社長ブログ

雪、自然、佐村河内守さん

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予報通り、東京は雪に成りました。仕事柄、現場の事を考えると、冬の降雪は少ない方がありがたいのですが、子どもの頃を思い出すと、雪が降った時のワクワクした気持ちが蘇ります。そう言えば、夏の夕立や雷が鳴った時も、怖さと同時に、何かドキドキ感、ウキウキ感がありました。きっといつもの日常とは違う未知の体験に胸が躍ったのでしょう。昔は自然の変化にもっと敏感で、もっと素直に受け入れていたように思います。けれども今は、人間側の都合の方が優先と成ってしまい、自然をコントロールしようとさえしています。本当は人間の方が自然界に含まれている側なのに・・・。
そしてソチオリンピックが開会しました。冬のオリンピックとしては、長野オリンピック以来、日本人の活躍が大いに期待できそうです。ただいつも思うのは、相手を負かして喜びを得るというスポーツの持つ根源的な疑念を、私たちは一体どのように認識して行けばよいのかと言う点です。そもそもそのような疑念を持つ人自体、あまりいないと思いますが、世界の平和を願うオリンピックの祭典を目にするたびに、いつもそのように感じるのです。日本を代表して出場する選手の方々が、世界の選手たちと仲良く成って欲しい。オリンピックが開催される度に、世界中のアスリート達の輪が広がって、国境を越えた和になって欲しい。それが本当に期待するところです。
自然界はそれぞれの存在が、勝ち負けで争っている訳では無く、お互いが固有の価値を有し合いながら、全体が調和しています。小さな虫も、大きな山も、美しい花も、枯れた草も、それぞれが素晴らしい価値と役割を持っているのでしょう。この見事なまでに完成された雛形を、もし人間社会に転化できたならば、本当に素晴らしい世界が生まれるのではないかと想像します。けれども、そうは成らないのも世の中の現実。このような矛盾やジレンマの葛藤の中で、(それでも)少しでもより良く成って行こうとするプロセス(体験・経験)が人生の本質なのでしょう。
今、佐村河内守さんのゴーストライター問題が、世間で大きな話題に成っています。私もNHKの特集を見て、深く感動し、CDを一枚買いました。しかしながら、そのあまりにも重く、暗い音楽の様相を感じて、未だCDの封を切らないままでいました。そして今回の報道があり、驚きと共に、一人の人間の持つ絶望的な苦悩を感じました。もちろん、自身が作曲していないにも関わらず、そのように装ったことは大いなる罪でしょう。しかしながら、佐村河内さんの脳内に在る曲想イメージを指示されない限り、真の作者である方が、そのような巨大な音楽を創造することは(きっと)出来なかったに違いありません。佐村河内さんは立派なプロデューサーとして、真の作曲者と共に、良き音楽を発表して行けば良かった。譜面が書けなくても、ベートーヴェンのような悲劇性を身に纏わなくても、プロデューサーとして価値は微動だにしなかったはずなのに・・・。
この問題が発覚後、佐村河内さんは全てを真実として認めています。普通であれば、お互いによる訴訟合戦に成るところです。真の作曲者の方も、佐村河内さんの罪がこれ以上、塗り重ねられないようにと、真の愛情と勇気ある行動をされたと思います。ここで終って、本当に良かった。ここにまだ、何か一縷の救いが残っています。佐村河内さんのCDは発売中止と成りましたが、逆に注文が殺到しているそうです。確かに、社会性という意味においては間違いなく「偽物」ですが、偽物を身に纏った一人の人間の絶望が音化された芸術としては「本物」なのかもしれません。幸い、私の手元には(もう二度と手に入らない)一枚のCDが在りますので、いずれ封を切って、偽者が想起した本物、真の作者が創造した本物を聴いてみたいと思います。お互いに極度の罪の意識を抱えながら、それでも尚、良き音楽を創造しようと命を削った二人の合作音楽を・・・。
「自然に生きる」ことが大切なのでしょう。毎日、呼吸できる幸せに感謝して生きること。そのこと自体が素晴らしい奇跡的なことなのに、私たちはそれを当たり前の事と思い、常に間違った選択をしてしまいます。佐村河内さんの件は、決して他人事ではありません。みんな(大なり小なり)偽りを身に纏って生きていると思います。そのような覆いをいち早く撤去できたならば、自然に生きる道が見えてくるのでしょう。大自然から学ぶこと、まだまだたくさんあります。

安定と自転運動

街を歩いていて、ある政党のポスターに「安定」という文字を見つけました。私たち人間は、不安、不安定、先が見えない、先が読めないことを極度に恐れて生きていると思います。だから誰しもが「安定」を求めます。経済情勢が不安定に成れば、就職先もさらに安定志向が強まるでしょう。それは人間の根源的な心理として、当然理解できます。ただ、そもそも「安定」とは何か、「安定」とはどう言う状態なのかが曖昧です。多くの人々にとっての「安定」とは、「もうこの先、特別何か(苦労)をしなくても大丈夫」な状態ではないでしょうか。ここに就職したらもう安全。これだけのお金があればもう(何もしなくても)大丈夫。多分きっとこのような感覚だと思います。つまり「安定=静止」という捉え方です。
そのように考えた時、同時に何か・・・「本当にそうかな」と言う違和感も残ります。例えば、私たちが住んでいるこの地球は、宇宙空間に「安定」した状態で浮かんでいます。そのことに対して、私たちは(当然)全く不安感を覚えていません。そもそも、そのこと自体を忘れて日々を生きています。けれども、その完璧なまでの「安定性」は、実は時速1400 kmの自転運動によって保たれています。これだけの超音速、かつ全く狂いの無い(必死とも言える)「動き」の連続によって、地球は宇宙空間で静止(=安定)しているように見えているだけです。とすれば、安定は静止状態と言うよりも、必死の運動状態の連続によって維持されているのではないかと考えられます。
「もう安心、止まって大丈夫」と思った瞬間に、自分自身の「自転運動」が止まり、本当の意味での不安定が始まります。世の中の状態がどうであれ、自身の環境や境遇がどうであれ、自分自身が何かに向かって「自転」さえし続けていれば、そこには真の「安定」が発生するのではないでしょうか。昨日のTV番組では、東大を出て環境省に努めながら、赴任先のルワンダで廃棄物対策を行った後、そこで自ら環境省を退職し、ルワンダに残った一人の人物を紹介していました。彼は、エリート官僚という職と勲章を捨て、個人で途上国に貢献する道を選んだのです。人はそれを「安定を捨てて、もったいない」と言うでしょう。けれどもこの人にとっての安定とは、そこで自身を「自転」させ続けることだったのではないでしょうか。
常に何かに挑戦し続ける「運動性」こそが、本当の「安定」だと思います。「もう安心だ」と、静止してしまった瞬間から、恐怖の「不安定」がやってくる。そのように理解することがもし出来たならば、日々何かをしなければ成らない状態で、毎日を必死で動き続けていることは、むしろ「ありがたい(幸福な)状態」なのかもしれません。お金に対する考え方も一緒で、多くの蓄えがあること自体が(決して)安定ではなく、そのお金が順調に(清浄に)「回っている(動いている)」状態こそが、本当の安定と言えます。しばしば、大きなお金を持ちながら、決して幸福な人生で終らなかった人がいます。きっと、お金を良い形で社会へ回さなかったことが原因ではないかと想像します。つまり、大きなお金を得た人ほど、大きな責任(=役割)を負う訳です。
この度、楽天イーグルスの田中将大投手が米ヤンキースに入団することが決まり、巨額の契約金額が新聞紙上を駆け巡りました。これは、田中投手にとって、むしろ大きな負担(責任)に成るものでしょう。「それだけの成績を残さなければ成らない」という意味では無く、このお金をどのように世の中へ回していくかという面においてです。ただ田中投手は、楽天時代から様々な形で(決して目立たないように)多くの寄付をして来たと聞きます。多分、そのような人間性であったからこそ、昨年の様な偉大な成績と今回のメジャー行きを引き寄せたのでしょう。ならば今回の報酬についても、さらに生きた使い方をされて、またさらに大きな役割を与えられるに違いありません。本当に物凄い人物だと思います。
富や幸福、知識や知恵を、自分自身だけで止めないで、広く社会(他者)へ流していく。流して行けば、その時は(一瞬)減ってしまうように見えますが、(けれどもいつか)必ず与えた分がさらに大きく成って、別の方向から入って来る。そしてそれをまた流していく。この連続する運動が真の安定であり、その最初の一手は(間違いなく)「与える(捨てる。損する)」から始まるということです。「入ってから、出す」のではなく、「出してから、入る」の順です。だから難しいし、厳しいし、怖い。勇気が無いとできない。挑戦心が無いとできない。この不安に打ち勝てる者こそが、最後に真の安定を得られるのでしょう。
「安定」とは「得る」ものではなく、「在る」ものだと思います。必死で動き続けること。世の中の為に何かをやり続けること。その「状態」を言うのだと思います。だから、誰かの為に、社会の為に、今を必死で生きている人は、みんな(既に)「安定」を手にしている幸福な人だと思います。
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※吉祥寺南町の井の頭通り沿いの現場がもうすぐ完成です。お客様と自然の恵みに、心から感謝いたします。ありがとうございます。

思考力と追求力

2014年が始まり半月が過ぎましたが、工場の事故、海上の事故、行方不明事件等、類似する出来事が数多く発生している様な気がします。昨年末には冷凍食品の事故がありましたが、今度は浜松の学校給食で大規模なノロウィルスの被害が起きました。今後はこのようなウィルス対策も重要に成って来るのでしょう。同時に「食」に対する注意喚起も必要なのかもしれません。また17日は、1995年に発生した阪神淡路大震災から丸19年でした。あの時、テレビの画面で見たビルや高速道路の倒壊現場、地震後の大規模火災の様子は、未だに脳裏に焼き付いています。それから16年後の3月11日には、その恐怖が再びやって来ました。このリピートし続ける現象を止めなければならない。けれども、なかなか止まらない。きっと何かが足らない。
今回の東京都知事選挙では、「脱原発」が1つの争点に成りつつあります。日本で最大の電力を消費する都市として、極めて大きな課題の1つだと思います。エネルギー問題の根本解決は、戦争、経済、地球環境に多大な(良き)影響を与えるはずです。私たちが原発問題を考える時、常に未来の全世界(=地球)の安全と平和と発展を「思い」ます。実は、その意識こそが最も大切なことではないでしょうか。景気回復(発展)を優先する人も、安全性を優先する人も、共に「未来のため」という視点を置きます。その上で、様々な方法論を展開して行くのです。けれども方法論はあくまで戦術ですので、状況に合わせて変化するものです。目的が一緒であれば、その実現方法が違っていても、どこかで共有できる場所(着地点)が見つかるはずです。このようにして原発問題に真剣に向き合うことが、国や世界の未来を「思う」ことに繋がり、その結果、(今はまだ見えない)最良の答えを導き出せると期待します。
あらゆる問題や課題を解決する(=終わらせる)根本は、その問題や課題へ向き合う思考力や追求力の強さではないかと感じます。最終的に、その改善方法(戦術)は目に見える形と成りますが、その大元の種は、まさに人間の「思考力」や「追求力」という意志の力のはずです。経済も原発も戦争も、本当に「良き未来」を思考して、追求して行けば、必ず良き方法が見えてくると思います。今はまだ、その「思考力」と「追求力」が弱いだけではないでしょうか。これは政治家だけの事を言っているのではなく、私たち国民全員の意志の力が弱いのだと思います。目先の方法論を戦わせる前に、どのような「良き未来」を創造するか・・・その「思考力」と「追求力」をみんなが持つこと。経営も同様です。社員全員が、本当に「良き会社」を思考して、追求して行けば、必ず良き結果は出て来ます。
世の中で起きている事。自分の人生で起きている事。みんな、自分自身の思考力と追求力を鍛える為の練習(レッスン)です。このレッスン・プランは一人ひとりメニューが違うので、誰かに代わってもらう訳には行きません。自分自身でオリジナル・メニューをこなして行くしかありません。でも、1つ1つをクリアーしていくことで、自分自身の思考力と追求力が高まります。これは最高に喜ばしい経験です。しかも練習メニューである以上、必ずクリアーできる答えが用意されているはずです。だから安心して、自身の問題や課題に真剣に向き合って、全力で思考し、全力で追求して行くこと。問題や課題が大きいと言うことは、自分自身の器が大きいということ。世の中が大転換しようとしている今、全ての存在が大きく飛躍できるビッグチャンスが来ています。自分自身の「思考力」と「追求力」を鍛えて、この時代を生きる価値を掴もうと思います。

謹賀新年2014

新年明けましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
平成26年元旦
年末年始、東京はとても良い天気です。今朝も毎月1日と同様、早朝に(スーツとネクタイ着用で)地元の氏神様(武蔵野八幡宮)へお参りに行き、感謝の思いをお伝えして参りました。元旦のお参りは早朝に限ります。人込みも少なく、とても清々しい空気でした。参拝後、そのまま会社へ行って、神棚の水を替え、御挨拶。その後、初日の出に向かって手を合わせて御挨拶。もちろん家を出る前には仏壇(御先祖様)へ御挨拶。「一年の計は元旦に在り」と言いますので、今年もこのような「礼」から始めました。そして今は、会社に年賀状が届くのを待ちながら、こうしてブログを書いているところです。
年が明けて、あらためて昨年一年を振り返ると、もう遠い昔のことの様に感じます。全ては過ぎ去っていくもの。良い事も悪い事も。結果、最後に残るのは経験と思いだけです。映画「かぐや姫の物語」の主題歌である「いのちの記憶(作詞作曲:二階堂和美」の歌詞に、こうあります。「いまのすべては過去のすべて」「いまのすべては未来の希望」と。「いま」とは、自分自身が生きた全ての過去の「結果」です。同時に、この先の未来を決定する「原因」です。と言うことは、過去を後悔したり、未来を不安に思うことは、全く無意味なこと。「今を懸命に生きること」こそが、未来を生きる自分自身への最高のプレゼント(結果)に成るのだから。「いま」という時空の中で、自分自身をただ輝かせること。自分自身を生き切ること。生きている手応えを感じること。そのような気づきが大切なのだと理解しました。
日本は本当に恵まれている国です。しかしながらその状況に胡坐をかいてしまい、おかしな方向へ行ってはいけません。決して、恵まれていることへの感謝を忘れてはいけません。結局のところ、全ての根本はこの「感謝」に在ると思います。感謝が不足すると、必ず人も会社も国もおかしく成ります。丸二はかつて「ありがとう」という言葉(言霊)を企業メッセージとして使用していました。けれども、その「ありがとう」とは、あくまで人間同士の「挨拶」や「御礼」としての表現の域であり、もっと大きく、もっと深く、もっと根元的な「感謝」には遠く及ばないレベルだったのです。そのことに気が付いた時、とても恥ずかしい思いでいっぱいに成りました。すぐに企業メッセージを取り下げて、深く深く考え続けました。もっと本質的な「感謝」を認識しなければ成らないと・・・。
そして、気づいたのです。私たちは建設会社です。ありとあらゆる種類の建材を使って、建物を造っています。これらの建材は(よく考えると)全て自然界から生まれています。もちろん人工的な加工製品も在ります。けれども、それらも元は自然界にある物質を組み合わせて出来たものです。と言うことは、私たちは、この大自然に存在している物質を、(自然界に対して)無断で、無料で、使わせていただき、企業経営をさせていただいていたのです。ああ、何て勝手で失礼なことをしていたのだろうか・・・。その全ての根本に対する「感謝」が、先ずは大切ではないか。建材を使っているのではなく、使わせていただいている。建物を造っているのではなく、造らせていただいている。水や空気がもし無くなったら、人間は数十秒で死んでしまいます。生きているのではなく、生かされている。「ここ」への感謝。そう思い至った時、私たちは、「自然の恩恵に感謝できる会社造り」を目指すことにしました。この原点が無ければ、本当の意味での(人々への)「ありがとうございます」という思いは生まれない。その事に気が付いたのです。
このようにして私たちは「感謝道」を歩み始めました。真の「感謝」、お客様への真の(誠心誠意の)「ありがとうございます」を実践し続けることで、良き経験と良き思いが育まれるはずです。それはきっと必ず、「未来の希望」を造り上げて行くでしょう。今年も「感謝」で駆け抜けて参りますので、何卒よろしくお願いいたします。尚、今年の「ニコニコ通信:新年号」の挨拶文を下記に転載しましたので、よろしくお願いいたします。ありがとうございます。
【ニコニコ通信:新年号~社長コラム】
新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
昨年10月8日に創立60周年を迎え、また新たな年明けと成りました。これもひとえに、全てのお客様並びに関係各位の皆様のおかげと、厚く御礼申し上げます。誠にありがとうございます。昭和28年の創立当時とは全く異次元のような60年後と成りましたが、それでも建設業の原点は変わらず、人々の生活と生命を守り、人々の喜びと幸せを育む場を造ることに在ります。時代の流れによって、その役割や存在感は確かに変化はしていますが、私たち丸二は、「自然の恩恵に感謝する」という根源的な理念の下で、「良き建築」と「良き住環境」を懸命に社会へ提供し続けて行く決意です。この60年で最も大きな変化と言えば、地球環境の問題があります。毎年のように過去に例のない異常気象が起こり、人々の生活に多大な影響を及ぼしています。そのような自然界の異変の真因こそ、私たち人類の生き方に在ったのは間違いの無い事実ですが、それでも私たちは、毎日を安心して、安全かつ快適に暮らして行かなければ成りません。日々の防災意識を持ちながら、この時代を乗り越えて行ける本物の建築を、私たちは造り続けて参ります。昨年秋に行われた伊勢神宮の式年遷宮が無事に終わり、これからの20年は、今までの「米座(平和の時代)」から「金座(激動の時代)」へ移行すると言われています。いずれにしても、あらゆる物事が大きく動き出す時代に入ろうとしていますので、先ずは自らの精神を確立(自立)して、その激動のエネルギーを良き方向へ導いて行きたいと思います。最終的には、会社で言えば「経営理念」、個人で言えば「人格形成」が、「見られて行く」時代に成るのでしょう。そのような意味において、これからの20年は「反転する時代」です。良いものを誠実にご提供する良心的な経営が、「力」を得て行く時代に成るのでしょう。丸二は、そのような良き時代へ向けて、1mmの前進を続けて来ました。世の中が(あらためて)建設業を再評価し、新しい建築を求める時代に成った今こそ、私たちはその期待に応え、その期待を超えて行くことが出来るのです。よって、この2014年の年明けは、丸二の「次の60年」への新たな大きな門出と成ります。私たちが更に一層、皆様のお役に立ち、皆様の喜びと幸せを創造すべく、今後も最善を尽くして参りますので、本年も何卒ご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。ありがとう御座位ます。

仕事納め

明日12月28日は会社の仕事納めです。今年も本当に素晴らしい一年でした。もちろん全てが良い事ばかりでは在りません。けれども、人も会社も様々な経験を通して成長して行くものです。ここ数年来の激動の時代において、こうして1つ1つの年を越して行けることへの感謝の思いでいっぱいです。どのような出来事も、自分自身に対するタイムリーな課題であり、ご褒美です。そう考えると、この世の中の仕組みは想像を絶する凄さだと分かります。一人ひとりの人間の全てが、個人の成長の為の出来事と出会いながら、その相手の人も、あるいはその総和の社会全体も、同時に必要な経験と向き合っているからです。どんな天才科学者でも追いつけない程の計算式の下で、全ては関連付けられ、管理運営されているのでしょう。そう成ると、今現在の世の中の変化も、きっと大きな意味合いを持っているのではないでしょうか。今を生きる個人個人が、自身の課題を解決する為に、「今」という時代が必要だったのかもしれません。世の中全体と自分自身の人生は決して無関係でなく、極めて太い線で結ばれていると思います。
今年もおかげさまで仕事量が多く、とても充実した一年でした。また中期経営計画も立て、会社の未来像へのイメージ化も出来ました。お客様に「良き建築」をお届けすることで、これからの激動(あるいは防災)の時代の中、私たちの役割は確かに拡大するでしょう。否むしろ、かつて無いほどの影響力が生まれるかもしれません。これまでの建設業は、ずっと下降線を辿って来ましたが、人々の生命と生活を守る基幹産業、もっと言えば「生命産業」としての復活を果たし、いよいよ社会に貢献しなければ成りません。震災の復興、国土強靭化、老朽化したインフラの整備、オリンピック対策、耐震・防火への対応、地域環境の清浄化、住まいの再建築、住まいの修繕、強固な建物、長寿命化・・・。人間が生きて行く上で、絶対的に必要不可欠な「衣(医)食住」の一角として、精神的にも肉体的にも負荷の多くなる時代の中、安らぎと寛ぎと安心安全をご提供する仕事。それが建設業です。
今、業界では職人不足が問題に成っています。この傾向はますます拡大するでしょう。同時に技術者の高齢化も進んでいます。この流れは、あらためて(「虚業」に対する意味での)「実業」への回帰を積極的に促す為の(あえて)演出された状況設定なのかもしれません。今後、最も人手を必要とする(であろう)建設業界に、人手不足、若者不足という課題がある。これは裏を返せば、その「反転」に対する期待では無いでしょうか。リアリティー(実体)のある仕事への回帰。そこまで読み取ることが出来れば、今後の職人不足や若者不足は一気に流れが変わってくると感じます。建設業の素晴らしいところは、経験者、熟練者には敵わないという面があることです。若い人の方が良い仕事が出来る業界はたくさんありますが、建設業はそうは行きません。やはり、実際の仕事をして来た人の経験には敵わないのです。そういう意味で、今現在の若者不足の中でも、この業界はしっかり成り立っています。
けれども、そろそろ熟練者の技術や経験を引継ぐ世代も必要です。そのようなタイミングの中で、今の建設需要の増加が起きました。これは天の計らいでしょうか。何か全てが計算され尽くしている。そのような印象を持つのです。熟練者や高齢者が優位と成る仕事は本物だと思います。結局のところ、最後の最後まで社会に貢献できる役割は尊いものだからです。年齢に関係なく、いつまでも出来る仕事こそが、その人の使命であり、役割ではないでしょうか。会社には定年がありますが、仕事には定年はありません。建築は、死ぬまでやり続けられる仕事の1つだと思います。伊勢神宮の御遷宮は20年に一度ですが、そのお蔭で、日本古来の建築技術が脈々と受け継がれています。建設業も(同様に)約20年振りに需要の喚起が発生しています。これも決して無関係では無いと思います。
来年は一体どのような年に成るのでしょうか。今年以上に激動の年に成るのは間違いないように思います。いずれにしても物価の上昇は今後もますます続いて行くでしょうから、そういう意味で、消費行動が早まり、景気を支えて行く可能性はあると思います。ただその一方で、社会全体の仕組みや個人の生き方を変えて行こうとする流れも加速するのでは無いでしょうか。その根底にあるものこそ、自分自身の中に在る良心との対話です。今までの社会全体に存在していた強制的(物質的)な価値観から抜け出し、自分自身の良心の声に従って生き始める人が増えて来るような気がします。先日、とても尊敬するある方からこう言われました。「今までは良心的な会社(人)が苦しかったが、これからは良心的な会社(人)が良く成る」と。これは逆に言うと、良心を裏切る経営や生き方をしたらダメに成るという、裏返しの意味にも聞こえます。全ての人間の生き方が「見られている」時代の中で、いよいよ個人の内面性に対する評価が顕在化する時代が始まろうとしています。それはむしろ厳しい時代ではないかと思います。けれども極めて爽快で清々しい時代でもあります。来年も一年、自分自身の良心と共に、楽しく経営と人生に向き合って行こうと思います。ありがとうございます。
※挑戦し続ける監督たち
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建設業と同様に、映画の世界でも70歳を超える熟練監督が未だに注目を集めています。どんな若手監督よりも衝撃的かつ挑戦的な作品を創り続けているからです。本ブログで何度も紹介している大林宣彦監督やジブリの高畑勲監督はその良い例です。先日、このお二人の製作現場を追うTV番組が相次いで放映されました。大林宣彦監督の方は、NHKの特集で、前作「この空の花~長岡花火物語」に引き続き、今度は北海道の芦別を舞台にした「野のなななのか」という古里映画の紹介です。今回も北海道の豊かな自然の中で、戦争や生と死を題材にしています。またきっと驚くべき作品に仕上がっていることでしょう。公開は来年で、今から楽しみです。
一方、高畑勲監督の方は、WOWWOWの番組で、前編と後編の2回に分けて放映されました。もちろん内容は、現在公開中の「かぐや姫の物語」です。この映画の評価は(驚くほど)真っ二つに分かれていて、賛否両論状態がさらに激化しています。未見の方は、年末年始にぜひ見てください。きっと「1点。ただの竹取物語。長い。つまらない」か、「満点。歴史的大傑作。不覚にもかぐや姫で泣いてしまった。また見る」のどちらかでしょう。番組を見て初めて知ったのは、高畑監督は「絵を描かない」ということです。アニメ映画の作者が絵を一切描かないなどとは、思っても見ませんでした。高畑監督は自分自身のイメージや考えを「言葉」で表現するのみ。あるいは手振り身振り。その下で、トップクラスのクリエーター達が、その指示に従って、懸命に作業を進めるのです。同じジブリの宮崎駿監督とは全く違います。まだ勢いの残っている手書きの筆の線をそのまま動画にするという、通常のアニメ制作のシステムでは考えられないやり方は、ジブリの製作現場を崩壊させたそうです。よって今回の「かぐや姫の物語」は、新たに別のスタジオを作って製作に入りました。それでも作業は難航を極め、公開は延びたのです。それにしても、一体このエネルギーはどこからやって来るのでしょうか。売れる映画を作るという発想は微塵も無く、自身の魂から発せられる「言葉」の実現だけに生きる。この「目には見えない」力と波動の合った人のみが、「心が震える感動」を味わえるのかも知れません。リーダーにとって「言葉」は生命です。あらためてその事に気づきました。私はお正月に、また家族と見に行く予定です。多分きっと、この映画は100年後も名作として存在していると思います。

恩師と可睡と再び「かぐや姫の物語」

喪中のお葉書で、恩師が亡くなられたことを知りました。私の小学校時代の先生で、私自身の幼少期における精神的支柱とも言える存在でした。先生から教わったこと、山ほどあります。そのほとんど全てが、今現在の自分自身の根底に息づいていると思います。私のような、おとなしくて、目立たなくて、成績も(可もなく不可もなく)ごくごく普通の子どもに対しても、多くのことを真剣に、時に厳しく、時に優しく教えてくださいました。あの時、先生がおっしゃっていたことは、今思うと、子どもに話すようなレベルの内容では無かったように思います。所謂、先生が生徒に対して「ああしなさい、こうしなさい」という種類のものでは無く、もっと広くて大きくて深いものでした。
先生の専門は歴史(日本史)でしたが、その歴史の授業においても、単なる年表的な説明ではなく、例えば合戦の風景や情景がありありと思い浮かべられるような、まさに「物語絵巻」を見ているかのような臨場感があったのです。またクラスの中で何か問題が起こると、授業を止めて、その事柄について真剣に叱り、同時に包み込むような優しさで(何時間も)語りかけてくれました。先生のお宅にも何度も友達と遊びに行きました。このクラスには、多くの教育関係の方々が授業見学に来られていましたが、学業と心の教育の両立が成されていたと云う意味において、(今から思うと)随分時代の先を行っていたように思います。そして多くの同級生たちは(その後)優秀な進路へと進んで行きました。
先生との思い出の1つに、移動教室で日光へ行った時のことが在ります。泊まった宿泊施設の部屋がとても広く、2段ベッドが(確か)10台くらい有って、ひと部屋20名くらいでワイワイと騒いでいました。そこへ先生が入ってきて「静かにしなさい」と注意されたのですが、その際、あまりにも部屋が散らかっており、それぞれのベッドの上もグチャグチャ状態で、先生から「何だ、この汚い部屋は!」とさらに厳しい雷を落とされました。ところが、その中で1つだけキチンとしたベッドがあり、先生から「そこは誰だ」と聞かれたのです。それは私のベッドでした。自分はただグチャグチャ状態が嫌いなだけで、好きでキチンとしていただけでしたが、「僕です」と答えると、「トモキか。偉い」と言われました。ただ、それだけのことでしたが、自分の心の中に、何か小さな灯りが燈ったような気がしました。先生はそう言って部屋を出て行きました。みんなは静かに身の回りを整理し始めました。
身の回りをキレイにしなさい。両親に感謝しなさい。先生に教わった2年間の中で、今でも心に刻まれている大切なことです。私という、弱くて小さな生命の一番奥底に記憶された2つの規律は、その後の人格形成の種と成りました。その後も、素晴らしい恩師との出会いがあり、事に応じて、「身の回りをキレイにしなさい」「清浄感を持ちなさい」「掃除をしなさい」「靴を揃えなさい」「ゴミや不要なものはすぐ捨てなさい」「自然の恵みに感謝しなさい」「太陽に感謝しなさい」「食べ物に感謝しなさい」「挨拶をしなさい」「時間を守りなさい」「約束を守りなさい」と、教わり続けました。それら全てが、あの頃「先生」からいただいた「種」に与える「水(養分)」に成っていたのではないか。ああ、そうだったのか・・・。
清き水は淀みなく流れ続けます。身の回りを清浄感で保つということは、まさに自分自身の人生に淀み(停滞)を作らないためです。ゴミはもちろん、使わない物も、すぐに捨ててあげること。それによって、その物(物質)はいったん壊され分解されますが、すぐに新たな物体として再生され、別の人々の生活のお役に立ち、また新たな生命(価値)を生き始めます。使わない物を使わないまま放置しておくことは、物に宿る生命を殺していることなのです。だからこそ、使わないものは(できるだけ)持たないようにする。使うものは、長く大切に使い続ける。それが本当の「もったいない」の心。地球環境が大変に成って来たのは、このような意識を人類に気付かせるためだったのではないか。3.11が起きても、なかなか直らない心の習慣。そのような時代を生きて行く上で、「先生」の教育は、未来の子ども達を救って来たのではないかと、ふと思います。
先週の土曜日、とても尊敬するある方の新築祝いのために、静岡県の可睡という地に(その方の親友の方々と一緒に)日帰りで行ってきました。新しい住まいはとても美しく、超シンプルで、(隅から隅まで)清浄感で満ち溢れていました。いかに「持たないか」を追求すると、このような良き姿・形に成るのでしょう。このような良き生活・人生に成るのでしょう。家そのものが、住む人の生き方を証明していました。良き建築は良き人生の写し鏡。であるならば、自身の家の状態、部屋の状態は、自分自身の心の写し鏡と成ります。そのように気づいた時、身の回りの状態こそが、「私の心」の投影と分かります。だからこそ、身の回りの整理整頓こそが、自身の心磨きに成るのだ。ああ、そうだったのか。日光で先生から言われた一言が、またここで起動したのです。
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可睡には、東海道一の禅の修行道場である「可睡斎」が在ります。此処は、悠久六百年の歴史を刻む、徳川家康公が名づけた古刹。現在は、曹洞宗・専門僧堂として多くの雲水(修行僧)が修行をしています。当日は、この「可睡斎」も案内していただき、午後の温かい陽だまりの中で、美味しい精進料理をいただき、寺院内をゆっくりと見学いたしました。紅葉がとても美しく、この世のものとは思えない風景と建物の中で、本当に「居睡り」をしたく成る様な場所でした。数人の僧侶の方が、場内をホウキで掃いていました。とても静かでした。同じ日本なのに、どうしてこんなに違うのだろうか。場所のエネルギーとは、きっと在るのだろう。可睡には、ほんの半日しかいませんでしたが、古代日本の太古の風と風景を感じました。
前回のブログで紹介した映画「かぐや姫の物語」からも、そのような太古の風を感じました。「竹取物語」とは、平安時代に書かれた日本最古の小説(しかも、SF小説)です。映画の画面からも、日本の原風景の「風」あるいは「匂い」を感じます。それらは、きっと今の日本でも(本当は)感じられるはずのものです。その「感じられる」感性をいかに呼び戻すか。そのスタートラインこそが、「身の回りをキレイにすること」あるいは「大自然や両親に感謝すること」ではないでしょうか。映画「かぐや姫の物語」の主題は、人生讃歌であり自然讃歌です。「生きている手応え」や「生きる喜びと幸せ」を感じたい。それは苦労を乗り越える経験からしか得られない種類のものです。かぐや姫は言います。「私は生きるために生まれてきた」と。かぐや姫は、鳥や虫や獣や草や木や花を愛し、あらゆるものを大切にしていました。育ててくれた両親(翁と媼)への感謝も、最後の最後まで忘れませんでした。乗り越える為に必要なものとは、いつの世でも「感謝」と「清浄感」ではないか。
丸二の理念の基本は「自然の恩恵への感謝」です。現場の基本は「6S(整理・整頓・清掃・清潔・親切・速度)」です。「現場は心の鏡」という合言葉もあります。全てが「感謝」と「清浄感」の追求です。結局のところ、お客様の喜びと幸せ、社員の喜びと幸せを願う時、最後は「感謝」と「清浄感」に行き着きます。そして、そのルーツこそが「先生」の教えでした。私は、亡き恩師への恩返しとして、これら全てを守り続けて行こうと思います。先生、本当にありがとうございました。
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※「かぐや姫の物語」ですが、老若男女、全ての方に見ていただきたい映画です。見た方の半数は、「日本昔話みたい。竹取物語そのまんま。特別面白くなかった。絵もそれほどでもなかった」という感想で、もう半数は「何か物凄いものを見た。なぜ竹取物語で号泣してしまったのだろう。涙が止まらない。アニメ史上の快挙。映画史上の大傑作」という感想のようです。私の場合は完璧に後者でしたが、みなさんはどうでしょうか。すでに日本人の誰もが知っているストーリーです。しかもアニメです。ですので、前者の感想の方が(一見)説得力があります。けれども私は後者でした。それがなぜだか未だに頭の中で整理が付かないのです。上手く説明ができないのです。でも、心の深い部分で感じています。多分、きっと・・・生きるために生まれてきたことを、私も「思い出した」のだと。

かぐや姫の物語

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子どもの頃、地元(吉祥寺)の古い映画館でディズニー作品や東宝映画(ゴジラ)等を見て以来、私は映画ファンに成りました。古い名作(洋画)の2本立ても、良く見に行きました(「シェーン」や「エデンの東」等もその頃に見ました)。中学生頃からは、封切したばかりのロードショー作品を見に、新宿や渋谷にも行くように成りました。そこには「新作映画が見られる!」という喜びと好奇心がありました。当時見た映画の中で、特に強い印象が残っているのは「ロッキー」(渋谷東急だったかな)と「未知との遭遇」(新宿プラザ劇場)です。私の映画による「感動の原体験」は、(今思うと)ここに在ったように思います。その後、たくさんのアメリカ映画を見て、徐々にヨーロッパ映画やマイナーな映画、内省的な映画へと興味の方向が変わり、「哲学的」とか「難解」とか言われる作品群の方に心は惹かれて行きました。実際、自分自身の好きな映画の多くは、そのような傾向のものです。
けれども、映画における「感動の原体験」と成ると、今でも(あの時の)「ロッキー」や「未知との遭遇」の記憶が蘇ります。部屋にポスターを貼ったり、下敷ケースにチラシを入れたり、今思うと気恥ずかしいのですが、(それくらい)いつも頭の中に映画がありました。もちろんサントラ(レコード)も買って、何度も聞きました。当時は、今のようにビデオ等が無い時代でしたので、映画を追体験するには、サントラのレコードを聞く以外無かったのです。その分、音だけで映像をイメージする訓練が出来たのかもしれません。とにかく勉強よりも映画でした。そのようにして、大学では映画研究会で映画を撮り、社会に出てからも映画好きはそのままです。もちろん昔ほど見に行く機会は減りましたが・・・。
サントラと言えば、私がクラシック音楽に興味を持ったのも、映画音楽からでした。「2001年:宇宙の旅」の<ツァラトゥストラはかく語りき(R.シュトラウス)>、「時計じかけのオレンジ」の<第9(ベートーヴェン)>、「地獄の黙示録」の<ワルキューレの騎行(ワーグナー)>等、みんなサントラで初めて聞いてから、「全曲聴いてみたい!」の一心で、(勇気を振り絞って)吉祥寺駅前の(今はもう無い)新星堂クラシックレコード店へ足を向けました。決して学校の音楽の授業からでは無かったのです(音楽の通信簿は「2」でしたから!)。当時は、ベートーヴェンもモーツァルトも全く知りませんでした(クラシックは嫌いでした)。けれども映画のおかげで、人類至宝の芸術との出会いが実現したのです。そこから映画とクラシック音楽という大海への漂流の始まりです。
「イメージ(想像)すること」「見えない力を感じること」「俯瞰して見ること」「クローズアップして見ること」・・・映画を通じて学べたことはたくさんあります。けれどもテレビドラマからは(あまり)在りません。それはきっと「深み」の問題だと思います。クラシック音楽が数百年以上も生き続けているのは、そこに本物の深みが在るからではないでしょうか。深みとは感覚的な世界ですので、確かに比べられる性質のものではありません。それでも尚、人類は残すものと残さないものを明確に「仕分け」しているように見えます。その仕分けの根本原理は、「見えない世界とのつながり」ではないかと想像します。
この世の中のすべての物事や事象、あるいは構造は、2つの力で構成されています。善と悪、男性と女性、昼と夜。すべて表と裏、陰と陽です。多くの映画やドラマ、音楽、演劇、絵画は、見える世界(聞こえる世界)を描きます。なぜならば、見えない世界(聞こえない世界)を描いても、受け手には見えない(聞こえない)のだから意味がない(=売れない)と思うからです。確かにその通りであり、見えない世界を描くことは無理ですし、無駄です。手間暇掛ります。なかなか理解も得られません。けれども本物のクリエーター達は(そのような風潮の中においても)(仮に分からなくても構わないから)もう1つの世界観(サブテキスト)を作品の中に組み込もうと戦います。なぜならば、表と裏の両面を描かなければ、偽物だと「知っている」からです。両方の力を含めることで、本物の芸術作品と成り、それが受け手側に(なんとなく)独特の雰囲気(魅力)を与えるのではないでしょうか。それが数百年後も生き続けることによって、自然界の普遍的な構造を「有していた」という意味において、いつか必ず証明されるのでしょう。
そのようにして最近のいくつかの映画を観た時に、実は日本映画の良質化を感じています。軽い気持ちで見た「陽だまりの彼女」などは、単なるアイドル映画だと思っていたのですが、(表側のストーリーと並行する)生きる意味と幸福についての寓話として、とても面白かった。作り手の素直で純粋な意識がそのまま画面に出ていて、こちら側もとても気持ち良く感動できたのです。原作を全く知らなかったので、後半の展開には驚きましたが、大好きなビーチボーイズ(ブライアン・ウィルソン)の名曲「素敵じゃないか」が、重要な役目を果たしていて、それも嬉しかった。かつて「こんな音楽、犬にでも食わせておけ!」と罵詈雑言を浴びたアルバム「ペットサウンズ」第1曲目のこの曲が、このようにして今の若い人達の前に(突然)現れたこと自体も驚きです。この映画自体が(いつまでも残る)名作に成るかどうかは分かりませんが、あの頃、目を輝かせてロードショーを見に行っていた時代の「感動の原体験」がちょっと蘇ったのも事実です。若いカップルばかりの映画館で、ちょっとキツかったですが・・・。
けれども、本ブログで本当に書きたいのは、実は見たばかりの「かぐや姫の物語」です。これはスタジオ・ジブリの高畑勲監督の渾身の一作。ジブリと言えば、大ヒット中の「風立ちぬ」公開後に引退を表明された宮崎駿監督が有名ですが、もう一人の雄が高畑勲監督です。何度か予告編を見た時から、「これは・・・」と(なんとなく)異質な世界観を感じていたのですが、実際に本編を見て、非常に心を打たれました。圧巻でした。昨年の「この空の花~長岡花火物語」を見た時の衝撃とはまた違うのですが、誰もが持っている記憶の扉をこじ開けられたようなショック感と言ったら良いか・・・そういう種類の衝撃でした。アニメだとか実写だとか、そのような問題では無く、そういう手法を超えた次元に在るとすら感じました。そのような意味で言うと、宮崎駿監督作品は見事なアニメ映画であり、この「かぐや姫の物語」は見事な体験映画と言えます。物語は当然、「竹取物語」そのものですので、誰もが知っているストーリーであり、特別目新しいものではありません。オリジナルの人物も登場しますが、極めて原作に忠実でした。
高畑勲作品の作画は、宮崎駿作品あるいは一般的なアニメとは全く違う、草書体のような世界です。全てを描かない。描かないものを描く。「無」を描く。まるで消去法です。時に雑な印象すら覚えます。けれども人間の記憶の世界とは、まさにそのようなもので、非常に曖昧かつ無地や白紙部分が多く、極めて不明瞭で不明確です。見方によっては、どの様にでも見えてしまう。それはまるで、細部に渡って(固定化された)明瞭な物質で埋め尽くされた「偽物細工」へのアンチテーゼかのようです。色即是空、空即是色。在るものは無く、無いものは在る。高畑監督の作風には、そのような仏教的、老子的な世界観が込められているのかもしれません。かぐや姫が疾走するシーンの激しい墨絵的表現などは、本当に凄かった。
人生とは「苦」である。けれども、その「苦」の経験を通じて、生きることの素晴らしさ、色彩ある世界の素晴らしさ、喜怒哀楽の素晴らしさ、これら全ての経験を「味わい尽くす」ことで、人間は成長をして行くのでしょう。そのような「経験」への憧れを抱き、そのような「経験」を求めて、人間は(多分、自らの意志で)生まれて来たのにも関わらず、今度は「辛い」「苦しい」「逃げたい」「帰りたい」と不平不満を言う。なのに、静かで、穏やかで、無色透明で、起伏の無い、思考(意識)だけの満ち足りた世界にいると、今度は「もっといろいろな経験がしたい」「生を謳歌したい」「あえて苦しい状態を味わってみたい」と言う。結局、人間はどちら側に居ても、「苦しいから」とか「つまらないから」と言って、「いま、ここ」を否定してしまい、もう一方(向こう側)への憧れを持ち続ける。この堂々巡り。このような憧れと後悔の繰り返しこそが、かぐや姫(=全生命)の「罪」なのかもしれません。
「いま、ここ」を肯定し、現在の「生」を生き切ることが、このような負のループから抜け出すことに成る。物語の中には、「蓬莱の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝)」や「火鼠の裘(かわごろも、焼いても燃えない布)」等の「偽物細工」が出てきます。本物の「生」とは、「いま、ここ」を味わい、思う存分、生きる喜びを実感すること。まさに、現世と大自然への大讃歌。そのような強いメッセージを本作品から感じ取りました。
私たちの中には、自分自身が経験した過去の記憶が全て在り、その結果としての「今の私」が此処に存在しています。それら全ての経験を、肯定的に受け入れて行くことで、「今の私」はより良く成長していくはずです。この映画(物語)の真の意味は、私たち全ての人間の中に在る普遍的かつ共有の記憶の再現ではないでしょうか。だからこそ、作画は(あえて)余白が在り、曖昧模糊としていたのではないか。余白とは、一人ひとりが実際の(自分自身の)経験で補筆して欲しい・・・そのような意図を感じました。
3.11以降、日本映画は良質化し始めたような気がします。それは、製作者が勇気を持って、「見えない世界とのつながり」を含め始めたからだと思います。「かぐや姫の物語」のクライマックスである、月から天人が降りてくるシーンの表現方法と超然とした(摩訶不思議な)天上の音楽(調べ)には、過去の映画音楽の常識を超えた「非常識」が在りました。人生とは、どこにいようと極楽であり、幸福なのだ。そのことが驚天動地の音楽表現によって明らかにされたかのようです。そしてまたここに、私自身の新たな「感動の原体験」が発生し、「かぐや姫の物語」は、私の「名作」と成りました。
映画から学んだこと。それは、まるで映画を見るがごとく生きるということ。映画の主人公に成りきって、その環境や境遇を(思う存分)生き切ること。そのように演じている自分自身の姿を(自ら)客席から(俯瞰して)見つめながら、自分自身を応援してあげること。その喜びも、悲しみも、苦しみも、映画の中で「演じている」体験の1つ1つに過ぎない。本当の自分は、「いま、ここで」、自分自身を応援している。だから安心して、人生を味わおう。映画の主役に成り切って、演じてやろう。そうすれば(人間誰もが)人生そのものを「感動の原体験」にできる。だから私たちは、喜びの心で生きて行く。建築の中に「見えないもの」を込めて行く。大自然を愛して行く。そのようにして私たちは、今、生きているという感触を掴んでいる。

自己肯定

数か月前、パキスタン南部の地震の影響で、海上に島が出現したというニュースがありましたが、今度は、日本の小笠原諸島・西之島(東京都小笠原村)付近の海で噴火が起き、新たな陸地が出現したそうです。ニュース映像を見ても、大規模な噴煙が上がっており、まさに「地球は生きている」と実感します。最近は、富士山噴火に対する様々な予測やシミュレーションが発表されていますが、このような現象が重なってくると、現実的な問題として認識し、想定しなければ成らないのでしょう。そうかと言って、このような不確定要素に振り回されて、自身の生活や人生を見失うのもナンセンスです。あらゆることを想定して、危機意識(心の準備)を持った上で、良き未来を信じながら、「いま、ここで」最善を生きることが大切だと思います。氾濫する情報に思考(精神)を奪われないように注意しながら、生身の自分自身を生き切ることが一番の幸福のような気がします。特に子ども達の良き未来は、「信じる心」によって実現されると思います。
さて、話は変わりますが、1970年代に製作された映画「キャリー」のリメイク版が現在公開されています。これは有名ホラー作家であるスティーヴン・キング原作の映画化で、旧作はブライアン・デ・パルマ監督の手によって名作と成りました。私も公開当時に見て、確かに怖くて気持ちの悪いシーンもありましたが、所謂一般的なオカルト映画とは全く別物の印象を受けたことを覚えています。これは、狂信的な母親から(精神的)虐待を受けている一人の少女(キャリー)の物語。学校でもクラスメート達から執拗なイジメを受け続け、遂にはその怒りと苦しみが爆発します。彼女には(生まれながらにして)特殊な能力(=念動力)が備わっており、その力の発動が(最後には)巨大な悲劇を生み出すことに成るのです。ただそこに在ったのは、むしろ恐怖でなく、悲しくも美しい、一人の純粋な少女の心の叫びでした。
虐待とイジメ・・・。今まさに此処に在る社会問題です。多くの子ども達にとって、命に関わる問題です。キャリーの場合は、念動力の開花と発動により、ある種の結論を見たのですが、それは自身を含めた多くの「命」との引き換えと成ってしまいました。それは決して幸福な結末では無かったはすです。けれども現実の子ども達に、一体どのような脱出方法があるのでしょうか。仮に特殊な能力があったとしても、そこには悲劇が待っているだけです。やはり「いま、ここで」最善を生きる以外に道は無いのかもしれません。その間、自分自身を責めずに、自己肯定の意識を持ち続けて行くこと。虐待やイジメを受けている人の多くは、(無意識に)自分自身を否定している(責めている)場合が多いそうです。それは自己を弱体化させ、逃避あるいは(逆に)攻撃へと向かわせます。常に「私は力だ」と信じ切ることで、自分自身に優しく成れ、いずれその心の状態が(時間差で)現実にも投影されていくような気がします。とにかく(何事も)時間が掛ると云うことです。自然治癒には時間が掛ります。でも自然治癒こそが本物です。最善を尽くしながら、未来と自分自身を信じ、時間を味方にすること。
住宅設計の中においても、子どもの心を見守る為の簡単なヒントが在ります。例えば、「玄関からリビングルームを通って各部屋へ」という動線を作ることも、その1つです。家族が集まるリビングルームをセンターに配置することで、子どもが家に帰った際、必ず親の居るリビングルームを通らせるのです。そのような場を意図的に設定することで、親子の「ただいま」と「お帰り」のコミュニケーションが生まれ、お互いの日々の心の状態を共有できるように成ります。確かに小さなことです。けれどもこの小さな習慣の蓄積こそが、未来の「変化」への気づきへと繋がるはずです。
子ども達の未来を真剣に考えた時、地球環境、経済、戦争、治安、教育、福祉等の外面的な問題に対する取り組みはもちろんのこと、子ども達一人ひとりの心の状態(内面)を整えて行くことも大切だと思います。今の大人たちの(めまぐるしく変化する時代に翻弄されている)姿は、子ども達の心の中に、ある種の不安と恐れを生み出しています。その芽を早く摘むことが、あらゆる課題解決を超える治癒に成ると思います。自分自身を肯定すること。無条件で肯定すること。「いま」を肯定すること。「ここ」を肯定すること。それが自分自身を思いやり、友達を思いやることに結び付きます。もしかしたら、人々は(無意識に)自分自身を虐待し、自分自身をイジメているのかもしれません。そのことに気付くことが出来れば、社会はもっと明るく温かく成るのではないでしょうか。時間は掛りますが、先ずは自分自身を肯定してあげること。大人も子ども一緒にです。

命~天国のママへ~

台風30号の直撃を受けたフィリピンでは、死者が1万人を超えた状況の様です(心より御冥福をお祈りいたします)。ニュース映像を見ただけでも、その被害の甚大さが解ります。今年は日本でも大型台風の被害が多発しましたが、ここまでの犠牲者数には成りませんでした。そのようにして考えて見ると、あの3.11規模の震災や津波が、もし日本以外で発生したら、とてつもない規模の犠牲者が出る可能性があると思います。最近日本でも、東日本大震災の余震(最大震度5程度)が数回ありましたが、特に被害は起きていません。けれども海外では、震度5レベルで建物が崩壊する国や地域も多いと聞きます。日本は様々な試練や困難、外圧を受けながら、強く逞しく成っているのでしょうか。弱く見えて、実は強いのかもしれません。
人間も同じで、苦しい経験や惨めな経験をさせられる中で、(それをバネにして行く限りにおいて)立派に成長してくような気がします。日本は決して威張らないし、目立たないし、常に控えめです。何事に対して受け身で、強き相手に従属し、いつも難題を突き付けられてばかりです。そのような弱気の姿勢への批判も多いのですが、これは人間同様、生まれながらに染みついた性格(性質)なのかもしれません。なかなか直らない。本当は優秀なのに、力が無いので、いつも貧乏くじを引いてしまう。けれども、その「負」の状態を(仕方無く)受け入れながら、現状を乗り越える経験を積んできたお蔭で、どこの誰よりも(内面的に)強い人間(国)に成って来たのかもしれません。だからと言って、反撃に出ようなどと言う発想や勇気も無く、なんだかんだ有りながらも、結局無難な場所に落ち着いて、全体の中でのバランスを重視してしまう。なんとなく(良い意味で)老子的な生き方をしている国が日本のような気がします。
弱いとは強いこと・・・老子的な考え方は、(一見)訳が分からず、摩訶不思議です。けれども、本当の強さとは何かを追求していくと、世間と「反対」の道を行くのが正しいと成ります。兜町の格言でも「人の行く裏に道あり花の山」とあります。みんなが行く方向と違う道を行くのは、さすがに勇気が要りますし、不安なことです。けれども、常に(最後に)勝利を掴む人々は、あえて(そのような)苦難の道を選び、遠回りをしながら、成功に至っています。物事は決して直線的(効率的)に進むものではなく、曲がりくねった道を行ったり来たり(非効率)しながら、微々たる前進の蓄積によって、良き到達点に達するのでしょう。自然界に「直線」は無いそうです。あらゆる自然界の物質は、曲線で出来ています。けれども人間は、どうしても最短距離である直線思考で結果を求めてしまいます。あえて負担の多い遠回りをする人はあまりいません。
昨夜、TBSのドラマ「命~天国のママへ~」を見ました。私たちが応援している岐阜県加子母が舞台の作品です。加子母は林業の村で、伊勢神宮の御用材の産地です。私たちは、加子母ヒノキ住宅を産地直送で造っていますが、同時に加子母森林ツアー等を開催し、加子母の素晴らしさを(微力ながらも)世間にPRさせていただいています。国の神宮備林を抱える加子母の山は、とても荘厳かつ幻想的なのですが、その美しさが見事に映像化されていました。知っている風景や場所を背景にして、命を守ること、森を守ること、日本を守ることを描いた物語を見ながら、あらためて加子母の全てに感動しました。
津川雅彦演じる山守は、加子母森林組合の内木組合長の家系がモデルであり、その本家が実際の撮影にも使われました。もちろん役名は「内木(ないき)」です。加子母の山を500年守り続けている家系の存在があって、森は命を保ち続けているのでしょう。加子母の森は、四世代の木々が一緒に同居する「四世代複層林」として有名ですが、この四世代の木々が共存する森をつくるのには、実際には100年近く掛るそうです。加子母の山は、あと20年くらい。ドラマの映像を見ると、1つの場所に大きいヒノキと小さいヒノキが一緒に育っているのが分かります。こういう森は実は珍しいのです。森に光が入り、森の中にたくさんの動植物が棲みことで、森は命を保ちます。けれども、適度な間伐をして行かないと、森に光が入らず、森は荒れて行き、山は死んで行くのです。これが今の日本の多くの山が抱えている現状です。
そのような加子母を舞台にして、物語は「命」をテーマに進行します。「どんなに苦しくても、苦しみながら生きろ。生きたくても生きられなかった人々がたくさんいるのだ。命を支えよ。森を支えよ。それは日本を守ることなのだ」・・・津川雅彦の台詞は、このドラマの根源的テーマを表現していました。同時に、丸二の理念にも繋がりました。お母さんが死んでしまった悲しみを、一人の都会の少年が、加子母の大自然と一本の木(奇跡の木)によって乗り越えるのです。自然の力は偉大です。お母さんの遺骨を川に落とす時、どうしようもなく溢れ続ける涙と共に、彼の中に「生きる力」が生み出されました。「悲しければ、悲しみながら、生きろ」。命とは、そのようなもの。歯を食いしばって、繋げていくもの。加子母の山には命が宿っています。加子母の名には、母と子の絆が宿っています。そこには、美しい命の連鎖が在ります。
ドラマでは、内木家の本家をはじめ、加子母森林組合のモクモクセンター、加子母大杉(盆踊りのシーン)等、加子母森林ツアーに参加された方々にとって、馴染みの場所がたくさん出て来ました。身内的な嬉しさがいっぱいありました。100年単位で、山を守り続ける山守の生き方は、確かに(とてつもなく)遠回りです。極めて非効率です。経済性とは正反対の道です。けれども時代は、こちら側に(ほんの少し)向き始めています。直線的かつ物的な成果を追い求めて来た人々が、遂に疲れ始めた時、その人々の足は「山」へと向かいます。何も変わらない、何も動かない、何も起こらない、ただ歴然として「存在」するだけの山へ・・・。日本の山には、私たちが失って来てしまった「何か」があるように思います。弱いとは強いこと・・・。加子母の山に行くと、そう強く感じます。それは日本の未来を暗示しているかのようです。大自然の恩恵に感謝すること。それが、政治でも経済でも人生でも、全てを含めた共通の根源的なテーマであると。老子の思想の根本は、「無為自然」です。本当に少しずつ、少しずつ、時代は良き方向へ流れ始めているように感じます。そして最後は、弱き日本が世界のお手本と成るのでしょう。日本が世界の雛形と成って、世界のお役に立つこと。その為のヒントが、日本の山には在ると思います。

偽装表示問題で思うこと

一流ホテルにおけるメニュー偽装表示問題が起きました。大手で、有名で、イメージが良い、誰もが信用している場所で、このような事件が発覚する度に、一体私たちは「何」を見て来たのだろうかと考え込んでしまいます。誰もが安心と思うところほど、実体は「真逆」なのかもしれません。名の通った企業や人は、名前だけで信用を得られる状態を勝ち得ています。もちろん、そこに至るのには大変な努力と苦労と実績の積み重ねがあったはずです。そのような先人達が築いた信用、つまり「名前ブランド」に依存してしまったからなのでしょうか。
反面、名の無い会社や人は、中身で勝負するしか道はありません。特に建設業などは、昔から「手抜き」とか「欠陥」とか、常に疑いの目で見られることが多かった業界です。様々な法律や監理体制、あるいは役所の検査等、ありとあらゆる手立てを講じられて、徹底的に監視化の下で、建設作業が進められる環境と成りました。その分、様々な点検業務や書類提出、打ち合わせや中間検査も多く、作業効率がなかなか上がらないのも実情ですが、このような事件が起こる度に、「今や建設現場ほど偽装の起きにくいクリーンな場所は無いだろうな」とも感じます。
もちろん建設現場は工場とは違い、多くの人間(職人)達による手作業、手造りの世界ですので、機械(ライン)で均一の工業製品を作るシステムではありません。料理と同様に、そこには現場ごとの(ある種の)「味」が生まれます。けれどもその「味」の幅が、ある一定の範囲内に納まる為の基本的仕様や作業手順、補正手順等が細かく規定されています。その規定自体も、相当な安全率(余裕)を設けた基準です。地震国である日本の建築基準は世界一厳しいものです。安全の上に安全を見て、さらにその中で最も安全な数値の幅を設定しています。
そのような規制された環境の中でも姉歯事件は起きてしまったのですが、あれは建築の現場で起きたことでは無く、設計業務内で起きた事であり、しかも極めて特殊な事例であり、今回の偽装表記のように「ここでも」「あそこでも」と拡大する性質のものではありませんでした。けれどもあの事件の結果、日本の建物の構造設計はさらに強固と成り、同時に、設計確認体制も強化されました。これで設計段階におけるチェックレベルも上がったのです。建設現場はレストランの厨房とは違い、常に施主様や設計者、役所の担当者、多くの職人さん、あるいは近隣の方々の目に晒されています。そのことが良い意味での緊張感を生み出しているのではないかと思います。このようにして建設業界は、世間から厳しく育てられたお蔭で、立派に成長し続けているのです。
名も無い存在だったこと。厳しい目で見られて来たこと。会社も人間も同様ですが、このような困難な過程を経た者の方が、最後は強いのでしょう。今年大活躍の(プロ野球)楽天の田中将大投手も、甲子園(高校野球)での決勝戦再試合で負けた悔しさが、今の成果につながっているのかもしれません。苦難はその時はキツイですが、後に成って、自己成長へと結実します。ところで今回の事件は、国が定めている食品の表記方法にも及ぶのでは無いでしょうか。「売れるために」を優先させてしまった基準が、供給者側の意識を(全体的に)低下させてしまったのかもしれません。これからの商売は、「正直」がテーマに成るのでしょう。同時に消費者側も、良き商品の価値を認める文化も必要に成るのでしょう。このような事件があって、私たちも多くのことを学べます。やはり社会も人生も、全てが学びです。だから日々に感謝して生きねば成りません。みんなで学び合って、助け合って、良き未来を築きたいと思います。