の首脳は自国内のコロナ対策に全てを奪われてしまっている様ですが、その虚を衝いて、何かを起こそうとする国が居てもおかしくありません。日本は他国から見て、非常に魅力的な国だと思います。新型コロナウイルスによる死者数も、なぜか他国に比べて、桁違いに少ないという不思議さです。しかも、決してガードの強い国ではありません。そのような国を守るためには、昼夜を問わない懸命な外交努力の継続が必要です。今の政府は、新型コロナウイルス対応と緊迫している外交対応の相当な激務の渦中にあると想像できます。
外交上の交渉事は、当事者以外には見えない(明かされない)宿命を持っているため、私たちからは「何もやっていない」様に映ります。しかも、何かしらの結果(真実)が出るのに相当な時間を要します。けれども、(だからと言って)このような交渉事を軽視していたとすれば、現在の平和な日本は(とっくに)存在していなかったでしょう。戦後の日本の永続的な外交努力は、右往左往しながらも、「中庸のバランス」と「清濁併せ呑む柔軟さ」で、なんとか無難に乗り越えて来ているとも考えられます。今の日本も、大変なコロナ禍にも関わらず、相対的に死者数は少なく、食べるものも十分にあり、銃が不要な安全社会です。戦時中に比べれば、それだけでも本当にありがたい、感謝すべきことです。
昨日のNHKニュースで、「コロナ終息後に行きたい国のトップは日本」との調査報告がありました。世界の中で(相対的に)日本が一番安心、安全、清潔だからとのことです。世界の人々は正直で、正しい実情を把握していると感じます。調査の詳細を見れば、トップは日本の46%で、2位の国(22%)を大きく引き離し、日本の圧勝でした。これは日本人として非常に嬉しいことです。今回のウイルスは確かに大きな試練の1つと成りますが、戦後の日本を造り上げた先人たちの意思を受け継ぎ、今を生きる私たちが、この大きな山を乗り越えて行くことによって、日本が(今まで以上に)素晴らしい国に成る機会(チャンス)に成るのではと、大いに期待しています。
さて、日本の8月は終戦の月です。先日のレバノンのキノコ雲を見て、私たちの脳裏には、広島と長崎が思い浮かびました。二度のあのような悲劇が起きないように、あらためて戦争の記憶を忘れないで行くことが大事だと感じます。そのためにも、「中庸のバランス」と「清濁併せ呑む柔軟さ」で、日本の平和の永続を心から願いたいと思います。その一方、地球環境の激変による自然災害の加速は、待った無しの状態と思われます。丸二としては(いかなる災害に対しても)「ビクともしない」建物造りとリフォームに全力投球して参ります。
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※ロシア映画「草原の実験」(2014年)
旧ソ連のどこかの草原に暮らす父と娘の日常と、そこからは想像もできない結末。「草原の実験」というタイトルから想起される「何か」の正体は最後に分かるのですが、それは広島・長崎へとつながり、日本人の慰霊の魂とも重なり合うものでした。全編セリフなしの実験的映画であり、とにかく映像が美しい。詩的で静寂の「心象スケッチ」でした。監督はロシアのアレクサンドル・コット氏(47歳)。非常にユニークな作品です。

守り人たち

本来ならば東京オリンピック2020が開催されていたはずの日本の夏が、猛烈な暑さと共に、いま静かに過ぎ行こうとしています。想像通りのこの暑さの中、一年後への時間軸の修正が(むしろ)天の恵みに成るのではないかと、微細なる期待も生まれつつあります。来年2021年の夏、全世界でコロナウイルスは霧散し、新しい時代が始まる。その起点が東京と成るのであれば、オリンピック発祥の地「アテネ(ギリシャ)」と同列の意味で「東京(日本)」の名は永遠に残ることでしょう。
新型コロナウイルスの霧散は、もちろん人類の手には負えない次元の問題です。けれども、地球上の多くの人々が、自然の恩恵への感謝想起、並びにそれに伴う具体的行動を起こすことで、大きな(量子力学的)環境変化は起き得ると感じます。京都大学などの研究チームが、現在世界トップのスーパーコンピューターである日本の「富岳」を使って、治療薬候補を検索した結果、なんと「サナダムシ駆除薬」と出たそうです。また、ノーベル賞受賞の北里大学の大村智特別栄誉教授の開発した抗寄生虫薬「イベルメクチン」にも有効な効果があるとの報道も、コロナウイルス発生当初から(海外から)報告されていました。
新型コロナウイルスの特効薬が(もしかしたら)既に日本にある「駆虫薬」と成れば、何か大きな意思の力を感じます。なぜ日本人の死亡者が(他国に比べて)著しく少ないのか。なぜ東京オリンピックの2020年だったのか。なぜ治療薬の技術が日本にあったのか・・・。今、私たちは確かに大変な時代の最中に投げ込まれている訳ですが、これから何か特別なことが起こる予感もします。今までの価値観や常識から見ると、それは困った事態と映りますが、新しい価値観と正しい道理の世界から見ると、素晴らしくて、感動的で、奇跡的な出来事と映るかも知れません。
私たち日本人は、その歴史的なシーンを、此処日本から眺められる幸運の機会を与えられています。ビジネスの世界も大きな変化が始まると思いますが、本質は決して変わらず、人々が生きて行く為に必要な仕事・役割は永続して行きます。私たち日本人一人ひとりが、日々自然の恩恵に感謝して、良き人柄と成って、道理通りに生きて行くことが、大きな使命の様に感じます。そして日本は、世界の見本(雛形)、世界の守り人と成って行かねば成りません。私たち丸二も、自然災害が多発する時代の中で、自らの人柄磨きを続けながら、安心安全な建物造りに全力投球して行きます。愚直に、日々1mmの前進を続けながら・・・。ありがとうございます。
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※映画 「田園の守り人たち」(2017)
比較的最近の映画ですが、とても素晴らしいフランス映画を観ました。第1次世界大戦下のフランスの田舎の農場が舞台で、美しい絵画の世界の様な田園風景の中、淡々とした日常が映し出されます。暗い戦争の影も入り込み、田園を守る女性たちの人生に静かな波風が起こるのですが、なぜか生きる希望を感じさせます。監督は(フランスの)グザヴィエ・ボーヴォワ。音楽はミシェル・ルグラン。ゆっくりと静かに流れる映画です。

森羅万象と清浄感

新型コロナウイルスの出現によって発生した、今回の大きな社会変革の動きは、ウイルス終息後も更なる変異を繰り返しながら、異次元の大潮流へと向かって行くものと思われます。それは、確かに今までの慣れ親しんだ日常を破壊するものであり、人間にとっては抵抗すべき事態であるのは当然ですが、逆に、此の流れを積極的に受容して、(人生や経営や国政に)上手に生かして行くことで、今まで以上の強固で安心の日常を得られる可能性も出て来たと思います。
今、全世界の国々と人々が知りたい(たった1つの)真実は、「なぜ日本はコロナ死亡者数が(今のところ)桁違いに少ないのか」ではないかと思います。けれども、当の日本には(政府にも国民にも)その自覚があまり無く、今の状況に感謝することを忘れてしまっている様です(非常に残念でもったいないことです)。本当であれば、「日本は、(なぜか他国よりも)被害が少ない現状に先ずは感謝をし、(一刻も早く)その要因(ファクターX)を突き止めることで、世界の雛形と成って、人類を救って行くべき」とする日本発のムーブメントが起きても良いのではないかと感じるのです。世界でコロナの終息が見えてくれば、当然、日本にとっても大きなプラス材料であり、来年の東京オリンピック開催への希望も残せます。
その「ファクターX」の1つの要素として、「日本人は清潔」があると思います。毎日の・・・手洗い、うがい、マスク、入浴、洗髪、洗濯、下着の交換、神棚の水の交換等は、日本では当たり前の生活習慣に成っていますが、海外では普通のことではありません。そのことだけを見ても、日本人の日々の清潔習慣を全世界へ啓蒙して行くだけで、地球規模の大きな変革が起こるはずです。
同時に、その日本人の清潔習慣は、単なる生活上の清潔感だけでなく、(その背後には)もっと根源的な意味合いとしての「心の清浄感」が在ると思うのです。それは、穢れを嫌う特性であり、常に自分自身の心の汚れを取り除こうとする(ある種の)精神性です。毎朝、神棚や仏壇に手を合わせることも、自身の心の清浄化と結びついていると思います。日本の八百万の神とは、森羅万象(自然界全体)のことであり、同時に自らの心の世界でもあります。つまり、特定の神仏へのお願い事ではなく(自然界に)生かしていただいていることへの感謝を通じて、自身の心を日々クリーニングしているのです。
そのような意識の集合体が、ある種の様式と成って、日本人特有の日々の清潔習慣が生まれて来たのではないでしょうか。このように考えてみると、非常に奥の深いことではありますが、先ずは形からでも良いので、世界中の人々が、日本人の清潔習慣を真似てみるのはどうかと思います(WHO等が啓蒙活動をしてくれれば・・・)。そして日本人はもっと自国に対する誇りと感謝の心を持って、世界の一歩先を堂々と歩いて行くべきと思います。安心して、安心して。この流れに乗って行けば、もっと素晴らしい世界に行けるから・・・と。
これから時代はますます変化に変化を重ね、まったく新しい様相を呈してくると思いますが、清浄感のある生活スタイルを確立できれば、むしろ楽しい日々が増えて来るような気がします。もちろん、地球全体が変化(地殻変動)する過程の中で、様々な振動エネルギー(自然災害)が増えて来るのは仕方が無いことです。私たち丸二は、今まで以上に強固な建物・住宅が必要とされる此の時代の中で、地域の「エッセンシャルワーカー(人々が日常生活を送る上で欠かせない仕事を担っている人)」の一員として、(引き続き)日々1mmの前進をしながら、大きく社会に貢献して参りたいと思います。ありがとうございます。
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※「沈黙(1963年)」/イングマール・ベルイマン監督作品
コロナの自粛中、いろいろ映画(DVD)を観ましたが、イングマール・ベルイマンの「沈黙」はとても良かったです。イングマール・ベルイマンはスウェーデンの映画監督(1918年~2007年)で、私も数多くの作品を観ましたが、その中でも、「第七の封印(1957年)」「野いちご(1957年)」「処女の泉(1960年)」「冬の光(1963年)」「叫びとささやき(1972年)」が個人的に大好きです。そして今回、新たに「沈黙(1963年)」も加わりました。
ベルイマン監督の作品は美しさの中に得体の知れない怖さが潜んでいます。何を言わんとしているのかは分かりにくいのですが、多くの作品はキリスト教的な信仰心をベースとして、人々の(非常に厳格な)苦悩と葛藤を描いていると思います。一方、日本の場合は、八百万の神(森羅万象)への信仰心の為か、(西洋に比べると)非常におおらかで、懐の深さを感じます。小津安二郎監督の映画は、小さな家族の日常を淡々と(モノクロ映像で)描くだけですが、そこには不思議な清浄感と可笑しさが在ります。ベルイマン作品も小津作品も、私は大好きなのですが、日本と西洋の根源的な違いを感覚的に学ぶことが出来て、非常に興味深いです。
ところで、スウェーデンのコロナ被害は甚大で(人口100万人当たりに換算すると)アメリカと並んで世界屈指の惨状とのことです。もし、日本の不思議な清浄感と懐の深さが、今回のコロナ被害と関係しているとすれば、日本は何か世界のお役に立てるような気がして成りません。世界の国々の早期のコロナ終息を心から祈りたいと思います。