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純粋性について

中国・四川大地震の被害が広がっています(1万8千人が生き埋めになっているようです)。地震の規模はマグニチュード(M)7.8。ジュセリーノ氏の予知では、「2008年(今年)の9月13日に、M9.1の巨大地震が中国で発生する」としていましたが、時間的なズレが起きたのかもしれません。北京オリンピックを目前にして、チベット問題と大地震という、国家的な不運に見舞われている中国が、これから国際社会と国民に向けて、どのような姿勢を示していくのか・・・非常に重大な局面に入ってきたと思います。そのような中で、日本と中国の関係を新たに組み立て直す良い機会であった「胡錦濤国家主席の来日」も、新たな展望が開けた実感は無く、「空白」の時間がどんどん過ぎていくばかり・・・。
地震や自然災害は、仮に予知することが出来ても、逃げることは出来ても、発生自体を食い止めることは人為的には難しい。地球の「怒り」に対して、私たちは心を入れ替えて、出来るところからでいいから、生活習慣や経営方針を変えていくしかない。そういう姿勢をまず見せて、いくらかでも時間的猶予をいただくしかない。そんな気持ちが世界的に芽生えれば、きっと何かが変わってくるのでしょう。しかしながら、この日常で繰り広げられている現実は、相変わらず権力闘争や戦争ばかり。自分たちの身を守ることを目的とした醜態に、まわりは唖然としながらも、本人たちは構わず戦いや汚染をし続ける。もう、やめよう。一緒に何とかしよう。そうこうしているうちに、私たちの大地と空気と水は、だんだんと汚れていくのだから・・・。
最近、スカパーで映画「ルートヴィヒ~復元完全版~」を録って、何日かに分けて見ました。何しろ4時間もある映画なので、一回では無理。それでも最後まで飽きずに見ました。実はこの映画、私が大学生の頃に映画館に3回も通ったもので、それ以降ずっと私のベストワン映画なんです。でも人にはあまり言ったことがない。なぜかと言うと、「何それ。知らない」とか「見たけど、長いし退屈なだけ」とか「暗くて変な映画でしょ」と言われるのが関の山だから。監督はイタリアの巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ。「ベニスに死す」「家族の肖像」等で有名ですね。主人公は、19歳の若さでバイエルン国王となったルートヴィヒ2世。作曲家ワーグナーに傾倒し、国費までつぎ込む。(嫌いな)戦争に負け、結局ワーグナーにも裏切られ、現実から逃避し、狂人扱いされる。最後は王位を追われ、幽閉先の湖で、謎の死を遂げる。今の時代に、こんな「狂王」がいたら大変な批判を受けそうです。でも、こうして映画で見ると、それにはそれなりの時代背景や魂の叫びのようなものを感じて、一概に「無意味な王だった」とは言えない何かがあるようにも感じます。それは多分・・・「策を講ずることをしない、異常なまでの純粋性があった」ということかもしれません。
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もし今、彼のような人が国を治める立場にいて、賢明な側近がいたら、おかしな策を講ずることなく、ただ純粋に、自然の豊かさや森の美しさ、戦争の無い平和な社会を夢見て、パワーゲームとは無縁のレベルで、ある種の象徴になれたのかもしれませんね。ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなった、「ノイシュヴァンシュタイン城(上の写真)」は彼が建設したものです。(当時としても)時代錯誤だった中世風の美しい城を建てて、ワーグナーのオペラの場面を描いた壁画の中に暮らし、世を治めることに背を向けた王でしたが、このような美しい文化的な遺産を遺すことだけはできました(今は、観光客がたくさん訪れています)。さて、いま世界を動かしている方々は、後世に何か一つでも美しいものを遺せるのでしょうか・・・。
※ルートヴィヒ~復元完全版~
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監督  ルキノ・ヴィスコンティ
出演  ヘルムート・バーガー、ロミー・シュナイダー、トレヴァー・ハワード、シルヴァーナ・マンガーノ 他
1972年/イタリア・西ドイツ・フランス映画
240分
ということで、映画「ルートヴィヒ~復元完全版~」です。起伏も無く、ドラマティックなシーンも一切無く、静寂さだけが延々と続く映画ですが、主演のヘルムート・バーガーの鬼気迫る演技と映像の美しさを見るだけでも、充分価値があると思います。城の中にある幻想的な洞窟のシーンが見事。池には数羽の白鳥が浮かび、ルートヴィヒが貝のような形の舟に乗って、客を迎える。美しさと滑稽さの向こう側に見えるのは、ただ悲しさだけ。でも、それを笑うことは出来ない・・・。