社長ブログ

明るい明日へ

本日は仕事納めです。現場等はまだ(年末年始にかけて)動きますが、今年もおかげさまで無事に一年を終えることができ、心から感謝申し上げます。誠にありがとうございました。昨年の震災以降、日本経済にも建設業界にも、大きな変化の波が押し寄せましたが、その流れの方向と丸二が向かっている方向とが遂に一致し始め、今年はとても充実した一年と成りました。つまり、増改リフォーム工事の増注と新築工事(民間工事)の増注という車の両輪が大きく動き出したのです。
丸二は「脱・公共工事」と「始・増改工事」の2つの柱で(10年計画で)「業態改革」を行って来ました。その過程はとても長くて大変でしたが、本年はその1つの成果が生まれた一年だったと思います。「これからは直して使う時代」というマクロな時流を捉えて、試行錯誤をしながらも、リフォーム事業をコツコツと積み重ねて来た結果、今期は増改リフォーム工事が(過去最高だった)昨年をさらに上回ることができました(前年度の140%を達成)。件数も1,000件を超え、今年も大変多くのお客様との良きご縁をいただき、本当にありがとうございます。そのような数々のご縁の中から、新築工事の着工も安定的に伸びています。すべてご縁をいただいたお客様のおかげです。心から感謝申し上げます。
このように1つ1つの小さなことを、誠実に、懸命に、一生懸命取り組み続けることで、きっと道は開けるという強い信念を持ち続けて来た結果だと思います。そのことを社員さん一人ひとりが良く理解をしてくれて、付いて来てくれたからだと思います。大事業も、最初は小さなことから始まると言います。コツコツと1mmの前進を(辛抱しながらも)続けて行くと、いつか必ず大きな事を成すことができる。丸二は幸いにして(今まさに)そのような実体験をさせていただいています。もちろん課題も多いです。反省すべき点も山ほどあります。でもそれらをしっかりと認識して、1つ1つ改善を続けて行くことで、その経験は必ず私たちの血と成り肉と成り、会社全体のレベルを向上させてくれるでしょう。経済情勢は今後も厳しさが続くとは思いますが、当社の来年以降の見通しは明るく、心からの感謝の気持ちで年越しをさせていただきます。
2013年は一体どのような年に成るのでしょうか。政権が変わったので、政治は変わるでしょう。消費税も上がります。世界的な政治経済の流れも注視しなければ成りません。それでも人間は日々を生きて行きます。服を着て、ご飯を食べて、家で暮らします。この生活の原点は、どのような時代に成っても(進化はしても)絶対に変わらないものです。丸二は(幸いなことに)その中における「暮らし」の分野を担わせていただいています。かつては3Kと言われた建設業ですが、このような時代に成ったからこそ、本当に大切で尊い仕事と判ります。まさに聖職です。私たちは、人々の暮らしと生命を守る聖なる仕事を通じて、このような激動の時代を生かして頂いている喜びを噛みしめながら、来年は「もっとより良い会社に成ろう」「もっとより良い人間に成ろう」と、決意を固めて走って行きます。来年も何卒よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

大逆転へ

選挙が終わり、自民党政権に戻りました。安倍政権は(早速)景気回復に全力を挙げるものと思われます。原発、消費税、TPP、国防、憲法改正等という懸案の重要課題については、未だ消化不良の面が残りますが、先ずは景気回復に対する期待値が今回の選挙結果に繋がったのでしょう。日銀の白川総裁も「物価上昇率目標」を導入するとして、新政権との足並みを揃え始めています。あらゆる政策の実現のために景気回復が必要なのは確かなことですので、金融緩和によるデフレ脱却の効果に期待します。
ただ消費税や原発、TPP、国防等については、今後も継続的に議論を続けて欲しいと思います。本当に日本のために成る道は何なのか・・・。選挙は終わりましたが、国民はまだ迷っていると思います。国の方は真剣に説明を尽くし、国民の生命と生活を守る道を明確に示すべきでしょう。もう政党間で戦っている場合ではありません。国全体が一致団結して、この難局を突破しなくてはなりません。今回の選挙は、戦後最低の投票率でしたが、それは国民が政治家同士の争いに背を向けたということ。今回の選挙ほど、今後の日本の道筋を決めて行く上で、大切な選挙は無かったのに・・・。もはや政党同士の競争ではなく、国民の意識との競争に成ったのです。日本の政治は新たなステージに入ったのだと思います。
そういう意味において、民主党政権の3年間は決して無駄では無かったと思います。私たちは様々な経験を経て、学習して行くものです。同時にこのような政治の大きな振り子現象を見たことで、(逆に)決して揺るがないものも見えて来たような気がします。それは、世界中の人々の心を震わせる日本人の精神性です。辛抱強さです。静かなる力です。外国人には、それが不気味に映るのでしょう。日本人は、必ず何かが起きても、辛抱することで乗り越えています。そして結局、逆境を克服して、さらに力強く成るのです。だから現在の政治の混沌状態は、日本人の潜在的な力を増幅しているのかもしれません。辛抱に辛抱を重ねた後の日本は強靭です。このように全てを前向きに捉えて、2013年を迎えたいと思います。
これは個人も会社も同様だと思います。辛抱に辛抱を重ねた人や会社は、必ずどこかで飛躍する瞬間がやって来ると思います。でも1つ、決して忘れては成らないのは、「感謝しながら辛抱し続けること」だと思います。多くの人は、苦しく成ると、人のせいにします。愚痴や不平不満、文句を言います。せっかく大きな飛躍が出来る種が芽生えているのに・・・もったいない。私たちは日本人です。「ありがとう」の国の住人です。日本再生の決め手は、国民全体の「感謝の総量」です。世界中で最も感謝力の強い日本が、最高の逆転劇を起こせるかどうか。それが2013年以後のテーマだと思います。毎日、生きている(生かされている)ことに感謝して、最善を生きること。これが、日本の真の理念だと思います。

未来にために、小さなことを

いよいよ衆議院議員選挙が公示に成りました。各党、それぞれの政策を掲げての選挙戦が始まりましたが、泣いても笑っても12月16日には結果が出て、年末までには新しい政権の姿が見えて来るのでしょう。いずれにしても政治の混迷は今後も続くものと思われ、私たち国民は(結局のところ)自ら「自力」を付けていかなければ成りません。
自力とは決して自分勝手という意味ではなく、自然界の法則に従って、自らの良心の声を聴きながら、本物の生き方を始めるということです。24時間流れ続ける意図的な情報や誹謗中傷から距離を置き、自らの中に在る静かなる力を見つめて、日々の日常生活をこそ大切にして、心を込めて生きること。決して他者を批判せず、他者に依存せず、感謝の心で、自分自身の良心と共に生きること。そういう、今までとは別物の流れに乗ることだと思います。
この選挙戦を見ていても、お互いの批判合戦が繰り広げられるのみで、国の未来を落ち着いて考える余裕がなかなかできません。国の未来を決めるのに、どうしてこうも騒ぎ立てなければ成らないのでしょうか。もし良い政策があれば、お互いに評価し合い、取り入れ、協力し合えば良いのに。私たちが望むのは、どこが勝つのかではなく、国が良く成ることです。国民の為に何が一番良いのかを真剣に、かつ誠実に考えてくれる人達が必要です。そのような結果に成ることを、節に願っています。このようにして2012年の日本は、総選挙で幕を閉じようとしています。
丸二にとっての2012年は、今年も大変多くのお客様とのご縁をいただき、新築工事・リフォーム工事共に、おかげさまで昨年以上の工事量と成って来ています。このような時期にも関わらず、本当にありがたいことで、嬉しいことです。私たちの信条は、小さなことを大切にしていくことです。その小さな積み重ねこそが、時代の流れに左右されない(いつの日か)大きな揺るぎない力に成ると信じています。目先だけを考えれば、小さなことより大きなことの方が(当然)大事です。でもそこをぐっと辛抱して、未来のために小さなことを大切にし続けて行く。そういう新しい流れをつくって行きたいのです。
日本と言う国は(結局のところ)国民一人ひとりの日常生活の中に在る、「良心」の総和によって、成り立っているような気がします。ここが他国との大きな違いではないでしょうか。様々な政策の是非論もありますが、日本の場合は、国民性のさらなる進化こそが、最大の力に成ると思います。そのためにも、私たち日本人は、日々の日常の小さなことへの感謝を取り戻すことです。感謝の心さえ復活できれば、日本は再生すると思います。日本は「ありがとう」の国です。あの3.11の時の東北の人々の美しい姿こそが、私たちの本当の目標です。私たちは今、そのことに気づきました。
これからは本物と偽物がはっきりと分かれる時代です。政治家も企業も人間も、本物と偽物に分かれます。それはとても怖いことです。でも、感謝の心で小さなことを大切にして行けば、道はきっと拓けると思います。建設業は人々の生命を守る大切な仕事です。そのことに誇りを持って、一人でも多くのお客様に喜ばれるよう、これからも日々小さなことを大切にして行きたいと思います。

2012年の気づき

今年もあと1月半に成りました。2012年という年は、一体どのような形で終わるのでしょうか。マヤ暦最後の年と言われ、様々な意味で「転換点」として注目されて来たこの一年。昨年の震災を経て、きっと何かが大きく変わるだろうと、多くの人は不安と共に期待を抱いていたと思います。でも実際は、目に見える形での良き変化はまだ出てきていないようです。けれども、目には見えない深層部分においては、相当激しい動きが起きているように感じます。
それは多分、私たち一人ひとりの良心の声が束に成り始めたからではないでしょうか。この動きはますます大きく成って、社会全体を包み込んで行くでしょう。そのように成った時、政治も経済も世の中も、全てがいったん白紙に戻って、正しき方向へ向いていくと思います。変わる時は一気に変わります。
私たちは、今の現実を生きながらも、転換後の「佳き世」に順応できる自分自身を(今から)造り上げなければいけません。もっと言うと、仮に今が苦しくても、転換後の自分自身を造り上げる方が優先だと思います。これは仕事面でも同じです。大転換後の世の中に必要とされる会社造りを進めておかないと、今が良くても、ダメです。その転換点は、(実はもう)すでに過ぎているかもしれません。
個人も会社も、良心と共に生きることしか道は無いと思います。とても抽象的な表現ではありますが、それしかない。そう信じて、前へ進んでいく勇気が必要だと思います。加えて、毎日の新聞やニュースから流れて来る意図的な情報に惑わされず、「本当のことは何だろうか」という問いをしっかり持って、真実を見つけていくことです。本当のことが分からない限り、良心とは何かも分からないはずだから。
私たちは一人ではありません。常に良心と共に生きています。まさに「同行二人」です。それほど頼りに成る良心さんを胸に宿しているのに、多くの人は、外側の他者に依存をしています。他者は助けてくれる代わりに、後で大きな代償(引き換え)を求めて来るでしょう。そう考えるのが自然です。それはとてもとても怖いことです。でも良心だけは、永遠に、無償の愛を与え続けてくれます。そのことに気が付けば、全てが変わるような気がします。
感謝とは、人間関係を円滑にするための礼儀作法のように思われていますが、それはそのごく一部であって、本当は、生かされていることへの感謝、自然界への感謝、良心への感謝こそが、真の感謝ではないかと思います。それは、いつでもどこでも、心で思えば出来ることです。私たちは、一人ひとりがそのような意識を持って、次の時代に求められる本物の会社を造りたいと考えています。そのために、我が未熟さを常に反省しながら、1mmの前進中です。それでもこの2012年は、何か特別大きな前進が出来た一年と成りそうです。その何より嬉しい証拠は、お客様の数が増え、工事件数が増え、依頼(紹介)件数が増えていることです。でも、まだまだです。
2012年は、実は、社会現象的な変化の年では無く、個人の内面が大きく切り変わる年だったのでは無いでしょうか。もちろん、昨年の震災を始め、世の中の変動が拡大しているのも事実です。それでも、今日も私たちは生きています(生かされています)。何があっても自分自身の良心に感謝さえすれば、幸せを感じることが出来ます。今やっと、そのことに気づきました・・・。

建築と音楽

建築と音楽はよく似ていると思います。構造設計と意匠設計は、言わばハーモニーとメロディーでしょうか。「法則」と「自由」の2つの要素が互いに溶け込み合って、建築も音楽も構築されます。そこには「学び」と「想像力」が必要です。基本を学ぶことと、その応用ですね。さらに加えて、最後の閃き。これが全体を整えます。丸二の建築は、1つ1つがオーダーメイドのオリジナルですので、まさに一人のお客様のために1つの曲を作曲するに等しい作業を、日々繰り返している事に成ります。そして、お客様のことを考えて考えて考え抜くことで、最後の閃きに辿りつきます。それが「良き建築」と成ります。
そう考えると、まさに住宅は室内楽で、賃貸マンションは交響曲。賃貸併用住宅は協奏曲で、コーポラティブハウスはオペラ。そしてリフォームは、ピアノソナタから管弦楽曲まで・・・。自分の頭の中では、建築も音楽も一緒なのです。ピアノ曲も好きですし、オペラも好きです。小さなピアノの一音でも、壮大なオペラの大音響でも、そこには等しく美しい感動的な世界が拡がっています。そういうものを建築という媒体で奏でたいと思うのです。それが私の(丸二の)「良き建築」の底流にあるように感じます。小さなリフォーム工事から大きなビルやマンション工事まで、同様の思いと感謝の心を持って、誠実でオリジナルな対応をする。そのように努力をする。それが丸二の「両輪経営」の基礎的な意識構造に成っています。
さて、久しぶりにクラシック音楽の話になりましたので、音楽話を続けますが、多くのクラシック音楽ファンは、その演奏の違いに関心を寄せます。当然、譜面は決まっているわけですので、自ずとその違いは微細な差異でしかありません。でもその微細な差異の積み重ねが、巨大な力と成って、音楽を根底から変えてしまうのです。その摩訶不思議な体験は、一度知るとやめられません。つまり、その差異が微細であればあるほど、音楽は全く違う生き物に成るのです。
小さなこと、微細なものに意識を向けること。大切にすること。それが、実は巨大な変化を生み出すのではないかと、私たちは考えています。今、丸二ではリフォーム工事の件数が増加しています。リフォームは新築工事よりも小さな存在です。でもその増加曲線には、何かしらある種の法則性、波、リズムがあるようです。その流れとリズムに乗りながら、私たちはお客様からのご期待に応える努力を続けています。さらにその上、小さな波の合間には新築工事という大きな波も必ずやって来ます。これも何かしらの法則が働いているような気がします。つまりここで私が言いたいのは、音楽も事業も、「小さなこと」「微細なこと」に意識を向けることが大事ではないかという1つの仮説です。
建設会社は、基本的にはどこでも同じような仕事をしているように見えます。もちろん、他社にはないものを提供している会社もあります(丸二もそうです)。でも真の違いは、実は、小さなものを大切にしているかどうか。ここではないでしょうか。それはなかなか外からは分からないものです。音楽CDのジャケットを見ても、同じブラームスの交響曲第2番であれば、その差はよく判りません。もしかしたら一度や二度聞いただけでも判らないかもしれません。それくらい微細な差なのですが、でも5回、6回、そして10回となると、その差が明らかに大きくなって見えて来るものです。
私たちは、先ずは小さな工事から、お客様とのご縁をいただいております。そして、2回、3回とリピートしていただけるよう懸命に努力をしながら、その中で丸二の良さを判っていただきたいと考えています。それはとてもとても時間が掛かることです。それでも必ず、壮大な大音響へと発展します。ピアノの小さな一音が、いずれはオーケストラの大合奏へクレッシェンドして行くことを、私たちは体験的に理解しているからです。建築と音楽を一緒に考えると、なぜかそのような答えが出て来ました。丸二はこれからも、もっともっと「良き建築」を、みんなと一緒に奏でて行きたいと思います。

感謝、そして未来へ

世の中には、たくさんの凄い人(能力のある人)がいます。でも、その全ての人が(それ故に)尊敬されているとは限りません。否むしろ、尊敬されている人の方が少ないような気がします。でも、今年のノーベル医学生理学賞に選ばれた京都大学の山中伸弥教授は、その数少ない「尊敬されている凄い人」の一人ではないかと感じます。山中教授は今回の受賞に対して、国の支援への感謝を述べ、「個人でなく日本全体で受賞した賞」と話しました。あるいは、仲間の研究者への感謝、家族への感謝についても、繰り返し述べました。この「感謝」こそが、何か・・・「尊敬」に通じる鍵のような気がしました。
今年の本ブログの中で、何度も取り上げさせていただいた映画「この空の花 長岡花火物語」が、第4回TAMA映画賞の「最優秀作品賞」に選ばれました。アカデミー賞等に比べれば小さな賞かもしれません。でも、それ故に、純粋で正当な評価を得られたと思い、とても嬉しいです。なぜ私が、この映画を何度も紹介するのかと言うと、この映画は、かつての戦争や今回の3.11を乗り越えて行く(であろう)日本人の「勇気」を、圧倒的な上昇思考をもって表現(デザイン)しているからです。「長岡の歴史(過去)」という1つの「粒子」にとことん一点突破していながら、実は「世界の未来」に向かって(凄まじいほどの力強いテンポで)全面展開しているからです。そしてその最後のメッセージこそが、「仲良くしなさい」・・・つまり、「共認社会の実現」へと結実します。作者の持つある種の研ぎ澄まされた感性が、これからの「共認の時代」を予見したのでしょうか。これは大資本による商業映画では無いので、どこでも上映している訳ではありませんが、もし近くで見るチャンスがあったら、ぜひ一人でも多くの日本人(特に若い人)に足を運んで欲しいと思います。
実は、この作品の監督である大林宣彦氏が、ラジオでこのように語っていました。「この作品は人間の知性などで出来上がったものではなく、大自然の(何か、よく分からないが・・・)そういう力によって出来たものだと思う」「自然界の力こそが全てであり、人間の考えることなど・・・」。言葉自体は多少違うと思いますが、要は「事を成すことが出来たのは、私(=人間)の力では無く、自然界の力だ。そこへの感謝しかない」という意味のことを話されていました。大林監督は、この作品の製作に入る前、大きな病気をされて、生死を彷徨ったそうです。その時、きっと何かが、訪れたのだろうと思います。そうでなければあの様なモノ(見ていない人には判らないですが・・・)は、生まれなかったでしょう。あれはきっと、映画ではないのかもしれません。大林監督をはじめ、(この映画にも出て来る)山下清も、ピカソも、岡本太郎も、芸術(アート)の力で未来への警告を鳴らしています。だってアート作品にしなければ、いつまでも残らないから。だからこそ、今、私たちは過去と現在の芸術から何かを学び、そして未来の子ども達に向けて希望を残さなければいけません。
山中教授も大林監督も、きっと「尊敬されている凄い人」です。もう、お顔を見れば分かります。その原点は、やはり「感謝の心」だと思います。自分の功績や作品を「オレが作った」「オレが考えた」と捉える人に「感謝の心」は在りません。でも、「私ではない、何か別の力によって出来た」「造らされた」「造らせていただいた」と、心の底から思える人からは、自然に感謝の言葉が出て来ます。未来の子ども達や未来の世界のために、何かを残してあげたい。そういう志や思いやりのある人に、自然界は何かを授けたのではないでしょうか。決して自分の力だと勘違いしないような人にだけ、そっとヒントやアイデア、閃きを与えたのではないでしょうか。私には、そうとしか考えられないのです。
さて今日、WOWOWで録画しておいたビーチボーイズの来日ライブを見ました。このライブは今年の夏に行われて、本当は行きたかったのですが、都合がつかず、残念でした。私の好きなブライアン・ウィルソンも参加していて、映像だけでも、とても楽しかった。この人が残してきた音楽も、表面は明るく軽快なサウンドですが、その裏側は、暗く、重く、孤独の声に満ちたものです。アメリカを象徴するバンドでしたので、その作品にアメリカの未来が転写されたのでしょう。ビーチボーイズの音楽は、アメリカの歴史そのもの。陽気さの陰に、深い闇が隠れています。そして彼は、ステージの一番端にいて、メンバーがノリノリの音楽が演奏している間も、キーボードの前に静かに座っていました。きっとこの人は、その佇まいで、何かを表現しているのだろうと感じました。
芸術や科学も未来へのメッセージです。私たちの生き方も未来へのメッセージです。そのメッセージを(今を生きる)私たちは発信し続けなければ成りません。であるならば、そのメッセージを発信できる自分自身に成らなければなりません。つまり、大自然への感謝の心を持つことです。自然とは、山や川という風景だけでなく、人間業を超えた「叡智の海」ようなものです。そこへ向けての感謝の心があって初めて、私たちは未来を生きる人たちへの貢献ができると思います。「共認の時代」とは、「期待に応える」ことが人生最大のテーマと成る時代。私たちは、未来の子どもたちの期待に応えられているでしょうか。鍵は、「感謝」です。感謝の心で、前へ進むことだと思います。それが唯一の道だと思います。私たちも、建設業という道で、そのような探求をしていこうと思います。

創立59周年とノーベル賞

昨日10月8日、おかげさまで丸二は創立59周年を迎えることができました。これもひとえに全てのお客様、地域の皆様、協力会社様のおかげと、心より感謝申し上げます。来年は創立60周年で、人間で言えば還暦です。還暦とは、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。つまり「生まれ変わり」「新たなスタート」の時ですね。60年前と今とでは、全く時代が変わりました。私たちは、次の60年を始めるにあたり、新築工事とリフォーム工事の「両輪経営」という新たな「型」を造り、さらにお客様とのご縁を大切にして、地域社会に貢献してまいります。今後とも、何卒よろしくお願いいたします。
さて、今年は2012年。いろいろな意味で転換ポイントです。今年中に来年以降への明るい展望を持って年を越すこと出来るかどうかが、私たちにとって(否、人類にとって)最も重要なことだと感じています。それは、決して大げさなことではなく、これからの個人の人生、会社の業績、国の方向性、地球環境の行く末を大きく左右すると思うからです。その一番の焦点ポイントは、一人ひとりの「心の持ち様」ではないでしょうか。今私たちが本当に必要としているのは、意識の力だと思います。前向きで、ワクワクしながら、何事にも感謝して生きる。物事のマイナス面ばかりに目を向けず、プラス面にフォーカスする。お互いが認め合う。協力し合う。応援し合う。たったそれだけのことですが、そこには無限の力が宿ると思います。
もう技術論では無くなったのではないでしょうか。テクニックで改善しても、また元に戻る。他者に依存しても、また元に戻る。この堂々巡り。今私たちが気づくべきは、一番頼りになる存在は(実は)自分自身の中に在るということです。誰よりも自分自身を知っていて、愛していて、応援してくれている存在。24時間決して忘れずに、常に助け続けてくれている存在。それが「良心」です。自分自身の胸に中に「良心さん」が居てくれる。こんなにありがたいことはありません。だから、何があっても、「私は一人」では無く、「私は二人」です。
世界中の人たちが、孤独を克服し、お互いを認め合い、助け合う社会。その方向へ一気に流れ込むのが、これからの時代の潮流だと思います。そういう時代の流れに乗るには、自分自身の良心と仲良く成ることだと思います。そのようにして毎日を生きている限り、人生も、仕事も、社会も、きっと良い方向へ行くでしょう。政治も、その流れを汲むことによって、きっと変化していくと思います。政治は、私たち一人ひとりの心の鏡。政治を変えるには、私たちの心の総和を変えなければ無理です。だから、時代を変えるには、心を変えること。それはとっても時間が掛かることです。でも、この2012年で気づくことができれば、来年には明るい兆しが出て来るかもしれません。そういう楽しみが、これからは一杯あります。
それに、今年のノーベル生理学・医学賞を、日本人の山中伸弥教授が受賞いたしました(おめでとうございます)。iPS細胞を初めて作製した功績が認められたとのことです。これは失われた身体機能を回復できる技術なので、今後医療に応用できれば、多くの人々が苦しみから救われるのでしょう。このようにして、人々の幸福のために全人生を捧げる人がいて、それを素直に認める人々がいる。素晴らしい本物の技術とは、このような「良心の交流」によって初めて、成し遂げられるのでしょう。だから・・・日本の時代が来ると思います。
来年は伊勢神宮の御遷宮の年であり、丸二の60周年の年です。良き2013年と成る予感が日に日に増している今日この頃です。

共認の時代へ

10月に入り、少しずつ秋の気配を感じられるように成りました。それでも日中の日射しはまだ強く、残暑の厳しさが残ります。中国の暴動やオスプレイの配備や原発建設の再開など、様々な恐怖心を抱いた今年の夏でしたが、あらためて振り返って思い浮かんだのは、意外や「大丈夫」という言葉でした。
消費税をどんどん上げなければならない程、国の財政状態は悪化しているはずなのに、TVでは毎日呑気なお笑い番組を流し続け、都会の街は多くの人で賑わっています。何か景気浮揚策へ舵を切れば、国内にあるお金がどんどん出て来そうな気すらします。また、中国であのような暴動騒ぎが起きても、日本国内で中国人のお店を襲う日本人は一人もいません。そしてコンビニでは、あいかわらず毎日大量のお弁当が廃棄されていて、国家破綻を目の前にした国とは思えない落ち着き様です。このような情景は、食糧そのものが無い国にとっては、まさに楽園ではないでしょうか。そもそも日本の財政破綻論は本当なのだろうか・・・。消費増税は必要なのだろうか・・・。
新しいスマホに飛び付き、ダイエットをしなければならないほど栄養を摂っている。その上こんなに円高なので、輸入コストが大幅に削減できて、海外の資源を物凄く安く買えている。円高で輸出産業が厳しいという固定観念がありますが、実際日本の輸出産業はGDPの10%程度しかないようで、すでに日本は内需国に成っています。であれば円高は日本にとって神風ですね。さらに加えて、この夏を終えてハッキリ分かったのは、「原発は無くても大丈夫」という事実です。この現実と官邸前デモのような市民の声が、いよいよ本当の事を明らかにさせる原動力になっていきそうです。
このように見てみると、どう考えても、破綻寸前の国家には見えません。日本が破綻する時は、全世界は既に終わっているではないでしょうか。なので、私たち日本人は、強い心で、真実を見極めて、もっと明るくやって行かなければなりません。それは今まで通りで良いと言う意味では決して無く、昨年の東日本大震災によって、私たち日本人が気づいた(思い出した)新しい「共認の時代」への移行が前提です。
ある本に「もし(何か事を成すにあたって)大きな困難や苦労が生じなければ、あなたは天から見放されたと思いなさい」とありました。普通、困難や苦労が無い方が、天に守られていると感じるのですが、実はその反対で、困難や苦労が起きないと物事は成就(完成)しない。つまり、困難や苦労が起きない時は、それは間違っている証拠だから止めなさいと。変な話のようですが、確かにそうだと思います。
日本は今、大きな困難と苦労の中にいます。でも、それを決して暗く考えることは無いと思います。この困難と苦労が生じていることは、事が成就する証拠でもあるので、それに感謝して、信じて、あきらめずに打開していけば良い。今、国内でも毎日様々な事件や自殺が起きています。でももし、困難と苦労が天から愛されている証拠と認識できれば、自ずと心の状態は変わり、きっと必ず、時間と共に事態は変化して行くはずです。明日を信じて生きて行けるはずです。
今こそ、私たちは、世界中で最も安心で安全で豊かな日本に生きていることに感謝して、「共認の時代」へ動き始める時です。それは、誰かに支配される社会ではなく、自分自身と仲間で創造していく豊かな社会です。お互いがお互いを認め合い、助け合い、期待に応え合う社会。本当(真実)のことを探求し、それに則った最善の人生を歩み始める社会。それが最高の充足感と成る時代。
3.11で私たち日本人は大切なことを学びました。その傷跡は大きいですが、犠牲と成った多くの方々と今でも苦労されている方々と一緒に、「共に生きる」意識で、時代を変えて行きたいと思います。その間、一時的な混乱が起こると思いますが、「それが故に」、日本は大丈夫と分かります。いよいよこの難局を、みんなと力を合わせて、楽々と乗り切って行く日本の姿が見えて来るでしょう。そういう予感がしませんか。私たちこそが主人公。その実感が味わえるまで、一人ひとりが自分自身を信じて、大切にしていくことだと思います。

「日本」への回帰

尖閣諸島をめぐる中国との緊迫した状況が続いていますが、中国に進出している日本の多くの企業にとって、このような事態は想定内だったのでしょうか。それとも想定外だったのでしょうか。政府と経済界は、共に先を読みながら、戦略を共有していたのでしょうか。今回のような大規模なデモ(暴動)がいつ起きても不思議でない状況と知らなかったのでしょうか。尖閣諸島をめぐる様々な問題の中で、今まさに、日本企業の中国進出の是非が問われ始めたと感じます。
先日のTVでは、かつて松下電器の松下幸之助氏が(鄧小平氏に頼まれて、中国の近代化のために)中国に工場を建設し、中国の経済発展に寄与してきた歴史を紹介していました。でも、そのパナソニックの工場が、今回の暴動で攻撃されています。日本人の感覚では理解できないことです。でも、それが中国という国の現実。今、中国の技術開発はどんどん進み、中国の大手家電メーカーの「ハイアール」社は、すでに白物家電で世界シェア第1位だそうです。日本の三洋電機からの事業譲渡が力に成っているようです。
これから中国とどのように向き合っていくのか。米国との従属関係をどのように改善していくのか。国民の生活をどのように護っていくのか。経済をどのように復活させていくのか。エネルギー問題をどのように修正していくのか。日本政府の役割は、かつて無いほどの難題に向き合わなければいけません。そして、日本の取るべき道筋が世界全体に大きな影響を及ぼすことに成ると思います。米国、ロシア、中国、北朝鮮、EU、中東・・・その全ての問題の扇の要の位置に「日本」が在ると思います。でも、その日本とは、日本政府の意味ではなく、日本の歴史であり、技術力であり、国民性(人間性)であり、四季ある国土であり、自然信仰の心・・・つまり、「日本人」という意味です。東日本大震災によって目覚めた日本人の力によって、世界の未来を変えて行かなければなりません。
日本の政府は「近いうち」にきっと再編されるのでしょう。でも、私たちが目指すべきは、政府・政治の「改心」を強く求めつつ、一人ひとりが日本人としての自覚を持って、先ず自分自身のこと、自分の身の回りの事を正しい方向へ持って行くことです。その総和が「日本」と成り、世界の要を変えて行く。中国もかつては老子がいた国。だから中国にもきっと何かが起こり、「改心」の機会が来るはずです。日本はその先駆けとして、先ず自分自身を見直し、自国を見直すところから始めなければなりません。経済も、もう一度、内側(国内)に立ち戻り、内需中心に回帰です。中国や米国に頼らずに、先ず、自国内で、日本人同士で、経済が成り立つ基礎を造ることです。その先、世界が日本を求めて来た時、あらためて出直しすれば良い。先ずは己の立て直し、ですね。
日本には鎖国の歴史があります。国内の資源、農産物、林業、技術、工場、新エネルギーで十分、豊かな社会は築けるはずです。日本が海外から引くことで、むしろ困るのは世界の方です。よって、結局日本は、海外へ出て行くことになるでしょう。今よりも主導権を持って。今回の中国の騒乱を機に、日本は「日本」へ回帰ですね。やっと、私たちの国がどんなに豊かで幸福で見事なものかが分かるように成って来ました。これから、本当の「日本」再建が始まるでしょう。

東松島市の取り組み(NHKスペシャル)

昨夜のNHKスペシャルで、東日本大震災への復興予算の使い方に、様々な問題が生じていることが分かりました。本来、被災地の復興のために全国民の負担によって復興予算は成り立っているはずなのですが、実際は被災地以外の様々な事業に充てられている現状が見えてきました。同時に、被災地で苦しんでいる方々や事業者へは、予算が足らないという理由で、ほとんど回って来ていない。なるほど、だから復興は遅々として進まないのか・・・。
被災地の中でも、予算の使い方に差が出てきており、例えば、瓦礫の撤去費用については、宮城県東松島市では、瓦礫の分別の徹底や撤去工事の細かい管理によって、他の地域よりも遥かに小額で、撤去作業を行っています。その考え方の基礎は、「全国のみなさまからのお金だから、大事に使わなければ」というものでした。東松島市では、以前の大きな地震の際に得た教訓として、瓦礫処理は必ず分別をするという意識があったそうです。今回の東日本大震災から、私たちは本当に大きなことを学んでいますが、東松島市のように、その教訓をきちんと今後に生かせるのでしょうか・・・。
それぞれの場所、それぞれの段階、それぞれの立場の中で、物事の捉え方1つで、状況はこうも違います。この期に及んで、予算の取り合いもあるのでしょう。でも本当のことが見えてくれば、人々の意識は変わり、きっと恥ずかしくない行動が始まるはずです(特に武士道の国、日本は)。今、私たちが一番求めるべきことは、誰かを責めることや、他国を攻めることではなく、事実、真実、本当の事をできる限り明らかにし、その上で、協力して改善していくことではないでしょうか。お互いが許し合って、前へ進む。国家間においても、もう攻め合いは止めて、共通の問題に取り組む時が来たと思います。
その共通の問題とは、「対自然」です。自然界の厳しい猛威は、ますます地球規模で拡大していくと思われます。東日本大震災以降も、世界で大きな地震や自然災害が多発しています。もう国同士でゴタゴタしている場合ではありません。一緒に協力して、根源的な問題を改善しない限り、地球自体がおかしくなってしまいます。この地球あっての世界です。国です。個人です。いま、その大元が悲鳴を上げています。攻め合いの時代は終わり、許し合いの時代に成って欲しいと思います。その時こそ、世界で唯一の被爆国であり、今回の東日本大震災を経験した日本が先頭に立つ時です。
東松島市のような意識と取り組みこそが、最も尊く、世界を平和に導く雛型ではないでしょうか。多分、被災地の中では、もっともっとたくさんの良き雛型が生まれているはずです。そこから世界は何かを学んでいかなければなりません。番組の中で、被災地で訪問診療を行っている医師がつぶやいていました。「田舎は忘れられている・・・」と。もうタイムリミットは来ています。意識を変える時が来ています。