MARUNIの社長ブログ

上杉謙信を思う

2016年5月21日

三菱自動車が日産自動車の(事実上の)傘下に入ることが決まり、今回の不正問題から端を発した新たな自動車業界の再編が進んでいます。これで日本の大手自動車メーカー2社(日産・三菱)が実質的にルノー(フランス)に支配される構図となり、シャープに続き、日本企業の弱体化が目立つ様になって来ました。けれども実際はルノーの経営も低迷中で、日産が支えているとのこと。本来の企業としての実力がありながら、どうも日本は戦略的に負けてしまう面がある様です。これも日本人的と言えば、その通りなのかも知れません。

日本人は「和」を重んじる国民性なので、そもそも戦い(攻撃)は苦手です。日本の歴史の中で最も人気があるのが戦国時代ですが、日本としては極めて稀な(戦闘的な)時代だったが故に、関心度が高いと言われています。その後の明治以降の戦争も(基本的には)世界の覇権獲得の為と云うよりも、国を守るための防衛的(危機意識)な性格が強く、そうせざるを得ない、やむにやまれず、という面が時代の底流に横たわっていたのではないでしょうか。けれども戦争は戦争ですから、実際の戦場では勝つ為の戦闘行為しか無かったと思います。そして日本は敗戦を迎えました。

私自身、戦国時代をそれ程好きな訳ではないのですが、信長は確かに凄い革命家だったと思いますし、秀吉も相当魅力的な人物だったのでしょう。家康は江戸時代を築いたことで、その後の日本の歴史的な道筋と文化を造ったと思います。その他、実にたくさんの戦国武将がいて、今では人気ランキングなどもありますが、その中で私が密かに興味を覚える人物が、上杉謙信です。上杉謙信は、戦国時代の越後国の武将で、軍神と呼ばれた人物ですが、他の戦国武将、戦国大名とは少し違う性質を持っていたそうです。

あの時代の戦国武将は、自らの領土拡張や天下統一を唯一心に追い求めていました。それが権力の獲得であり、自らの贅沢と安全の担保だったからです。とどのつまりは「野心」「欲」のためです(世の統治による平和の実現という大欲も含まれていたとは思いますが)。けれども上杉謙信は、そのような自らの野心や欲は無く、苦境にある者を救う為の戦いのみに、自らの生命を掛けたと云うのです。つまり「無欲」の人だったのです。

上杉謙信は、衰えていた室町幕府(足利将軍家)を支え、あるいは信濃国を奪われた人々のために強敵・武田信玄と壮絶な戦いを繰り広げました(川中島の合戦)。仮に勝ったとしても自分自身の領土に成らないにも関わらずです。歴史作家の井沢元彦氏の本に、「だが、全国でたった一人だけ領土欲ではなく義(正義)のために戦争をする大名がいた。それが上杉謙信なのである」「謙信は常に利害あるいは損得ではなく、善悪で物事を考える」とありました。これが本当であれば、大変な人物だったと思います。井沢氏は、「武田信玄があと10年長生きしても天下は取れない」とし、一方「謙信があと10年長生きしたら天下を取っただろう」と言う人がいないことが実に不思議であると述べています。

「無欲」「野心がない」「義のため」・・・これ以上に強い(畏しい)存在は無いでしょう。あの織田信長でさえ、もし戦場で謙信に出くわしたら「戦わずに逃げろ」と言っていたそうです。また、「敵に塩を送る」という言葉がありますが、それは、敵対する武田領に塩(生きるために不可欠)が不足していると知った謙信が、人道的な配慮として塩を運んだことから生まれた言葉だそうです。実際に、信玄の死の直後も、謙信は武田領に攻め込みませんでした。にわかに信じがたい話ばかりですが、上杉謙信が子どもの頃から寺に預けられ、そもそも僧侶に成る人物だった事と知ると、そこには常人では計り知れない程の何か、特別な背後の意志を感じさせます。

ところで、上杉謙信には女性説があります。様々な史料から、いくつかの確かな証拠があるとのことです。あのような時代の中で、女性の武将など全く想像はできないのですが、けれども謙信が遺した様々な(極めて異質なる)言動や事実を思うと、確かに辻褄が合う様な気もするのです。信長が「謙信とは戦うな」と命じた件も、信長の(男としての)美学だったのかも知れません。そしてその後の日本は、戦争に負けながらも、世界に大いなる影響力を与える国家に成長して来ました。きっと日本人のどこかに、「無欲」「野心がない」「義のため」という遺伝子が残っていたからだと思います。

日本は今こそ、もう一度日本人の遺伝子をONにして、良い政治、良い経営、良い生活を始めて行く時なのでしょう。今、日本の歴史ある大企業の中で多くの不正問題が発生していますが、私たちは此処で再び、日本の「義」の経営を思い出すべきなのでしょう。戦国時代ならば、確かに上杉謙信のような生き方では、天下を取ることは難しかったと思います。けれども今は、損得から善悪で物事を考える時代に変わりました。ある意味、女性性の時代、母性の時代に成ったとも云えます。ここで、上杉謙信の女性説とも繋がって行くのです。

オバマ米大統領がもうすぐ広島を来訪されます。人と人、国と国が、「義」で結ばれる時代は果たして来るのでしょうか・・・。私は、「義」とは「良心」の事だと思います。あの凄惨なる戦国時代の最中においてさえも、確かに「良心」の世界が在ったのです。この事は、今を生きる私たちにとって、大いなる勇気と成ります。「義」も「良心」も、結局は勇気と共に発露されるものです。日本も、日本人も、勇気を持って、この日々を懸命に生きて行けば、必ず道が拓けて行くと信じます。


明日への記憶

2016年5月 9日

石原慎太郎氏の最新刊「天才」を読みました。昭和の大政治家、田中角栄氏の人生を一人称(「俺」)で語るという異色の作品でした。田中角栄氏が首相に成った頃と云えば、私自身はまだ小学生でしたが、おぼろげながらも記憶は残っています。とにかく「凄い総理大臣だなぁ」と云う印象を持っていたと思います。その後、ロッキード事件で政界から姿を消して行った事も覚えていますが、決して悪人の様には思えませんでした。世の中には、私腹を肥やす為のお金と、志(大欲)を実現させるためのお金とがありますが、田中角栄氏にとってのお金は、(今になって思うと)後者だったように感じます。田中角栄氏は、中国との国交を回復させましたが、米国との関係にヒビを入れてしまいました。そこに(ある種の)大いなる意志が関与したのでしょう。

田中角栄氏は、自らが地方の土建屋として、汗水流して働きました。まさに此処が氏の人生観の原点であると思います。国家とは、現場で汗水流して働いている人々のおかげで成り立っている。華やかな物事の裏側には、泥にまみれて働く人々がいる。此処に真実の労働(仕事)がある。田中角栄氏が唱えた「日本列島改造論」は、脈々と長い年月を経て、確かに新しい日本の建設へ導いたと思います。そこにはきっと大いなる志(大欲)があったのではないでしょうか。けれども同時に、志が高ければ高い程、敵が増えるのも世の常です。そのようにして、本物の政治家はだんだんと少なくなって来ました。今もし、田中角栄氏の様な人物がいたとしたら、東日本大震災の時、そして熊本大地震の時、一体何をしたのだろうと、ふと想像します。熊本のその後は、まだ厳しい状況の様です。心から早期の復旧と復興を祈ります。

ところで、この小説「天才」ですが、田中角栄氏の人生を簡潔に知る上では非常に為に成りました。特に田中角栄氏が愛した二本の映画のことが記述されていたので、とても興味を覚え、その内の一本をDVDで鑑賞しました。「心の旅路」という古い米国映画でした。現代の多くの小説や映画、TVドラマ等で多用されている物語設定として、「記憶の喪失」がありますが、もしかしたらこの映画はその元祖なのかも知れません。戦争で記憶を失った男性と、その彼を救った女性との物語で、最後はハッピーエンドの素晴らしい感動作でした。けれどもなぜ、人間同士の愛情や感動の描く為に、主人公が記憶を失う必要があるのだろうか。ふと、そんな風に思いました。

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多くの映画やドラマの中で描かれる記憶を失った人間は、(大体)物語の最後で記憶が蘇るのですが、そこで衝撃(カタルシス)がやって来ます。自らが記憶を失っている間の全てを思い出し、真実を知ります。そこには只々、あふれる涙と共に、大いなる感謝の念(あるいは大いなる後悔の念)が現れます。何か・・・ここに私たちの人生(生き死に)の根源的かつ普遍的なテーマが隠されている様に感じます。私たちは「大いなる真実」の記憶を忘れて、この日々を生きているのかも知れません。その「大いなる真実」を思い出すこと自体が、我が人生の目的のような気がするのです。同時に、まるで映画の観客が如く、我が姿を(全てを知っている誰かに)観られている様な気もします。このようにして、記憶を失う物語は、人間の潜在意識を震わせるのでしょう。私たちは、その映画やドラマの主人公に自らを投影し、本当は私自身の「大いなる真実(=記憶)」を探しているのではないでしょうか。

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さて最近、大林宣彦監督の映画「野のなななのか」のDVDが発売され、映画館で数回の鑑賞を経て、この度あらためてTVで観ました。この映画は北海道の芦別を舞台とした、過去の戦争の記憶と、人の「生き死に」(輪廻)を描いた独特かつ奇妙な作品です。「なななのか」とは四十九日のこと。人間と死者とが並行世界の中で同時に「生き死に」を繰り返しながら、この世の無常観を現したものです。そしてそこには、決して忘れては成らない戦争の記憶と、決して思い出したくはない心の傷が共存しています。けれども私たち人間は、過去の人生があって「今の人生」を生きているのです。だからこそ、過去の記憶を忘れずに、そこからの教訓を胸にして、今を立派に生きることが大事なのでしょう。その先にきっと素晴らしい日々が待っていると思うからです。

今こそ日本の歴史(過去の記憶)をもう一度振り返り、そこから重大な何かを感じるべき時なのかも知れません。それほど、今と云う時代は歴史的な大転換点に在ると思います。同時に、自分自身の過去の生き様をも振り返り、自らの人生の意味を探りながら、「今を懸命に生きること」に全エネルギーを使って行きたいと思います。そのような日々の歩みの中で、何かきっと大切な記憶(大いなる真実)が蘇って来るかも知れないから・・・。

この度の熊本大地震で被災された多くの方々に心から御見舞を申し上げます。一刻も早く、救援救助、復旧が進むことを心から祈るばかりですが、実際の現場はそれどころでは無いのかも知れません。これだけ大きな余震が続くことは今まで無かったことで、先ずは大地が落ち着くことを祈りたいと思います。被災地では車中泊によるエコノミー症候群が多発しているとのことで、大きな余震が続いている中、自宅に戻れない状況があるのでしょう。体を動かしたり、水を飲んだりと云う普段の日常生活では当たり前のことが出来ない状況ほど、苦しいものは無いのかも知れません。この毎日の普通の生活への感謝と共に、早期に余震が落ち着き、多くの方が安心して自宅へ戻られることを心から祈ります。阪神淡路、東日本、そして九州熊本と、日本列島は常に大きな地震と共存しながらも、それでも必ずや大難を乗り越えて行くはず・・・。熊本への思いを持って、この日々を懸命に生きて行きたいと思います。

この熊本の大地震発生の直後には、南米のエクアドルでも大きな地震がありました。その後の報道によると死者が507人、負傷者は4000人超に上っているそうです。まだ救助の手が届かない場所が多く、被害はさらに拡大すると思われます。日本は昔から地震大国ですから、あらゆる面での地震対策を行ってはいますが、それでも実際に発生すれば、常に想定外の被害や問題が起きてしまいます。まして元々地震の少ない国や地域の場合は、もし震度5以上の地震が発生した場合、街や地域あるいは国家全体が崩壊する危険性もあると思います。今後、大きな地震が日本列島のみならず地球全体に拡大して行く可能性もあるとのことで、熊本とエクアドルの復旧・復興と共に、他の国や地域への拡大が無き様、心から祈りたいと思います。  

実際にこのような場合、私たちは「祈る」ことしか出来ません。でも人間の祈りには、確かに何か大きな力が内在していると感じます。多くの人の祈りの思いが無数の束に成れば、目には見えない大きな力と化して、きっと何かしらの物理的な作用を及ぼすと思います。只そう信じ、祈り続けることで、この日本と云う国はここまでやって来たのでは無いでしょうか。前のブログに書きましたが、「お天道様が観ている」という情緒的発想は、日本人特有の(所謂、宗教とは全く別物の)信仰心、祈りと同意のような気がします。西洋人の云う祈りとは、自身が信仰する宗教の主に向けられたものと思いますが、多くの日本人の場合は、例えばお天道様をはじめ、大自然とか、山々とか、森の木々とか、風とか、空とか、月とか、海とか・・・あるいはご先祖様を含めた(ある種)大いなる抽象的なる大自然、森羅万象に向けた祈りのように感じます。ここは大きな違いです。この自然信仰という意識を、日本人は(特に誰にも教わらずに)生まれつき、心の中に宿しているのではないか・・・。

この日本人特有の祈りの根源は、やはり「感謝の心」ではないかと思います。日本人は(漠然とした感覚だと思いますが)「生かされている」と云う発想を(心のどこかで)認識しているのだと思います。その思いが、自分以外の全ての象徴たる大自然やご先祖様へ向けての「ありがたいなあ」という心境を醸造しているのでしょう。そのような日本人的遺伝子の(過去から現在に渡る)無数の束の蓄積が、今の日本国を造っているのではないでしょうか。映画「男はつらいよ」の第39作目「寅次郎物語」では、寅さんが、甥の満男の「人間は何のために生きてんのかな」という問いに対し、「生まれてきてよかったなって思うこと、何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのかな」と答えます。本当にそうだと思います。阪神淡路大震災、東日本大震災、そして今回の熊本大地震で被災された方々も、そして日々の生活の中で個人的絶望に苦しんでいる人も、きっと「生まれて来てよかったな」と思える日が来ることを信じて、この日々を懸命に生きているのだと思います。どんなに辛くても、朝が来れば、空にお天道様がちゃんとある。そのお日さまに向かって、そっと手を合わせる。その美しい姿を、この大自然(森羅万象)は必ず見てくださっている。そう信じます。

今回の九州の大地震の震源が(長期的に)日本列島を北上する可能性があると言われています。また火山の噴火にも連動すると思われます。あらためて日々の防災意識と共に、この我が身が(今日も)生かしていただいていることに心から感謝し、心の底から「ありがたいなあ」と思える日々を(自らの力で)創造して行きたいと思います。

「パナマ文書」なる告発が世界を揺るがしていますが、要は世界の政治家や富裕層が無数のペーパーカンパニーを利用して、租税の回避を行っているとのこと。おそらく日本人もいるのでしょう。その一方で、先日初来日した「世界一貧しい大統領」として有名なウルグアイのムヒカ前大統領は、自らの報酬の9割を寄付しているそうです(報酬自体もささやかな額の様です)。この違いは(文字通り)「天地」の差でしょう。そのムヒカ氏が、あまりにも西洋化し過ぎた現在の日本の姿を観て嘆いたと聞きました。恥ずかしながら、確かにそうかも知れません。かつての日本人は、善い事、悪い事の分別を、西洋人の様な「法律」「解釈」「理屈」を超えた、「天」の視座・視点で判断していたと思うからです。それはある意味、情緒的な感性によるもので、「お天道様が見ているよ」の一言で、「よし、分かった」となる種類だったように感じます。

今回のパナマ文書の問題にしても、おそらく極めて精妙な精度で法律の目を掻い潜っているはずです。それくらいの知恵は使っているでしょう。でも問題はそういうことではなく、大切な税金を納めることを(節税を遥かに超えるレベルで)意図的に回避しようとする、その精神、「人間性」が問われているのではないでしょうか。仮に法的にはセーフであっても、「そんなみっともない事、できるか」という情緒がそこには不在なのです。このような西洋的思考による社会は、これからきっと崩れて行くと思います(既に崩れていますが)。同時に、明治維新以降、日本に深く根付いて来た西洋的な面も徐々に崩れながら、日本古来の元点、「情緒」ある文化が再浮上して来ると思います。それはきっと、とても良いことです。

税金とは国民としての義務ですが、その国を経由して、大地、天地自然への奉納(感謝)でもあります。この国土、社会、制度、文化が無ければ、私たちは日々の生活を行うことは出来ません。自国に対する様々な不平や不満があるとしても、そのような基本的精神が根底に無ければ成らないと思います。なぜかと言うと、「お天道様が観ているから」です。まさに情緒的な理由です。でも、その一言で「そうだな」と成るのが、かつての美しい日本人の姿だったのではないでしょうか。ムヒカさんはきっとそこを観たのだと思います。「私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです」というムヒカさんの言葉が胸に突き刺さります。

先日、米国の外相が広島の平和公園を訪れ、原爆資料館を見学後、原爆慰霊碑に献花を行い、その後(予定にはなかった)原爆ドームまで視察しました。当然、日米両国の政治的な意図がある訳ですが、それでも素直に嬉しく感じました。過去の歴史的な背景が在る故、明確な謝罪の言葉は無くても、それでも現地で献花をし、その花輪の置き方を一寸(戻って)直す動作をした所作の中に、ほんの一縷の情感、情緒を感じました。ただそれだけの事ですが、そこに小さな感動を覚えたのです。今後もし、本当に現職大統領が来るとなれば、両国にとって大きな一歩に成るでしょう。その行為の事実はきっと原爆で亡くなった方々の魂まで届くと思います。つくづく日本人の「水に流す」という特異な習性は、世界的にも稀なる不思議現象と思いますが、けれどもその日本人的な「情緒」という感性に、いつかきっと世界が敬意(畏れ)を表する時が来ると思います。

ところで、この「情緒」と云う言葉は、世界的な天才数学者である岡潔さんの本(「情緒と日本人」「人間の建設」等)を読んで、深く心に刻まれました。日本人の数学の大家が、なぜ「論理」とは真反対の「情緒」を言うのかと驚きましたが、岡潔氏にとっては、それが全く自然なことのようです。つまり、「数」の探求によって、この世界が全て数字で表現されていることを知り、その数字を完全に理解することで、大自然(宇宙)の本質が分かったのかも知れません。その大自然(宇宙)を司る存在こそが(まさに)情緒だったと云うのでしょうか・・・。語られる言葉がとても平易な分、非常に哲学的です。

また、岡潔氏の発言の中でとても興味深いものがありました。西洋の指揮者が目を閉じて大きく手を動かしている姿を観て、「目を閉じて、むやみに体を動かしている。これでは奈落の底へ落ちる」と。そして「日本人は体を動かさずに、じっと坐り、目を開いて、何もしないことだ。日本人がこの役割をやらなければ誰もやらない(やれない)」と。つまり、「眠ったまま、体だけを動かしている人類」から、「目を覚まし、思考を動かす人類」に変われと言う意味ではないかと思います。ここで指揮者の例が出て来たのですが、確かに本当に超一流の指揮者は、ほとんど動かないと言われています。実際、何もしていないようにすら見えると。ところが、ほんの小さな指揮棒の動き一つで、オーケストラがその瞬間に劇的な大音響を発生するのです。「指揮者は汗をかくべきではない。聴衆を暖かくすることだ」と言われますが、そこには「覚醒」と「静止」の巨大エネルギーが内在していると想像します。

さて情緒と云えば、(最近お気に入りの)寅さんですね。寅さんは地道な仕事には付かず、いつも勝手気ままな旅をしているので、確かに(一見)駄目人間のように見えますが、けれども実は、誰にも真似できない物凄い「啖呵売(たんかばい)」の技量があり、日本全国どこに行っても、露店で物を売ることが出来、自力で日々の生活費を稼ぐ力を持っているのです。これは普通の人には絶対に出来ないことです。また(意外と)筆まめで、旅先からよく葉書を出します。内容は反省と後悔が多いですね。自分がお金を持っていないのに、「釣りはいらねえよ」とも言います。あるいは「これで飴玉でも買ってやれ」とか言いながら、困っている人にすぐお金を差し上げます。でも必ずその後、自分の財布の中を確認して「しまった~」となるのです。寅さんは、知人が亡くなったと聞けば、お香典を届けに走ります。病気になったと聞けばお見舞いを、良い事があったと聞けばお祝いを渡しに出掛けて行きます。全て自分の財布から、なけなしのお札を出して、しわを伸ばし、袋に入れて、飛んで渡しに行きます。自分事を後にする・・・。これもひとつの日本人的な情緒だったのかも知れません。

先日、毎年春に行う「箱根社員研修」に行きました。二日目の朝、夜明けとともに部屋の窓には箱根の山々の尾根の姿が映り始め、そして空には暖かいお日さまが昇り、次第に可愛い鳥たちの声が聞こえて来ました。毎日、東京の喧騒の中にいると、このような自然の息吹を感じるだけで心の中が浄化されて行く様です。けれども本当はどんな環境に生きようとも、心の中に「情緒」なるものを宿すことで、日々心清らかに暮らせるのではないでしょうか。「お天道様が観ている」と云う思いを決して忘れずに、この日々を(目を覚まして)懸命に生きて行くこと。きっと私たち日本人には、そういう暮らしが一番似合っていると思います。


未来への情緒

2016年3月29日

ベルギーのブリュッセルで連続テロ事件が発生しましたが、今度はパキスタンでも大規模なテロが発生。現在のヨーロッパから中東、南アジア地域は非常に不安定な状態だと思います。特に(今後は)日本からヨーロッパへの旅行者が減少するのではないでしょうか。そのようにして考えて見ると、世界広しと云えども、安心して行ける国や地域がどんどん狭まって来ている様に感じます。日本の場合は(ここ数年)海外からの来日観光客が急増していますが、間違いなく「安心・安全」も大きな要素になっているはずです。2020年オリンピックが東京に決まった理由の中にも、そのような面が多分に在ったのでしょう。

けれどもこのままの世界情勢が続くとなると、今後のオリンピックの開催地決定は非常に難しい課題に成って来るのではないでしょうか。日本としては、先ずは2020年の東京オリンピックを無事に終了させなければ成りません。そういう意味では、今回のオリンピック開催によって、首都東京の防衛インフラが(図らずも)整備されることと成り、それはそれで一つの幸運と呼ぶべきなのでしょう。物事に偶然は無いのだから・・・。

それでも日本と云う国が盤石と云う訳では決して無く、常に様々な大きな課題を抱えています。特に今の子ども達を取り巻く環境に対しては一抹の不安を覚えます。イジメ、虐待、誘拐、自殺、待機児童問題・・・。戦後の経済成長と共に生じて来た様々な弊害が大きな塊となって、未来の子どもたちの行く手を阻んでいるかの様に見えます。けれどもこれらの重大な問題の数々も、他国の実態に比べれば(まだまだ)素晴らしい状況であることも同時に認識しなければ成りません。

そもそもこの世の社会とは、全てが完璧にまとまることは無いはずです。1つが成り立てば、1つは我慢しなければならない。その連続です。人の人生も同様で、全てが完璧に恵まれた状態は決して訪れないでしょう。必ずどこかで解決すべき課題が発生するからです。むしろ人生とは、自らの課題を解決する為の大舞台(ステージ)であり、課題(問題)無き人生は、生ける屍と同意であり、全く無意味(無駄)な人生でしょう。国家も同様で、次から次へとやってくる課題に向き合っていく為に存在しています。日本の場合も、重大な課題との闘いの日々ですが、それでも他国よりも安全で安心な国家です。そのことへの深い感謝を忘れてはいけないと思います。その上で起きている問題を共に共有し、共に解決をしていくことが大切だと思います。

今、大人達が子ども達に教えるべき事は、他殺も自殺も等しく殺人(罪)であるということではないでしょうか。また、他人を傷つけることも自分を傷つけることも等しくイジメ(罪)ではないかと。他人の命も自分の命も全く同じ、天から授かった大切な宝物(預りもの)です。この与えられた生命を何よりも大事にすること。(他人のであろうと、自分のであろうと)ひとつの生命を傷つけた罪を償うとは、(法的な意味だけでなく)本当に大変なことだと思います。このような道徳的な観点から、物事の本質や厳しさを教えて行くことが大事だと思います。そこから子ども達の本来の「生きる力」が本領発揮するのではないでしょうか。

最近、俳人、尾崎放哉に関する小説(「海も暮れきる」吉村昭 著)を読み終えました。尾崎放哉とは、種田山頭火と並ぶ自由律俳句の俳人で、かなりのエリートでありながら、突然、その安定した職と生活を全て捨て、妻とも別れ、最後は小豆島の庵寺で孤独な病死を遂げました。酒癖が悪く、自分の体をイジメ抜いた人だと思います。有名な句は、「咳をしても一人」です。彼の人生の末路において、病気で体が全く動かなくなっても、それでも尚生きようとする強烈な苦しみと痛みの中で、かつて自らが傷つけた我が生命の最後の光を観たのだと思います。そこには只、後悔と懺悔しかなかったのではないでしょうか。本当に壮絶な死だった様です。人間は、仮に人からイジメられても、自分までが自分自身の生命をイジメてはいけないと思います。人様がちゃんと叱咤、罵倒してくださるのだから、自分だけは自分自身の生命を優しく守るべきです。

実は、尾崎放哉の本を読むきっかけは、渥美清さんが尾崎放哉を演じることを夢見ていたと知ったからです。渥美清さんも尾崎放哉も、同じく結核を患っており、渥美さんは「自分は、結核の人の咳ができます」と話していたそうです。孤独な俳人でもある渥美清さんの人間としての凄みが此処に見えてきます。最近の新聞に、寅さんの舞台である柴又が、「重要文化的景観に申請される」とありました。あの下町情緒を守る為とのこと。とても嬉しいことです。この「情緒」という言葉、大好きです。今の時代、この情緒が失われて来たのではないでしょうか。その事と子ども達の抱える不安感は、決して無関係では無いと思います。

今の子ども達に「情緒」という感性は残っているのでしょうか。先日、都電荒川線に乗りました。未だに東京に路面電車があることが素晴らしいと思います。この小さな電車が古い家々の軒の間をゴトゴトと走り行く風景には、ノスタルジア、懐かしさ、そして風流を感じます。ほっとします。もしかしたら、今の子ども達には、この「ほっとする」という感覚が無いのかも知れません。最近の住宅販売で、高尾山の近くの大規模マンションが完売したそうです。そこには「ほっとしたい」現代人の渇望が見え隠れします。逆に言うと、自然、懐かしさ、ノスタルジア、風流さという感性自体を感じられない日本人が増えて来ることが、一番の恐怖です。日本の町並みの中に情緒を取り戻して行く努力が、未来の子ども達の心を守る道のひとつかも知れません。

日本人の情緒の源流と云えば、例えば、仏壇(御先祖様)へ手を合わせたり、太陽(大自然)へ手を合わせたり、神社やお寺へ手を合わせることでしょう。これは信仰と云うよりも、ある種の文化であり道徳です。郷土愛や国を愛する心も同じ源流でしょう。また日本人は、虫の音、風の音、波の音、雪の降る音等の自然界の(微細な)振動エネルギーを感じるだけで、自らの魂を震わすことが出来ます(これも情緒だと思います)。西洋の場合は、それに代わる振動エネルギーとして、クラシック音楽が開発されたのだと思います。これは(ある種の)霊媒としての大作曲家(バッハ、ハイドン、モーツァルト・・・)を経由して、天から降りて来た振動エネルギーを音化させたものでしょう。日本と西洋との違いがありますが、音から感情を感じられるのは、同じく「情緒」だと思います。秋の夜長の虫の音に、情緒(特別な感情)を感じられる日本人のオリジナルな感性こそを、大事に継承して行きたいものです。情緒ある国柄は、きっといつまでも安心で安全で守られて行くと思います。

政治、企業、芸能、スポーツ等のあらゆる分野で、様々な形の不正や違反、ミスやトラブルが露呈している昨今ですが、同時にその事象に対する「必要以上の」社会的干渉にも、何か妙な違和感を覚えます。自らが犯した罪やミスは、いつか必ず(「因果応報の法則」により数倍に成って)本人に跳ね返って来るのであれば、もうそれで良いのではないでしょうか。それよりも何も、人を批判できる自分自身なのかどうかが問題です。この毎日を全て「善」で生きている人など、そうはいないでしょう。大なり小なり、人や社会に迷惑を掛けながら、その反省の繰り返しです。仮に、社会を揺るがす程の大きな罪は無くとも、日々の生活の中で、(例えば)ゴミを落としてしまったとか、こぼした水を拭くのを忘れてしまったとか、ついあの人に嫌なことを言ってしまったとか、そう云うホンの小さな「微悪」までを含めれば、やっぱり自分は完全な善人ではないと感じます。みんな等しく、反省の身です。

前回のブログで寅さんのことを書きましたが、映画「男はつらいよ」のエンディングでは、必ず(旅先からの)寅さんの葉書が届き、そこには毎回「今はただ、後悔と反省の日々・・・」と書かれています。確かに寅さんの場合は「その通り!」と思いますが、私もたいして変わりません・・・。寅さんのように、心から素直に、「ありのままの恥ずかしい自分自身」を観ることが出来れば、日々一歩一歩、明日を信じて、前へ向かって歩いて行けるのだと思います。その歩く道とは、決して誰かとの競争では無く、自分自身(良心)との対話の道だと思います。誰かに追い抜かれても、誰かを追い抜いても、それは自身の人生とは無関係な現象でしょう。単なる風景の一つに過ぎないのかも知れません。皆それぞれ歩く目的が違うからです。只、他者の歩き方(生き方)を見て、学ぶことは大事だと思います。最近の建設業界では、大手ゼネコンによる施工不良問題がいくつか明らかに成りましたが、そこから自社の品質管理の点検と確認を行うことが本線であり、他社を批判する必要はありません。

最近、『お遍路が一列に行く虹の中』という俳句を知りました。とても美しくて、神々しくて、清らかな句だと思います。実はこの句の作者は、渥美清さんです。寅さん演じる俳優、渥美清さんの素顔は、知れば知る程ミステリアスです。決して自らを語らず、人と群れず、孤独や芸術を愛し、そして誰にも知らせずに死んで行きました・・・。その彼の唯一の趣味が俳句だったそうで、小さな(素人の)句会に真面目に顔を出し、一人離れた部屋の向こう側で、静かに空を見つめながら、沈思黙考していたそうです。句会の後の食事会にも出ず、いつもさっと姿を消していました。寅さんとは違う様な、否、寅さんのような・・・。ちなみに俳号は「風天(フーテン)」でした。

野山の道を、お遍路が一列に行く風景は、一人ひとりが前を向いて、我が人生(道)を歩み続ける姿に思えます。一人ひとりの人間としての差など無く、人生を歩むという一点において、皆同じ。その人々の一列の白い線が、神々しい七色の虹の中へ入って行く・・・。本当に明るくて、色鮮やかで、けれども心静かな余韻を覚えます。世の中が騒がしい時代だからこそ、私たちは観るべき視点を「外側への干渉」から「内側への観照」へと切り替え、この美しき一列の中の一人に(そっと)加わりたいと願うのです。冷たい雨が上がり、その先に映る「虹の中」に入れば、きっと素晴らしい天上の音楽が聞こえていることでしょう。私の脳内では、モーツァルトのシンフォニーがキラキラと鳴っています。


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※モーツァルト: 交響曲第36番「リンツ」、 第38番「プラハ」、 第40番、
第41番「ジュピター」
シューリヒト指揮/パリ・オペラ座管弦楽団(SACD)

私がモーツァルトで一番好きなのは交響曲ですが、特に後期6大シンフォニーは本当に最高です。先日、シューリヒト指揮の超名盤がSACDで出たので、買って聴いてみましたが、本当にモーツァルトの音楽が「今この瞬間に!」生まれたかの様な感動と、降り注ぐ光の束を感じることが出来ました。録音は1961年~64年ですので、もう50年以上も昔ですが、やはり本物はいつまでも残り続けるのですね。他の演奏ではワルター、クリップス、ベーム、C・ディヴィスも好きですが、同じく古い録音ばかりです。会社も50年以上、100年以上永続することによって「本物」に成ると思います。そして丸二はまだ62歳。まだまだ先は長いですが、100年企業を目指して、「丸二の道」を歩んで行きます。

3月に入り、春の声が聞こえて来ましたが、あと数日で東日本大震災から丸5年を迎えます。今年の3月11日は、5年前と同じ金曜日・・・。当日は、心静かに「あの日」のことを思い出し、あらためて亡くなられた方々への追悼の意を(心中で)表したいと思います。今の私たちに出来る事と云えば、ただ思い出すことしかありません。被災地においては(いろいろな事情で)なかなか復興が進まない状況もありますが、それでも前へ進んで行くしか無い。2011年3月11日以降、私たち日本人の全体意識は、確かに進化向上の兆しを見せているはずです。

それは円高によっても表現されていると思います。国の通貨が買われるということは、その国(国民)への信頼と尊敬を意味します。日本の経済面から言えば、円高は大いに困ることですが、他国から信頼され、尊敬される国柄を持つ国は、自ら率先して苦労を背負込む宿命に在るのかも知れません。今は国の意図的な政策によって、その流れを食い止めようとしていますが、やはり自然の力には勝てず、現在の時間的猶予に感謝しつつ、いずれは円高の日本を受容し、(今までとは違う)新たなる繁栄への狼煙を上げ、そして世界を(精神的に)支えて行かなければ成らないでしょう。日本にはそれだけの責任が生じて来たのだと思います。日本人の精神性が円高(日本高)を生み出していると思います。


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さて、前回のブログで、「男はつらいよ」の寅さんについて書きましたが、いくつもの寅さんの物語を観て行く内に、「車寅次郎という人物は確かに存在していた」という錯覚に見舞われます。同時に、彼を演じる渥美清さんという人物への興味も湧いてきました。渥美清さんは、寅さん同様、人情味とユーモアのあふれる方でしたが、非常に勉強家、読書家であり、決して多くを語らず、世間とは一線を画し、極めて質素な生活をされていたとのことです。友人関係も決して広く無く、山田洋次監督ですら、彼の自宅の場所や連絡先も知らなかったそうです。

映画、演劇、美術、俳句に精通し、藤山寛美を尊敬し、自身の映画が公開された際は、各地域の映画館へ(自分でチケットを買って)行き、お客様の反応を確かめたそうです。実際に、都心の映画館と浅草の映画館とでは、観客の反応が全く違ったそうです。寅さんの名セリフに、「てめぇ、さしずめインテリだな!」とありますが、実は渥美清さん自身が相当なインテリだったのですね。そして孤高の人でした。彼は、寅さんとして生きることに苦痛を感じていました・・・。

渥美清さんは、若い時に肺を患い、片方を全摘出しました。そして68歳で、肺癌で亡くなりました。最後の数本はとても出演できる状態ではなかったそうですが、松竹の看板映画を止める訳に行かず、癌が転移した体で撮影に臨み、48作目完成の半年後に亡くなりました。彼は死期が近づくにつれ、「魂は永遠なのか」と近しい友人に問い続けたそうです。その友人は「魂は永遠ですよ」と返すと、「本当か。証拠はあるか」と真顔で追求したそうです。寅さんとして生きた我が人生の先に、また新たなる別の人生への希望を観たのかも知れません。

ある本では、寅さんとイエス・キリストの共通点を挙げ、寅さんを神的な存在として解説していました。渥美清さんも、寅さんと一緒に人生(日本全国津々浦々)を歩きながら、真理探究の旅を続けていたのかも知れません。何本目かの映画の中で、帝釈天の御前様(笠智衆)が「仏様は愚者を愛する。だから寅は愛されておる」というようなセリフを発していました。愚者とは、心に全く汚れが無い、純粋で、清らかで、無垢な人のことだと思います。渥美清さんの心の中にいた寅さんが、渥美清さん自身の人生を導いたのだと感じます。

このようにして渥美清さんのことを知れば知る程、映画「男はつらいよ」は単なる娯楽作品ではなく、それとは全く別物(畏怖すべきもの)と感じます。天が渥美清さんの体を借りて、山田洋次監督に撮らせたのではないか・・・。もしそうでなければ48作も続くはずがありません。寅さんがもう少し長く生きて、5年前の東日本大震災を目にしたら、何をしたでしょうか。きっとお天道様に手を合わせ、一人ひとりの幸せを祈りつつ、面白い事を言ながら、みんなを笑わせ、けれども自分だけは孤独であり続けようとしたでしょう。まさに日本人の美学、此処に在り。これが美しい日本の姿です。どうか今の若い人にも寅さんを観て欲しいなぁ。


然るべき意志

2016年2月27日

今年も早2カ月が過ぎましたが、あらゆる分野で、非常に大きな出来事が連続して発生しており、まさに人々の脳内の処理能力が追い付かない状況に在ると思います。時間のスピードがぐんぐん加速中のため、今までの一年がまるで一カ月に濃縮されて来た位の感覚です。私たちの処理能力が追い付かず、1つ1つの事柄に対する一定の評価ができないままに、また次の出来事が重なって来るので、確かに意思決定が難しい時代になって来たのでしょう。けれどもそれは、モノ凄いスピードで車窓を流れゆく目先の風景を追っている為であり、もっと先の彼方後方に在る山々や空、太陽や月、夜空の星々へと視線を上げれば、その動きはまるで静止しているかのごとく、ゆったりとしています。要は、大きな流れの方向性さえ解かれば、列車のスピードがぐんぐん増しても、行くべき道に迷いは生じないはずです。やはり人生で最も大切なことは、遠い彼方に在る大きな山々を見て、今(此処)を真剣に生き抜くことでは無いでしょうか。

現状は、人間(人類)のあらゆる所業に対する天(自然界)の意志であり、そのことが腹に落ちさえすれば、実は時代の流れは極めてシンプルで明瞭なのかも知れません。否むしろ、迷いからの解放のし易い時代であるのかも知れません。宮澤賢治の童話は、日々の生活(日常)と宇宙空間が混然一体と成って存在していました。徳川家康が、「江戸」と云う長きに渡る平和なる世界の礎を築くことができたのも、何かきっと(実際の)目には見えない大きな山々(宇宙感)を「観た」からではないかと想像します。心理学者のアドラーの云う最終結論とは、「幸福とは、共同体感覚を持つこと」だそうです。人間は広い世界の一部であり、一体である。その広い世界とは、「宇宙」である。家族、地域、会社、国家という小さな共同体の中で(仮に)苦しくても(嫌われても)、全ての人間は(より大きな)この広い宇宙の中に存在しており(優しく包まれており)、その宇宙の一部として、宇宙と完璧な共同体を形成している。その感覚(=感性)を持つことができれば、人間は誰もが(一瞬で)幸福感で満たされると。

今こそ、「大きすぎて分からない」「広すぎて分からない」「見えないから無い」「聞こえないから無い」を、積極的に「分かる(解かる)」「分かろう(解かろう)とする」への自己変換に努力することが、このモノ凄いスピードの時代にとって、一番大切な意識の持ち方ではないかと思います。そう成れば、モノ凄いスピードで車窓を流れゆく風景の先に観える、遠い彼方の「富士の山」だけが目に映るでしょう。先日、伊豆へ行く列車の中から見事な富士山を目にしました。富士山は、いつも(当たり前ですが)富士山のままです。あの美しく均整のとれた完璧なスタイルは、一体誰がデザインしたのでしょうか。所謂「自然に」「偶然に」完成したのでしょうか。もしそうであるとしたら、「自然」「偶然」とは、まさに「然るべき意志」を持った存在に違いありません。その然るべき意志をもった存在は、宇宙全体に在りて、此処にも在り、自身の心中にも在るのでしょう。そして当然、建物の建設現場にもあると考えます。

私たち丸二では、現場を(ある種の)「神聖な場」として捉えています。日々(心中で)一礼をして入る心構えを大切にしています。実際に土地や建物には、その場特有の「然るべき意志」が在るように感じられます。その「然るべき意志」に対し、きちんと御挨拶をして、日々の工事作業をさせていただくという思いが大切だと考えるのです。それは、車窓から遠い山々を観ることと同じような気がします。実際に目の前で起こる工事自体の現象の向こう側に、きっと何か不動の大切なものが在ると感じられるからです。それは、住む人の健康や幸福を願う気持ちだったり、元々自然界からできている建材への感謝だったり、そして、その土地や建物に宿る「然るべき意志」への敬意だったりします。要は、姿かたちの無いものです。でも、そういう意識を持つのと持たないのとでは、天地の違いが在るように感じます。私たちは、この過ぎゆく日々の中で、常に遠い不動の山々を観る心眼をもち、このスピード時代をゆっくりと歩んで行きたいと思います。


※寅さん

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最近、映画「男はつらいよ」全48作の中から、数本の名作をDVDで鑑賞していますが、本当に何回見ても面白いものです。お話の展開は水戸黄門と同じで、基本的にいつも同じ雛形ですが、きっとそれが良いのでしょう。寅さん(渥美清)は(毎回)日本全国津々浦々を旅しながら、出会いと別れを繰り返しつつも、必ず故郷の葛飾柴又へ帰って来ます。その柴又には帝釈天(題経寺)があります。題経寺の御前様(笠智衆)も、寅さんが好きみたいです。柴又の日々の暮らし(生活・家族)と旅(人生・一期一会)と帝釈天(神仏)が、この物語を構成する全てです。そこには日本人の美徳である苦労と努力が滲み出ています。同時に、その物語を懸命に生きる人々の姿を(微笑みながら)眺めている「然るべき意志」が見え隠れします。そして思うのです。私も、私自身の物語の中を、こうして確かに生きているのだと。

温暖化の影響で温かいお正月でしたが、その後は急激な寒気がやって来ました。地球をめぐる環境の変化については、一方では「温暖化ではなく寒冷化」という説もあり、複雑な要素や情報が絡み合いながらも、いずれにしても悪化の道を辿っていると感じます。米国がシェールガスによって世界最大の産油国に成りましたが、原油価格が下落して行けば採算は合わなく成り、そして何よりも、大地に眠る埋蔵資源を採掘し続けて行くことが地球環境の悪化にさらなる拍車を掛けて行くでしょう。米国が産油国になったことで中東への関与が薄らぐ中、ロシアの影響力が増しています。これに中国が加わり、3つの大国による新たな覇権争い始まっています。その三国の共通の問題は、やはり経済(お金)だと思います。

3つの大国とも経済の先行きに大きな不安があると思います。もちろん日本も同様です。けれども今までのような小手先の修正レベルではもう大きな方向転換は難しいでしょう。大国や独裁国は力(軍事力)で事態を変えようとする可能性があります。日本はその想定の上で、防衛強化を図っている最中とは思いますが、日本が自ら軍事力を行使することは有り得ず(そう信じます)、では日本は何をもって自らこの現状を打開していくのか。当然、景気回復による経済の再生に成ると思いますが(遂に「マイナス金利」という奇策までも飛び出しました)、そもそも日本の経済力の源は何かというと、やはり「ものづくり」であり、「おもてなし」であり、結局のところ、「人」にあると思います。

NHKの「100分de名著」という本の紹介番組をよく見ますが、先月の「代表的日本人(内村鑑三:著)」はとても興味深かったです。内村鑑三という明治を生きた日本人のことを全く知らず、最初は(所謂)伝記ものかなと思ったのですが、全然違いました。この本では、代表的な日本人として、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人を挙げているのですが、その紹介の視点が非常に面白く感じたのです。著者である内村鑑三は、キリスト教徒の思想家で、そういう(ある種の)信仰心、もしくは霊性という面から、この有名な5人を語っていたのです。

キリスト教徒である一人の日本人が、別の宗教観を持つ日本人に対し、心からの敬意と尊敬の眼差しで、その「人物像」を書いています。内村鑑三もキリスト教徒とは云え、教会はいらない、教義もいらないという異端な考え方を持ち、そういう意味では、八百万の神や大自然を信仰する日本神道の考えに近かったのではないかと感じます。その内村鑑三が、この5人の素晴らしい日本人について書きました。何を書いたのかと言うと、偉人伝ではなく、「天」についてです。例えば、西郷隆盛は天の声を聞き、天の命に従い、維新を成し遂げたという話です。西郷隆盛は、ひとの家を訪ねても、中の方へ声を掛けず、入り口に立ったまま、誰かが偶然出て来るのを待っていたそうです。また、靴を無くし、裸足で歩いていた時に、不審者として扱われた際も、自分が怪しい者でないことを証明してくれる人が、ここを通るのを待っていたそうです。このような西郷隆盛は、自分の欲ではなく、天の命によって生き、死んだのでしょう。この本の最後は日蓮の話ですが、まさに日蓮もそのようにして己を捨てた人生そのものだったと思います。この本は(実は)原書は英語で書かれたもので、私たちが読んでいるのは、日本語訳されたものです。つまり内村鑑三は、世界の人々に、あるいは世界のキリスト教の人々に、日本人のことを、そして日本人の知る「天」の存在を伝えたかったのではないでしょうか。

日本人の心の中に、天の概念は、今でも確かに生き続けていると思います。ただ、明治維新以降の物質文明への加速が、その天の意識を隠そうとしていたのかも知れません(西郷隆盛の危惧はここに在ったのでしょう)。けれども、今こうして世の中が大きく荒廃してくると、あらためて私たちの心の中から、何かが蘇ってくる(思い出してくる)気がするのです。日本人の本来持つ霊性が再び目覚め始めれば、また新たな智慧や技術が生まれ、天の命ずる新たな経済が発生すると思うのです。内村鑑三は、キリスト教徒という信仰の人でありながら、しっかりと「お金は大事」と明言しています。つまり、経済(お金)と道徳(天)を分けなかったのです。そしてこの5人の日本人も、誠実に経済(や政治)活動を行うと同時に、天の声に従い、自らの霊性を磨いていたのでしょう。

これからの日本や社会に必要なのは、まさにこのような価値観だと思います。経済と道徳を分けない。道徳的に生きながら、経済を高めて行く。今までは経済優先で、道徳は後回しでした。地球環境がどうなろうと構わない。お金のためなら法を犯す、嘘を言う、相手を蹴落とす。この結果が今の世の中です。けれどもこれからは、「経済と道徳を分けない」時代が始まろうとしています。だから日本人の出番なのです。きっと、天の声に一番近いのが日本のような気がして仕方ありません。番組内でこの本の解説を行っていた批評家の若松英輔氏のお話はとても分かりやすく、大変心を打ちました。内村鑑三も若松英輔氏も、早くにして妻を亡くしたそうです。その悲しみの果てに、「天」が見えたに違いありません。

芸術と道標

2016年1月20日

昨年の暮れに、NHKの「新・映像の世紀(第3集)~時代は独裁者を求めた」を見て、あらためて戦争の悲惨さと愚かさに恐怖しました。同時に、あの時代、民衆が独裁者を求めざるを得ない程、世界が異常な空気に包まれていたことにも感じ入りました。今の平和な日本に生きる身としては、本当の意味でその実感を持つことは出来ないと思います。けれども、私たち人間には想像する力があります。過去から学び、想像力をもち、二度とあのような時代に戻らないことを決心する以外ありません。日本も苦しい戦争の時代を経て、やっと平和な道を歩み始めたばかりです。この道を歩いて行きたいと思います。

番組の中で、ヒトラーがアメリカの自動車王であるフォード氏の本を読み、激しく心酔していたことを知りました。そのフォード氏が反ユダヤ主義であったことが、実はヒトラーのその後に大いに影響を与えたと言うのです。もしそうであるならば、仮にフォード氏が反ユダヤ主義ではなかったとしたら・・・と、思わずにはいられません。そしてフォード氏もナチス政権を支持しました。ヒトラーはポルシェ氏と共に自動車開発を始め、民衆が乗れる車の普及のためにフォルクスワーゲン社を造り、以後、様々な技術革新に力を入れました。大陸間弾道ロケット等の開発も世界に先行しました。そしてこれらの技術は、ドイツ敗戦後、米ソに奪われて行ったのです。

言うまでも無く、ヒトラーは選挙によって国民に選ばれ、正式な手続きによって首相となり、議会によって「全権委任法」を成立し、合法的に独裁を手にしました。このことは未だに信じがたい事実です。その結果が、第二次世界大戦とユダヤ人迫害へと向かいます。彼には何か集団催眠的な能力があったのでしょうか。たった一人の男の偏執狂的な思想によって、国家が崩壊して行く怖さ。同時に、そこから多くの技術革新が生まれたと言う事実。ココ・シャネルも彼に協力したそうです。また、アウトバーン建設を全て人力で行わせ、多くの失業者を救ったという面もあります。これらの力が、「善だけ」の方向へ向かっていたとしたら、世界は大きく変わっていたのかも知れません。


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その時代のドイツには大指揮者フルトヴェングラーがいました。フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェンのシンフォニーはまさに神憑り的で、未だに多くの(当時の)実況録音盤が世に遺されています。中でも、戦後再開されたベルリンフィルとの復帰演奏会(1947年)での交響曲第5番は、言葉では表現できない程の精神の爆発が在ります(この曲の私のベスト盤です)。そのフルトヴェングラーも、ヒトラーに対して批判的立場でありながら、ナチス政権のための演奏会に協力せざるを得ず、それが故に(後に)親ナチスというレッテルを貼られ、一人の芸術家として極めて苦しい状況に追い込まれました。番組の中でも、ナチスの大きな旗の下で「第9」を指揮するフルトヴェングラーの姿がありました。けれども政治と音楽は全く無関係です。彼のベートーヴェンを聴けば、それが分かります。全人類の平和を願い、苦悩から歓喜へと至る道を歩むベートーヴェンとフルトヴェングラーの精神は、時代を超えて確かに共鳴し合っていたのです。


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さて、年が明けて(昨年のお正月に引き続き)今年もエレファントカシマシの新春ライブ(東京国際フォーラム)へ行って来ました。クラシックコンサートが基本の自分自身にとっては、勇気がいることですが、何でも経験です。でも、もう少し音量を下げて欲しいなとか、ゆっくり座って聞きたいなと、素直に感じるところもあります。ただ彼らの場合は、余計な演出も無く、静かに聴いて終わって拍手という曲も多く、そういうところが好きです。

今回のコンサートは、昨年発売されたニューアルバム「RAINBOW」からの全曲と共に、いくつかの古い曲(「偶成(ぐうせい)」「曙光(しょこう)」「おはようこんにちは」等)を聴くことができました。特に嬉しかったのは、「偶成」という曲です。歌う前に「お正月には相応しくないけど、聞いてください」との説明がありましたが、とても長く、内省的で、物寂しく、儚く、けれども美しい曲です。この曲は彼らの(今から25年程前の)4枚目のアルバム「生活」に収録されたものです。この「生活」というアルバム自体、(全く人には勧められない)異様な陰鬱性に満ちていて、通常のロックとは別物の(例えば)唱歌のような、演歌のような、あるいは浪曲のような慟哭の叫びで、そこで歌われている内容も、孤独な一人の青年の(日々の)苦しい生活や暮らしばかりです。

作詞作曲の宮本浩次氏がまだ22、3歳の頃に、なぜこのような暗く老成の曲を書いたのか。そんな興味もあって、彼らの音楽に興味を持ったのですが、今回は生でその中の一曲である「偶成」を聴くことができ、静かなる感激と深い感動を覚えました。そしてここで気づいたのは、彼らの音楽は「歌曲」なのだと言うことです。己の偽ざる内面(心境)を、腹の底から、大きな口を開けて、時に慟哭の叫びと共に、朗朗と歌い上げること。要はシューベルトの「冬の旅」と全く変わらないのです。ここに何かクラシック音楽と通ずる世界観が在る様に感じました。「偶成」という曲では、最後に「ああ うち仰ぐ空のかなたに きらりと光る夕陽あり」「流るるドブの表を きらりとさせたる夕陽あり」「俺はこのため生きていた ドブの夕陽を見るために」と歌われます。時はまさにバブル絶頂期。その時代の波に乗ることができなかった一人の孤独な男が、静かに夕暮れ時のドブを眺めている・・・。確かにお正月向けの曲ではないですね。


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「歓喜とは、苦悩を超えた先に在るのだ」とベートーヴェンの音楽から学びました。「歓喜とは、今すでに此処に在るのだ」とモーツァルトの音楽から学びました。両方とも真理の様な気がします。石川啄木の詩にも、宮澤賢治の童話にも、深い悲しみの底に横たわる大いなる喜びの芽を感じます。きっと音楽も含めて、全ての芸術はそのような構造に成っているのでしょう。そしてその構造は、私たちの人生や自然界とも相似形のはずです。だからこそ私たちは、優れた芸術に涙を流し、美しい自然に感動するのです。そして私たち一人ひとりの人生もまさに芸術そのものなのです。

人は、我が苦悩の先に在る喜びに向かう途中で、今すでに此処に在る喜びに気づきます。その道は一人ひとり違います。けれどもそれが故にオンリーワン(オリジナル)の道なのです。きっと優れた音楽や詩や絵画たちは、私たちの良き道標となって、その歩みを助けてくれているのかも知れません。ナチスの旗の下でベートーヴェンを振るフルトヴェングラーにも、50歳に成っても益々鬼気迫る演奏を見せるエレカシにも、「やらねばならぬ」という天に向けての強烈な意志を感じます。多くの人の人生のために(自らが)良き道標に成ることが芸術家の使命なのだと思います。ヒトラーにも素晴らしい絵の才能があったそうです。その能力を世界のための「良き道標」に使う道もきっとあったのでしょう。けれどもそれが叶わない時代だったのかも知れません。

今の日本に生きている(生かしていただいている)ことの幸せをあらためて感じます。エレカシの歌詞には、「富士山」「武蔵野」「お日さま」「月の光」等がよく出てきます。日本の原風景に対する憧れが、世界の良き道標に成る時代が来ることを予感します。今年はいろいろな意味で、あらゆることが反転し始める年に成ると思いますが、日本人が「感謝と報恩」さえ忘れなければ、時代の良き道標と成って、「歓喜の歌」の鳴り響く日本や世界を造り上げることができると信じます。そういう道を愚直に歩んで行きたいと思います。

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