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終戦のエンペラー

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8月6日、広島。8月9日、長崎。日本の8月は戦争を思い出し、平和を祈る月です。大ヒット中の「風立ちぬ」とは別に、(もう1つ)戦争を扱った映画が公開されていたので、それも見に行きました。タイトルは「終戦のエンペラー」。これは終戦直後のGHQが天皇の戦争責任を問うもので、マッカーサーの部下であるフェラーズ准将が、この戦争の真の戦争責任者を調査して行くという物語でした(アメリカ映画です)。映画としての完成度は(あくまで個人的には)決して高くは無かったですが、史実に基づく昭和天皇の真実が極めてストレートに描かれ、感動することが出来ました。
昭和天皇とマッカーサーが面会した時、そこで天皇が述べられた言葉が(決して大げさでは無く)日本という国を救ったのだと思います。さらには、後の繁栄と平和を導いたのだと思います。自らの生命を捨てて、国民を守る。この言葉を聞いて、マッカーサーは恐らく思考停止状態に陥ったと思います。あり得ない程の巨大な言葉を聞いた時、人間はもう相手の世界に飲み込まれるしかありません。マッカーサーは昭和天皇に対し(日本の復興への)協力を依頼しました。もし天皇に何かしらの手を下したら、大変な事が起きるだろうと直感したに違いありません。
そのようにして日本の「戦後」が始まりました。現在の日本とアメリカの関係においては、沖縄の基地問題も有り、様々な意見が対立しています。真珠湾の攻撃も、広島と長崎への原爆投下も、両国の間に未だ暗い影を落としたままです。けれどもあの終戦の時、アメリカが日本の天皇の戦争責任を追求しなかったことは、本当に奇跡の様な出来事だったと思います。そのことは未来の日本にとっても未来のアメリカにとっても、感謝してもしきれないほどの天啓だったのでは無いでしょうか。映画でフェラーズ准将は、愛する日本人女性を通じて、日本と云う国を信じました。それは確かに私情だったのかも知れません。フェラーズ准将はマッカーサーに、「天皇の戦争責任に対する証拠はありません」と報告します。一人の日本人女性が、国の未来を救ったのです。
今年は68回目の平和記念式典が(広島と長崎で)行われました。最近、いよいよ戦争経験者の方々の声が大きく成り始めた様に感じます。あの戦争の悲惨さを何とかして後世(子どもたち)に伝えなければならない。過去の戦争を知らず、未来の戦争を予期できない日本にしては成らない。「もう終わった戦争」では無く「もう来ない戦争」でも無い。戦争はまだ終わっていない。戦争はまた起こるかもしれない。もう時間が無い。けれどもまだ間に合う。そういう声がこの夏、日本中から聞こえて来た様な気がします。
そしてもうすぐ「少年H」という映画も公開されます。大林宣彦監督の次回作も(今度は)北海道芦別を舞台にした古里映画ですが、やはり戦争を描いています。もう二度と戦争を起こさないために、私たちは戦争を忘れては成らない。けれども同時に、有事の際に国や家族を守るにはどうしたら良いかも考えて行かなければ成らない。この矛盾に対する葛藤は、人類が抱える永遠の課題なのでしょう。世の中が不況に成ると戦争の足音が聞こえて来ます。でも今を生きる私たちには、その矛盾を越えられる何か良きアイデアが(きっと)思い付くはずです。みんなの思いは同じです。もう戦争はしたくない。国を守りたい。家族を守りたい。だからゴールは一緒です。ならば一緒に智慧を出して行こう。戦争を忘れないことで、共に平和を築いて行こう。
昨夜のニュースでは、映画監督のオリバー・ストーン氏が来日し、広島と長崎を訪れ、平和祈念式典に参列している姿を紹介していました。オリバー・ストーン監督は、ベトナム帰還兵としての経験があり、「プラトーン」や「7月4日に生まれて」等のベトナム戦争の映画を撮っています(その後は「JFK」や「ニクソン」等の社会派映画も撮っています)。インタヴューの中で、ストーン監督は「広島、長崎への原爆投下は誤りだった。戦争を終わらせる為という理由も嘘だった。仮に終わらせる為であったとしても、許されないことだ」と述べていました。約70年の戦後史において、いろいろな観点から歴史が見直されて行くことは良いことだと思います。ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ。世界唯一の被爆国日本は、世界の平和を祈るに最も相応しい国です。
東日本大震災以後、平成の天皇皇后両陛下は、(お体の具合がとても悪いのに)幾度となく被災地を訪れ、被災者の方々を勇気づけられ、亡くなった方々への慰霊と共に、被災の土地を鎮める祈りを捧げ続けています。このお姿に、昭和天皇がマッカーサーに立ち向かった時の澄み切った思いと同様のものを感じます。これを「無私」の心と言うのでしょうか・・・。「自分は良いから国民を守ってください」。私たち日本人は、再びここで救われようとしています。先日、気象庁の緊急地震速報がありましたが、結局「誤報」とのことでした。けれども国民の生命を守るための懸命の努力の上で起きたことであり、責めるべきことでは無いと感じます。それでも尚、謝罪を行う姿勢にむしろ感謝の念を抱きました。最後は私たち一人ひとりが、自身の心の中に平和をつくることしかありません。その総和が世界平和になるのだから。みんな、一生懸命生きているのだから。