MARUNIの社長ブログ

賢治とヒカル

2018年7月28日

異常に暑かった今年の7月が終わろうとしていますが、本日は不思議な進路を行く大型の台風が近づいています。西日本豪雨の被災地に更なる被害が及ばぬ様、心から祈りたいと思います。このような異常気象は世界的にも多発中で、米国カリフォルニア州やスウェーデンでは大規模な山火事が発生しています。ギリシャの山火事の方は、放火が原因とのことですが、いずれにしても一度燃え始めたら止めるのが容易ではありません。自然界の猛威に人間は手も足も出ない状況です。

一昨日は、東京多摩市の大きな工事現場で火災事故が発生しました。バーナーの火花が断熱材(ウレタン)に引火して有毒ガスが大量発生したと思われます。ウレタンに火気厳禁は基本的な事ですが、暑さや現場環境の様々な要因があって、普通では起こりえない事が起きたとしか言い様がありません。あの恐ろしい黒煙の中で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

自然界も社会情勢も、日々様々な出来事が発生しています。同様に、一人ひとりの個人の生活の中においても、毎日いろいろな事象が起きています。それも決して良い事ばかりでは無いでしょう。それでも人間は生きて行かねばならない。否むしろ、それが故に、人間は生きる価値があるのかも知れません。

私が最も好きな作家(詩人)の一人に宮沢賢治がいます。デクノボーと呼ばれ、日照りの時は涙を流し. 寒さの夏はオロオロ歩く・・・そのような(決して格好良いとは言えない)一人の男の姿に、何か、手を合わせたくなるような特別な感情を抱くのです。先日、NHKの宇多田ヒカルの特集番組を見ていたら、突然、宮沢賢治の話が出てきました。実は宇多田ヒカルも宮沢賢治が好きで、下記の「銀河鉄道の夜」からの一節を紹介していたのです。

何がしあわせかわからないです。
本当にどんなに辛いことでも、
それが正しい道を進む中の出来事なら、
峠の上りも下りもみんな、
本当の幸せに近づく一足ずつですから。

長い人生、苦しいこともたくさんあるが、それが必ずしも不幸とは限らない。むしろ、その出来事があったおかげで、素晴らしい今がある。明るい未来がある。その時は確かに苦しかったろうが、振り返って見れば、感謝すべき経験だったと気づき、素晴らしい思い出と成る。あの出来事のおかげで自分は成長した。気づいた。目が覚めた。本当の幸福を知った。だから何が幸せなんて(その時は)分からない。けれども、正しい道を懸命に歩んでさえ行けば、いつか、必ずほんとうの幸いへ近づく・・・。


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長い休養を経て、母親(歌手の藤圭子さん)の自死も越えて、宇多田ヒカルが復帰後発表した最近のCD2枚を買って聴いてみると、驚くほど素晴らしかった。自然界の木霊を感じ、正しい道を探し彷徨う人の魂を感じました。決して明るい音楽ではありませんが、だからと言って暗い訳でも無い。只々、深遠であり深淵だった。宮沢賢治を通じ、素晴らしい音楽を知ることが出来たと思います。

私は、宮沢賢治の詩集「春と修羅」の「序」が好きです。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

という不思議な文章で、「春と修羅」は始まります。「因果交流電燈の青い照明」とは一体何なのでしょうか。そこに込められた本当の意味は分かりませんが、人間の魂の永遠の燈火のように感じられます。どんな時も、どんな場所でも、その自らの発光(明滅)を保ち続けて行くこと。それだけで素晴らしいことなんだ。宇多田ヒカルの音や詩には、この光の明滅(リズム)と永遠性を感じます。

これからの時代は、今までの時代と比べ、何か根本的な部分が変わって行くと思います。今までよりも、もっと自らの心(魂)と共に歩く時代へと変わって行くように思います。自らの中に在る良心のリズムを感じ、それを(自分自身と良心の二人一緒に)歌いながら歩く道。その先には、きっと明るい光がある。きっと本当の幸いがある。そう信じて行けば、この峠の上り道も下り道も、「本当の幸せに近づく一足ずつ」に成る。だから、この道を行くんだ。無様でも、転んでも、デクノボーでもいい。私は今を、明日を、歩んで行く。

お互い様

2018年6月28日

ワールドカップで日本代表が活躍中です。大会直前にいろいろな事があったので、期待値は低かった様ですが、今までよりも選手たちが生き生きとしている様に感じられます。日本がワールドカップに初出場してから20年、主力選手たちが(当たり前のように)海外で活躍する時代と成り、あえて国際試合の実績豊富な外国人監督を招聘する必要性が薄くなって来たのかも知れません。多くの選手たちがトップクラスの外国人選手と戦う経験を蓄積する中、それを日本代表チームとしての総和(チームワーク)まで昇華させることが、これからの代表監督の役割とするならば、今回の監督の起用は正解だったのでしょう。でもその過程(過渡期)の中、厳しい予選を突破した前監督の力あっての結果ということも忘れては行けないと思います。

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さて6月の初旬、三度目の山城歩きに行って来ました。今回は三島の山中城と小田原の石垣山城(一夜城)です。北条氏の山中城は、有名な「障子堀」が非常に見事で美しかったです。でも秀吉軍の小田原攻めの際、わずか半日で落城したことを聞くと、防衛施設である城の設計とは難しいものと感じました。現在の城跡は公園のように整備されており、山城初心者としては歩きやすかったです。もうひとつの石垣山城は、通称「一夜城」と言われ、小田原城を見下ろす山頂に秀吉が築いたものです。築城中は樹木等で覆われており、完成と同時に(一夜にして)周囲の樹木を伐採し、この城を出現させたという逸話は有名です。名前の如く荒々しい石垣が凄く、当時の秀吉の勢いを感じました。一夜城は有名な為か、多くの人が来ていました。山城ファンが増えている様です。

最近、WOWOWで映画「関ケ原」を観ましたが、戦国時代とは本当に生きるに厳しい時代だったと思います。同じ日本人同士が戦い合って、多くの命を落としました。山城も防衛施設であり、優雅な暮らしの為ではありません。そういう意味では、戦後の日本は(いろいろな不安材料はありながらも)古の時代に比べれば幸福です。それでも私たちは日々の生活に文句を言います。ワールドカップで日本選手が点を取れば称賛し、ミスでもしたら(一夜にして)罵倒に転じます。みんなそれぞれの人生を只々懸命に生きているだけで素晴らしいのに・・・。みんなみんな(人の事は言えない)お互い様なのに・・・。

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私は、「エレファントカシマシ」という日本のロックバンドが好きです。彼らの音楽(歌)の根底には、「懸命に生きる人」に対する最大限のリスペクト(尊敬心)を感じます。最新アルバムの曲の中にも「転んだらそのままで胸を張れ」「俺は何度でも立ち上がるぜ」「神様、俺をどうか見捨てないで。祈りを捧げるから。明日を歩むから」という歌詞がありますが、私には「無様でもいい。懸命に生きて行く姿が最高に美しい」と聴こえます。「お互い様」という言葉もよく出て来ますが、日本人の和の精神文化とは、まさに「お互い様」のことだろうと感じます。

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そう言えば、我らがヒーロー(!)の「男はつらいよ」の寅さんも、たまに何か親切なことをしてあげて、相手から「ありがとう」なんて言われると、「な~に!困った時はお互いよ~!」と照れ笑いを浮かべています。こういうの、とても好きです。5月の末、地元の商工会議所の一泊視察旅行で島根県に行った際、「温泉津温泉(ゆのつおんせん)」に立ち寄りましたが、そこは寅さんのロケが行われた場所で、それだけで嬉しかったです。とても古くて趣のある温泉町でした。映画の中の寅さんは、その町の旅館で番頭さんをしながら、御主人が失踪してしまった女性の町人にとても親切にしてあげていたのです。でも結局、御主人が戻って来て、寅さんも(泣く泣く)喜んであげていました。

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さて、その視察旅行ですが、初日は「出雲大社」の参拝と「荒神谷遺跡」の見学。翌日に「松江城」を見学してから温泉津へ。その後「石見銀山遺跡」へと行きました。島根は高校時代の修学旅行以来なので、ほぼ初めてでしたが、日本全国には見るべき歴史ロマンが山ほどあることに気づきました。そしてどの町も山も里も、古より信仰と経済と戦(いくさ)の歴史の数々です。それでも(他国に比べて)必要以上に人を殺めなかった日本の歴史文化には、「お互い様」の和の心が土着しているように感じました。日本の地方には、今と昔が混然混然一体となって存在している様に感じます。この国土を大切に守って行きたいと思います。


今年は4月の後半からゴールデンウィークに掛けて、山城歩きと美術展に行って来ました。山城歩きは、我が経営と人生の先生(師)のお供をさせていただき、群馬の名胡桃城~中山城~岩櫃城をゆっくりと歩きました。山城歩きは、昨年11月の埼玉比企郡(菅谷城~杉山城~武州松山城)が初めてで、まだまだ知識はありません。「城」というと姫路城や小田原城のような建物(天守)のことだとばかり思っていたのですが、本当は、武家や城主などを守る防衛施設のことを言い、天守とはその一部のものと初めて知ったくらいです。

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山城歩きをしながら、かつての堀や土塁を見ると、なるほど山自体が城(防衛施設)だったのだと分かります。歴史には疎いものの、山城歩きをしながら先生の解説を聞くと、悠久の時代への興味が湧いて来ます。同時に、山城に対する考察が現代の経営に役立つことも理解できるような気がしました。日々が死と隣り合わせだった時代の中で、兎にも角にも懸命に生き延びようとした人間たちの智慧と生き様の中にこそ、未来を拓くヒントがあるのではないかと思います。ところでこの山城歩きですが、かなりの運動量です。健康維持と自然との触れ合いと知的好奇心を満たす為、またどこかへ行ってみたいと思います。


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さて美術展の方は、『生誕150年:横山大観展』(東京国立近代美術館)に妻と行って来ました。横山大観の富士山の絵が好きで、いつか本物を見たいと思っていたので、今回はラッキーでした。ぜひ観たかった「群青富士」は大変見事で大いに圧倒されました。「朦朧体」と呼ばれる大観の独特な画法(明瞭な輪郭をもたない)は、まるで現代のCGを遥かに超える程の精妙さと美しさを感じました。この「朦朧体」ですが、当時は大いに批判されたそうです。けれども大観は、自らが描きたいものを只々淡々と描き続けたのです。

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長さ40mに及ぶ水墨画の大作「生々流転」(=深山幽谷から水の滴が生じて集まり川となり、次第に広さを増して雄大な大海に注ぎ、最後には竜となって昇天していくという水の一生を描いた絵)は、まさに一本の一大叙事詩的映画を観たかの様で、そこには人の一生(生き死に)、輪廻転生、無常観、大自然の摂理を感じることが出来ました。墨と筆だけでこれほどの世界観が表現できるとは・・・。展示室の長い壁に沿って、時間を掛けて歩きながら、全てを観を終えることが出来ました。

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横山大観は大変な苦労を経験しながら、多くの素晴らしい画を残しましたが、そこには国を愛する強烈な思いが根底にあった様です。「生々流転」あるいは「或る日の太平洋」に描かれていた「昇龍」の姿には、大いなる優しさと、天に対する深い畏敬の念を感じました。美術館を出て、天気が良かったので、そのまま皇居東御苑を散歩して帰りました。


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ゴールデンウィークの後、NHK「日曜美術館」で、「東京の原風景~夭折(ようせつ)の絵師・井上安治が描いた明治」を観ました。井上安治という名は全く聞いたことが無かったので気楽に見ていたところ、彼の描いた昔(明治)の東京の原風景の版画がとても良く、静かで情緒があって、何とも言えない郷愁を感じたのです。井上井安治は、結婚が決まっていながら脚気衝心のため26歳で死去しました。

私は、東京(江戸)を描いた芸術家の中で、歌川広重、森鴎外、夏目漱石、永井荷風などが好きです。彼らは、当時の東京(江戸)を、歩いて、歩いて、歩きながら、考え、考え、考え続けたのでしょう。同じく東京を愛した井上安治という絵師の版画もぜひ実際に観てみたいと思いました。昔の東京(江戸)には何か特別な情緒と憧れを感じます。井上安治の画からも静かな空気感を感じました。


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さて先月、スタジオ・ジブリの映画監督、高畑勲氏が亡くなりました。2013年公開の「かぐや姫の物語」に大変な感銘を受けたこともあり、とても残念です。昨日行われた「お別れの会」にて、盟友の宮崎駿監督が涙を流していましたが、高畑勲監督は(光の当たる)宮崎駿監督とは全く対照的な存在で、常に日陰で静かに、けれども極めて独自の本質(映像世界)のみを追求していました。その根底には「人間と自然(宇宙)の一体化」に対する強烈な美意識(理想)が在ったのだろうと想像します。

遺作となった「かぐや姫の物語」は、アニメーションの常識を無視し、人物と背景との境界線をもたない作画(手作業)に徹し切り、大変な時間と労力を投入し(遂に)完成させたものです。「造りたいものを造る」という真の芸術家でなければ、この様な異色な作品は世に出なかったでしょう。上記の横山大観の「朦朧体」に通じる思想哲学を感じました。この時代、理想郷を夢見る高畑勲氏にとっては、とても生きにくい世の中だったと思います。だからこそ、氏は未来の人類の為に必要な遺産を残してくれたのだと思います。

映画「かぐや姫の物語」の解説の中で、高畑勲監督は、「最後にかぐや姫が月に帰るのは、あれは(人間にとっての)死なんです」と話されていました。此処に氏の死生観があります。人間は生きるために生まれて来た。だからこの世では(思い切って)様々な苦労や経験をしてやろう。何でも味わってやろう。そして「生きる歓び」を実感しよう。

映画「かぐや姫の物語」のラストで、かぐや姫は、我が(地球上での)人生に対する後悔を残したまま、天へ旅立って行った様に見えました。「私は私の人生を生きなかった」と・・・。今、生きている(生かされている)ことへの感謝と歓びを持つこと。それが、今を生きる私たちへのメッセージだったと思います。

山城、絵画、映画等に触れながら・・・自らに与えられた時代、与えられた(厳しい)条件の中で、兎にも角にも只々懸命に生き抜いた人間、理想を追求し続けた人間たちが残した遺産の偉大さを感じました。

桜咲く日本の春

2018年3月31日

今年も桜が満開と成り暖かい春がやって来ました。桜の季節に成ると映画「男はつらいよ」第一作冒頭の寅さんのナレーションを思い起こします。「桜が咲いております。懐かしい葛飾の桜が今年も咲いております。思い起こせば20年前、つまらねぇ事でおやじと大喧嘩。頭を血の出る程ぶん殴られて、そのままプイッとウチをおん出てもう一生帰らねぇ覚悟でおりましたものの、花の咲く頃になると決まって思い出すのは故郷の事。ガキの時分、鼻ったれ仲間を相手に暴れ回った水元公園や、江戸川の土手や、帝釈様の境内でございました。風の便りに両親も秀才の兄貴も死んじまって、今たった一人の妹だけが生きてる事は知っておりましたが、どうしても帰る気になれず、今日の今日までこうしてご無沙汰にうち過ぎてしまいましたが、今こうして江戸川の土手に立って生まれ故郷を眺めておりますと、何やらこの胸の奥がぽっぽと火照ってくる様な気が致します。そうです、わたくしの故郷と申しますのは、東京、葛飾の柴又でございます」。

美しい江戸川の桜の景色をバックに、寅さんが20年ぶりに故郷の葛飾柴又に戻って来るところから全48作の寅さんの旅が始まるのですが、その背景には、古き良き日本各地の姿が映し出されています。物語はとても可笑しく楽しいものですが、観終わる度に静かな郷愁と寂寥感が残ります。これは一体何だろうか・・・。今でも寅さん人気は根強く、最近では「旅と鉄道」という出版社から、「寅さんの列車旅・映画『男はつらいよ』の鉄道シーンを紐解く」と「旅と鉄道2018年増刊4月号・寅さんの鉄道旅・人情と聖地巡礼編」の2冊が本屋さんに並んでいます。私もいつか寅さんの様に、古い鉄道に乗って日本を巡ってみたいと思います。でもそれまで日本の美しい姿は残っているでしょうか・・・。

先日、「ミッドタウン日比谷」のプレオープンに行く事が出来、最新の商業ビルの素晴らしさを目にして来ました。高級な飲食店やブランド店が並ぶ中に、不思議なレトロな一画があり、そこに昭和初期のようなデザインの理容室がありました。それが何とも言えない懐かしさで心惹かれたのです。江戸、明治、大正、昭和、平成と続く日本の近代化の中で、日本文化と西洋文化の融合が成されて来ました。そのお陰で私たちは世界有数の経済的に豊かな生活を手にすることが出来ました。先ずはこのことに大いに感謝すべきだと思います。同時に江戸時代までに完成された素晴らしい日本人の「智慧の文化」が徐々に失われて来た面もあると思います。

現在の経済的かつ技術的な基盤を更に進化させながらも、古き良き日本人の心、精神、智慧、自然の回復が次代のテーマに成って行くのではないでしょうか。古くて新しい文化・商品・サービスの時代が始まるのではないかと。今はインターネット全盛の時代ですが、だんだんとSNSやフェイスブックに疲れ(憑かれ)始め、他者の視線に支配される生活から、己自身と対峙する生活へと変化して行くと思います。昔ながらのアナログを懐かしむ方向性も生まれ始め、アナログレコードも大復活しました。建築も同様に、現代の最新技術による品質や安全性を確保しながら、古き良き時代の智慧を融合させていく道が見えて来ると思います。


※南方熊楠

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最近BSの番組「英雄たちの選択"知の巨人"南方熊楠の闘い~熊野の森を守れ!」を見ました。南方熊楠(みなかた・くまぐす)という人物の名はよく聞くのですが、あまりにも巨大過ぎてその人物像をよく把握出来ずにいましたが、今回この番組を見ることで熊楠という人間のほんの一面を知ることが出来ました。南方熊楠とは慶応3年生まれの博物学者、生物学者、民俗学者で、粘菌の研究で有名です。世界各国の言葉が解り、中国の孫文とも交流があり、昭和天皇からも愛された人物でした。でもその言動や性格は人並み外れたもので、要は大変な「変人」だったようです。

番組では明治の終わり頃に始まった「神社合祀」に対する熊楠の反対運動を取り上げていました。神社合祀とは各集落毎に数々ある神社を合祀して、一町村一神社を標準とせよというものです。つまり多くの神社を取り壊せという令です。熊楠は併合された後の神社林が伐採され、自然風景と貴重な生物が絶滅することを心配し反対運動を開始しました。その異常な熱意は、当時民俗学者で内閣法制局参事官であった柳田國男を動かし、ついに約10年後「神社合祀」は廃止されました。この間多くの社殿や森、原生林が姿を消してしまいました。その後、熊楠は和歌山県田辺湾の神島をはじめ貴重な天然自然を保護するための運動を続けたとのことです。

昭和天皇が和歌山県田辺湾の神島に訪問した時、熊楠が粘菌や海中生物についての御前講義を行いました。その際、熊楠は自分で作った「粘菌標本」を(勝手に)天皇に献上したとのことです。しかもその標本を入れた箱はボロボロの「キャラメルの箱」でした。周囲は驚き慌てたらしいのですが、天皇がとても喜ばれたとのことです。その33年後、昭和天皇が再び和歌山を訪れ、神島を見てこう詠まれました。。。

「雨にけふる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」

普通、天皇がひとりの個人の名を詠むことは無いでしょう。熊楠とは、それ程の人物でした。日本の自然を愛した先人達のお陰で、今の日本は未だ現存しています。この先も素晴らしい日本の姿を守って行く為に、私たちは日本人の心を大切にして行きたいと思います。この満開の桜がこれからも咲き続ける様に。


緊迫した朝鮮半島情勢の中、平昌オリンピックが無事に閉幕しました。先ずはほっと一息です。日本勢も過去最多のメダル数を獲得し、国中が大いに盛り上がりましたが、今大会で特に印象深かったのは、各メダリスト全員の言葉の数々の中に(若い世代にも関わらず)大いなる素直さと謙虚さを感じたことです。

「今の自分が在るのは多くの方々のお陰です」と心の底から言える人柄にこそ、もうひとつの(見えない)金メダルが授与された様な気もします。そのような意味において、あと一歩でメダルに届かなかった選手たちの胸にも、(あるいは)オリンピックに出場できなかった選手たちの胸にも、もうひとつの金メダルが輝いているのかも知れません。

人生は結局のところ、(他者ではなく)自分自身との戦いであり、お天道様と自分自身との同行二人です。自分自身を(一歩一歩)成長させて行く過程(プロセス)こそが、既に最も美しい金メダル人生だと思います。

多くの方々や自然界に対する感謝の心が、最も人を成長させるパワーだと信じていますが、今回のメダリストは皆、まさに感謝の塊のような若者ばかりでした。日本の未来に対する危機感を感じていた昨今、此処に来て、その流れが少しずつ(良い方向へ)変わりつつ在る様に感じます。

そしていよいよ2020年、東京オリンピックです。此処を(到達点では無く)出発点にすることが出来れば、日本の大転換が始まる可能性が在ると思います。今までとは違う何か新しいシステムが始まるのではないか。その新しいシステムを開く鍵が、日本人(特に若者)の異次元の人柄だと思います。

さて先日、恒例の伊勢参りへ行って参りました。毎年、神恩感謝の思いで伊勢神宮への参拝を行っていますが、今年も予定通りに行くことが出来、とても嬉しく思います。いつもの様に外宮~伊雑宮~内宮をお参りさせていただき、その後はおかげ横丁(おはらい町)で食事を取りました。神宮もおかげ横丁も(平日にも関わらず)大変な人出で驚きましたが、やはり日本人の心の原点が此処に在るのでしょう。

伊勢神宮のお社は、丸二と縁ある「加子母(岐阜・裏木曽)の山」の御用材(ヒノキ)で建てられています。この良きご縁を大切にして、日本の心の古里への感謝の気持ちを今後も捧げて行きたいと思います。

その伊勢から電車で(約90分)飛鳥にも行けるのですが、今度は少し足を伸ばして、憧れの大和路を歩いてみたいと思います。奈良・飛鳥には、中学校時代の修学旅行で行ったことがあり、その時に何とも言えない(強烈な)懐かしさ(ノスタルジア)を感じた記憶が残っているのです。それ以来、「もう一度行きたい」と常々思っていました。来年は古の日本の悠久の風を感じてみようかと、今から楽しみです。

日本人の魂の原点は感謝の心です。今でも伊勢や大和にその風が吹いていると思います。来年2019年の新天皇誕生、そして2020年の東京オリンピック・・・。その風が大きな力に変わる様、先ずは自らの心を成長させて行きたいと思います。


※写真集:入江泰吉「古色大和路」

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奈良大和路を撮り続けた写真家、入江泰吉氏の作品集です。もう言葉では表現できない程の美しい大和の風景、古寺、仏像の写真ばかりです。この郷愁と寂寥の感情は一体どこからやって来るのでしょうか・・・。柔らかくて幻想的な大和路の風景の中に、今の自らを置き、私たち日本人の本来の心の在り様を見つけて行きたいと思います。

大雪

2018年1月23日

昨日の東京は久しぶりの大雪でした。駅のホームは早めに帰宅する人々で溢れ、道路ではスリップ事故も多かった様です。今後は雪の少ない地域でも降雪が増える可能があり、あらためて幅広い防災対策が必要と感じました。当社でも万が一に備えて、水や食料等の備蓄品、応急処置用の資機材等の増強を進めています。自然災害と共に生きて行く時代は、安心・安全な住まいと強いインフラと物心両面の備えが大切だと思います。

日本は言霊の国なので、「思う(言う)と起きてしまう」という根強い民族的信仰があり、なかなか悪い想定をするのが苦手です。けれどもその想定が無ければ、もしもの時の為の準備ができず、実際に最悪の事態を引き起こしてしまいます。やはり、常に万が一の想定と準備をした「上で」、そうは成らないように意識しつつ、明るく生きて行くことが正しいのではないかと感じます。

最近、世間を騒がす様々な事件やトラブルが起きていますが、やはり当事者の「もしかしたら」の意識の希薄さがその要因の一つではないかと思います。良い意味での心配や不安を持ち、(その上で)そうは成らないための思考と行動を取って行きさえすれば、大事には至らず、大難を小難にできるのではないかと。私たちは日々の様々なニュースを(単なる批判や評論ではなく)生きた教材として捉え、自分自身の生活(反省)に活かして行くことができます。人の事をとやかく言える人はいないのだから。

年が明けて、地元の氏神様、一之宮様、縁ある柴又帝釈天様等へお参りに行きました。氏神様には、毎月一日にお参りしています。自宅では毎朝ご先祖様に線香をあげ、会社では毎朝神棚の水を交換しています。全て、御礼(感謝)だけです。至らない自分自身を今日も生かしていただいていることへの感謝しかありません(お願い事はしないです)。この実践の蓄積が自分の生活(人生)や会社を守ってくれているような気がします。

さあ、今朝は社員さん総出で、会社周辺の雪かきでした(昨日からしっかり準備をしておきました)。そして先程、御近隣の方から御礼の電話をいただきました。本当に嬉しかったです。小さなことでも、人のお役に立てられることが最高の喜びです。今年も感謝と喜びの心で、お客様や地域の方々に愛され、必要とされる会社造りを目指して参りたいと思います。ありがとうございます。


丸二はひた走る!

2018年1月10日

新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

とても清々しい2018年を迎えました。今年も元日は(例年通り)早朝、地元の氏神様(武蔵野八幡宮)へ新年の御挨拶を行い、そのまま会社に来て神棚の水を替える等の一連の作業を(静かに)半日かけて行いました。こうして毎年、無事に新年を迎えられることに、心から感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございます。

お正月の三が日は家族や親戚等の新年会、4日は相模原ゴルフクラブで初打ちでした。5日の仕事始めは例年通り、年次計画発表会と社員新年会です。今年はさらに価値判断基準を上げ、より本物の企業を目指して参ります。新年会では毎年、様々な表彰を行っていますが、みんなの笑顔と活気に満ち溢れ、とても素晴らしい仕事始めに成りました。

どの会社の社長も同じと思いますが、社長の喜びとは、お客様と社員さんに喜んでいただくことに尽きます。社員さん一人ひとりが、一人ひとりのお客様のために心から喜んで仕事を行うことが出来れば、それはお客様の真の喜びに結び付くはずです。今年も社員みんなが明るく元気にスタートすることが出来ましたので、グッと気合を入れて、最高の年にして行きたいと思います。

実は昨年、当社に入社して勤続50年(!)を迎えられた役員の方のお祝いを(みんなで盛大に)行うことが出来ました。こんなに嬉しくて素敵なことはありません。これからもドンドン多くの社員さんが、勤続20年、30年、40年、50年、60年~と、続いて行って欲しい。丸二は小さな会社ですが(なぜか)社内結婚が多く、産休を取りながら長く勤めていただく女子社員さんもいます。今後も丸二は、お客様と社員さんとの家族的な温かい和を拡げて行きたいと思います。

さて2018年は世界的規模で大きく時代が動き始める年に成る様です。中東(エルサレム)や北朝鮮に新たな火種が生まれ、日本も含めてテロへの危機管理が大事に成ると思います。経済面では、日本(東京)は2020年へ向けての上昇気流がありますが、世界的に見れば、(各国とも)厳しい環境にある様です。自然災害については、今後もますます世界中で、大地震、大寒波、火山噴火、台風、火災、津波、海面上昇等が懸念されており、日本の場合は特に大地震(首都・東海・南海)に備えるべき時期に来ていると思います。

そのような中で、お客様の家族や地域の安心安全の為に、建設業の役割は増して行くと思います。丸二はこの日本の東京で、「本物の建設会社」として、お客様と地域に心から愛される存在へ向かって成長して行きたいと思います。来年2019年は新天皇の誕生、新しい元号が始まります。その翌年2020年は東京オリンピックです。新しい時代の始まりに向かって、丸二は今年もひた走ります!!ありがとうございます。

2017年もあと十日と成りました。月日が経つのは本当に早いものです。世の中の情勢の方は、良い出来事と悪い出来事とが日々交錯し、まるで複数の並行世界が(重なって)存在しているかの様な印象を受けます。私自身の此処一ヵ月と云えば、とてもささやかですが、嬉しい出来事がいくつかありました。例えば(思付くままに)・・・

①地元の商工会議所(建設業部会)の日帰りツアーに妻と参加して、上野の国立西洋美術館で「北斎とジャポニスム」を観た後、鰻で有名な「伊豆栄」で美味しいお昼を食べられたこと。それにしても北斎の絵(北斎漫画)は素晴らしかった。時間が足らなかったなあ。

②師と社員数名とで(生まれて初めて)山城へ行ったこと。埼玉県比企郡の「菅谷城」「杉山城」「武州松山城」を巡り、山城歩きの面白さを発見しました。悠久の時を超え、想像力を働かせ、戦国の世を思う・・・。とても興味深い一日に成りました。

③知人の所属するオーケストラ「東京アカデミッシェカペレ」の定期演奏会(@オーチャードホール)へ妻と行き、ストラヴィンスキー作曲「詩篇交響曲」「火の鳥」を鑑賞したこと。特に「火の鳥」の終曲には大いに感動しました。ストラヴィンスキーは好きです。

④社員の家族が所属している舞踏グループ「山海塾」の公演「海の賑わい・陸の静寂―めぐり」を妻と観に行ったこと。とても美しく瞑想的な舞台(踊り)で、人間、自然、生命の神秘に浸ることが出来ました。新国立劇場の客席も満席で、素晴らしい経験でした。

⑤会社の忘年会を高尾山の「うかい鳥山」で行い、社員みんなととても楽しく賑やかな時間を過ごせたこと。社長就任20周年と幹部勤続50周年のお祝いも出来ました。「うかい鳥山」の紅葉も見事で素晴らしかったです。さあ、また来年もみんなでがんばろう!!

⑥結婚27周年で、家族と美味しいイタリアン・レストラン「ラ・ブリアンツァ」(六本木ヒルズ)へ行ったこと。奥野義幸シェフのとても美味しい料理を堪能しました。そこで年賀状の写真も撮れて良かったです。東京タワーのライトアップも綺麗でした。

⑦地元の青年会議所時代の仲間たち恒例の誕生日会&忘年会にて、美味しい河豚料理をいただいたこと。このメンバーによる年数回の誕生日会は、いつもとても楽しいひと時です。みんな50代半ばに成って来たけど、いつまでも元気で続けて行きたいですね。

⑧大好きな日本のロックバンド「エレファントカシマシ」の紅白歌合戦出場が決まったこと。今年デビュー30周年、ただひたすら(愚直に・不器用に)自分たちの音楽のみに向き合って来た彼らを心から祝福したいと思います。泣かないかな。大丈夫かな。

⑨デヴィッド・リンチ監督の「ツインピークス・リターン」(全18章)をWOWOWで鑑賞できたこと。「ツインピークス」は25年前にヒットしたTVドラマ(DVDで鑑賞済)で、今回はその続編です。内容はとても一言では言えません。異次元ワールドです。

⑩NHKの「100分 de 名著」で「12月の名著」が、スタニスワフ・レム著「ソラリス」になったこと。超好きなタルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」の原作ですが、未読だったので、これを機に(年末年始に)読んでみようと思います。映画は凄いです。

⑪「ミッション: 8ミニッツ(Source Code)」(2011年:米国)という映画をDVDで観て、とても面白かったこと。監督は(あのデヴィッド・ボウイの息子の)ダンカン・ ジョーンズ。死の直前の8分間を何度も繰り返す並行世界の物語。とても興味深かったです。

⑫大林宜彦監督の最新作「花筐」が公開されたこと。「この空の花~長岡花火物語」「野のなななのか」に続くシネマゲルニカ戦争3部作。大林監督は癌で「余命3か月」の宣告を受けながらも撮影を続け、無事の公開初日を迎えました。とにかく早く見に行かねば。

実際にはもっともっとたくさんの嬉しい出来事がある訳ですが、その根底に流れる共通の源泉は、やはり「今を生きていること(生かされていること)への喜び」に尽きると思います。「私が今、此処に生きている(生かされている)」ことが何て不思議で、何て神秘的なことなのだろうと感じるからです。これはまさに奇跡ではないかと・・・。

けれども実際の私たちの日々の現実は、良い出来事と悪い出来事とが重層的に交錯しています。その中で、「今」をどう認識するかで、「嬉しさを感じられる世界」を生きるのか、逆に「苦しさを感じる世界」を生きるかが決まって来るのかも知れません。今日(今)の小さな喜びや嬉しさに焦点を合わせ、複数の並行世界の中から、「嬉しさを感じられる世界」を選択できるように成りたい。そのような思いをもって、素晴らしい2017年を締めくくり、もっと素晴らしい2018年を始めたいと思います。

特別な何か。。。

2017年11月10日

米国トランプ大統領の初来日の3日間が無事に終わり、先ずは良かったと思います。日米関係の絆は、日本にとっても、米国にとっても、大事な生命線と感じますので、両国間の様々な問題・課題を認識しつつも、深い部分(底流・基礎)において、良好な関係が(今後も)続いて欲しいと思います。当日のニュースで、トランプ大統領とにこやかにお話をされる天皇陛下のお姿を拝見し、同時に72年前の昭和天皇とマッカーサーとの歴史的会見を思いました。あの時マッカーサーは、天皇陛下に特別な何かを感じ、大きな感動と衝撃を受けたと云われています。そしてそのおかげで今の日本が在ります。きっと今回のトランプ大統領も、特別な何かを感じたのではないでしょうか。その後、韓国~中国を巡った後、日本という国の持つ「特別な何か」に気づくのではないかと期待いたします。

一方、むしろ日本の中にいる私たちの方が、その「特別な何か」に対する意識が薄れて来てしまったようにも感じます。例えば、最近の日本を代表する大企業による(重大な)不正が相次いで露呈しています。このことで日本の技術、品質、国民性に対する世界からの絶大な信頼に傷が付かないか大いに心配するところですが、問題の本質は、会社あるいは個人の意識であり、人としての良心に起因するものです。現代の日本人は(目には見えない)何か大きな存在を忘れかけているような気がします。

昔の日本の家では、おじいちゃんやおばあちゃんが、日々の日常生活の中で、「お天道様が見ているよ」と小さな子どもたちに言って聞かせていました。これは理屈で理解するものではなく、素直に、純粋に、「感じる」種類のものです。このことを「道徳」と呼ぶのであれば、今の日本には「道徳教育」が必要なのではないかと。「道徳」「道理」「原理原則」は、日々の生活や人生、あるいは経営や政治を行う上で、絶対的に必要不可欠な基礎であり、日本人の固有の共有財産です。その素晴らしい道徳観が失われつつある時代の中で、私たちはどう生きて行くべきなのでしょうか・・・。

これから世の中は人工知能(AI)の時代に成って行くと言われています。実際に多くの職業や職種が消えて行くのでしょう。けれども(最後は)人間の目と手に依る建築やリフォームの現場においては、今後も「人」が主役であり続けると思います。だからこそ、私たちは「道徳感」というものを大事にして行きたいのです。日々、美しい現場造りを懸命に目指すのも、何か特別な・・・まるでお天道様に見られている様な感覚が在るからです。迷ったら良心に問え。このような「情緒」は日本人独自の文化でしょう。私たちは、日本の建築業界の片隅で、特別な何か大切なものを見付け、継承して行きたいと思います。


※映画「山」(1956年/米国)

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名優スペンサー・トレイシー主演、アルプスの雄大な風景を舞台とした山岳映画「山」をDVDで鑑賞しました。全く知らない映画だったのですが、非常に面白かったです。山を愛する老ガイド(スペンサー・トレーシー)とその弟(ロバート・ワグナー)が、山頂に激突した航空機の墜落現場へ向かう物語なのですが、弟の金品目当ての目的を嘆き悲しみ、自らは生存者1名を麓まで背負って生命を救います。一方、金品に目が眩んだ弟は、下山の途中で命を落とします。ところが最後に主人公は、愛する弟の名誉のために、ある嘘を付きます。此処に何か、日本人にも相通じる情緒的な美学を感じ取りました。とても古い映画ですが、隠れた名作です。

2017年10月8日、丸二は創立64周年を迎えます。本当に多くのお客様、関係者の方々、地域の皆様のお陰です。心から感謝申し上げます。また今年は、私が父から代を受け継いで、ちょうど20年(新創業20周年)に成ります。思い起こせば、恥ずかしいことばかりの20年でしたが、それら様々な経験を経て、会社も私自身も大きく成長させていただいていると思います。まさに感慨ひとしおです。

20年前、「丸二をこのような会社にしたい!」という思いを持ってスタートし、この20年間で、やっと(その半分の)基礎までが出来たような気がします。本当に長い長い基礎工事でした。でもその分、非常に緻密で強いものに成ったと思います。時間は掛かるけれども、日々少しずつ前進して行くこと。日々少しずつ固めて行くこと。その方がずっとずっと強く成れる。崩れない本物に成れる。この(逆転の)面白さに気づくことの出来た20年でした。

そしてこれからの20年を考えてみると、お客様からは「丸二に頼んで良かった!」、社員さんからは「丸二で働けて良かった!」、地域からは「丸二が在って良かった!」と・・・共に一生の永きご縁で結ばれて行く道が見えて来ます。その歩みの一歩一歩、その1mmの前進の継続こそが、私たちの理想なのです。

つまり、どこかに特定のゴール(目標)を設定するのではなく、そのような「信条(心情)」と共に歩み続けている「状態」「姿」にこそ関心があるのです(同行二人)。理想に向かって今日も歩いて行く。永遠に歩き続けて行く・・・。これが20年掛けて築き上げて来た基礎の上に立つ、新たな丸二の姿です。

私たちの道は、「より美しい現場造り」「より美しい会社造り」「より美しい人間造り」の方角へ向かっています。きっとこれは永遠に続く道なのだと思います。その長い道のりを一歩一歩、日々1mmの前進で、ただ静かに歩き続けるのみ。時代は大きく変わり、自然災害等への防災意識が急速に高まって来ました。地域の建物の老朽化も進んでいます。そのような意味において、住む人の生活と生命を守る建設業の役割は、一層高まって行くと思います。

同時並行で、この自然界に生かされているという自覚無き企業の淘汰も、始まって行くでしょう。常にそのような緊張感と使命感をもって、創立65年目、新創業21年目の第一歩を社員さんと共に記したいと思います。新しい時代の小さな開拓者の一人(一社)として、この道を楽しく歩いて行きます。ありがとうございます。


※私が好きな西部劇

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子どもの頃、地元吉祥寺の映画館(多分「ムサシノ映画劇場」だったと思います)で「シェーン」を観て以来、私は映画ファンに成りました。特に西部劇は憧れの存在で、今までにもたくさん観て来たと思います。その中で今でも心に残っている作品と言えば「真昼の決闘(1952)」「シェーン(1953)」「荒野の七人(1960)」「ウエスタン(1968)」「勇気ある追跡(1969)」の5本です。実際のアメリカ西部開拓史では、先住民族(インディアン)に対する侵略という側面がありましたが、上記5作品はインディアンとの戦いは無く、あの時代の西部を舞台とした善と悪との戦いを描いたものです。「シェーン」の有名なラストシーンで遠くに見えるワイオミングの山々の美しさも忘れられません。もしいつかアメリカ本土へ行ける機会があったら、ワイオミングの山は見てみたいと思います。

最良の建築をプロデュースします。

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