MARUNIの社長ブログ

大雪

2018年1月23日

昨日の東京は久しぶりの大雪でした。駅のホームは早めに帰宅する人々で溢れ、道路ではスリップ事故も多かった様です。今後は雪の少ない地域でも降雪が増える可能があり、あらためて幅広い防災対策が必要と感じました。当社でも万が一に備えて、水や食料等の備蓄品、応急処置用の資機材等の増強を進めています。自然災害と共に生きて行く時代は、安心・安全な住まいと強いインフラと物心両面の備えが大切だと思います。

日本は言霊の国なので、「思う(言う)と起きてしまう」という根強い民族的信仰があり、なかなか悪い想定をするのが苦手です。けれどもその想定が無ければ、もしもの時の為の準備ができず、実際に最悪の事態を引き起こしてしまいます。やはり、常に万が一の想定と準備をした「上で」、そうは成らないように意識しつつ、明るく生きて行くことが正しいのではないかと感じます。

最近、世間を騒がす様々な事件やトラブルが起きていますが、やはり当事者の「もしかしたら」の意識の希薄さがその要因の一つではないかと思います。良い意味での心配や不安を持ち、(その上で)そうは成らないための思考と行動を取って行きさえすれば、大事には至らず、大難を小難にできるのではないかと。私たちは日々の様々なニュースを(単なる批判や評論ではなく)生きた教材として捉え、自分自身の生活(反省)に活かして行くことができます。人の事をとやかく言える人はいないのだから。

年が明けて、地元の氏神様、一之宮様、縁ある柴又帝釈天様等へお参りに行きました。氏神様には、毎月一日にお参りしています。自宅では毎朝ご先祖様に線香をあげ、会社では毎朝神棚の水を交換しています。全て、御礼(感謝)だけです。至らない自分自身を今日も生かしていただいていることへの感謝しかありません(お願い事はしないです)。この実践の蓄積が自分の生活(人生)や会社を守ってくれているような気がします。

さあ、今朝は社員さん総出で、会社周辺の雪かきでした(昨日からしっかり準備をしておきました)。そして先程、御近隣の方から御礼の電話をいただきました。本当に嬉しかったです。小さなことでも、人のお役に立てられることが最高の喜びです。今年も感謝と喜びの心で、お客様や地域の方々に愛され、必要とされる会社造りを目指して参りたいと思います。ありがとうございます。


丸二はひた走る!

2018年1月10日

新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

とても清々しい2018年を迎えました。今年も元日は(例年通り)早朝、地元の氏神様(武蔵野八幡宮)へ新年の御挨拶を行い、そのまま会社に来て神棚の水を替える等の一連の作業を(静かに)半日かけて行いました。こうして毎年、無事に新年を迎えられることに、心から感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございます。

お正月の三が日は家族や親戚等の新年会、4日は相模原ゴルフクラブで初打ちでした。5日の仕事始めは例年通り、年次計画発表会と社員新年会です。今年はさらに価値判断基準を上げ、より本物の企業を目指して参ります。新年会では毎年、様々な表彰を行っていますが、みんなの笑顔と活気に満ち溢れ、とても素晴らしい仕事始めに成りました。

どの会社の社長も同じと思いますが、社長の喜びとは、お客様と社員さんに喜んでいただくことに尽きます。社員さん一人ひとりが、一人ひとりのお客様のために心から喜んで仕事を行うことが出来れば、それはお客様の真の喜びに結び付くはずです。今年も社員みんなが明るく元気にスタートすることが出来ましたので、グッと気合を入れて、最高の年にして行きたいと思います。

実は昨年、当社に入社して勤続50年(!)を迎えられた役員の方のお祝いを(みんなで盛大に)行うことが出来ました。こんなに嬉しくて素敵なことはありません。これからもドンドン多くの社員さんが、勤続20年、30年、40年、50年、60年~と、続いて行って欲しい。丸二は小さな会社ですが(なぜか)社内結婚が多く、産休を取りながら長く勤めていただく女子社員さんもいます。今後も丸二は、お客様と社員さんとの家族的な温かい和を拡げて行きたいと思います。

さて2018年は世界的規模で大きく時代が動き始める年に成る様です。中東(エルサレム)や北朝鮮に新たな火種が生まれ、日本も含めてテロへの危機管理が大事に成ると思います。経済面では、日本(東京)は2020年へ向けての上昇気流がありますが、世界的に見れば、(各国とも)厳しい環境にある様です。自然災害については、今後もますます世界中で、大地震、大寒波、火山噴火、台風、火災、津波、海面上昇等が懸念されており、日本の場合は特に大地震(首都・東海・南海)に備えるべき時期に来ていると思います。

そのような中で、お客様の家族や地域の安心安全の為に、建設業の役割は増して行くと思います。丸二はこの日本の東京で、「本物の建設会社」として、お客様と地域に心から愛される存在へ向かって成長して行きたいと思います。来年2019年は新天皇の誕生、新しい元号が始まります。その翌年2020年は東京オリンピックです。新しい時代の始まりに向かって、丸二は今年もひた走ります!!ありがとうございます。

2017年もあと十日と成りました。月日が経つのは本当に早いものです。世の中の情勢の方は、良い出来事と悪い出来事とが日々交錯し、まるで複数の並行世界が(重なって)存在しているかの様な印象を受けます。私自身の此処一ヵ月と云えば、とてもささやかですが、嬉しい出来事がいくつかありました。例えば(思付くままに)・・・

①地元の商工会議所(建設業部会)の日帰りツアーに妻と参加して、上野の国立西洋美術館で「北斎とジャポニスム」を観た後、鰻で有名な「伊豆栄」で美味しいお昼を食べられたこと。それにしても北斎の絵(北斎漫画)は素晴らしかった。時間が足らなかったなあ。

②師と社員数名とで(生まれて初めて)山城へ行ったこと。埼玉県比企郡の「菅谷城」「杉山城」「武州松山城」を巡り、山城歩きの面白さを発見しました。悠久の時を超え、想像力を働かせ、戦国の世を思う・・・。とても興味深い一日に成りました。

③知人の所属するオーケストラ「東京アカデミッシェカペレ」の定期演奏会(@オーチャードホール)へ妻と行き、ストラヴィンスキー作曲「詩篇交響曲」「火の鳥」を鑑賞したこと。特に「火の鳥」の終曲には大いに感動しました。ストラヴィンスキーは好きです。

④社員の家族が所属している舞踏グループ「山海塾」の公演「海の賑わい・陸の静寂―めぐり」を妻と観に行ったこと。とても美しく瞑想的な舞台(踊り)で、人間、自然、生命の神秘に浸ることが出来ました。新国立劇場の客席も満席で、素晴らしい経験でした。

⑤会社の忘年会を高尾山の「うかい鳥山」で行い、社員みんなととても楽しく賑やかな時間を過ごせたこと。社長就任20周年と幹部勤続50周年のお祝いも出来ました。「うかい鳥山」の紅葉も見事で素晴らしかったです。さあ、また来年もみんなでがんばろう!!

⑥結婚27周年で、家族と美味しいイタリアン・レストラン「ラ・ブリアンツァ」(六本木ヒルズ)へ行ったこと。奥野義幸シェフのとても美味しい料理を堪能しました。そこで年賀状の写真も撮れて良かったです。東京タワーのライトアップも綺麗でした。

⑦地元の青年会議所時代の仲間たち恒例の誕生日会&忘年会にて、美味しい河豚料理をいただいたこと。このメンバーによる年数回の誕生日会は、いつもとても楽しいひと時です。みんな50代半ばに成って来たけど、いつまでも元気で続けて行きたいですね。

⑧大好きな日本のロックバンド「エレファントカシマシ」の紅白歌合戦出場が決まったこと。今年デビュー30周年、ただひたすら(愚直に・不器用に)自分たちの音楽のみに向き合って来た彼らを心から祝福したいと思います。泣かないかな。大丈夫かな。

⑨デヴィッド・リンチ監督の「ツインピークス・リターン」(全18章)をWOWOWで鑑賞できたこと。「ツインピークス」は25年前にヒットしたTVドラマ(DVDで鑑賞済)で、今回はその続編です。内容はとても一言では言えません。異次元ワールドです。

⑩NHKの「100分 de 名著」で「12月の名著」が、スタニスワフ・レム著「ソラリス」になったこと。超好きなタルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」の原作ですが、未読だったので、これを機に(年末年始に)読んでみようと思います。映画は凄いです。

⑪「ミッション: 8ミニッツ(Source Code)」(2011年:米国)という映画をDVDで観て、とても面白かったこと。監督は(あのデヴィッド・ボウイの息子の)ダンカン・ ジョーンズ。死の直前の8分間を何度も繰り返す並行世界の物語。とても興味深かったです。

⑫大林宜彦監督の最新作「花筐」が公開されたこと。「この空の花~長岡花火物語」「野のなななのか」に続くシネマゲルニカ戦争3部作。大林監督は癌で「余命3か月」の宣告を受けながらも撮影を続け、無事の公開初日を迎えました。とにかく早く見に行かねば。

実際にはもっともっとたくさんの嬉しい出来事がある訳ですが、その根底に流れる共通の源泉は、やはり「今を生きていること(生かされていること)への喜び」に尽きると思います。「私が今、此処に生きている(生かされている)」ことが何て不思議で、何て神秘的なことなのだろうと感じるからです。これはまさに奇跡ではないかと・・・。

けれども実際の私たちの日々の現実は、良い出来事と悪い出来事とが重層的に交錯しています。その中で、「今」をどう認識するかで、「嬉しさを感じられる世界」を生きるのか、逆に「苦しさを感じる世界」を生きるかが決まって来るのかも知れません。今日(今)の小さな喜びや嬉しさに焦点を合わせ、複数の並行世界の中から、「嬉しさを感じられる世界」を選択できるように成りたい。そのような思いをもって、素晴らしい2017年を締めくくり、もっと素晴らしい2018年を始めたいと思います。

特別な何か。。。

2017年11月10日

米国トランプ大統領の初来日の3日間が無事に終わり、先ずは良かったと思います。日米関係の絆は、日本にとっても、米国にとっても、大事な生命線と感じますので、両国間の様々な問題・課題を認識しつつも、深い部分(底流・基礎)において、良好な関係が(今後も)続いて欲しいと思います。当日のニュースで、トランプ大統領とにこやかにお話をされる天皇陛下のお姿を拝見し、同時に72年前の昭和天皇とマッカーサーとの歴史的会見を思いました。あの時マッカーサーは、天皇陛下に特別な何かを感じ、大きな感動と衝撃を受けたと云われています。そしてそのおかげで今の日本が在ります。きっと今回のトランプ大統領も、特別な何かを感じたのではないでしょうか。その後、韓国~中国を巡った後、日本という国の持つ「特別な何か」に気づくのではないかと期待いたします。

一方、むしろ日本の中にいる私たちの方が、その「特別な何か」に対する意識が薄れて来てしまったようにも感じます。例えば、最近の日本を代表する大企業による(重大な)不正が相次いで露呈しています。このことで日本の技術、品質、国民性に対する世界からの絶大な信頼に傷が付かないか大いに心配するところですが、問題の本質は、会社あるいは個人の意識であり、人としての良心に起因するものです。現代の日本人は(目には見えない)何か大きな存在を忘れかけているような気がします。

昔の日本の家では、おじいちゃんやおばあちゃんが、日々の日常生活の中で、「お天道様が見ているよ」と小さな子どもたちに言って聞かせていました。これは理屈で理解するものではなく、素直に、純粋に、「感じる」種類のものです。このことを「道徳」と呼ぶのであれば、今の日本には「道徳教育」が必要なのではないかと。「道徳」「道理」「原理原則」は、日々の生活や人生、あるいは経営や政治を行う上で、絶対的に必要不可欠な基礎であり、日本人の固有の共有財産です。その素晴らしい道徳観が失われつつある時代の中で、私たちはどう生きて行くべきなのでしょうか・・・。

これから世の中は人工知能(AI)の時代に成って行くと言われています。実際に多くの職業や職種が消えて行くのでしょう。けれども(最後は)人間の目と手に依る建築やリフォームの現場においては、今後も「人」が主役であり続けると思います。だからこそ、私たちは「道徳感」というものを大事にして行きたいのです。日々、美しい現場造りを懸命に目指すのも、何か特別な・・・まるでお天道様に見られている様な感覚が在るからです。迷ったら良心に問え。このような「情緒」は日本人独自の文化でしょう。私たちは、日本の建築業界の片隅で、特別な何か大切なものを見付け、継承して行きたいと思います。


※映画「山」(1956年/米国)

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名優スペンサー・トレイシー主演、アルプスの雄大な風景を舞台とした山岳映画「山」をDVDで鑑賞しました。全く知らない映画だったのですが、非常に面白かったです。山を愛する老ガイド(スペンサー・トレーシー)とその弟(ロバート・ワグナー)が、山頂に激突した航空機の墜落現場へ向かう物語なのですが、弟の金品目当ての目的を嘆き悲しみ、自らは生存者1名を麓まで背負って生命を救います。一方、金品に目が眩んだ弟は、下山の途中で命を落とします。ところが最後に主人公は、愛する弟の名誉のために、ある嘘を付きます。此処に何か、日本人にも相通じる情緒的な美学を感じ取りました。とても古い映画ですが、隠れた名作です。

2017年10月8日、丸二は創立64周年を迎えます。本当に多くのお客様、関係者の方々、地域の皆様のお陰です。心から感謝申し上げます。また今年は、私が父から代を受け継いで、ちょうど20年(新創業20周年)に成ります。思い起こせば、恥ずかしいことばかりの20年でしたが、それら様々な経験を経て、会社も私自身も大きく成長させていただいていると思います。まさに感慨ひとしおです。

20年前、「丸二をこのような会社にしたい!」という思いを持ってスタートし、この20年間で、やっと(その半分の)基礎までが出来たような気がします。本当に長い長い基礎工事でした。でもその分、非常に緻密で強いものに成ったと思います。時間は掛かるけれども、日々少しずつ前進して行くこと。日々少しずつ固めて行くこと。その方がずっとずっと強く成れる。崩れない本物に成れる。この(逆転の)面白さに気づくことの出来た20年でした。

そしてこれからの20年を考えてみると、お客様からは「丸二に頼んで良かった!」、社員さんからは「丸二で働けて良かった!」、地域からは「丸二が在って良かった!」と・・・共に一生の永きご縁で結ばれて行く道が見えて来ます。その歩みの一歩一歩、その1mmの前進の継続こそが、私たちの理想なのです。

つまり、どこかに特定のゴール(目標)を設定するのではなく、そのような「信条(心情)」と共に歩み続けている「状態」「姿」にこそ関心があるのです(同行二人)。理想に向かって今日も歩いて行く。永遠に歩き続けて行く・・・。これが20年掛けて築き上げて来た基礎の上に立つ、新たな丸二の姿です。

私たちの道は、「より美しい現場造り」「より美しい会社造り」「より美しい人間造り」の方角へ向かっています。きっとこれは永遠に続く道なのだと思います。その長い道のりを一歩一歩、日々1mmの前進で、ただ静かに歩き続けるのみ。時代は大きく変わり、自然災害等への防災意識が急速に高まって来ました。地域の建物の老朽化も進んでいます。そのような意味において、住む人の生活と生命を守る建設業の役割は、一層高まって行くと思います。

同時並行で、この自然界に生かされているという自覚無き企業の淘汰も、始まって行くでしょう。常にそのような緊張感と使命感をもって、創立65年目、新創業21年目の第一歩を社員さんと共に記したいと思います。新しい時代の小さな開拓者の一人(一社)として、この道を楽しく歩いて行きます。ありがとうございます。


※私が好きな西部劇

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子どもの頃、地元吉祥寺の映画館(多分「ムサシノ映画劇場」だったと思います)で「シェーン」を観て以来、私は映画ファンに成りました。特に西部劇は憧れの存在で、今までにもたくさん観て来たと思います。その中で今でも心に残っている作品と言えば「真昼の決闘(1952)」「シェーン(1953)」「荒野の七人(1960)」「ウエスタン(1968)」「勇気ある追跡(1969)」の5本です。実際のアメリカ西部開拓史では、先住民族(インディアン)に対する侵略という側面がありましたが、上記5作品はインディアンとの戦いは無く、あの時代の西部を舞台とした善と悪との戦いを描いたものです。「シェーン」の有名なラストシーンで遠くに見えるワイオミングの山々の美しさも忘れられません。もしいつかアメリカ本土へ行ける機会があったら、ワイオミングの山は見てみたいと思います。

心で造る

2017年9月30日

衆議院が解散し、総選挙に成りました。新しい政党が生まれ、野党に大きな激変が起きていますが、その結果、今回の選挙は「保守」対「保守」の構造と成る様です。このような展開が起こるとは誰にも予想できなかったと思います。世界情勢が大きく揺れ始めている今、日本の未来に明るい道筋が見えて来ることを期待します。

アメリカでは、この夏、本土に巨大ハリケーンが相次いで上陸し、大変な被害が出ました。メキシコでは大地震が発生、スイスでは氷河雪崩の危機が迫っています。また地球全体においては、太陽フレアの異常な爆発による様々な影響も始まったとのこと。各国は政治も経済も悪化の道を辿っていますが、今後は自然災害の多発によって、もうそれどころでは無い状況まで追い込まれて行く可能性もある様です。

そのような視点で見れば、日本の現状はまだまだ感謝すべき状態なのかも知れません。世界全体の苦しい惨状や宇宙全体の視点から視る眼を持てば、きっと私たちは、日本の行くべき道を見出すことが出来ると思います。その道を早く見つけ、世界に(物質的かつ精神的に)貢献できる国に成りたい・・・。これが今の日本に生きる日本人の夢であり、役割ではないかと感じます。

私たちは、この宇宙に浮かぶ小さな1つの星の上に暮らしているという事実を、どこか遠くの事のようにしか感じていないのかも知れません。空中で超高速回転をしながら移動し続けている物体の動きに多少の変化(ゆらぎ)が生まれるのは当たり前です。まさか人間の暮らしの都合に合わせてちょうど良く加減をしてくれるハズはありません。私たちは何か固定化された安定世界の中で日々生きていると錯覚しているような気がします。

人間はそもそも安定した世界に生きる為ではなく、不安定、混沌、思うように行かない、矛盾だらけの世の中を生きる為に生まれ、その世界の中で、いかに自身の内面を強くするか、美しくするか・・・このチャレンジに生きているのではないかと思います。美しい蓮の花は、泥が無ければ育たない。嫌なものや都合の悪い出来事への批判や非難を超えて、その不都合の世界の中で(こそ)自らを育てていくのだ。そのような意思の力が大事だと思います。

世界に貢献する日本を造る為に必要なことは、政治や経済の前に、先ず私たち日本人一人ひとりが、日々の生活の中で、感謝の心を持って、今を懸命に生きて行くことだと思います。今の日本に生きている(生かしていただいている)ことへの感謝を持って・・・。今回の選挙の結果に関わらず、自分自身の心を大切に(正しく)育てて行くことが、結局その総和の日本を良い国にして行く近道に成るのではないか。私たち丸二も、建設業と言う大好きな仕事を通じて、自分自身の心を(日々1mmの前進で)正しく鍛えて行きたいと思います。「その心の総和が、お客様の素晴らしい建物を創造するのだ」と云う強い確信を持って。

8月に思う

2017年8月21日

今年の夏は異常な雨続きで、各地で水難事故も目立ちました。豪雨、落雷、竜巻、雹などが多発する原因は(長い時間を掛けて進行して来た)地球環境の異変によるものと思われます。もしそうであるならば、この状況は今後も長い時間を掛けて継続(拡大)して行く可能性があると思われます。気候や風土の変化は、人々の暮らし、文化、安全、経済、健康に大いに影響を及ぼすはずです。今まで以上の防災意識をもって、慎重な日々の生活行動を意識して行かなければ成りません。あらためて大自然の力への畏怖の念を感じました。

8月2日と3日、BS放送で長岡花火が生中継されていました。5年前の大林宜彦監督の映画「この空の花~長岡花火物語」で、<長岡花火は長岡空襲戦没者への慰霊の花火である>ことを知り、その後実際に長岡まで飛んで行ったことを思い出します。冒頭、戦没者への慰霊の花火である、三発の白菊。長いサイレン音と正三尺玉の大振動。クライマックスは、眼前の夜空を横一線の大輪で彩るフェニックス花火。TV画面からでもあの日の感動が蘇って来ました。戦争も災害も二度と起きて欲しくない。でもまたいつか起こるかも知れない。常にそのような最悪を想定しつつ、平和と安全を祈り続けたいと思います。

また今年の8月12日は、日航機123便の事故から33回忌でしたが、偶然にも同時刻、同航路、同地点で、123便と同様の異常が全日空機で発生し、急遽羽田へ戻る事態が発生しました。今回は無事で本当に良かったのですが、やはりお盆にはこのような不思議な現象が起こるのでしょうか。前回は陸(山)側へ旋回しましたが、今回は海側へ旋回して無事に戻って来ることが出来ました。機長の瞬時の判断に何か意味があったのかも知れません。明石家さんまさんは、あの日123便に乗る予定だったそうです(当日急に収録が中止となってしまい、いつもより早い便で帰ったとのこと)。人の一生とは分からないものです。分からないからこそ、今を懸命に生きて行きたいと思います。

毎年の夏は、戦争、災害、事故、慰霊、復興を思います。子どもの頃の夏と言えば、家の中から外の庭を眺めている映像が思い浮かびます。エアコンは無く、家の窓は開け放しで、風が通って気持ちがいい。電気を付けない暗い部屋の中から、外の庭の明るくキラキラと輝く眩い光のシャワーを観ている。母が植えた花壇の花々、ひらひらと舞う蝶々。猛烈な蝉の声。夕方になれば蜩が鳴き、突然の雷と夕立。稲妻の光に怯えながらも、雷鳴にワクワクした記憶。そのような平和なる日々がありました。日本の夏は、まるで時空の門が開く、不思議な時間帯のような気がします。そこには幻影と現実が入り混じり、過去と現在と未来とが繋がり合います。だからこそ(心静かに)未来の平和を祈りたい。長岡花火の白菊のように、静かに、質素に、清らかに・・・。


※ハイドン「天地創造」

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クラシック音楽の中で、ハイドンは非常に地味な存在ですが、104曲に及ぶ交響曲はどれも元気で清々しく、まるで心が洗われるような曲ばかりです。そして今回聴いたオラトリオ「天地創造」(アーノンクール指揮)も大変素晴らしかった。ハイドンを聴いていると、無色透明な自然界の音響(そのもの)を感じます。バッハほど高尚、緻密でなく、モーツァルトほど天国的、精妙でもない。その分、大らかさと親しみやすさがあります。ハイドンの音楽はBGMとしても最高です。自己主張が無く、聴いている人を(空気のように)優しく包み込んでくれるからです。無名の画家の美しい風景画を見るが如く、上質な音楽を味わえます。そのような地味で質素で清らかなハイドンが、私は大好きです。

WOWOWで放映していた連続ドラマ「宮沢賢治の食卓」(全5話)を観ましたが、実際の宮澤賢治の実像に比べると、随分明るく軽やかなホームドラマに仕立てていた為か、妹トシとの深い絆の真意(理由)があまり描かれていないような気がしました。なぜ賢治はあれほどまでに妹トシを思い、慕い、彼女の死に接しては、自己の死までを覚悟したのか・・・。その背景を知らずに、宮澤賢治の思考と行動の表層だけ見ても、常人では理解し得ない奇怪なものにしか映らないと感じました。

宮澤賢治は(実は)とても裕福な家で育ちました。けれども父親の商売を嫌悪し、父や家族と対立し、家を出て、あえて家族とは別の宗派に入信し、自ら貧乏な暮らしに身を置きながら、夢や理想ばかりを追い求め、誰からも肯定されない苦しい人生を歩んでいました。けれどもその中で只一人、賢治を信頼し、尊敬し続けたのが、妹トシでした。トシだけは、賢治が入信した宗派に一緒に入り、賢治の書いた童話や詩を褒め、どんな時も賢治の心の支えで在り続けました。そのトシが結核に倒れ、24歳の若さで生涯を終えた時、賢治は真の意味で天涯孤独(宇宙でただ一人)を感じたのだと思います。

妹トシが亡くなった日の朝を描いた「永訣の朝」という賢治の有名な詩があります。この詩を読むともう涙が出て仕方ありません。窓の外は降りしきる雪。今にも息を引き取ろうとする妹トシが、息も絶え絶えに繰り返す「あめゆじゅとてちてけんじゃ」とは、「雨雪(みぞれ)を取ってきてください、賢治兄さん」という意味だそうです。自らの死を目前にして、人生最後のお願いとして、最も信頼する人(兄、賢治)に、自分の最後の食べ物(お椀一杯の雨雪)を頼んだのです。妹トシは、父親でもなく、母親でもなく、「わたくし(賢治)にたのんだのだ」。トシの死を自らの死と捉えていた賢治に対し、トシは「Ora Ora de shitori egumo」と言います。それは、「わたしはわたしで(先に)ひとりいきます」「兄さんは(死なないで)世の為、人の為に、まっすぐ生きてください」というメッセージだったそうです。お椀一杯の雨雪(天上のアイスクリーム)と、この言葉によって、宮澤賢治は(死よりも)生きる希望を見出しました。

「宮澤賢治『永訣の朝』の授業~トシへの約束」(石黒秀昭著)という本を読み、この様な「永訣の朝」の真の意味を理解することが出来ましたが、賢治は、妹トシの死によって、自らの信じる(正しい)道を明るく強く歩み始めたのだと思います。その後、賢治自身が病に倒れ、死を迎えようとした時、最後まで激しく対立していた父親から(初めて)「お前は立派だ」と言われます。賢治は「お父さんにとうとう褒められた」と大変喜び、そのまま息を引き取りました。賢治の人生が最も明るく光り輝いた瞬間だったと思います。宮澤賢治のほとんどの作品は死後になって発表され、有名な「雨ニモマケズ」は、賢治の手帳に書かれたメモの中から発見されました。

私が宮澤賢治に惹かれる理由は、この様な無様で不器用な生き方の一つひとつに在ります。誰にも評価されなくても、デクノボー(木偶の坊)と呼ばれても、自らの信じる道(世の為、人の為)をまっすぐに歩み続ける。涙を流しながらオロオロ歩き、恥ずかしい姿を晒しても構わない。それでも懸命に生きて行く。それこそが本当に美しい生き方なのだろうと思います。これからの時代は、国家や企業や個人のメッキが剝がれて行く時代に成ると思います。いくらカッコ良く繕っていても、必ず正体のバレる時代。人も会社も、カッコ悪くても構わないから、正しい道を歩んで行くことが大事に成ると思います。そのような大きな理想を胸に抱き、今日も一歩一歩、1mmの前進をして行きたいと思います。


※映画「わが心の銀河鉄道」

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宮澤賢治を描いた作品は数多くあると思いますが、今までで一番良かったのは、緒方直人主演の映画「わが心の銀河鉄道」です。賢治の人生を走馬燈のように観ることができます。ほんとうに苦しい人生だったのだなあと感じると同時に、誰よりも真の幸福に近づいた一生だったのではないかと深く感じ入ることが出来ました。それにしても「雨ニモマケズ」は凄い詩です。賢治は「雨ニモマケズ」を作品としてではなく、自らの信条(戒め)として手帳に書き留めました。その詩の最後には、彼の信仰のお題目が記されています。ほんとうのさいわいを求めて生きた一人の人間の凄まじい生き様に、ただ心が震えるのみです。

人類の夜明け

2017年6月23日

東京都議会議員選挙が始まりました。豊洲市場への移転と築地の今後については様々な意見がぶつかり合うと思いますが、これを機に(2020年の東京オリンピックに向けて)良い道筋が見えて来て欲しいと願うところです。「禍いを転じて福と為す」とか「人間万事塞翁が馬」と言いますが、目の前の問題に懸命に取り組んでさえ行けば、きっと新たな智慧が生まれて来るはずです(思わぬ副産物も出て来るかも知れません)。その為にも、私心を捨て、世の中の為を思って、真摯に考え行動して行くしかありません。国政においても、現在多くの問題が露呈しているところですが、国民の生命と安全を守り抜くという大きな道筋を見失わず、1つ1つの課題に向かって真摯に取り組んで行けば、日本の道筋はきっと見えて来ると思います。

一方、近隣国の最近の動向については、大いなる緊張感があります。核ミサイルへの不安があるからです。平成時代があと一年半で終わろうとする中、このまま何とか平和が維持されるよう心から願っています。欧州の混乱、中国やロシアの苦境、米国の激変、世界的テロの多発・・・世界は相当な状況に陥っていると認識できますが、その分(逆に)日本の安定が(あくまで相対的に)際立って来ると感じます。世界が更に混沌へ向かう中、相対的に日本が上昇発展する時代に成るのではないか。同時に狙われる(巻き込まれる)可能性も増えて来るのではないか。確かに多くの問題が山積している日本ですが、世界全体から見れば極めて恵まれている国です。そのことへの感謝の意識を持って、世界の激しい潮流の中で、警戒心を強化しながら、唯一光り輝く黄金の国を築いて行きたいと思います。

話は変わりますが、最近友人から「映画の見方がわかる本」(町山智浩著)という本を貸していただき、大変興味深く読ませていただきました。その中に、スタンリー・キューブリック監督の代表作「2001年宇宙の旅」製作に関わる多くの(裏)情報が書かれていて、(キューブリック・ファンとして)とても面白かったです。映画の冒頭、「人類の夜明け」のシークエンスから400万年後の宇宙へジャンプするシーンで、猿が空高く投げた(武器としての)骨が、宇宙船に変わる有名なカットがあります。その宇宙船(のようなもの)は、人類の進歩と叡智の象徴であり、技術の進化を意味するものだと解釈されていましたが、本当は(そんな美しい意味ではなく)実は「核ミサイル」だったと言うのです。

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キューブリックは今から50年も前に、将来の核保有国の増加と核戦争の発生への警告を鳴らしていた訳です。このシーンには、ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」が流れていたので、まさに人類の平和と進歩が印象付けられていました。でも実際には、「恐怖」の裏返しだったのです。この映画には元々(全編に)ナレーションが付いていたそうですが、最終的には全てがカットされました。ナレーションをあえて無くすことで、映画を意図的に分かりにくくさせたかったからとのこと。つまり、観客を訳の分からない状況に陥らせ、摩訶不思議なマジック体験へ連れ込んだのです。それは確かに成功したと思います。いろいろな解釈が、この映画に新たな生命を吹き込み続けているからです。この本には、他にも多くの映画の面白い裏話が書いてあるので、また今後も感想を書いてみたいと思います。

人類は本当に進歩しているのだろうか。技術は進歩したが、精神は進歩していないのではないか。その結果が今の混沌とした世界ではないか。映画「2001年宇宙の旅」は、最後に新たな人類(スターチャイルド)が誕生して終わりますが、今、私たちは、まさに時代の生まれ変わる瞬間を生きているのではないか。いろいろな場所で、いろいろな事態が発生していますが、それらが「禍いを転じて福と為す」「人間万事塞翁が馬」と成る道筋を見つけて行くことが大事だと思います。そのためにも人類の精神的な進歩が必要と思います。2019年に始まる日本の新天皇の時代、そして2020年の東京オリンピックの開催。このタイミングが単なる偶然とは思えないのです。日本人が真に(精神的に)世界をリードする時代の始まりではないかと感じます。映画「2001年宇宙の旅」(1968年)の製作から来年2018年で50年。これも1つのタイミングかも知れません。

古き日本の風景

2017年6月21日

今年の東京の梅雨は(いつもの梅雨らしくなく)晴れ間の多い天気が続きます。仕事柄、雨が少ないのはとてもありがたいのですが、自然の摂理としては、これも1つの異常気象なのかも知れません。けれども雨の休日もなかなか良いもので、自宅でゆっくり映画鑑賞などは最高の贅沢です。最近は古い日本の映画が面白く、溝口健二作品、成瀬巳喜男作品はもちろんのこと、水上勉原作の「雁の寺」「越前竹人形」の二本もとても良かったです(原作も読み、素晴らしかった)。

古い日本の映画の良さのひとつに、昔の日本の原風景や情緒ある町並みが観られる点があります。昔の東京下町の風景、京都の町並み、旧家の続く小径やお寺、鐘の音、山や川の農村の風景、そして木造の日本家屋。日々の生活や商売のシーンも興味深くて、不思議な懐かしさを感じます。それに何しろ言葉の美しさ。日本語の「音」としての響きの素晴らしさは、まるで西洋のクラシック音楽を聴いているかのように、心地良いものです。決して多くを語らない、寡黙さの中に、美しくも粋な音階を感じます。

古き日本の風景は、今からほんの数十年前と同じ場所なのに、別世界。まるでノスタルジックなワンダーランドです。要はそれ程、日本の高度成長とは物凄い変化だったのでしょう。そのおかげで私たちは便利で快適で長寿の生活(人生)を得ることが出来ました。それはとても素晴らしいことであり、ありがたいことです。けれども一方では、古き良き日本の風景への郷愁も強く残っています。梅雨の休日に観る日本映画が、この忙しい時代を生きる日本人の心のバランスを整えてくれるかも知れません。

古い日本の匂いは(映画だけでなく)小説からも感じ取れます。「雁の寺」の水上勉の小説からは、京都や越前の風景。夏目漱石や永井荷風の小説からは、東京下町の風景を伺い知ることが出来ます。森鴎外からは同じく江戸東京、そして留学地の独逸、有名な「山椒大夫」では裏日本の風景が印象的です。最近、森鴎外の小説を読み返していますが、短編の「高瀬舟」「最後の一句」「舞姫」はやはり素晴らしく、また「杯」という(ほんの8ページ程の)短編の美しさには心から感銘を受けました。言葉だけなのに、透き通るような「映像美」を感じました。

先日、「エレファントカシマシ」という日本のロックバンドの30周年コンサートに行きました。基本的にロックは大の苦手です。でも彼らが鳴らす音響の果てには、古き日本人の情緒(寂しさ、悲しさ、清らかさ、恥ずかしさ、無骨さ、やせ我慢など)や郷愁(ノスタルジア)が聴こえるような気がします。例えば・・・有名ブランドの立ち並ぶ大都会の表通り、そこから一本奥に入った裏道りの一角に、小さな古い団子屋さんが在る。そこの店主は、只々、己自身の最高の団子を作ることにしか興味がなく、世間には背を向け、遊ぶ暇があったら黙々と汗だくになって団子を作り続けている。売るための商品パッケージや宣伝にも無関心。それなのに(本心は)表通りの賑わいへの憧れを抱き、時には嫉妬し、悔し涙を流す。「売れたい」という正直な本音も隠さない。苦労に苦労を重ね、幾度か潰れそうになりながら、必死で乗り越えて来たが、気が付いてみると、表通りの店はほとんどが入れ替わっているのに、自分の店はなぜか30年以上も続いている・・・。この立派な老舗団子屋さんが彼らのイメージ。努力を積み重ね、困難と苦労を乗り越えて行く愚直な姿勢こそに、ある種の(転んだり、よろけたり、オロオロしたりの)恰好悪さも含めて、愛すべき(尊敬すべき)何かが在るように感じるのです。

さて、その30周年コンサートですが「歴史」という曲で始まりました。この歌は森鴎外のことを歌った曲です。ロックで森鴎外を歌うなどという発想は、なかなか無いと思いますが、一人の日本の文豪の「生き様」と「死に様」への憧憬が詠われていて、とても好きな曲です。この歌の歌詞に、「名作『山椒大夫』そして『渋江抽斎』に至って輝きは極限」とあります。この「渋江抽斎」という作品はとても難解の様ですが、鴎外の最高傑作とのことで、いつか挑戦してみたいと思います(※渋江抽斎とは、江戸時代末期の医師・考証家・書誌学者で、森鴎外が歴史小説として発表し、広く世に知られるように成った)。

古き日本の風景と現代の豊かな生活との間には、(戦争を含めた)様々な歴史が流れています。その時代、その瞬間、只々懸命に生き抜いて来た先人達の歩みの積み重ねが、今日の豊かな日本を実現させたに違いありません。ならば今の私たちの歩みの蓄積が、もっと素晴らしい日本の未来を築いても良いハズです。けれども実際には、世間は右往左往の毎日を繰り広げているばかり。だからこそ私たちは、自らの人生の道筋のみに集中し、真摯に、愚直に、懸命に、胸を張って歩んで行くしかないのでしょう。古い日本の映画の登場人物は、皆(悪人も善人も)「今」を懸命に生きています。苦労をしても、無様な恰好でも、自らの道筋を只ひたすら歩んで行くこと。此処に日本人の美の極限を感じます。

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