


2011.11.21
今年の日本シリーズは、ソフトバンクの優勝で終わりました。やはり王さんが長年を掛けて築き上げて来た野球に対する真摯な姿勢、真面目さ、あるいは文化というものが、しっかりとしたチームの基礎となって、秋山監督にも引き継がれていたのでしょう。そういう意味で、落合さんは王さんに負けたのだと思います。でも、落合さんは王さんを尊敬しているとのことで、納得の負けではないでしょうか。個人的には、今年でユニフォームを脱ぐ落合さんに勝たせたかったのですが、また次のチャンスに期待ですね。
それにしても、落合さんのような天才的な三冠王バッターが、全く打てないチームの監督として、常に優勝あるいは上位に居続けたというのは、とても面白いことだと思います。しかも現役時代は「オレ流」で、「チームワーク」の外側にいたような人が・・・・。そこにはきっと何か野球に対する独特の「哲学」のようなものがあったに違いありません。落合さんような強打者の選手がいなくても勝ったのですから、何か訳があるのでしょう。
今、巨人ではいろいろ内紛が起きているようですが、打てない中日打線に比べると、巨人打線は圧倒的に強いと思います。それでも勝てなかった。野球に対する考え方のベース(基礎)が弱いからなのでしょうか。ひとつのチーム、組織を仕上げて行くのには、本当に多くの時間が必要です。そして高い志とビジョンと計画。そのようなチーム作りの原点をしっかりと持続しているチームが、結局、両リーグ共に強くなっているような気がします。サッカーも同じかもしれません。
国の経営も同様で、現在の問題に対する対応だけでは、いくら国民が一生懸命努力しても、なかなか良い方向へ行きません。そこには志、ビジョン、計画が必要です。今の日本は、まさにビジョンを欠いた迷走状態にあると言えます。しかしながら逆に考えると、米国等からの無理難題を、日替わり首相たちが、ノラリクラリとかわすには最適な状態かもしれません。そのように前向きに理解をして、その間に(全国民で)新しい日本の行くべき道を見つけて行くことだと思います。日本は負けながら勝って行くという不思議な国ですので、今の状況を大いに利用して、良い方向へ向かって行きたいものです。
同じく、会社の経営も安定した基礎を造ることが一番大事だと思います。これからの時代は、あらゆる業界や企業において、今までの基礎(原則)が揺らいで来るはずです。だから、「3.11」の大地震の時のように、基礎が大きく揺らいだ時は、これを機に、新たな基礎造りへと大舵を切らなくてはなりません。だから、むしろ大きく揺らいだ会社の方が(すぐに動くので)良いのです。少しでも早く、21世紀型の基礎に入れ替えなければなりません。そのような大きな気づきのチャンスをいただいているのが、今の「本質」だと思います。
もちろん舵を切るのは大変です。勇気がいります。新しい流れに入るまで、一時的に大きな困難とぶつかるからです。でも、そのことを恐れて、いつまでも変化を先延ばしにしていると、今はまだ大丈夫ですが、一年後、二年後はダメになるかもしれません。今、人類が間違った方向へ向かっていることを、私たちは「3.11」によって知りました。だから、早く舵を切ることです。そして新しい日本の基礎、雛型を作ることです。会社も同様に、新しい時代のための新しい基礎を造ることです。丸二もやっと(随分時間を掛けましたが)新しい基礎が完成に近づいています。後は伊勢神宮の御遷宮のように、新しい基礎の上に移るだけです。
新しい時代とは、資本主義の崩壊、マネーゲームの終焉、自然災害の多発、自然エネルギーの普及、本当の(心の)豊かさの追求、助け合い(チームワーク)、食糧自給率の向上、森の再生、観光立国、第1次産業の復興。建設業としては、リフォームの時代、健康・エコロジーの建築、災害列島に対応できる生命を守る住宅、国内林業の活性化、建物の財産価値を上げること。これらのキーワードと調和した、素晴らしい未来を築いて行こうと思います。とても面白い時代に成りそうです。
2011.11.18
久しぶりのブログです。11月にもなると、年の瀬も近づき、何となく慌ただしくなってきます。また、最近は物事の変化のスピードがどんどん加速していて、短い時間軸で(めまぐるしく)展開が変わります。日本シリーズも中日圧勝かと思ったら、一転ソフトバンク優勢のようですね。誰かが言っていましたが、昔の一年は今の一か月くらいだそうです。一年で起こることが一月で起こってしまうわけですから、もう予測不可能な時代になったのでしょう。
変化のスピードが速いということは、良くなるのも悪くなるのも早いということですので、(本質的に)良くなる方向へ進んでいる人(事)は、(今が苦しくても)急展開で良く成る可能性がありますし、逆に(本質的に)悪くなる方向へ進んでいる人(事)は、(今がうまく行ってても)急展開で悪く成る可能性があると言う事です。ちょっと怖い気もしますが、本質的に良くなる道を歩んでいる人々にとっては、まさに天に恵みの時、待ちに待った時代が来るのではないでしょうか。
ある本に書いてありましたが、成功する人は、登っている山から決して下りないそうです。そもそも、登る決意をして、山を登ろうとする(何かに挑戦する)人自体が少ないですし、仮に登り始めたとしても、途中で何か障害があると、ほとんどの人が(自分は間違っていたんだと)諦めて、下へ下りてしまう。成功者というのは、仮に障害にぶつかっても、(じゃあ、こっちへ行こうと)違う道を探して、登って行くようです。
当初目標にしていた山とは(全然)違う山に入っても気にしない(人からバカにされても・・・)。結局、隣の山の頂上に着いて、違う形の成功者となる。あるいは、予定していたルートとは全く反対(山の裏側)のルートを通って、予定の数十倍の時間を掛けて、目標地点に着くこともある。でも、その長かった道程のおかげで、予定外の知識や経験も得られた・・・。結局、当初の目標と言うのは、何も見えない場所で(想像で)考えたものだから、実際に登って行く過程の中で、どんどん変化していくのです。
初めて実際に目にする景色によって、もっと違う場所、もっと良い場所に行きたくなります。または、当初考えていた目的地が、本当に行きたい場所では無かったと気づくこともあります。例えば、Aの研究をしていて、(Aは失敗したが)偶然Bを発見して、ノーベル賞を取った人もいるわけです。要は、失敗をしたり、大きな障害や問題にぶつかっても、決して下に下りずに、ルートを変えてでも登って行けば、必ず(良い)結果は出るのです。
もし道が大きな岩で塞がれていたら、たとえ大幅な時間をロスしてでも、右や左から行けば良い。そう考えると、大抵の人は、その時点で諦めて山を下りているのではないでしょうか(それが正しいと信じて)。そして下から上を眺めて、障害にぶつかりながら右往左往したり、オロオロしたり、泣いたり、怪我をしながら登っている人を、ただ見ている・・・。
時間のスピードが速くなったということは、この山を登る速度も加速しているのかもしれません。今、山の中で、オロオロ、ジタバタしている人も、登ろうとする意識さえ持って懸命に歩いていれば、驚くべきスピードで事態が(良い方向へ)急展開するかもしれません。そういう楽しみが出てきたと思います。ただ問題は、「(本質的に)良くなる方向へ進んでいる人(事)」の「本質的」という部分であり、これはやはり、エゴでは無く、純粋に世のため人のために生きている(仕事をしている)ことであり、自然界の道理を理解し、実践していることだと思います。
それは、とてもとても時間が掛かることで、現在の世の中の仕組みの中では、なかなか光を浴びにくい生き方です。でも、時間の速度が上がって来たことによって、何かが大きく変わりつつあります。本当に真剣に生きて来たことが、すぐに明らかに成るチャンスが来たと思います。では、丸二はどうか。少なくとも私たちは、山を登っています。下に下りること無く、登り続けています。お客様のために、最良の建築を目指して、登っています。もちろん、様々な障害にぶつかることもありますが、迂回しながらも、上へ上へと登っています。だから、とても楽しいのです。
今まで見えなかった景色が見えると、心からワクワクします。丸二は今、住む人の生命、健康、精神をお守りする、1階鉄筋コンクリート造+2階木造(神宮ひのき)の混構造(ハイブリッド)住宅「ANCIENT22(旧名:お守りハウス)」をご提案しています。これが、とにかく面白いのです。実は、「木造総ひのき住宅」を目指して登っていたのに、気づいたら、それとは全く別の山に登っていたのです。でも、確かにこちらの山の方が高く、素晴らしく、景色も良いのです。これは本当に不思議なことです。
(木とコンクリートの)混構造住宅「ANCIENT22」は、日本固有の「高温多湿」「地震国」「火山国」「台風」「水害」という風土に加えて、「放射線」「液状化」「シックハウス」にも強い住宅を実現する、最もシンプルかつ「古代的」な発想から生まれました。その発想のベースは・・・古代ローマで開発されたコンクリートの歴史、古代からの伊勢神宮の御用材(ひのき)、裏木曽加子母の神宮美林、世界一幸せな国ブータンの住居(土と木の混構造)、安土城をはじめとする日本の城(石と木の混構造)、古代日本の高床式住居、ノアの箱舟(ARK)等・・・です。
「ANCIENT(アンシェント)」とは、「古代、太古、いにしえ」という意味です。「22」は、「22世紀へ生命をつなぐ」という意味です。生命とは、家族であり、代々続く家系であり、子孫です。また伊勢神宮の御用材である裏木曽加子母の神宮ひのきは、まさに百年スケールで育てられる、自然界の守り神の象徴です。これから100年、全く想像もつかない時代に成ると思いますが、そのような時代だからこそ、人々を温かく守り続ける住宅が必要になってくると思います。そのような建築を目指して、私たちは、いつまでも山を登り続けて行こうと思います。ありがとうございます。
2011.11.04
ギリシャ発の金融危機が、これから一体どのような形で世界へ影響を及ぼして行くのか・・・日本を含めて、地球規模の大きな問題に発展して行くように感じます。欧州が崩れ、米国が崩れると、相対的に日本(円)の地位が上がって来るのかもしれません。それがさらなる円高の要因にも成るのでしょう。とは言うものの、日本の財政も大変な状態で、同時に大手企業の業績も急激に悪化しつつあり、深刻な雇用問題も発生してきそうです。
また、タイの大洪水も、日本企業に相当なダメージを与えており、なかなか良い材料が見当たらない現状です。そして、震災の復興、脱原発、再生エネルギー等の3.11以降の諸問題に対するアクションの遅さも、私たち日本人の精神面をジリジリと弱めているように感じます。
そしてTPP問題です。新聞等では賛成の方が多いように書かれていますが、本当にTPPのことを理解している人がどれほどいるのかが不明の中で、単純なアンケート結果を鵜呑みにするわけにはいきません。TPPは、(実質的に)米国と日本の2国間だけの事柄であり、沈没寸前の米国が、強く日本に迫っている性質のものです。そこに、日本の国益(=日本人の生活がより良く成ること)が本当に存在するのかどうかを、もっと具体的に説明する必要があると思います。
輸出産業にはメリットということですが、もうすでに日本の製造現場は海外へ移っており、今後の関税撤廃の利益はあまり期待できません。また海外の農産物や食料品が安く買えるという点においては、今、世界中の人々が日本食(和食)へ移行しようとしている時代の中で、日本国内の食文化、健康、安全の基盤を逆に崩すことになるかもしれません。
よく消費者の利益と言いますが、消費者の家庭も実際は企業等で働いて給与を得ている訳で、勤めている会社が無くなってもいいから(あるいは食の安全が壊れてもいいから)安いものを買いたいとは思うはずがありません。経済(お金)は廻り廻って、全てに影響を与えています。
新聞等のメディアは、あらゆることの両面(表と裏)を、正しく書くべきなのでしょう。その上で、国民の考えや判断が始まります。アフリカで吹き荒れた自由革命は、上の方々が、自分たちに都合の良い事しか公表しなかったから起きたことで、日本にもある種同様の流れは、今後起きて来ると思います。もちろん、(日本ですから)外国のような過激な方法にはならないと思いますが、これから確かに変革の嵐が吹き始めるでしょう。
それは間違いなく、今を地道に一生懸命に生きている人々、会社、地域にとっては追い風と成ります。今まで、何か(大きな力)に依存して、すがっていた人々、会社、地域にとっては、ニッチもサッチも行かない事態(壁)に直面するでしょう。なぜなら、あらたな道が見つからないからです。とすると・・・今、行くべき道がある、あるいはすでに歩き始めている人々、会社、地域は(仮に今が厳しくても)すでに勝ち組なのかもしれません。
もう天と地がひっくり返るほどの、価値観の変化が起こるはずです。アフリカで起きたことを他人事と思わず、これから日本ももっと良い国に成ると信じ、その中で、自分自身の歩く道を見つけて行けば良いと思います。それは、自分自身の良心を信じて、「いま」「ここ」で、懸命に生きて行くことです。それが最高の幸福と成る道ではないでしょうか。すでにそういう生き方をしていた人々にとっては、とても素晴らしい時が来たのではないかと思います。
これからは、人ぞれぞれによって、(全く同じ環境でも)世界が違って見えるようです。ある人にとっては楽しくて幸福に、ある人にとっては辛くて不幸に。私たちも、表側の面だけでなく、見えない側(実体)も「見る」意識を持って、この世界の全体像を把握し、理解し、そして誰が何と言おうとも、幸福に生きていく決心をするべきでしょう。何かとてもワクワクしませんか。自分の意識次第で、全てを決められるのだから。
自分自身の良心の声に耳を傾けて、自分らしく生きる・・そういう時代になりました。仮にTPP問題の結果によって、日本の状況が悪くなってしまったとしても、本当のこと(実体)を理解した上であれば、結局(努力次第で)良い方向へ変化して行くと思います。良くないのは、知らないまま事が進んで行くことです。知った上であれば、仮に思うように行かなくても、努力によって改善できると思うからです。だから、私たちは、自分自身の良心にいつも耳を傾けて、本当に正しい事を感じながら生きて行くことで、何とか成ると思います。本当にワクワクします。
2011.10.11
アップル創業者のスティーブ・ジョブス氏が亡くなりました。まだ57歳ということで、本当に残念に思います。私が今、実際に使っているアップル商品は、「ipod」だけですが、デザインもコンセプトも良く、とても気に入っています。また、スティーブ・ジョブス氏についての本も数冊読んだことがあり、そのアグレッシブな性格と強烈な個性は、大変魅力的で、なぜアップルに人気があるのかも良く分かりました。現代最高のカリスマだったと思います。
その分、多くの人達がまわりから去ったようです。あまりにも要求が厳しく、激しく、恐ろしく、並みの精神では付いて行けなかったのでしょう。でも、それくらいの力や情熱無しに、社会現象を生み出すまでの「事」は成し遂げられなかったはずです。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」と言う言葉が有名ですが、生死を彷徨う壮絶な人生を体験したからこそ、心に響くものがあります。心からご冥福を祈ります。
スティーブ・ジョブス氏に限らず、多くの大人物は、相応の困難を経験しています。むしろ、臨んで困難に立ち向かっているように見えます。安易な小手先のテクニックで、その場を(上手く)回避する(逃げる)のではなく、あえて大義(理念)を曲げず、正面から突入していくのです。まわりの人々の多くは、嘲笑し、冷やかに見つめ、その場から立ち去って行きます。まさに孤独な戦いです。でも、もし彼に、そこを乗り越えた先が確かに「見えていた」としたら、その突入は決して無謀でも何でもなく、当然の行動であり、むしろ最も確度の高い安全な選択であったと成ります。
「見える人と見えない人」「感じる人と感じない人」「分かる人と分かない人」、これからの時代は、この「差」で決まると思います。ただ、この差は、どうしても埋めようが無いものです。本当のことを知りたいという好奇心や、あえて困難を乗り越えたいというチャレンジ精神や、孤独を恐れない精神力のようなものが無いと、なかなか正面突破は出来ないでしょう。見える、感じる、分かる世界へ行くことが、きっと21世紀の生き方、王道に成ると思います。そのためには、勇気を持って、正面突破をする以外に道はありません。
日本も、3.11以降、いよいよ正面突破を選択すべき時がやって来たのだと思います。多分、多くの国民は、その覚悟を持って、「今」を生き始めています。ところが、国を動かす側の方が、相変わらず、安易な小手先のテクニックで、その場を(上手く)回避しよう(逃げよう)としています。まさに武士道の国とは思えないほど、恥ずかしい状況です。見える、感じる、分かる人がいないからでしょうか。ビジネスの世界でも同様に、もう今までと同じやり方、発想、手法では何事も成し遂げられないと感じます。必要なのは、「この先の時代を見る目」です。嘲笑され、冷やかに見られ、その場から立ち去られても、私にはやるべき事がある。そういう生き方ができる人(会社)こそが、本当の成功者ではないでしょうか。
最近、スカパーで映画「日蓮」を見ました。萬屋錦之介が演ずる迫力と人情のある日蓮の姿は(宗教的な意味では全く無く)、一人の人間として、まさに王道の生き方を実践した人だと感じました。私が好きな宮澤賢治も、王道の人生を歩んだ人だと思います。一見、不幸な人生に見えますが、本当は大成功者だったのでしょう。これからは、(正面突破のできる)多くの勇者を生み出す時代に成ると思います。それは逆に言うと、困難な時代に成るということでもありますが、人間が大きく進化・成長するチャンスと成ります。私も、少しでもその道を歩んで行けるよう、最善を尽くして行きたいと思います。
※バイロイト音楽祭(最近、聴いたCD)
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『ローエングリン』全曲 ケンペ&バイロイト(1969 ステレオ)
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『ニュルンベルクのマイスタージンガー』全曲 ベーム&バイロイト(1968 ステレオ)
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『タンホイザー』全曲 クリュイタンス&バイロイト(1955 モノラル)
私個人の夢の1つに、「いつかドイツのバイロイト(という小さな田舎町)に行って、そこでひと夏を過し、バイロイト音楽祭に通う」というものがあります。バイロイト音楽祭とは、ドイツの大作曲家ワーグナーが、自分が作ったオペラだけを上演するために(自ら)建設した「バイロイト祝祭劇場」にて、毎年夏に開催されるものです。当然、ワーグナーのオペラしかやりません。自分が作った作品だけを上演するために、わざわざ劇場まで建てる作曲家なんて、普通はいないでしょう。さらにそれ以降、本当にワーグナーのオペラ以外(記念として、ベートーヴェンの第9は演奏されましたが)は上演されていないのですから、意志はしっかり受け継がれている訳です。伝統・文化の継承は、本当に大変な努力が必要ですが、この人の作品の凄まじさから言って、バイロイトの場合は十分可能だったのだろうと思います。
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バイロイト祝祭劇場
このバイロイト祝祭劇場の「劇場」の部分を、ドイツ語で「haus」と書きます。英語の「house(家)」と同じですね。実は今、丸二で開発中の21世紀型ハイブリッド住宅「Omamorihaus(お守りの家)」でも、「haus」を使っています。ドイツは世界で最も進んだ「環境・エコ・省エネ」の建築をしていますので、丸二の「Omamorihaus(お守りの家)」も、そこを目指して行きたいからです。
また、家は人生そのものであり、人生劇場である、という考え方もあります。いずれにしても、「バイロイト祝祭劇場」のように、長く、人々を魅了し、愛され、継承されていく住宅を造って行きたいと思います。尚、「Omamorihausu(お守りの家)」については、また後日ご紹介いたします。コンセプトは、「生命(いのち)を失う住宅を建ててはならない」「心を失う住宅を建ててはならない」という、まさに「正面突破」の「鉄筋コンクリート+神宮ひのき」「生命を守る+森を守る」、21世紀型ハイブリッド住宅です。
2011.09.21
行方不明となっていたJR北海道の社長が、遺体で見つかりました。JR北海道は、今年に入ってJR石勝線のトンネル内での脱線・炎上事故や、運転士の居眠り運転等のトラブルがあり、様々な問題が生じていたところです。残されていた遺書から見て、その責任の重さを苦にしたのかもしれません。また身近な所では、地元を走るJR中央線の人身事故も、頻繁に起こっています。昔は電車の時刻と言えば、時報と同じくらい正確というのが当たり前でしたが、今では遅れる前提で、乗る電車を考えなくてはなりません。この変化は(よく考えてみると)相当なことではないかと感じます。
自らの「生」をあきらめる人がいます。それでも「生きて」いかなければならない。生きること自体が、最善の道だと思うからです。生きて特別な経験をすることが、生きる目的であるとすれば、必ずその経験の先には、安心感と喜びがやって来るに違いありません。そこまで辛抱して待つことも、きっと大きな経験に成るでしょう。時間という概念には、本当に凄い力があると思います。これからは、災害から家族を守ることと、困難から自らの心を守ることが、人生の最優先課題になると思います。「絶対にあきらめない」という信念だけが、真の御守りに成る・・・。今は、魂を鍛えていくには持ってこいの時代です。
一方、少子化とは言いながらも、今日も日本のどこかで新しい命が誕生しています。とても素晴らしいことです。このような時代に生まれて来る生命、特に2011年生まれの子ども達は、きっと何か特別な使命を持って、やって来たようにも感じます。新しい日本、新しい世紀を建設するために、これから日本中でたくさんの新しい生命が生まれて来るでしょう。もしかしたら、これで少子化問題は終わるかもしれません。2011年生まれの子ども達は、将来、「あの年に生まれた」日本人として、大きく社会を変えて行くと、心から期待しています。
さて、このブログを書いている今、台風15号が本州に上陸しつつあります。和歌山や名古屋では、すでに昨日から被害が出ています。今年の台風は勢力が強く、速度が遅いので、日本列島に大きな傷跡を残しています。ところで野田首相は、松下政経塾出身の初の総理大臣と成りましたが、首相就任と同時に、台風12号が(師である)松下幸之助氏の故郷和歌山を襲い、さらに今も台風15号が迫っているところです。これは単なる偶然でしょうか・・・。松下幸之助氏は「無税国家」を目指しました。ところが、門下生である野田首相は、その教えに反し「増税国家」を目指しています。自然界は、(きっと)政府に何かを言いたいのだと感じます。
今のような経済環境で増税すると、(誰が考えても)景気はさらに後退し、税収は(結果的に)減るのですから、今はまさに、21世紀に相応しい新経済成長のビジョンを指し示すことの方が最大の仕事だと考えます。それがあって、復興、財政、雇用、環境、エネルギー、医療、年金、防災、外交、防衛、食糧問題、少子化問題、公務員改革、地方分権等が有機的に動き出すはずです。これから日本は一体何で立国するのか・・・観光立国なのか、自然エネルギー立国なのか、第6次産業立国なのか、超ハイテク立国なのか、物流立国なのか、文化芸術立国なのか、武士道立国なのか・・・。日本中の叡智を集めて、そこを見つけることです。それが戦略です。増税などは(単なる)戦術です。政治家とは戦略(理念・目的・目標・使命・夢・志)を語る者です。今の政治家は戦術(手段・手法・ハウツー)しか頭に無いのでしょうか・・・。
その後の報道で、東京電力は、福島第一原発の事故の発生直後、現場から全面撤退(退散)する、つまり逃げるつもりだったことが判りました(東電側は否定)。もし本当に戦略(=使命)を持った企業であるならば、そのような話自体が出てこないと思います。放射線による被害が、未だ収束するどころか、ますます拡大し、数え切れないほど多くの人々の人生を狂わせてしまった責任は、本当に計り知れないほどの重みです。でも、もう過去は変えられないので、東電は全社をあげて、誠意をもって賠償に当たって行くべきなのでしょう。ところが現実は、まるで請求をさせないが為に作ったかのような、分厚い、「賠償請求手続き書類」が出てきました。これには、被災者の方々のみならず、国民全体も唖然としたと思います。実際、お金で元に戻る訳ではないのですが、せめてものお詫びとして、気持ち良く請求に応じる姿勢だけでも示す必要はあったと思います。電源喪失ならぬ、戦略(=使命、理念)の喪失が、今の状況を生み出していると考えられます。
今ほど、経営理念の重要さを、感じることはありません。企業ですから、当然日々様々な問題やトラブルは発生すると思います。それでも、最後は「経営理念」の存在によって、生かされて行くと思います。大きな会社も小さな会社も、人間同様、純粋に「生きる」ことへの懸命さが重要になって来ました。そのためにも21世紀に相応しい新たな戦略・理念を持って、自らの心と、周囲の人々を、明るく平和な状態に導いていかなければなりません。希望を持って、絶対にあきらめない心を持って。最悪を想定し、最良を楽観して。とうとうそういう時代になったのだ・・・。理念主導型経営を目指している丸二としては、武者震いをしながら、真剣にワクワクしているところです。
2011.09.12
ここ最近の新聞広告欄に、海外有名歌劇場の来日オペラ公演の広告が多数掲載されています。実は、そのほとんどの内容が、「(主役の)歌手の来日キャンセルのお知らせ」です。バイエルン国立歌劇場やボローニャ歌劇場といった、とても有力な歌劇場の来日公演なので、歌手陣も超一流の方々ばかり。数万円のチケットを買われた人々も、きっと「その人が出るから」という気持ちだったと思います。
広告によると、「出演者変更によるチケット払い戻しはできません」「全員、突然の急病(病名も記載)」とのことで、また、よっぽどチケットの売れ行きが悪いのか、「お隣の席を無料ご招待します」という、今まで聞いたことも無い様な緊急キャンペーンも出てきました。公演はもう9月の中旬からです。主催者の焦りを感じます。確かに、出演者の交代という事は良くあることです。でも今回のように、ほぼ全員の主役級が、一斉に突然病気になって、来日キャンセルとは前代未聞です。
つまり・・・原発と放射能の問題だと思います。外国から見て、日本は危険な国に映っているということです。今回の原発事故の対応の一部始終を、海外は冷徹な目で見ていたのでしょう。その結果として、「命には代えられない」という現実的な判断を生み出したものと想像します。もっと国として懸命な対応をしていれば、仮に完全な収束がまだ先であっても、「安心感」は随分違っていたと思います。このようにして、今回の原発事故は様々な方面に渡って、想定外の形で、厳しい影響を与えて始めて行くと考えられます。
「最悪を想定し、そうならないように努力する」という危機管理の原理原則を全ての日本人が身に付けて行く必要性があると感じます。私たちは、なかなか悪い状況を想定することが苦手です。起こって欲しくないことをイメージしたくないのです。口にしたくないのです。「縁起でもない」と言われたくないからです。日本は「言霊(ことだま)の国」と言われ、古来より言葉にはエネルギーが有ると信じられて来ました。発した言葉どおりの未来に成ると。だから、良い言葉を発しようと。それは正しいと思います。「ありがとう」「うれしい」「しあわせ」等のプラスの言葉を多く口にするのは大切です。
でもそれと同時に、大切な前提条件も合わせて意識しないといけません。それは、「最悪、こうなるかもしれない。そうなっては困る。そうならないようにしよう。そのためにこうしよう」という危機意識です。その後に続けて「でも、大丈夫。きっとうまくいく。心配することは無い。良かった。ありがとう」と成ります。
今回の津波に関しても、もし最悪を想定する習慣があったら、地震発生直後に10メートル級の津波が観測された時点で、一斉にすべてのTV放送・ラジオ放送等を官邸からの中継に切り替え、東北地方の太平洋岸にいる全国民に対する緊急避難命令の発令を宣言できたかもしれません。それによる様々な問題は起きたでしょう。でも「その責任は私が取る」という人が一人いれば、物事は動くのです。もちろん、それでどれだけの人命が助かったかは分かりません。でも、それほどの巨大な津波が来るのかという危機感はより強く伝播したかもしれません。
これからも、おそらく様々な形で大きな危機がやって来ると思いますので、「最悪を想定する」習慣と、その上で、明るく、絶対に大丈夫と言う安心感を持って、日々の「今」を、前向きに過すことだろうと思います。そうすれば、実際には危機が来なくなるのではと思います(それが一番良いことですから)。
いずれにしても、外国の歌手の方々同様に、自分の生命、家族の生命を最優先にする時代に成りました。人からどう思われようとかまわない。命を脅かすものから家族を守ることが、何よりも大事。それは当然のことなのでしょう。だれも責められません。それはエゴでは無くて、人間の本能として理解していかないといけないと思います。ですから一刻も早く、安全な国、安全な街を取り戻すことに、全力を挙げる姿勢を示すことだと思います。
建築の役割はこれから大きく成りそうです。家族の生命を守る住宅。家族の心を守る住宅。これがこれからの世の中にとって、最も大きな御守りになると思います。丸二が目指している「最良の建築」とは、とてもシンプルなもので、「良い家だね」「良い造りだね」「良い仕事してるね」「良く出来てるね」「カッコ良いね」等の「良」を最もたくさん集められる建築のことです。生命を失う家を建ててはならない。心を失う家を建ててはならない。これからの「最良」は、住む人の生命と心を守る、御守りの建築になると思います。
2011.09.06
今年の7月、我が家にトイプードル(男の子)がやって来ました。生後1.5カ月で、とても小さくて可愛いワンちゃんです。それから約1カ月が過ぎて、体重も来た時の倍となり、だんだん男の子らしいワンパクぶりを発揮し始めました。自分自身、犬を飼うのは初めてで、いろいろなことに戸惑うばかり。子どもの頃は、家に柴犬がいましたが、ほとんど母が世話をして、小さな僕たちは、吠えられて逃げるだけ。犬は怖いものでした。
それでも最近は、ペット好きの方が増え、可愛い子犬にも触れる機会もあり、少しずつ抵抗感は無くなっていました。娘から「犬が欲しい」と言われた時も、子犬ならいいかなと思いました。トイプードルは、とても小さくて、可愛くて、元気なワンちゃんです。人気があるのも、よく分かります。毎晩、家に帰ると飛びついてきてくれて、日々の心を癒してくれます。
そうそう、名前は「じんべえ」と言います。とても日本的クラシックな名前ですね(娘が命名しました)。じんべえには、「福の神」という意味もあるらしく、確かに我が家に来てから、家の中が今まで以上に明るくなったような気がします。人間よりも寿命が短い訳ですので、あとどれくらい一緒に過すことが出来るのかは分かりませんが、毎日じんべえと触れ合って、モコモコした毛糸のような体を抱っこして、幸せな人生(犬生?)を送らせてあげたいと思います。
このように、家庭の中に明かりが灯るということは、とても大切なことだと思います。最終的に、幸せとは「安心」だと思いますので、日々の生活の中に笑顔や安らぎが生まれて来るような生き方を見出すことが大事です。一人ひとりの心の中が、笑顔と安らぎで満たされれば、その集合体である家族はもちろん、街、国、地球も、全部笑顔と安らぎで満たされるでしょう。だから国家論も重要ですが、それと同じくらい、一人ひとりの心の在り様も重要ではないでしょうか。
もし、可愛い子犬と暮らすことで、(子犬と一緒に)心の安らぎが生まれるのならば、それも1つの平和運動(への1mmの前進)なのかもしれません。反対運動のデモ行進よりも、自分自身や身近な人々が、心穏やかに安らぎの気持ちを持って、日々を懸命に暮らそうとする努力の方が、より素晴らしく尊いことに感じられます。
今の日本、諸外国と比べても、大規模な反対運動はあまり見当たりません。「反○○」ということよりも、個人個人がそれぞれの「心の平安」を(努力しながらも)日々生み出しているからではないかと感じます。だから日本は凄いのですね。静かな平和革命が、只今進行中ということです。今回の東日本大震災以降も、(これほどの政治的なミスが重なっても)大きな暴動は起きてません。もちろん心の中には強い怒りや葛藤はあるでしょう。でも、それも何とか自らの心の内で納めようと懸命の努力をしていると思います。全国民による静かな平和革命が進行中です。うちのじんべえ君も、その一員になってくれそうです。
さて、野田政権が始まりましたが、増税+官僚主導という考え方が、本当に展開されるのかどうかに注目しています。もしそうであるならば、日本の経済成長をどのようにして実現していくのか、なかなかイメージがつきません。3.11以降の新しい首相の手腕が、これからの日本を大きく左右すると思います。本当に国民のことを優しく、大切に、愛する方向へ行くのか。政治家・官僚・大企業・マスコミを守る方向へ行くのか。あるいは共にハッピーになれるウルトラCを出してくれるのか。あと数カ月で見えて来るのでしょう。
その間、日本を始め世界の各地でも、様々な自然災害は続くと思われます。今までの規模とは全く違う、さらに巨大な災害も起こるかもしれません。それは経済面にも大きな影響を与えることでしょう。国民を守るということは、人々が安心して暮らせる社会を造ることです。経済的な不安や災害の恐怖から国民を守って行く(あるいは必ず守るという姿勢を示す)ことです。結局のところ、これから人々の意識は「家族の生活、生命を守る」という一点に集約されてくるはずです。今までのように浮かれてはいられない、本当に家族の生命を脅かす危険が迫っている、どれをどのように防衛していくか。
これからは、様々なビジネスも「生活、生命を守る」という視点を抜きに存在しないと思います。今回の大型台風で被害にあった町や集落の状況を見ても、いかに「住宅」が人々の生命を守るために存在しているのかが分かります。住宅業界も、豊かな経済成長を背景に、表向きのお化粧だけは上手になりました。安く作ることも上手になりました。でも、住宅の本当の存在価値は、「家族の生命を守る砦」ではないかと思うのです。
私たちは、RC(鉄筋コンクリート)と天然木(お守りヒノキ)の両方の良さを融合して、災害(地震、火災、水害、台風、放射線等)に強く、なおかつ住みやすく、健康的で、心安らかに癒される住宅をご提案しています。大切な家族の生命を守ることが最優先と成る時代が始まり、世の中は混沌とすると思いますが、何が有っても、毎日我が家に家族が帰って来て、安心して笑顔で暮らすことができる場を生み出して行きたい。じんべえ君を抱きながら、そんなことを考える毎日です。
※最近の一枚
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シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番
ピアノ/アファナシェフ
最近、ピアノ曲を聴くようになりました。「世界最高のピアニスト」という本の中で紹介されたいくつかのCDを聴いて、なんとなく目覚めたのです。私は、基本的には管弦楽(オーケストラ)の方が好きで、器楽曲や室内楽はあまりよく分かりませんでした。ところが今回、アファナシェフというピアニストの弾くシューベルトを聴いてみて、とても感じるものがありました。
今までシューベルト自体に詳しくなかったので、この曲も初めて聴いたのですが、とても深く、幻想的で、ある種の畏れ(恐れではなく)までをも感じることが出来ました。ピアノ曲は、たた一人の人間が音を出す音楽なので、その人間の全てが現れるようです。試しに他の演奏(ケンプ)を聴いてみたところ、まったく違う、とても普通に素敵でキレイな曲に聞こえました。アファナシェフは、日本の京都が好きで、そこで瞑想をするそうです。今の時代、自分自身の心の奥底を見つめ、本当に自分自身が望んでいることを見出すことが大切だと思います。時にはピアノ曲を聴きながら、心静かに、物思いに耽るのも良いですね。
2011.08.24
民主党代表選挙が近く行われそうです。事実上、新首相の選出選挙ですので、国民にとっても非常に重要な事柄のはずですが、もう多くの人々の関心の外にあるように感じます。先の(党の)代表選挙において、小沢さん排除の論理で、菅さんを推した方々が、菅首相の人気が急落するや否や、今度は菅おろしを始め、いよいよ自分にも首相になれるチャンスが来たと見るや、排除した小沢さんを頼りにする。このように、あまり教育上宜しくない姿を見せている以上、日本の政界はさらなる激震に見舞われると思います(それはきっと良いことですが)。
今の日本の政治(システム)にとって、「日本」とは、<国会議員・官僚・大企業・マスコミ>だけを言うのでしょうか。本来主役であるはずの国民は、その勘定から外れているのでしょうか。そう理解すると、様々な物事は辻褄が合います。結局、国の財政を改善するには、国民からの貢物(税金)を増やせば簡単ですし、原発問題にしても復興需要にしても、大企業のご機嫌を損なわないようにするのが先ず第一。国民の健康や生活が危険にさらされても、本体の「日本」が困らなければ、とりあえずは良い。つまり私たち国民は、悲しいかな、「二の次」の存在なのかもしれません。
それでも、世界各国の多くの人々は、「日本」を心から尊敬し、応援し、讃えています。確かに、日本ほど世界から尊敬され、信頼されている国はありません。ここで言う「日本」とは、当然、一般の「国民」一人ひとりのことであると思います。このように歪んだシステムの中に居るにも関わらず、日本と言う国は、なぜ素晴らしい国民性を有しているのでしょうか。
私たち日本人は、自分たちの心の中に在る「良心」を真のリーダー(ビジョン)として、日々の生活に臨んでいるのかもしれません。八百万の神がいると言われる日本ですが、私たちの心の中にも「良心」という存在が在ります。この良心を、自らの生きる指針に置き換えているのが日本人ではないでしょうか。だから、仮に、誰かから置き去りにされたとしても、まったく揺るがない。むしろ、(良心に従って)正しい判断や生き方ができる。その結果が、今回の東日本大震災における東北の方々の姿ではないかと感じます。
津波で流された多額の現金の、その多くが持ち主に戻って来ているそうです。外国では考えられないことです。大地震が起きて、飲食店から飛び出して行った人々が、後になってきちんとお店に戻って来て、お支払いを済ます。これは法律とかルールとかではなく、「良心」の世界だと思います。本当は、政治の世界も国民と一体となって、このような素晴らしい「日本人らしさ」を世界に発信していけば、もっともっと世の中は良い方向へ変わると思います。ただ、今はもう少しの辛抱ですね。それでも、様々な分野で(良い意味での)激震が走ることで、全てが良い方向へ動き出すのではないでしょうか。
昨日、島田紳助さんが芸能界からの引退を表明しましたが、このような激震も、今後あらゆる分野・世界で、(もっと身近なところで)起きて来ると思います。現在の超円高もそうですし、昨日の米国首都で発生した大きな地震もそうです。大切なことは、その激震の意味を正しく捉えて、それを機に、すべてを見直すチャンスに変換することです。
激震が無ければ、物事は変わりません。だから、(厳しいことですが)激震に感謝し、粛々と反応して行くことだと思います。政治の世界も、本当に国民のことを思う方向へ変わって行く絶好のチャンスだと思います。だからここは皆で関心を持って、国の行く末に対する良い意識(イメージ)を持って行きたいものです。そうなれば、日本は大丈夫。もっともっと世界からの尊敬を集めていくはずです。これから数年は、試される時代。自らの良心に聞いて、変革を起こし、チャンスを勝ち取って行きましょう。
2011.08.17
毎月発行している「ニコニコ通信(旧ありがとう通信)」9月号のための挨拶文を、今朝書きました(下記参照)。いつも、その時思い浮かぶことを、素直に書いているつもりですが、何となく毎回同じような内容になってしまいます。それでも結局のところ、常に自分自身の意識の下で繰り広げられている「自然の恩恵への感謝」「私たちは、生かされている」「(次の)新しい時代のための建築を世に出す」「建築業は無くならない永遠性の仕事。尊い仕事」「今を最善で生きる」という考えが、いろいろな形で文字になっているだけです。相変わらずのワンパターンです。
人間一人ひとりの意識は、なかなか変えられるものではないでしょう。ただ、今の時代に生きている(生かされている)ということは、意識の大変化を望んでいるのかもしれません。自分自身をさらに高めたい。もっと気づきたい。このような欲望を持つ生き方にとって、今の日本に「在る」ということは相当な優位性ではないかと思います。これほどの「山」は無いでしょうし、しかも必ず良い結果が出る山です。
私は今47歳です。この山を超えるにはちょうど良い年齢のような気がします。ある程度の過去(歴史)が有り、先々への大いなる未来(夢)もある。変化の意味合いもよく理解できるし、変化を受け入れられる柔軟性もある。過去も現在も未来も肯定できる不思議な位置に居るような気がします。団塊の世代よりも若く、新人類よりも古い。何となく地味で中途半端で自己主張の無い世代。でも、内なる「熱」のようなものを秘めている。
お盆休み中に、NHKのBS番組でエベレスト登頂のドキュメンタリー(3時間)を見ました。これは通常の登山家が登るのではなく、取材陣(カメラマン)が登り、その世界最高峰の山頂からハイビジョンの360度パノラマ映像を撮るためのものです。そこには大変な労力、手順、時間、多くの人々の協力がありましたが、無事に見事、目的を達成しました。生命を賭けた挑戦が、必ずしも全て報われるとは限りません。それでも、結果を恐れずに、今という瞬間(の連続)に感謝し、喜ぶことができたら、それは最終的な(真の)成功へと繋がると思います。そのような心の状態を作るための大舞台(大仕掛)が、今の世界だと思います。
「ニコニコ通信9月号」(挨拶文)
太陽の光が燦々と降り注ぐ暑い夏が終わろうとしています。今年の夏は節電対策の影響もあり、いつもより特別暑かったように感じます。それでもこうして毎日、太陽の光が数秒の狂いも無く、私たちの街を照らしてくれていると思うと、自然界の仕組みの偉大さにただ驚くばかりです。太陽活動が活発になってきたことで、紫外線の強さ、あるいは地震の発生等、私たちの生活にとっては非常に困る事態も起きています。しかしながら、そもそもそういう自然の摂理の中で、私たちは生活をしよう(住もう)と決めたわけですので、そのルールに従っていく以外ありません。毎日、朝が来て、夜が来る。このリズムが四季によって変化する。日本の風土は、交響曲(シンフォニー)の四楽章制に似ています。最近はこの交響曲の演奏が、だんだん強烈になってきたようです。強弱のコントラストも鮮やかに、テンポも早く、ついていけない人も多くなりました。それでも、最後のフィナーレは、感動の大団円を迎えます。そのようにして、また次の時代へ移って行く。このような繰り返しの中で、私たちは自然界の中で生かされている存在なのでしょう。今回の震災から原発事故を通じて、私たちは大きな山を超えようとしています。きっと乗り越えられると思いますし、乗り越えた先の世界は、とても穏やかで、明るい場所のような気がします。人々の生活様式も変わり、意識も変わり、社会も変わって行くのでしょう。建築はどうでしょうか・・・。いかなる時代になっても、「住む」という概念は有り続けます。最後まで有り続けます。とても息の長い、永遠性の仕事です。だから私たちは、遠い未来に向けての建築の有り様を常に考えています。「今だけ」のものではなく「いつまでも」のものだからです。この山を超えた先の世界に、どのような建築が生まれて行くのか、今からとても楽しみです。ありがとうございます。
2011.08.16
今年の8月は、米国債のデフォルトは回避されたものの、(史上初)米国債の格下げが発表され、世界的にドル売りと株式相場の下落が始まり、そのまま日本はお盆に入りました。お盆休みの間は、比較的静かでしたがが、お盆明け以降どのような動きが出て来るのか、とても興味があります。このまま円高が進むと、日本経済はまた大きな局面を迎えるのでしょう。
それにしても「円高」とは・・・こんなに財政が苦しい日本でも、ドルに比べれば安心ということなのでしょうか。日本の国債は、ほとんどが国内で消化されているので、実質、外国から借りているのではないから、大丈夫と言う見方があります。そうならそれで良いので、増税や消費税アップではなく、大規模な景気対策、復興対策へ全国民のエネルギーを向けて欲しいものです。ただし、今までとは違ったやり方、つまり、人の心や環境が破壊されない、新しい経済の有り方への挑戦として・・・。
もう少し分かりやすく言うと、失業率と自殺が減少することと、今まで世に出なかった技術と農林業に光が当たる道です。そのような芽が、今まさに生まれようとしています。多くの人々が、このままではいけないという問題意識を持ち始めています。イギリスの暴動を見て、若者の気持ちを大切にしていかないといけない、そのためにも失業を無くして行かなければならないと。
また、先進国でありながら、これほどの多くの人々が自ら命を絶つ社会は、どこかおかしい。原発からの脱却も何とか始めなくてはいけない。国内の農業、林業を活性化し、環境を再生し、食糧自給率を高め、山を護り、地方に職を増やす。そのような過程の中で、生きることの素晴らしさ、喜び、感動、感謝を自らの魂に刻むこと。
世界第1位の日本の技術力(ハイテク、バイオ、エネルギー等)はさらに磨き、断トツのトップとなり、その超技術力でイニシアティブを発揮して、世界を平和に、豊かに、幸福にしていく(日本だけが、新技術を平和利用に生かせると思うから。あるいは、平和利用のためにしか売らないという強い信念を持つ)。特に、今まで世に出なかった多くの技術を認め、公開していくこと。そのためには、今現在の「システム」が一度壊れなくてはならない。それが今、起きている現象の数々だと思います。
世の中を平和で幸福にするために、日本は何かを成し遂げなければなりません。それは政治の力では無く、一人ひとりの力の集合のような気がします。ロンドンの暴動の映像を見て、その凄まじさに驚きましたが、どのような状況になろうとも、日本ではあのようなことは起きないと思います。それは、行動力が無いとか、問題意識が少ないとかいう理由では無く、暴力で物事が解決することはあり得ないと、魂レベルで知っているからです。だから、私たちは一人ひとりが心の中で、(日常の中で)何かを成し遂げようとしていると思います。そういう新しい「改革」が始まったのではないでしょうか。
暴動とか、クーデターとか、テロとか、戦争とか、政変とかで、世の中を変えて行く「改革」はもう終わり、日本人は、「人心改革」で世の中を変えようとしているのだと思います。原発反対のデモ行進では無く、風力発電や地熱発電をしている人を見つけて、評価し、応援する。あるいは、被災地のために、自分が出来ること(小さなこと)を見つけて、やってみる。個人個人が、正しい生き方を探求し、実践していく。このようなことの連鎖で、社会を大きく変えられることを証明していきたいと思います。
仕事でもそうです。どのような商売にせよ、お客様の立場に立って、長く信用をいただける仕事をし続けることしかありません。特に建設業は「そこ」です。いつまでもお客様や建物のことを大切にして、誠心誠意の感謝のサービスを継続していく以外に、生き残る道は無いのです。10年後、20年後、30年後、そしてもっと先まで、ずっと建物をお守りしていく。そういう決意を持つこと。これはとても地味な仕事で、なかなか評価を得られにくいことです。それでも、そこが大事と、歯を食いしばってやっていくのが建設業の「心」です。
私たちは、このような心のあり様が、何かを変えると信じています。そして、今の日本にこそ、この「心」が大切だと思います。10年後、20年後、30年後先まで、子どもたち、孫の世代を守っていくという信念です。もっと言えば、世界を守っていくという信念です。日本の力は、まだまだこんなものではありません。もっと可能性を信じて、伸ばして行きたいと思います。あと少しです。