社長ブログ

日航機事故から28年

8月12日は、日航ジャンボ機が御巣鷹に墜落した日です。あれから28年が経ちました。520人もの多くの乗客が犠牲と成ったあの大事故。私は当時大学生で、ちょうどその日は家族と外食に出掛けており、家に帰ってからニュースで知りました。最初は日航機の消息が不明という状況で、その後(かなりの時間が経ってから)墜落と分かりましたが、墜落現場の特定に迷走し、(確か)翌日以降に成って「御巣鷹」という聞きなれない地名を知りました。
その後、TVのニュースで墜落現場からの中継が始まり、数名の生存者の救出劇などが映し出されました。坂本九さんが乗客だったことも知りました。事故の原因は、同機体の直前の尻もち事故だったそうです。いずれにしても、多くの人々が尊い生命を落とされたこの事故を思い出すことで、私たちは亡くなった方々への追悼と共に、二度とこのような事故を起こして成らないと、心に強く刻んだのです。
この事故を描いた小説や映画も生まれました。中でも「クライマーズ・ハイ」や「沈まぬ太陽」は、とても素晴らしい作品でした。けれどもそこには、悲劇が起きたことによって、良き作品が生まれたと言う(何とも言い様の無い)葛藤(ジレンマ)が存在しています。でも同時に、起きた悲劇を風化させず、いつまでも(未来の)人々の心の中に残し続けようとする「希望」も同時に内在されていました。亡くなった方々の本当の思いを知る事は出来ませんが、でも「いつまでも、忘れないで欲しい・・・」という願いは(間違い無く)在ったと、私は感じるのです。
翻って、世の多くの芸術作品は、実際に起きた出来事を基に生まれています。あくまでも造られた「作品」ですので、その作者の人生観、宇宙観としての表現であり、必ずしも事実(真実)そのものという訳では無いでしょう。つまり、作者がそこで伝えようとしているものは、単なる「事象」ではなく、そこに内在する「本質」なのです。あらゆる事柄を取り巻いている普遍的な世界です。宮崎駿監督の「風立ちぬ」においても、堀越二郎氏と菜穂子の物語はフィクションです。でもそのような「事象」は(確かに)無かったけれど、そう云う「愛」という本質は在ったに違いない。そのような目には見えない世界までを映像化する為に、新たな設定や物語が発想されるのだと思います。そこには「事実では無いが、真実である」「嘘から出た真」という道理が在ります。
そのようにして、実際に起きた歴史は(歴史学者や報道機関のみならず)実は芸術家たちの手によって、確かに未来へつながっているのです。本、映画、音楽、詩、舞台、祭、花火という様な「美しい形態」に形を変えて、真実(本質)は伝承され続けています。今回の東日本大震災についても、これから多くの作品が生まれて来るでしょう。原爆と原発についても同様です。同時に、それでも原発を維持しようとする人々の苦悩を描く物語も出て来るでしょう。全てが完全に(キレイに)治まる世界は無いからです。けれども、その中で多くの人々が「共認」できる範囲を(少しでも)広くしていくことは可能です。その為に、私たちは「忘れてはいけない」のです。その「忘れない」と云う役割を担っているのが、芸術の世界だと思います。
私は映画や音楽が大好きです。一方、そんなものに興味を持っても何の得にも成らないと思っている人々も多いです。けれども(だとすれば)なぜ人間の本能の中に「感じる力」が在るのだろうか。なぜ感動し、涙を流すのだろうか。なぜ涙を流した後、心が優しくなるのだろうか。これはとてもとても大切なことではないだろうか。私は、人間が生きて行く上で、絶対的に必要な要素としての「衣(医)食住」の中に、「文」を加えます。芸術や教育などを含める文化の「文」です。
あの東日本大震災の後、東北の人々はすぐにお祭りを再開しました。食べるもの(=仕事)や住むところが未だ不安定な状態だったのに(全てが流されてしまった街の中で)いつもの様にお神輿を担ぎました。共に生きる為に「祭」という「文化」「伝統」を守りました。祭りが「生」そのものだったからでしょう。また「衣(医)食住・文」の中の「住(建物)」も、まさに人々の生命と暮らしを守る為に存在しています。けれども同時に「文」としての役割も担っています。家や街並みも、美しい芸術であり、文化です。生活や空間に色彩に加え、生きて行く為の「夢」を与えてくれます。人は、昔住んだ家のことを懐かしく思い、今でも部屋の隅々まで覚えているものです。家とは、いつまでも忘れないひとつの作品なのです。
私は、いつまでも心に残る「文化」を大切にして行きたいと思います。悲惨な戦争や災害や事故のことも、決して忘れないことで私たちは学習し、人類の進化発展に結び付けて行きたいと思います。<1.17><3.11><8.6><8.9><8.12><8.15><9.1>と、日本では毎年重要な日が続きますが、今年の9月1日は、関東大震災から丸90年という大きな節目と成ります。先人達が生命を掛けて、未来の子ども達へ残した伝言を、私たちは確かに受け継いで行かなければ成りません。今一度、防災意識を持って(未来への希望を持ちながら)自身の生命を大事にして行きたいと思います。
28年前、御巣鷹の尾根に散った520人の方々の思いもきっと同じだと思います。自分たちの死から学んで欲しい。生命の大切さを分かって欲しい。自ら生命を絶つ人がいるが、与えられた生命の意味を分かって欲しい。どんなに辛くても、生命は素晴らしいものと知って欲しい。生きたかったのに生きられなかった人々の無念さを分かって欲しい・・・。このような思いの伝言を、私たちは次代へつなげて行こうと思います。28年前、日航機墜落事故で亡くなられた方々への心から追悼を胸に・・・。